7 弱気
蒸すような暑さの中、ロータスは昼間にも関わらず陽が遮られて薄暗い森の中で膝を抱えて丸くなっていた。青汁事件があったのは少し前のことだが、案の定、その後丸一日ほどは発熱し重い吐き気と腹痛に悩まされた。
しかもさらに悪いことにその時潜んでいた山が銃騎士隊による山狩りに遭ったのだ。
体調が最悪なヘロヘロの状態で逃げ回るものの、行く手を何度もあの藍色の隊服を着込んだ恐ろしい男たちに阻まれて銃を向けられ発砲されまくった。
命からがら山を抜けたものの、シドに良く似た獣人が人間の生活圏に現れたことは瞬く間に近隣に知れ渡ったらしく、隠れたり潜んだりする先々で銃騎士隊やハンターたちまで現れてロータスの命を狙いに来た。
ロータスは自分は地獄にやって来てしまったのだろうかと思うほどに恐怖を感じて追い詰められ、生きた心地がしなかった。危険な場面は何度もあったが、それでも死ななかったのはただ単に運が良かっただけだろう。
殺されるスレスレの体験を何度もしてしまったロータスの心は完全に折れていた。
そして現在、故郷のそばの魔の森の中にまで戻って来てしまっていた。
魔の森はシドが支配する領域下であるため、銃騎士隊もハンターも追っては来ない。もし彼らがこの森に足を踏み入れれば、すぐさまシドに見つかって駆逐されてしまうからだ。あの最強生物に勝てる者なんて誰もいない。
結局、シドの威を借りなければ自分の身一つ守れない。ロータスは無力感に苛まれていた。
自分の力の無さを認めたロータスの頭の中に里に戻った方がいいのではないかという考えが浮かぶが、ロータスはその考えをすぐさま頭の外へ追いやる。
ロータスはシドの元に戻るつもりなどさらさらなかった。けれど、だからといって現在この魔の森から出ることも躊躇われる状態だった。行くことも引くことも出来ずに、ロータスは膝を抱えてその場に留まっていた。
すっかりこの先の未来を悲観するような考えに取り憑かれていたロータスは、思考が後ろ向きになり、自分は生きている価値があるんだろうかとかそんなことまで考え始める始末だった。
自分はこれから一体どこへ向かおうとしているのか、先の明るい展望など何もなかった。
ロータスは疲れ果てていた。
全く愛情を感じない父親ではあったが、結局の所、自分はあの里の中でシドに守られていたわけだ。
無力だ。何が獣人王の息子だ。似てるのは顔だけで、その能力は全く似ていない。
もしシドが自分と同じ年齢で里を出たとしても、すぐに町の一つや二人くらい牛耳って即座に女を囲いハーレムを形成していることだろう。
自分とシドとでは根本的な生存能力が全く違う……
異常な嗅覚を持つシドはおそらくロータスが魔の森まで戻って来たことに気付いている。でも迎えには来ない。来るわけがない。
ロータスはそれを寂しいと感じている気持ちに気付く。
シドとは決別したはずだった。けれどそれでも自分の中にはまだシドを父親だと思っている部分があるようだった。
そう言えば、あの人に最後に名前を呼ばれたのって、いつだったっけ……
失意に沈みながら微睡み始めていたロータスは、遠くで赤子の泣き声を聞いたような気がした。