同級生の女子高生が友達料を請求してきた話
「あ、先輩。そろそろ今月の友達料2000円お願いしまーす」
暖かい昼下がり、屋上へ向かう階段の一番上段、そこに腰掛けながら昼飯を食っていた俺は、同じように隣で飯を食っていた女子の発言にポカンと口を開けてしまった。
「む。何ですかその顔は。鳩に豆鉄砲を食らわせた後に徒党を組んだ鳩に襲われたみたいな顔をして」
「どういう顔? つーか、え? なに? ……友達料?」
初耳だった。
友達料という概念すら、今この瞬間に聞いたばかりだった。
「そうです友達料です。今日この瞬間から! 先輩は鈴木に! 友達料を払う義務が生じたんです!」
形の悪い卵焼きを箸で挟み、その箸をこちらに向けて来る鈴木後輩。
表情もドヤ顔で非常に腹が立ったので、その卵焼きをパクりと頂く。
「にぎゃあああ!? 食べた! 先輩が食べた!」
「クララみたいに言うな」
「す、鈴木の卵焼き! クララが食べた!」
「クララ巻き込むなよ」
勿論、俺はクララなんて名前じゃないので、その辺りよろしくお願いします。
「た、楽しみにしてたのにぃ……くそぅ……30円になります」
「やっす」
いや、原価的に考えると安くは……ないか。
「で、友達料がなんだって」
「そうです! 友達料です! しめて2030円になります! さあ、払ってください! さあさあ!」
グイと手の平を突き出してくる鈴木。
友達料……初めて聞いた概念だが……まあ、意味は分かる。
友達になる代わりに払う金だろう。
世の中にはレンタル彼女というシステムがある。金を払って彼女になってもらって、テートをしたり食事が出来るアレだ。
その友達バージョンだろう。
分かる、分かるが……何故今更……。
「鈴木ふと思ったんです」
鈴木は天を仰いだ。
「昨日の夜、お風呂を上がって鏡を見た鈴木は思ったんです……あれ? 鈴木、可愛くね?と」
「……」
「あれ? 鈴木……可愛くね?と」
「……」
「あれ? 鈴木……可愛くね?と」
「……」
「あれ? 鈴木……可愛くね?と」
「……」
「言っておきますが先輩が反応するまで、延々と続けますからね。テキストの無駄遣いですよ」
テキストの無駄遣いはよくないな。
仕方なく反応する。
「まあ……可愛いか可愛くないかで言ったら……かわい……い……んじゃ……ない、か……な……ぐっ」
「何で死に体なんですか。鈴木を可愛いって言うと先輩に戒めの鎖が食い込むアレですか?」
「つ、続けてくれ……」
別に戒めの鎖が食い込むわけではないが、抵抗があるのは確かだ。
「鈴木は可愛い。そうなんですよ鈴木って可愛いんですよ。しかもアレですよ? 可愛いうえに……JKなんですよ」
「チェン?」
「ジャッキーではない。あ、先輩が貸してくれた酔拳2、面白かったです」
「だっろ!? やっぱりJKはいいよなぁ! ラストの工業用エタノール飲んで覚醒するシーンがまだ……」
「チェンの話はいいんです! つーかチェンのことをJKって呼ばないでくださいっ! もぐもぐ」
ブロッコリーを口に詰めながらぷんすかする鈴木。
俺はポテトサラダを頬張りながらハムスターみたいな鈴木を観察した。
確かに……鈴木は可愛い。
何かよく分からないけど校則ギリギリに茶色に染めた髪の毛はふわふわしてるし、いい匂いがする。顔も世界一可愛いウチの妹と比べるとまあ劣るが……もし仮にウチの妹がこの世界に存在しなかったとしたら、仮の話だが……テレビの向こうとかいう別世界は除いたら、一番可愛いかもしれない。妹が存在しないとかいう世界なんて考えたくないが。
「鈴木は可愛い! そう、鈴木は可愛いんです! はい、先輩もそう思いますよね!?」
「オデ……す、すずき、かわ、いい……思う」
「もっと知性を出せよ。いや化け物が精いっぱい出した言葉だとしたらシチュ的にグッと来るんですけど」
「オデ……す、すずき……かわいいから……たべる、たべて、ずっと、いっしょ……」
「ガチの化け物のヤツじゃねーか」
ケッと言いながら鈴木はタコさんウインナーを頬張った。いや、足が2本しかないからタコではない。多分人間がタコに変異しつつある途中のタコ人間ウインナーだと思う。
「で! 可愛い上に……ナイスバディなんですよ鈴木」
「確かにええ体しとんな」
「オッサンか」
鈴木ボディを見る。
確かに……ええ体しとる。おっさんみたいな感想でアレだが、出るところは出てるし、引っ込むところは引っ込んでる。言ってしまえばテトリスみたいな体形だ。
「テトリス……?」
「え、何ですか急に? テトリス? 鈴木はぷよぷよの方が好きですけど」
「妹の体はぶよぶよじゃない!」
「えぇ……」
確かに引きこもりガチなウチの妹はちょっと体型がアレだが、ぶよぶよとまではいかない。いい感じにむっちりしてるだけだ。
お腹周りを気にして部屋でプランクしてる妹はむっちゃぷりちーなんだ! すぐに諦めてネットで簡単に痩せられる薬を検索する妹は可愛いんだい!
「と、とにかく! 可愛いうえにナイスバディ! そしてJK! CuteでNBでJK!」
「アイマスの属性?」
「そんな鈴木! そうCNJの鈴木が! ふつーのさえない男子高校生の先輩とごはんを食べてる!」
鈴木は弁当の仕切りに使う緑のギザギザを箸で振り回しつつ、俺の発言を無視した。
「これって……発生しますよね? あれが」
「違和感?」
「ちげーよ。いや、違和感はあるか。モブポジの先輩と高値フラワーの鈴木……あ、これ誤字ではないですからね。そりゃ違和感もある! その違和感を埋めるのがぁ……金!」
「女! セックス!」
「あの直接的な下ネタは鈴木、その……事務所的にNGなんで……」
たかだかセックスくらいの単語で顔を赤くしつつ、スススと距離を置く鈴木。
まだまだ雑魚だな。
「と、とにかく! 先輩と私を埋めるもの、それは金!」
「女! セックス!」
「下ネタBOTか? やめろって言ったでしょうが。出禁にしますよ」
学校を出禁にされたら俺はどうすればいいんだろうか。
家で妹と引きこもりつつ、何とかして家で出来る仕事……そう、妹の可愛さなら稼げる、youtuberならね。
「ここまで言えばわかりますよね。この先、鈴木とのあまあまランチタイムを続けたいのなら……払うもん払えって言ってるんですよ。さあ! 3045円! 耳揃えて払ってもらいましょか!」
「利息えぐいな」
10分5割とか……牛島社長がカワイイレベルだわ。
「まあ……お前の言い分は分かった」
「マジで? 今月のお小遣い無くなったから先輩に顔面パンチされるの上等で言った勢い任せの発言だったんですけど……言ってみるもんだなぁ」
おにぎり……いや、炒飯おにぎりをむしゃむしゃする鈴木。
俺は昨日突然妹が食べたいと言って食べきれなかったケンタッキーで作った炊き込みご飯おにぎりを食べた。
「あ、そういえば鈴木。後輩なんですよ。後輩属性。後輩は可愛い、後輩は健気、後輩は最強……最も強い……うーむ鈴木に1000円! はいグリフィンドールの勝ち。……あれ? ということは……ひーふーみーのー」
「今何時?」
「鈴木お爺ちゃんのスキル『落語好き』引き継いでるんで、その攻撃は無駄の無駄でーす」
落語好きJKってどうなん……と思ったけど、最近のJKは芸人ばりになんでもやるからな。落語、バイク、釣り、サバゲー、魔法少女、兵士……逆にやってないのが気になる。ガレー舟の奴隷とか? いや、今の風潮だといずれはやりそうだな……。
「つーかお前、後輩ではないだろ」
「いや先輩のこと先輩って呼んでるし、逆に鈴木が後輩じゃないとかありえるんですか?」
「俺が飯食ってたらいきなりやって来て自分を後輩だとか名乗り始めた不審者という説も……?」
「あーりーえーまーせーん。入学してから今日までずっと一緒にご飯食べてますよね、はい論破」
フフンとニヤけながら、ほうれんそう……いや、小松菜? なんだろ、アレ? まあいいや。草のお浸しをむにむに食べる鈴木。
まあ、俺の勝ちなんだが。
コイツは俺の後輩ではない。そもそも俺は……高校1年生だ。そして目の前のコイツも……
「はいお前同級生。論破!」
先輩先輩と言ってはいるが、コイツは同級生なのである。隣のクラスの同級生、同い年の高校生だ。
「ええ、そうですね。学校に関していえば……確かに、先輩と鈴木は同級生。でーすーが―……小学生の頃に通っていたそろばん教室! 通ってた先輩! 半年遅れた入塾した鈴木! つまりは先輩後輩! 先輩が先行! 鈴木が後から後攻! 舟で言ったら先輩が船長! その関係は高校にあっても延長! 鈴木の可愛さは戦闘力で言ったら千兆! ……メーン」
「お前がそうやって先輩先輩って呼ぶから、俺、周りからダブり野郎って呼ばれてんの知ってる?」
「……ごメーン」
舌をペロっと出す鈴木にアイアンクロー。
「ぐぇぇぇ! 生JKに生DV! オプション1500えん! 1600えん! 1700えーんんんんッ!」
「……」
「1800ッ、1900……100万! 100万円ッ!!! 100万払うからっ! やめてぇ! 凹む! 美しき魔JK鈴木のこめかみがッ!」
「これに懲りたらふざけた発言は控えるんだな」
「うぐぅ……あれ? さっきまであんなに痛かったのに……何かスッキリしてる」
「ああ、リンパの流れを正した」
「こ、これがリンパ……」
無論適当だ。
「つーかお前。今月の小遣いって……まだ今月始まったばっかりだよな。何に使ってんの?」
「はぁ……だから先輩は童貞なんですよ。鈴木JKぞ? JKは金がかかるもんなんです。例えばそう……こう……タピオカとか、チーズドッグとか、インスタでチックトックをアレしたり、好きなゲームに課金したり……」
「汝の正体見たり! ただの廃課金JKじゃねーか」
「だってしょうがないじゃないですか! 可愛い女の子の! 水着キャラが! 限定で! 天井なくて! そんなの、そんなの……どうしろって言うんですか……」
鈴木は俯いてデザートのリンゴをシャリシャリ食べた。
ふっと顔をあげる。
「ねえ先輩……世界って……残酷ですね」
その顔は、世界の終わりを何度も見届けた仙人のような疲れ切った表情で……俺は……
「金は貸さんぞ」
言い放った。
「かーしーてー! やだやだ! せんぱいお金かしてー! 何でもするからー!」
「何でもするのか?」
「課金止める以外なら」
ダメだコイツはダメだ……。
仕方ない。
「どうしたんですか先輩? 誰かにメール? ちょ、ちょっと! 鈴木と話してる時に他の誰かに連絡ですか!」
「いや、鈴木にメールしてる」
「なぞなぞかな?」
「えっと、この間もらった、ネギ美味しかったです」
「鈴木ママじゃねーか。家庭菜園に嵌ってる鈴木のママじゃん」
鈴木家とは昔から家族包みの付き合いで、たまに野菜やら料理をくれるのだ。
感謝感謝。
「御宅娘廃課金娘我金請糞功夫娘っと」
「おーいこらこらー。やめてー、お小遣い無しになるから止めてー、そしてJKを功夫娘って書くのやめてー」
「いや、ジャンキーって読むんだ」
「なおわるいー」
「送信」
「……え? 本当に送ったんですか?」
ちょうど弁当を食べ終わった鈴木がマジでって顔を浮かべた。
俺は微笑んだ。
それだけで答えは十分だった。
チャイムが鳴る。
昼休みの終わりを告げるチャイムが。
そのチャイムの音は一人の少女の慟哭を打ち消すには……少し小さすぎた。
課金を親に告げ口される少女、同級生にダブりと呼ばれる少年……果たして、誰が悪かったのか。
それは誰にも分からない。