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幸せも、居場所も自分で作っていこう

 室内に差し込んだ日差しで目が覚めた。

 シルキーがやって来て、サイドテーブルに水の入ったグラスを置いて部屋を出て行くのが見えた。

 カーテンを開けたのはシルキーのようだ。


 彼女達シルキーは喋らない。意思の疎通が出来ない訳ではない。ただ、頷くか首を横に振るのどちらかの反応しかしない為、こちらはイエスかノーで答えられる聞き方しかしないし、反応を求めない声かけで遣り取りをする。


 私は半年前にこっちの世界にやって来た。

 こっちでは落ち人と呼ばれる存在だ。


 カオルくんに案内されて落ち人として国営の機関に登録した私は、宣言通り彼に保証人になってもらい、今はこっちの言葉を勉強している所だ。

 単語を覚えてはきたものの、まだまだ会話はカタコトでしか出来ない。


 起きて着替えてから階段を降りる。

 継ぎ目のない立派な木で作られた手すりに、ゆったりした幅のある階段を下りて食堂に向かう。

 ドアを開けるとみんな揃っていた。カオルくんの祖父母と、カオルくんだ。


『おはよう、ハルさん』


『おはよう、ハル』


『おはよう』


『おはよう、ございます』


 着席すると、シルキーがやって来て食事の載った皿を並べていく。

 この家──カオルくんの祖父母の家にいるシルキーは料理が上手で、この半年で食べたものは全部美味しかった。

 春に摘み取ったコケモモで作ったジャムと冬に彼女が作ってくれたレモンジャム、薔薇の香りのするジャムが並ぶ。

 本日の朝食はトーストにクリームチーズと好みのジャムを載せて食べるようだ。

 街の肉屋自家製の、ハーブ入りソーセージとシルキー特製ピクルスも添えられている。

 こっちの食事はあっちで言う所の洋食。

 カオルくんから、昭和な感じと言われていて、勝手に和をイメージしてたけど、洋でした。


『ありがとう』


 シルキーにお礼を言うと、小さく微笑んで去って行く。


 他愛のない話をしながら、ゆっくり時間をかけて朝食を楽しむ。

 今日は休みの日だから、時間を気にせずゆったりと過ごす。それがこっちの世界では普通だ。

 日本にいた時は信じられないけど、休みの日は店も休みになる。

 働き方もせかせかしてなくて、きっちり時間まで働いて、終業時間になったらみんな仕事を止めて帰宅するらしい。


 平日、カオルくんは復職した仕事場に行く。

 その間私は彼の祖父母とおしゃべりをしながら、言葉の練習をし、こっちの文化を学ぶ。

 あっちでは考えられない事だったけど、こっちに来てから練習もかねて日記を書き始めた。

 歪な文字。辿々しい文。

 それでも欠かさず書いている。

 まだ半年。まだ後悔はしていない。

 カオルくんの祖父母とカオルくんがいるお陰で孤独を感じる事なく過ごしている。

 何て言うかホームステイをしてるみたいな感覚だ。


 私の事は気にせず、カオルくんもあっちの世界に行けば良いのにと思ってその話をしたら、彼は笑いながら言った。


「もう、前のような幸運はないでしょう」


 彼が言うには、見ず知らずの、異世界から来たなんて言う不審者を家に置いてくれる人は早々見つからない。

 次は警察に捕まるのがオチだろう、と。

 まぁ、確かに。

 だからもうあっちには行きませんと彼は言った。

 

 伴侶探しはどうするんだと思ったけど、好きな人の婚活事情なんて聞きたくないから、何も聞かずにいる。


 居間に飾られたカオルくんと、祖母──ユカリさんの妹さんとの写真を、彼の祖母はしあわせそうに見つめる。


 寂しくないのかと尋ねると、ユカリさんは笑顔になった。


「それは寂しいわ、勿論。

会いたいと思って会える訳ではないから。

でもそれよりも、あの子の姿をこうして写真で見る事が出来て嬉しいのよ」


 もう二度と見る事は叶わないと思っていた妹の写真。

 写真を渡した時、目に涙を浮かべて喜んでくれた。仲の良い姉妹だったんだろうな。

 それでも離れて暮らす事を決意させた伴侶──カオルくんの祖父は、若かりし頃は女性が放っておかなかったと言う言葉の通りに今でもイケメンである。そして今も夫婦仲が良い。


『ハルさん、今日は裏庭で栗拾いをしましょう』


『栗』


『そう、栗』


 私でも聞き取れるようにゆっくりと、分かりやすい単語で話してくれる。


『専用の長靴を履いて、踏んでイガを割って、栗を拾うんです』


 童話のような生活。

 不便さはあるけど、その不便さも楽しく思えるようなゆったりした生活がこっちにはある。


『栗と肉を一緒に煮た料理も美味しいんですが、我が家では栗ごはんを炊きます』


『栗ごはん!』


 嬉しそうにカオルくんは笑う。


『だから沢山拾いましょうね。僕たちの頑張りにかかってます』


『分かった』




 これなら確かに栗を踏んでも大丈夫そうだ、と思うような長靴を履く。

 シルキーに大きい籐で編まれた籠を渡された。これいっぱいに入れて来いって事だろうか……。結構大きいよ、この籠……。


『いつもは僕一人で拾ってたので、今年はハルさんがいて助かります』


 籠を持ったカオルくんに手を引かれながら、森の奥に進む。この森はカオルくんの祖父の持ち物で、この敷地はカオル君が受け継ぐ事が決まってるらしい。

 他の兄弟は便利な街中に住む事を希望してて、祖父母が大好きなカオルくんがちょっと不便でもここに住みたいと言った事で、そう決まったのだそうだ。


 到着した栗林。

 栗の木の下には沢山の栗が落ちていた。これ全部栗なのかと驚く程に落ちている。

 全部は入らないまでも、大きな籠が必要な量だ。


 さっそくイガの上から栗を踏み、割れたイガの中から栗を取って籠に入れていく。

 これ、楽しい。


『ハルさんはここでの生活で不便を感じてませんか?』


『大丈夫』


 買い物は自転車で行ける範囲で済む。

 シルキーは家から離れられないから、私が自転車で買い物に行っている。

 まだ言葉はカタコトなので、買う物をメモして行って、お店の人に見てもらいながら買う。まだたまに間違える。

 小さな町で、みんな顔見知りになれるぐらいの人数しかいない。ここに来て早々に皆に挨拶をして、落ち人だと認識してもらった。

 だから私が上手くしゃべれなくてもみんな怒らないし、ちゃんと聞いてくれるし、ゆっくり喋ってくれる。

 イライラしてる人が少ないのは、生活にゆとりがあるからなんだろうか。


 受け入れられていると感じる事が出来て、こんなに幸せで良いんだろうかと不安に感じるぐらいだ。


 踏んで割って、中身の栗を取り出して籠に入れて……童心に返るじゃないけど、夢中になってやっていた。


『ハルさんは栗拾いの才能がありますね』


 そんな才能あるのかとツッコむと、ありますよ、とカオルくんは頷いた。


 栗がたっぷり入って重くなった籠をカオルくんが持ち、家に帰る。

 待ちきれなかったのか、玄関でシルキーが待っていた。

 彼女達は屋敷から出られない。出たら契約が解除されてしまう。

 だからだろう。栗の入った籠を受け取ると、嬉しそうに微笑んでキッチンに向かって行った。


『しばらく栗尽くしですね』


『楽しみ』


『うん、僕も楽しみです。

また来年も一緒に拾いましょう』


 来年──……きっとカオルくんは今、そんな気持ちだからそう言ってるんだろう。

 本当に来年も一緒になんて考えてなくて。

 でも、それでも良い。

 今とても幸せだから。


『うん』


 未来も大事だけれど、今も大切にしたい。

 明日も明後日も、その次の日も頑張る。それから楽しむ。

 先の事を考えて、嫌になるのは勿体ないと思うようになった。

 いずれこの幸せな生活が終わるとしても、幸せはなかった事にはならない。

 独り立ちしたなら、また新しい幸せを探して行こう。

 だから、今はここが私の居場所。


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― 新着の感想 ―
[一言] うるっときた( ;∀;) 沁みる涙、そしておめでとうございます涙 ハル様、よくぞ決意されました!(๑•̀ㅂ•́)و✧ (自分反省^^; ……ハル様の振り向かない切り替え心、凄いです!) 課…
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