2 母
三人称→ロータス視点
オリヴィアはこの里の産まれではない。赤子同然の頃に里にやって来たがその後家族を失い、仲の良かったユリアの家族に引き取られた。義姉妹となった二人はとても仲が良く、親友とも言うべき間柄だった。ユリアの方が一つ年上だが、引っ込み思案のユリアに比べればオリヴィアは積極的で快活な少女だった為、傍から見ればオリヴィアが姉でユリアが妹のように見えた。
オリヴィアが十一歳の時に事件が起こる。里は人間たちの襲撃を受けて壊滅的な打撃を受けた。里の多くの獣人たちが死んだ。オリヴィアもその時に死んだものと思われていた。
しかし後にシドに発見されたオリヴィアによると、襲撃の際に人間に襲われて大怪我を負い死にかけたが、その時たまたま里に滞在していた商人に助けられて死は免れたのだという。けれど怪我の衝撃で自分の名前以外の記憶を失ってしまい、彼女を里から連れ出した商人と共に海の向こうの他の国を含めた各地を転々と放浪していたという。
オリヴィアはある時記憶が戻り、里のことが気になり戻って来た所をシドに見つかってしまった。
******
母は死んだとばかり思っていたかつての親友に会いに行くべきかどうか悩んでいるようだった。シドは色んな女と関係を持っていたが、その相手が自分の親友だというのはこれまでとはまた勝手が違う。心中は複雑なのだろうと思った。
母は決断するのが遅かった。
オリヴィアは家の中に閉じ込められていてシドの許可なく外出が許されていなかった。会いに行くならこちらから出向くしかない。
ロータスはせっかく決断したのだからとオリヴィアに会いに行こうとした母を止めはしなかったが、止めれば良かったと思った。
シドと彼女が深緑濃い森林の間を通り過ぎていく。
二人の姿を見た母の顔は凍り付いていた。
シドはオリヴィアの腰に手を回し、これまで見たことのない労るような優しい視線を彼女に向けている。オリヴィアもシドに身体を寄せて、深い愛情に満ちた視線をシドに向けていた。
寄り添い合いゆったりと歩く彼らの姿は仲睦まじく、まるで二人だけで世界が完結しているかのようだった。他の要素など何もいらない。お互いがお互いを必要としていて、気持ちが通じ合っているように見える彼らはこの上なく幸せそうだった。数いるシドの番たちの中でこの二人の組み合わせこそが真の番同士であるかのように見えた。
ロータスは父親に自分の存在を気にかけてほしくてシドの回りをわざとうろちょろしていた。ちょこまかした所でシドはロータスを歯牙にもかけなかったが、ロータスはシドに近付いた時に見かけるオリヴィアの表情が、里に来た頃の絶望しきった様子から一転し、幸せそうな微笑みを浮かべるようになったことには気付いていた。
母の顔を見たロータスは自分の判断を後悔した。
なぜオリヴィアの態度が変わったのかはロータスにもよくわからなかったが、とにかく彼女はシドを受け入れているようだった。
母は彼らを離れた場所から眺めただけで、声をかけずに立ち去った。
オリヴィアの態度が変わった理由は後にロータスたちも知る所となった。
彼女がシドの子供を妊娠した。
シドはオリヴィアを他の番たちの悪意から守るため、彼女の体調が落ち着くまではそのことを公にしなかった。
母は家の中に籠りがちになり、あまり外へ出なくなった。
雪の舞い降りる寒い冬の日にオリヴィアは女の子を出産した。
そしてなぜかその日の深夜、シドがロータスたちの家にやって来た。
ロータスは自室の寝台で寝入っていたので、シドがやって来たことに気付いたのは翌朝だった。
なかなか起きてこない母を起こしに行けば、母の部屋に来たシドの残り香を嗅いでしまい驚いた。シドがこの家にやって来たのは初めてだった。
それからシドは時折母の元を訪れるようになった。
どういう心境の変化なのかよくわからないが、オリヴィアの出産後、あれほど仲睦まじかったシドと彼女の様子は変わってしまった。
オリヴィアがシドを見る目つきは、里に来た頃のように怯えが混ざる色になった。
シドはオリヴィアが里に帰郷してからは彼女の所にしか通っていなかったが、また以前のように、オリヴィアも含めて色んな女と寝るようになった。
母の妊娠がわかったのは、オリヴィアの出産後半年ほどしてからだろうか。
母は二人目の妊娠をとても喜んでいた。早いうちから子供の名前を考えていて、どちらの性別でも良いようにと名前を二通り決めていた。