ごろつき相手には逃げの一手
読み切り短編です。
ちょいと長めなので、二話に分けました。
「お嬢様の馬鹿ー」
「なんでよ。先に手を出したのはあっちでしょ」
「足を出したのは、お嬢様が先ですぅぅ」
トミナの繁華街の雑踏を駆け抜けながら、私は隣を走るお嬢様にツッコミを入れます。さすがに走りながらですので、いつものキレはありません。
そんな私たちの後ろから、ガラの悪そうな男たちが「殺してやる!」と刃物を持って追っかけてきています。
ここトミナは大陸有数の都市。その繁華街だけあって溢れている人々の間を、抜けるように駆け抜けます。
もっともこういう騒動は珍しくないのか、周りの人たちも逃げ出すことなく、私たちの追いかけっこをのんきに眺めている状況です。
もし離れてくれていれば、お嬢様がお得意の広範囲爆撃魔法で追っ手を撃退してくれるのですが、この状況では無関係の人も巻き沿いになりかねないので、さすがのお嬢様も反撃できず、逃げの一手。
もちろん、私は全くの無力ですし。
――そしてついに、私たちは行き止まりの路地へと追い込まれてしまうのでした。
「あー、もぉっ。行き止まりじゃないっ。ネイゼの馬鹿ぁ」
「えっ、私のせいなんですか?」
「おらっ。お前たち、追いついたぞ!」
「あたしのせいじゃないんだから、だったらネイゼのせいじゃないっ」
「えー。だったら、この人たちのせいでも、いいんじゃないですかぁ」
「あ、それもそうか」
「って、ごらぁぁぁ」
ごろつきさんたちのツッコミが入りました。
「いいか。お前ら。女だからって容赦しねぇ。殺してやる」
いつの間にかガラの悪い男たちの数が増えて、全部で五人になっています。
それに加えて多数の野次馬。ついでに、密集した住宅。
お嬢様の魔法はちょっと強力過ぎて、こういう密集した場所での戦いは苦手なのです。それなのに、簡単に足(蹴り)は出ますけど。
「うーっ。もしかして、これってピンチ?」
さすがのお嬢様も、かなり焦っているご様子。
私が攻撃魔法も体術もさっぱりなのを、お嬢様も分かってらっしゃるので、私には何も期待していないようです。
さて。どうしましょう。
ごろつきたちの様子を確認。
皆激おこ状態。刃物を取り出している人もちらほら。
とはいえ「殺してやる」と言っている割には、日常的に人を殺してきたような感じにも見えません。おそらく怒り任せの勢いで刃物を抜いてしまったというか、誇大して言っているような部分もありそうです。
……ならば、この手で行きましょうか。
私はメイド服の懐から、一本のナイフを取り出しました。
「なっ、やる気か?」
「ちょ、ちょっと。ネイゼ?」
私の手に握られているのは、ごく普通の果物ナイフ。いつどこでも、お嬢様の「食べたーい」に応えるための、必需アイテムの一つです。
もっとも戦闘スキルゼロの私がこれを構えたところで、刃物を持った相手と戦えるわけもありません。だからこその、お嬢様の反応なのですが。
とはいえ、殺傷能力は少なくても、そこは刃物。しっかりとねらって突き刺せば、致命傷。
というわけで。
「えい」
「あ――」
手応え十分。
根本まできっちり刺さったナイフから手放すと、お嬢様が力なく路地に崩れ落ちます。
ナイフはしっかり刺さっているのですが栓の役割を果たしていないようで、傷口の周りから、真っ赤な血がどくどく流れて広がっていきます。
「――って、お、お前、何やってるんだっ?」
慌て混乱するごろつきたち。
そりゃ、そうでしょう。
メイド風の私が背後から、お仕えするお嬢様を背後から突き刺したのだから。
さっきから「殺す・殺す」言っていながら、動揺しています。
というわけで、私は言ってやりました。
「きゃぁぁ。人殺しーっ」
「なっ」
「てか、やったのはお前だろうが」
「きゃぁぁ。きゃぁぁ」
周りに聞こえるように叫びます。
私の声に、次々と野次馬が集まってきます。
ごろつきたちは、かっとなって流れで追ってきたけれど、それはメンツのためで、本当は殺すまでせず、適当に痛めつけるだけで終わるつもりだったのでしょう。いろいろ面倒ですし。
とはいえ刃物は出しちゃっていますし、「殺してやるー」とも言ってましたし。
そんな中で、血を流して倒れているお嬢様です。
街中で追いかけっこをしていた場面もたくさん目撃されていますし、たいていの人は彼らがお嬢様を刺したと思うでしょう。
あ、私も血が付いたナイフを持っていますけど……
「ちっ。まぁもともとこうするつもりだったんだ。これで許してやるぜ」
そんなこと言って、散り散りに逃げていきました。
野次馬たちも、状況がつかめないのか、面倒ごとに巻き込まれたくないのか、そそそ、と去っていきます。遠巻きに、何もせず見ている人が数人くらいです。
これなら大丈夫でしょう。
めでたしめでたしですね。
「ふぅ」
汗を拭います。あ、血が顔に付いちゃっいました。
……はぁ。後で顔をちゃんと洗わないと、ですね。
――さて。
私は倒れているお嬢様に目をやりました。
うつぶせに倒れ、綺麗な黒髪から覗く顔は真っ白になっていて、のどから変な息が漏れています。あ、急がないとダメっぽいですね。
「キュア」
それは単純な回復魔法。
初心者が最初に覚えるような、わずかな傷を治すような魔法。
けれど熟練度や魔力次第では、大きな傷も治すことが可能なのです。基本はすべてに通ずるというか、大は小を兼ねるというか……ってこれは逆ですね。
まぁ、ともかく――
私にはそれで十分なので。
☆☆☆
「死ぬところだったじゃないっ!」
復活して早々、お嬢様が怒鳴られます。ええ。もう元気そうです。
「大丈夫ですよー。死んじゃっても、癒せばいいんですから」
「……あんたが言うと冗談じゃないみたいよ」
お嬢様がため息をつきます。
――別に冗談ではないのですが。
止まってしまった生命活動を「回復」させればいいだけのこと。何も普通の癒しと何ら代わりありません。
まぁ面倒なので、お嬢様を刺した後、死なない程度にこっそりと回復させ続けていましたけどね。別に怪我人の傍で分かりやすく手をかざさなくても、魔法は使えますし。
「そもそも、あんなガラの悪い方々と追いかけっこする羽目になったのは、お嬢様のせいなんですよ」
「何でよ。あたしはただ、酒場で騒いでいる客に、うるさいって文句言っただけじゃない」
「はい。ずいぶん高圧的な言い方でしたが」
「別にいいじゃない」
「そのあと、問答無用に蹴り飛ばしましたよね」
「それはあいつが、あたしのお尻を触ったからでしょ!」
「実は、どさくさに紛れたまったく別の人でしたよね」
「だったらそいつが悪いのよっ!」
「でも間違えて蹴られた人は、いい迷惑ですよね」
「それは……不幸な事故よ」
「で、謝るどころか逆ギレをして口論になって、酒場をめちゃくちゃにしたあげく、追いかけられてしまった訳ですが」
「ま、まぁ。終わったことだし?」
さすがにお嬢様がそっと目をそらされました。
お嬢様は大陸南部でも名家で知られるクラフト家の娘です。
ですが深窓のご令嬢という言葉からかけ離れたお転婆さんで、ちょっと武者修行してくると、突然家を飛び出されたのです。
もちろんお父上であるご主人様はお止めしましたが、聞くようなお嬢様ではありません。そのため仕方なく、旅の身の回りのお世話役兼、護衛として、メイドの私を同行させました。
ですが私の力及ばず、世間知らずのお嬢様が旅の道中にいらない事件ばかり起こして、苦労する日々の毎日です。
「……それにしてもさぁ。他のやり方はなかったの? いくら後から治してくれるって言っても、痛かったんだけど」
「ですが私はお嬢様と違って、相手を蹴り飛ばすような武術や遠くからぶっ放すような魔法は使えませんので」
私の正直な答えに、お嬢様は軽くため息をつきます。
「だいたい、回復魔法しか使えないあなたをお父様が選んだのはどうなのってところだけど。直接的な攻撃魔法はともかく、補助魔法・間接魔法くらいは使えてほしいけどねぇ」
魔法の中には直接相手を攻撃しなくても、仲間の能力を上昇させたり、相手の攻撃を防ぐ結界を生み出したりと、様々な便利な魔法があります。
けれど私は、そういう能力とは全くの無縁。
使えるのは、「回復させる魔法」のみです。
「でもでも私だって陰でこっそりと、バトルで暴れ回るお嬢様の体力を回復させたり、道に迷って荒野で飲まず食わず状態になったお嬢様の空腹度や栄養を回復させたりしているんですよー」
「まぁ……それは感謝してるわ」
ええ、そうです!
回復魔法しか使えなくても、「回復」にはいろいろな種類があるんですっ。
それにお嬢様の艶やかな黒髪の手入れ、服装を整えたり、その土地で手に入れた食材で料理を作ったりと、お付きメイドとしての本来の仕事もありますし。
お嬢様一人で飛び出たら、屋敷に帰るつもりがなくても道に迷って戻ってきてしまうかもしれませんよー。
けどそれを口にしたら、怒られちゃいますので、別のことでよいしょします。
「それに私が活躍しちゃったら、お嬢様の武者修行にならないじゃないですかー」
「確かにっ! そうねっ。さすがお父様。よくわかってるわ」
実際、お嬢様はお強い。
さっきは人ごみの街中、それに自分にも非を感じていたのか、逃げ回っていましたが、まともに戦うのなら、ごろつき程度は相手ではありません。広々としたところなら、広範囲魔法で爆撃してしまいますし。
――とはいえ、そこはやっぱり「お嬢様」。
実際の争いごとは、舞台で行われる「試合」とは違います。ただ強力な魔法を操れれば良いというものでもありません。
人を殺した経験もない、箱入りお嬢様が、実戦でのイレギュラーに対応できるのか、未知数なところはあります。
もし多少頭が回る者が相手だったら、間違いが起こるかもしれません。
だからこそ、私がしっかりしなくちゃ! ですよねっ。
と、私は改めて決心したのです……が。
――捕まってしまいました。