誘拐犯相手にはきついお仕置きを
「はっはっは。計算通りっ!」
ごろつき団のリーダーっぽい男が高笑いをあげています。
まさか彼らが、お嬢様ではなく私を狙うとは、予想外でした。
ええ。捕まってしまったのは、私一人だけ。
ことが起こったのは半日前。
立ち寄った町に、お嬢様が昔お世話になったお方のお屋敷がありまして、そこにあいさつに行くことになりました。
そのお屋敷は、さすがに高貴な方の邸宅ということもありまして警備もしっかりされているようでした。
酒場のごろつき相手にわざわざ追われるようなことをしなくても、名家の娘としてお嬢様を狙う輩の存在は多いのですが、ここにいる間は安心できそうでした。
というわけで私は、お嬢様がそのお屋敷で歓談されている間に、ちょちょいと町へ買い出しに向かったのですが……。
そこを待ち構えていた、ならず者さんたちに捕まってしまったのです。
「安心しな。俺たちの目的はあくまで、あんたの「お嬢様」だ。そいつが釣れるまでは手出しはしねぇよ。ま、そのあとはどうなるか、知らんがな」
頭領さんの言葉に、周りにいるその他大勢さんたちが下種な笑いを浮かべます。
まぁ知らんとおっしゃるのなら、私も知らないふりをしておきましょう。あまり想像したくないことですし。
後ろ手に縛られた縄さえ外せれば何とかなるのですが……まぁそのうち機会はあるでしょう。
私はそう割り切って、状況把握に努めることにします。
この間の酒場の話をされていないことから、前回追いかけっこした連中とは別件のようです。周りにいるその他大勢の方は、そのときのごろつきたちと大差ない感じですが、リーダーの方は多少、知性を感じます。
どこかのお偉いさんに雇われた仕事人と、その彼に金で集められた連中、といったところでしょうか。
ここは、町から出た草原の真ん中に、ぽつんと残った廃墟の中。
いま私が縛られて床に転がされているフロアは二階部分で、パッと見て十人ほどの男たちの姿があります。おそらく一階にも人が配置され、やってくるお嬢様に対して罠が仕掛けられているでしょう。
けれど――
「私を餌にお嬢様をおびき寄せる、というのは、多少考えたとは思うのですが、たぶん無理ですよ」
「どういうことだ?」
「お嬢様はクラフト家のご令嬢。領民だけでなく数々の商店をも従える立場にあるため、帝王学を学ばれているのです。そこで一番初めに学ぶことは何だと思いますか? 答えは、人を切ることなんです。あ、切るといっても刃物で切るって意味じゃないですよ?」
下々の意見にすべて耳を傾け、それを実現させる。
立派な理想ですが、世の中そんなにうまくありません。
Aの商店からモノを仕入れることにより、Bの商店との取引はなくなる。CとD、相反する二つの意見があったら、どちらかを否定しなくてはなりません。
世の中というのはそういうものなのです。
他の貴族様の教えはどのようなものだか知りませんが、クラフト家の家訓はそういうものでして、お嬢様はそれに従って勉強されてきました。
「つまり、一介のメイドに過ぎない私を助けるために、わざわざ罠が仕掛けられているだろう、危険な目に遭いに行くことはありえません。そう教わってきたのですから」
私の言葉に、リーダーの人が苦虫をかみしめた顔をします。
まぁ見捨てられる側の私としてはちょっぴり残念ですが、お嬢様がしっかりと帝王学を学ばれたと、喜びましょう。
と思っていたのですが。
そんなとき一人の男が部屋に入ってきて、リーダーに耳打ちをしたのです。
「……なるほど。ふふふ。そこのメイドちゃん、残念だったな。あんたのお嬢様が来たってよ。しかもこっちの要求通り、しっかり一人でな」
「えっ――」
「おい。連れてこいっ」
「お嬢様っ?」
扉の奥から、武骨な男三人によって抱えられるように、お嬢様が姿を見せられた。
けれどいつもの元気さは全くなく、ぐったりとされて意識はないご様子。後頭部から流れたと思われる大量の血によって、美しい黒髪が真っ赤な血に染まっています。
「おい。手を出すな、って言ったはずだが」
「す、すいません。暴れたのでつい……」
「ちっ。生かして連れてこいって言われているのに……死なれちゃ、それはそれで面倒なんだがな……」
舌打ちをするリーダー格の男。
私は彼に声を掛けます。
「あの、この縄をほどいてくれませんか。私ならお嬢様を癒せます。早く回復させないと。せめて傷口を……」
そんな私を見て、彼は少し考えた後、周りのごろつきたちに言いました。
「……ちっ。分かった。おい、おめーら。こいつの縄を解いてやれ」
「え、でも」
「心配するな。この女は無害だ。見たところ回復魔法しか使えねえ。体術武術のステータスもからっきしだ」
リーダーの男はそう言って、私に向けてにやりとした笑みを浮かべます。
なるほど。ごろつきにしてはただの脳筋ではないと思っていましたが、分析魔法のアナライズを使えるようです。おそらくあらかじめそれを使っていて、私の能力はお見通しみたいですね。
――まぁこちらとしては、むしろ好都合ですが。
「代わりにそっちのお嬢様を拘束しておけ。治った途端に暴れられないようにな」
「へ、へい」
彼らは慣れた仕草でお嬢様の手足を縄で拘束してから、私の縄の方をほどきます。
私は縄が解けるや否や、お嬢様の元に駆け寄りました。
相変わらずぐったりとして、出血はひどいですが……大丈夫そうです。
私は倒れて縛られているお嬢様のそばにかがみ込み、手をかざして回復魔法を掛けます。続いて、私の髪を留めているリボンをほどき、それをお嬢様の頭に巻き付けます。多少は、止血しているように見えるでしょう。
――と。なるべく一連の動作を自然と見えるようにしたため、目的を無事果たせました。
さて。
私はゆっくり立ち上がって、リーダー格の男に向き直ります。
「ん? おめぇ、その手に持っているのは……」
「あ、気づきました? ちょっとした指輪です。いざというときのために髪の毛の結び目のところに隠してあるんですよ」
私の言葉に、周りの男たちの一部がざわめきます。
こういう指輪の類の中には、危険な魔力が封じられた物もありますからね。
けれど、リーダーの男は冷静にそれを見ています。
アナライズの魔法を使えば、私の身体にそういう類のものが身に付けられていないことも分かります。ですのでこの指輪に、危険はないと察したのでしょう。
それどころか、これの正体に気づいているようでした。
「……それは、呪いのアイテムの類か? 少なくとも、俺らをどうこう出来るような力は込められてなさそうだが」
「ええ。正解です。いつどこで誰が何のために作った物かわかりませんが、これをヒーラーが身につけると回復力が逆転して、回復魔法が傷を癒すどころか逆に傷つけてしまうようになってしまうのです。しかもこの手のアイテムのご多分に漏れず、一度身につけたら簡単には外せないものなのです」
「ふん。つまりお前のような、回復させるくらいしか能の無い奴を封じるためのアイテムってことか」
「ええ。そうですね」
鼻で笑うリーダーの目の前で、私は素直にうなずくと、その指輪を自分の小指にはめました。
「なっ――どういうつもりだっ?」
「こういうつもりです」
次の瞬間。
部屋にいたごろつきたちに変化が起こりました。
ある者は、まるで生気が抜かれたかのようにぐたりと崩れ落ち、またある者は、古傷が急に裂け出してそこから大量の血を流してのたうち回る。
「な、何をしたっ」
「何って、回復ですよ」
にこりとほほえみを返して、私は解説をはじめます。ええ。この瞬間が大好きなのです。
「別に回復魔法は対象の側で手をかざして使わないと効果がない、なんてことはありませんよ? それこそ、バトル中のパーティ全体を回復させるようなものもありますし。今さっき、私がしたのもそれですね」
そこで言葉を区切り、まだ立っている男たちを見回しまして、優しく告げます。
「――でも今の私は呪われていますので、回復させようとしたら逆に傷つけちゃうんですよねー。しかも瀕死の人を治すくらいの魔法を掛けたらどうなっちゃうのでしょう?」
警戒した様子で、男たちが私から距離を取って構える。
ですが、その者たちもなす統べなく、ばたばたと倒れていきます。
「動き回る相手を瞬時に回復できるくらいですから、逆に回復されないようにと逃げ回るは不可能ですよ」
単純な火球のような攻撃魔法よりたちの悪い、不可視にして不可避の回復(攻撃)魔法――お嬢様も知らない、私の切り札の中の一つです。
すでにたくさんいた男たちは床に倒れ、立っているのは、私とリーダー格の男の二人だけ。
唯一残ったその彼は、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべています。
「ちっ。油断したか……。だが……なっ!」
不意に彼の手が動いたのが見えた途端――お腹に鋭い痛みが走りました。
……投げナイフ、でしょうか……油断していたのは、私も同じでしたね。
あーこれ、思ったより痛いです。お嬢様が怒ったのも納得です。後で謝っておきましょう。
「指輪の呪いのせいで、その傷は回復できないはずだ。これでお前も……」
「そーですねぇ」
痛みに耐えて立ち上がります。
代わりにリーダー格の男が、私の回復魔法を受けてその場に倒れます。痛いですけど、これくらいはまだ余裕です。
ちなみに、リーダー男は、まだ殺していません。
だってこれから種明かしをするのですから、見てもらった方が盛り上がりますよね。
というわけで、虫の息のリーダーさんに話しかけます。
「実は、呪いを回復させる魔法もちゃんとあるんですよ。もちろん今の私がそれを使っても、逆転してしまって効果ありません。……けど、指輪を付ける前ならどうでしょう?」
リーダーの顔がぴくりと動きます。
その反応に満足して続けます。
「この指輪をはめる前に、予め呪いを回復させる魔法をかけておいたんです。時間差で発動するように設定して。この場合魔法を使用しているのが指輪を付ける前ですから問題ありませんよね。あ、普通のヒーラーはこんなこと出来ませんよ。私だから出来るんです」
自慢終了――
さて、そろそろ発動時間のようですね。
私はしっかりと彼に見せつけるようにして、ゆっくりと指輪を外しました。
同時にお腹の傷を癒します。あー、痛くないって素晴らしいです。世の中が変わりますねー。
そんな私の一方で。彼はもう話せるような状態ではないようですね。ギリギリ死なないように回復させ続け、拷問することもできますが、お嬢様に手を出した輩を拷問のためとはいえ回復させるのも癪なので、さっさと報いを受けてもらいましょう。
黒幕やら何やらはそのうち分るでしょう。
「さて……。今の状態では回復による攻撃は出来ませんが……」
私に刺さっていたナイフを持って、倒れた男のもとに寄ります。
「もう動けないあなたを、これで刺すことは簡単に出来ますよねー。私はお優しいお嬢様とは違うので」
☆☆☆
私が「うーん」と重い石を持ち上げていると、ちょうどタイミング良く、お嬢様の閉じられた瞳が、ぱちくりと開きました。
「あ、お嬢様。起きられましたか」
「ん……ネイゼ……? ここは……って! ちょ、ちょっと待って! その手に持っている大きな石は」
「ああ。お嬢様がなかなか目を覚まされないので、これを落としたら起きるかなぁーと」
もう必要なくなったので、よいしょ、と地面に落とします。ずいぶん鈍い音がしました。
それを耳にしたお嬢様が、身体を起こしながら、呆れたような表情を浮かべます。
「あのね。いくら傷を治せても痛いものは痛んだからね。ていうか、眠りから回復させる魔法だって、あるんじゃないの?」
「あ、そういえば、ありましたねー」
私がぽんと手を打って感心していると、お嬢様は大きくため息をつかれました。
「……で、ここは? 確か屋敷にあたし宛に変な手紙が届いて、ネイゼを返してほしければ一人でやってこいって書かれていたから、指定された場所に助けに向かって、それで……」
お嬢様がきょろきょろと辺りを見回して言います。
ここは例の砦の外。無骨な古びた砦以外は、草木が延々と広がっている草原です。
砦の中は……まぁ、お嬢様には刺激が強すぎる光景が広がっているので、あえて気を失ったままのお嬢様を起こさず、ここまで連れてきたのです(重かったです
「お嬢様が私を助けてくださったのですよ」
「え、あたしが?」
きょとんとした表情を浮かべられるお嬢様に、私は適当に説明を加えます。
「ええ。ごろつきたちに不意をつかれて頭を殴られ、一瞬、意識がなくなったようですが、お嬢様はその後すぐに起きあがって、ごろつきたち相手に無双して。みんな逃げちゃいましたよ。そのあとお嬢様もぱたりと眠られてしまって、いやー。すごい活躍っぷりでした」
「ふーん。そっか。よく覚えていないけど、あたしの中に隠されたリミッターが解除されちゃった感じかな? えへへ」
なんの疑いもなく、微笑むお嬢様。
……これはこれで逆に心配になりますが、とりあえず今日の所はこれで良しとしておきましょう。
私がしたことは……できればお嬢様に知られたくはないので。
「ところで。助けてくれたことは有り難いのですが、どうして私を助けに来たんです?」
「へ?」
私の問いかけに、お嬢様はきょとんとされた様子。どうやら質問の意味が分からない感じです。
「あからさまな罠がある場所へ、危険を伴ってまで来る必要はなかったのでは? お嬢様は学習されたはずです。時には弱者・不要な者を切り捨てることも必要だと」
「あー。そんな勉強もしたっけ。でもそれと何の関係あるの?」
「え?」
「だってネイゼは大切な人だもん」
あまりに迷いもなく言われて、思わず私の方が戸惑ってしまいました。
あ、ああ。きっとあれですね。ご飯係がいないと町の外ではお腹空いちゃいますし、髪の手入れもしてくれる人は必要、という意味ですよねっ。
――まぁ、どのような意味が込められているにしろ、うれしいものです。
「でも、けっきょくあたしのせいでネイゼに怖い思いをさせちゃったから、反省しないといけないわよねー」
珍しくしおらしいことを口にするお嬢様。
私は思わず身を乗り出して、お尋ねしました。
「えっ? それでは、危険な旅は止めてお屋敷にお帰りに――」
「――だからもっと武者修行を続けて、強くならないとねっ!」
「……そーですよねぇ」
私は諦めてため息をつきました。
お嬢様と私のあてのない旅は、もうしばらく続きそうです。
ま、それも良いですけど。