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レニーとアニーのひみつのクローゼット

作者: 里見しおん

 アニーは前世の記憶をもって生まれた。


 40代既婚女性だった記憶があったから、母がアニーと双子の弟レニーを生んで死んでしまったことにも、そして引き取ってくれた家での無関心にも耐えられた。




 自分が母のつもりでレニーを愛し、レニーを世話し、レニーの笑顔を支えにこれまで生きてきた。




 5歳になったある日、レニーがお人形にワンピースを縫った。

 ふたりに与えられた数少ない玩具。

 ふたりで大切に可愛がってきた。




「わぁかわいい。じょうずねレニー!」


「かわいいね…。」



 端切れで作ったワンピースは拙い縫い目だが5歳にしては上出来だと思った。

 目を輝かせてお人形を眺める弟に、アニーは覚えている限りの裁縫技術を教えた。


 レニーはぐんぐん吸収し、更に工夫をし、すぐに家庭科程度の技術しかないアニーを追い抜いた。

 そして、ある日。


 アニーのためにワンピースを縫ってくれた。


 なんでか端切れは家にたくさんある。

 糸も針も家人の目を盗んで少しずつ失敬したものだ。


 それらを駆使して作ってくれたパッチワークのようなワンピースはとてもかわいい。


「すごいレニー!」



「かわいい!私がアニーをお姫様にしてあげる!」




 レニーの言葉がアニーの記憶に引っかかった。

 まったく同じセリフを、見たことがあった。


 あっこれ、ゲームだ!

 レニーとアニーのひみつのクローゼットだ!



 かわいい双子のレニーとアニーを着せ替える、ただそれだけの女児向けゲームだった。

 娘がハマって、よく一緒にやったのだ。



 この会話、オープニング♡ひみつのクローゼットたんじょうひわ!てやつと同じ!


 そう思って見ると、レニーとアニーはあのゲームのレニーとアニーと特徴が似ている。

 たんじょうひわの、幼いレニーとアニーは肩につくくらいの金髪、おそろいの緑の瞳、おそろいの白い布の服。

 ふたりはワンピースと言うのもおこがましいものを家人に着せられていた。


 そしてレニーは、アニーの真似をして言葉を覚えたので話し方が女の子っぽいのだ。





 似ているどころじゃない、同じだ!!!


 えっあのゲームのレニーって男の子だったの?!




 いやまずは!私、ゲームの世界に転生してたの?!


 どこか外国の田舎なんだろう、いつかネット環境に触れられたら娘がどうしてるか調べようと思っていたアニーは衝撃を受けた。


 電化製品のない家だが、邪魔な養い子は古い家に放りこまれたのだろうと思っていたのだ。

 レトロな水道はあるしトイレも水洗だし。



 まさかのゲームの世界…?!



 しかし…このゲーム、とくにストーリーなくイベントで求められる服装に着せ替えるだけなんだけど…なぜ転生?!


 いや、まぁいいか!

 ひみつのクローゼットには断罪とか悪役令嬢とかありえないし!




 ぐるぐる考えながらも、アニーはレニーに笑って言った。


「嬉しい!レニーは天才だわ!」



 その言葉もたんじょうひわと同じだ、と言ってから気づいた。

 その日から、アニーはレニーの生着せ替え人形になった。








 まさかゲームでいつも服を縫っていたレニーが男の子だったとは…。

 前世の娘に教えてあげたい…。

 もくもくと針を動かすレニーは、ゲームと同じショートボブ。

 ゲームと同じくシンプルなワンピースを着ていた。



 あれから数年、わかったことがいくつかある。

 レニーはあだ名で、正式にはレナード。

 アニーもあだ名。アナスタシアという立派ななまえがあったらしい。



 そして私たちは貴族だった。



 お父様は公爵様で、メイドだった生みの母に手をつけた。

 そして妊娠し、私たちの住む別宅で出産したが、双子の産後1年たたずに亡くなった。

 母は家政を取り仕切る正妻様に嫌がらせをされ、かなり参っていたらしい。


 母の死後も、正妻様の気に触る存在の双子は死なない程度の世話で放置されていた。

 アニーに前世の記憶がなければ死んでいたと思うけど。いちおうは面倒を見てくれていた乳母がこなくなったのは3歳のころだ。



 なにか状況が変わったのか、別宅には数年前よりは人が出入りするようになった。



 レニーが縫い物をしてアニーに着せるのは誰にも秘密の遊びだ。

 男の子に許されることではないと、縫針をもったレニーはメイドに烈火のごとく叱られたのだ。

 女の子の服を着せて放置している癖に…。

 メイドたちに見られないようからっぽの衣装部屋でこっそりとやるようになった。



 まさにひみつのクローゼットだ。






「できた!アニー、着てみて!」



 レニーが満面の笑みで、不思議な国のアリスのようなエプロンドレスを渡してくれる。

 こういうのを、町の女の子は着ているのではないだろうか、と本の挿絵を参考に作ってくれたのだ。

 イベント、アニー、まちにおでかけ?だろうか。

 ミッションは『まちにきていくふくをかんがえて!』だ。

 ゲームではゴージャスじゃなければクリアできた。



「うん!」



 ばっとこちらもシンプルなワンピースを脱ぎ捨てて、エプロンドレスを着る。

 本宅から与えられるのはこのシンプルなワンピース数着とかぼちゃパンツだけだ。

 レニーに男の子用の服を用意してもくれない。




「アニー、かわいい!」



「レニー、ありがとう!」



 アニーは目の横でピースしてぱちんとウィンクする。

 ゲームでアニーがしていたのを思い出してやってみたらレニーがかわいいかわいいとすごく喜んだので、着替えた時はいつもやっている。




 しばらくきゃあきゃあして、元のワンピースを着てこっそりと衣装部屋を出る。


 暗い食堂に、硬いパンとおざなりに置いたのだろう、少しこぼれた冷めたスープが置かれていた。



「わぁ、今日のスープお肉が入ってるね!」


「…そうね!おいしそうね!ランプの油がないから、ろうそくをつけましょう!」




 ふたりはふたりだから、こんな生活だって幸せを感じられる。









 12歳になったある日。

 本宅に王子様がいらっしゃることになった。



 知ってる!

 イベントだ!おうじさまがやってきた?!

 だ!



 執事とメイドがやってきて王子殿下の御前に出られる衣装を誂えますよ、と嫌そうにあちこちを測っていった。



 そして届いたドレスは、淡いピンクの生地こそ上質なものの、サイズが微妙に合わないものだった。

 おそらく既に嫁いだ正妻様の娘が、似たようなサイズの頃に着ていたものだろう。


 レニーの服もだ。次期公爵である正妻様の息子が着ていたものだろう。



 試着した2人を見て、まぁそれでいいでしょう、汚すんじゃないよ、とメイドは脱がせもせずに去っていった。



 …汚したら難癖をつけて王子様の前に出さない、という流れなのかもしれないなぁ。

 別に出なくていいけど、そんな仕事ぶりでいいの?公爵家のメイドさん…。



 はぁっとため息をつくと、レニーが目を爛々と輝かせ言った。


「大丈夫、任せて!アニーのドレス、とびっきりかわいくしてあげる!」



 ドレスがいまいちでため息ついたわけじゃないんだけど…


「ありがとうレニー!楽しみ!」


 アニーはもちろん笑顔で言った。





 ゆるい首回りは詰めて。

 長い裾は少し切って。

 ウエストは裾を切った生地で作ったリボンで結んで。

 レースで作ったお花を髪飾りにして。



 おうじさまがやってきた?!のミッションが、『このドレスをせいいっぱいかわいくしちゃお!』だった裏側がわかった。



 双子に興味のない正妻様なら多少デザインが変わっても気づかないはずだ。

 いや、どのドレスを渡したのかも知らないかもしれない。




 王子様の前に出すために依頼したのだろう、翌日マナー講師として別宅にやってきた上品な老婦人はワンピースを着たレニーに、やせっぽっちの2人に驚いていた。

 憐みの目を向けながらも厳しく指導し、レニーに男の子の言葉遣いを叩き込み、お茶のマナーのレッスンよ、とお菓子を食べさせてくれた。


「あまぁい…。こんなに、おいしいもの、あったんだ…。」


 ぺろりと指先につけたクリームをなめて目を見開いたレニーに、老婦人は涙を浮かべた。


「…手を使ってはいけませんよ。カトラリーを使いましょうね。」


「はぁい。」


「そう、上手よレナード様。まぁ、アナスタシア様は上品ね。」



 この世に生まれて、お互い以外の人に褒められたのは初めてだった。

 レニーは頬を染めて老婦人を窺っていた。アニーは思わずこみあげる涙をぐっとこらえて、レッスンに励んだ。









 王子様の訪問当日。

 レニーの渾身の、最高に素敵になったドレスを着てアニーは別宅を出た。

 身支度にメイドは来なかった。

 自分で着替えて、髪はカチューシャのように編み込んで、髪飾りをつけた。

 レニーのドレスを着てひみつのクローゼットを出るのは初めてだ。




「かわいい、アニー。」



「レニーもとても、すてき。」



 レニーはジャケットの袖を少し折り込み、大きすぎる肩幅は肩を落として着ることで誤魔化した。

 貴族の子息としてはどうなのかわからないが、アニーにはとてもおしゃれに見えた。




 別宅まで呼びに来たメイドが驚いていた。

 支度なんてしてないと思っていたのだろう。

 メイドを無視して、ふたりで手を繋いで本宅へ向かう。



 本宅へ来ると、門の前にいた正妻様が双子に目を止めた。


「あら」



 遠目に見たことはあっても、正面から顔を合わせたのは初めてだった。

 気の強そうな顔立ちの、美しいマダムだ。



「…アナスタシア、ね?すてきね。そのドレスとても似合ってるわ。」



「あ、ありがとう、ございます、おくさま!」


 正妻様が、レニーがかわいくしてくれたドレスを褒めてくれた。

 レニーとアニーは嬉しくて胸いっぱいになった。






 きらびやかな馬車が到着し、正妻様が姿勢を正す。

 レニーとアニーも並んで出迎えた。





 王子様は馬車を降りるなりアニーに釘づけになった。

 目があったアニーもぽうっと見惚れた。


 黒髪に青い瞳に白い詰襟。

 ゲームの王子様とおなじ!

 でも、本物はずっとずっとすてき!!



「第二王子のフィリップです。あの…リューク公爵令嬢、だよね?」



 そう、うち、リューク公爵って名前らしい。

 老婦人に自己紹介を仕込まれるまで知らなかった。



「はい。お初にお目にかかります、リューク公爵家アナスタシアでございます。」




 ふわりとスカートを摘んで付け焼き刃のカーテシーをする。



「アナスタシア嬢…。」


 王子様の視線があつい。

 正妻様をチラ見すると、微笑みを浮かべていた。

 これでいい、ということか。



 これ、もしかして、お見合い?




「あ、あの、殿下。こちらは私の双子の弟です。」


 レニーの脇腹を軽くつつくと、仕込まれた通りに挨拶した。



「おはつにおめにかかります。リューク公爵家れなーどです。」



 レニーはレナードの名前に慣れないようでいつもたどたどしくなってしまう。



「やぁレナード。双子か、たしかによく似ているね。リューク公爵夫人、2人と遊んでもいいだろうか。」


「もちろんでございます殿下。」





 殿下はアニーの手を優しくとり、ぴったりと寄り添って庭園を歩いた。

 初めての手入れされた庭園に、レニーは嬉しそうだ。



「アニー、きれいなお花が咲いてるね。これは、薔薇?」


「ええと、たぶん違うわ。いい香りねレニー。」


「これは薔薇だよ。…アニー、レニーというのは、あだ名?」




 薔薇だった!

 日本でこんな薔薇見たことないから違う花だとばかり…!



「し、失礼しました殿下。そうです、あだ名です。」


「私も、そう呼んでいいかな。」



 レニーと顔を見合わせて、どうぞ、と笑った。

 お互い以外にそう呼ばれるのは、生みの母以来だ。

 レニーは覚えていないだろう。

 乳母にはあんたたち、と呼ばれていた。



「レニー、アニー。…私のことは、そうだな、フィルと呼んでほしい。」



 殿下にレニー、アニー、と呼ばれ、アニーはふたりだけの世界が終わった、と感じた。



 はい、フィル様!とレニーと声を揃えて言った。





 それからすぐアニーはフィル様の婚約者になった。

 やはり見合いだったのだ。



 フィル様は亡くなられた側妃様のお子で、正妃様のお子である第一王子が立太子した今年までご実家に匿われていたそうだ。

 政治的に問題があったのだろう。



 突然存在が明らかになった王子に近づくために、放置している娘がちょうどいい年だと公爵様は思い出したのではないだろうか。



 婚約式で初めてお会いした公爵様は、ちらりともアニーを見ずに、フィル様にお話していた。

 公爵様は思ったよりもじじいだった。







 レニーはフィル様の側近に選ばれた。

 マナー講師の老婦人は側妃様のご実家の係累で、レニーをとてもいい子だと褒めてくださって、フィル様はあの日、見合い相手のアニーよりレニーを見に来たらしい。


 アニーに見惚れてしまって、レニーにきづかなかったんだけどね、と頬を染めて言うフィル様に、アニーはきゅんとした。



 レニーのドレスを着ていたからだ。

 レニーは、私をほんとうにお姫様にしてくれた。

 レニーありがとう!の気持ちを込めてウィンクしてポーズをとると、フィル様はかわいい、なんだいそれは、もう一回やってくれないか、とすごく喜んでいた。





 フィル様と一緒に勉強するため、レニーは学校へ行く。

 アニーはお妃教育がいそがしい。

 ふたりともいままで放置されていたから、詰めても詰めても詰め込み足りない。


 王子の側近と婚約者になったふたりに、メイドたちは態度をガラッと変えてていねいにお世話するようになった。




 双子の子供時代は終わった。

 レニーは勉強に忙しくて裁縫をしなくなった。

 いつもいっしょにいたレニーと会う時間は少なくなった。

 レニーはたくさん学んで、言葉遣いも所作もすっかり貴族らしくなった。




 これでハッピーエンドだ。

 もう冷たいスープを飲むことも、粗末なワンピースを着せられることもない。




 でも、だけど。

 アニーはすこしだけ寂しかった。







 ふたりは本宅に移ることになった。

 別宅を出る日、アニーはふたりで過ごした衣装部屋を覗き見た。




「アナスタシア様、なにかお探しですか?」



 アニーの後ろをついて歩くメイドに、わたしのレニーをさがしていたの。と心の中で答えた。



「いいえ、覗いただけよ。ごめんなさいね。」




 衣装箱のひとつに、レニーの作品をこっそりと仕舞い込んで、持ち出した。





 レニーとアニーのひみつのクローゼットは永遠にふたりだけのひみつだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりに読み返しました 素敵なものがたくさん詰まったこのお話が大好きです いつまでも子供ではいられない、ずっと二人だけの世界ではなくなる この辺りが切なくて胸がぎゅっとなります
[良い点] 良いです!続き [気になる点] アニーとレニーの秘密のクローゼットの続きが有ると良いですね! ドレスメーカーを経営して普段は商売を任せているオーナーだけどたまにドレスや紳士服をデザインする…
[一言] 終わり方が印象的でした。 レニーとアニーはどんな生活を送ることになったのか。気にはなるけどここで終わるのが1番だと思います。素敵な作品でした。
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