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Love Beginning  作者:
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林原 直人〜知〜

林原 直人〜知〜


 窓から差し込んでくる太陽の光がまぶしくて俺は目を覚ました。

 ベットの上で背伸びをして体をほぐすとベットから起きあがり窓の外を眺めてみることにした。

 窓の外から見える景色は俺が今まで見てきた景色とは全く違っている。

 それもそうだろう。

 俺は昨日、この美風荘にやって来たばかりなのだから。

 しばらくはこの美風荘で暮らしながら『神隠し』について調べる生活が始まるんだ。

 俺は窓を開け外から流れ込んでくる綺麗な空気を肺に吸い込んだ。


「あら、直人さん。おはようございます」

 

 窓の外、美しい桜並木の下で竹箒を手に道を掃除している女性が俺に朝のあいさつをしてきた。


「明海さん、おはようございます」


 俺も明海さんに挨拶を返した。

 朝からこんな事をしている姿を見ると明海さんは本当に管理人なんだなと思ってしまう。

 年はまだ25歳のはずなのに、しっかりと管理人としての風貌が伺えるのは、多分それなりの苦労をしてきたからなんだろう。


「昨日は、小春のことありがとうございました」

「昨日?」

「ええ。小春を海に連れて行ってくださって。

 あれから帰ってきた後、小春はずっと直人さんと海でのことを話しましたの。とても嬉しそうに」


 そう言う明海さんもなんだか嬉しそうに微笑んだ。

 昨日あったばかりだけど、明海さんは本当に妹想いの良い姉だと思う。

 俺なんかよりも立派な……。


「俺も楽しかったですし、近道も教えてもらいましたから」

「小春は小さい頃から元気で色々な所を探検してましたから、このあたりの地理は私なんかよりも何倍も知っていますわよ」


 小春ちゃんのことを話す明海さんの笑顔は本当に良い笑顔だ。

 そうやって俺と明海さんが小春ちゃんについて話していると玄関が勢いよく開いて一人の少女が飛び出して来た。

 飛び出した少女は小春ちゃん。

 セラー服を着て、手にはシューズケース。

 背中には鞄を背負ってるから部活にでも行くのかな。


「それじゃ、お姉ちゃん行ってきます」


 急いでるって事は時間的に余裕が無い訳か。

 ああやって遅刻ぎりぎりに家を出ている姿を見ると実家に住んでたときを思い出すな。


「行ってらしゃい、小春」


 明海さんは笑顔で小春ちゃんを送り出した。


「小春ちゃん、がんばってね」


 俺も窓から少しだけ身を乗り出して小春ちゃんに言った。

 小春ちゃんは俺がいるとは思わなかったんだろう、一瞬すべての動きを止めてぼんやりと俺のことを見ていた。


「はい!!」


 そして、元気よく大きく手を振りながら桜並木の方へとかけだして行ったのだった。




 ここに来るのは今日で二回目だった。

 明海さんと小春ちゃんの姉妹が暮らしているこの部屋にやってくるのは。そして、


「ごちそうさまでした」


 俺は昨日に引き続いてまたしても明海さんの手料理をご馳走になってしまった。

 小春ちゃんが部活に行った後も俺と明海さんは窓越しに色々なことを話した。

 そうやって話していく内に今朝もご馳走になる約束をしてしまったのだ。


「お粗末様でした」


 明海さんは俺の前に熱く湯気が立ち上る緑茶を差し出してくれた。


「すみません、ただでご飯食べさしてもらってるのに。こんなことまで」

「気にしないで結構ですよ。一人で食べるご飯ほど味気ない物は無いですから」


 その言葉は俺に対しての言葉だったんだろうか。

 それとも明海さん自身に対しての言葉だったんだろうか。

 俺には真偽が分からなかった。


「ねえ、直人さん。あなたは『神隠し』を調べて何が知りたいのですか?」


 明海さんも手に熱い緑茶を入れた湯飲みを手に持って俺の前に座った。


「やっぱり、気になりますか?」


 俺が調べている『神隠し』と呼ばれる現象。

 明海さんの両親はその『神隠し』にあい、消えてしまった。

 被害者である、きっと明海さんは『神隠し』に対して人一倍思い入れがあるはずだ。


「・・・・・・はい」


 ゆっくりと静かに明海さんは呟いた。


「答えを保留するのはありですか?」

「ええ。無理にとは言いません。ただ、直人さんがもし遊び半分で『神隠し』を研究するのであれば忠告させてください。あれは危険です。一歩間違えば消えますよ」


 『消えますよ』

 その言葉を明海さんの口から聞くとやっぱりすごみを感じてしまう。

 今までだってこんな風に『神隠し』と呼ばれる現象によって家族を失ってしまった人を何人も見てきたが、そのたびに『神隠し』と呼ばれる現象の危険性と不気味性を感じてしまう。


「それは大丈夫ですよ、明海さん。俺だって『神隠し』の危険性は充分分かっています。分かった上で、調べたいと思ってますから」


 『神隠し』の被害者である明海さんにこんな事を言うのはもしかしたら酷なことなのかもしれない。

 俺は『神隠し』を調べることで生活しようとしているのだから。

 でも、これは俺の選んだ道なんだ。


 あの時、彼女が消えた時に決めた道なんだ。


「そう、ですか」


 やっぱり明海さんは悲痛な声を出した。

 そして俺と明海さんの会話は止まってしまった。


「ねえ、直人さん」


 再び、明海さんが口を開いたときには、湯飲みに入れられた緑茶はすっかり冷え切っていた。


「何ですか?」

「もし宜しければ、これからも私と小春と一緒にお食事をお取りになりませんか?」


 明海さんの顔に迷いなど無かった。

 明海さんが何を考えていたのかは分からないが、今考えていることなら俺にも分かった。


「別にかまいませんよ」


 俺は明海さんの意見に承諾した。

 そして、その答えを聞いて明海さんは予想通りの台詞を言った。


「ありがとうございます。きっと、小春も喜びます」


 結局、明海さんは過去のことよりも今のことを考えるようにしたんだと思う。

 『神隠し』によって消えた両親よりも、一緒に生きている小春ちゃんのことを考えたんだと思う。

 明海さんはたぶん、何よりも小春ちゃんを大事にしていると俺には思えるから。




 明海さんから朝食をご馳走になった俺は市立図書館へとやって来た。

 多分この図書館も何かと世話になるだろうから、何処に何があるのかは早見に知っておきたかった。

 今は春休みと言うこともあるのだろう、子供連れの家族が多く、子供たちが絵本などを楽しく騒ぎながら読んでいた。

 あそこは子供たち専用の場なんだろう。

 いくら騒いでも大人たちは注意していない。

 大人たちは大人たちの場で静かに読書を続けている。同じ図書館であるはずなのに、子供たちの場と大人たちの場は全く別物に見えてしまう。

 間におかれた一枚の壁、それを隔てて全く別の空間が広がっている。

 そして図書館というのはこの二つをあわせて、いや二つだけじゃないけど、これらをあわせて図書館と言うんだ。

 俺はそんなどうでも良いことを考えつつ、この町の歴史を調べることにした。

 六年前、若狭海で発生した『神隠し』について俺の知らない何かがあるかもしれないからだ。

 三時間後、俺は読んでいた本を元の場所に戻した。

 もっと調べたいことがあったが、まだ部屋の整理も完全に終わっていない。本腰を入れて『神隠し』について調べ始めるのはもう少し先からでもいいだろう。

 図書館を後にした俺は少し散歩しながら美風荘へ帰ることにした。

 この町をこうやって歩くのは今日が初めてだ。

 近くに海があるせいかこのあたりは魚介類を売っている店、もしくは料理店が多い。多すぎて何処が良い店なのか見当がつかないぐらいだ。

 それについては今度、小春ちゃんから聞いてみよう。

 小春ちゃんはきっと美味しい店を知っているに違いないから。

 こうやってのんびりと町を歩いていると時より波の音が聞こえてくる事がある。

 町の喧噪に紛れて時々、途切れ途切れにだけど確かに波の音が俺の耳に入ってくる。

 俺は少しだけ波の音に耳を傾けた。


「直人さん!!」


 そんな俺にいきなり声が掛かった。

 びっくりしてないと言えば嘘になるが、相手も俺を脅かそうといったつもりは無かったらしくちょっとだけ困惑気味の表情を浮かべていた。


「やあ、小春ちゃん」


 俺は後ろに立つ相手、小春ちゃんに言った。

 部活の帰りだろうか。この町に昨日来たばかりの俺に声をかける人物なんていないと思っていたからな。

 予想外だった。


「ごめんなさい、直人さん驚いた?」


 顔の前で手のひらをあわせながら小春ちゃんは俺に謝ってきた。

 腕に下げたシューズケースが少し揺れているのがちょっとだけ微笑ましい。


「まあね、いきなりのことだったから」

「ごめんなさい〜〜〜」


 小春ちゃんは再度謝ってきたが今度の声はちょっとだけ笑いがかっていた。

 俺の驚いたときの顔でも思い出したのだろうか?


「声が笑ってるよ、小春ちゃん」

「あはは、すみません」


今度は正直に楽しそうな声で小春ちゃんは言ってきた。




 図書館からの帰り道で小春ちゃんと出会った俺は、小春ちゃんと一緒に定食屋へと入っていた。

 小春ちゃんが一緒にお昼ご飯食べて帰りましょうと提案したのが始まりだった。

 明海さんには小春ちゃんが携帯から連絡を入れているので心配ないとのことだ。


「ここが、小春ちゃんのお薦めの店か」

「そんなに期待されたら、私がちょっと緊張しますよ」


 料理はちょっと前に小春ちゃんが俺の分もまとめて注文してくれたから、俺と小春ちゃんは料理が来るのを待っている。


「直人さんは何であんな所通ってたの?」

「ああ、図書館からの帰り道でね。ちょっとぶらぶらしながら美風荘へ蹴る途中だったんだ」

「図書館って、こっちは美風荘から反対方向だよ」


 驚いたように小春ちゃんは俺に教えてくれた。


「あ、そうなんだ」


 それは気がつかなかった。

 一応、美風荘の方向へ歩いているつもりだったんだがな。


「私と出会わなきゃ、直人さんは迷子になってたんだ」


 そう言うと、小春ちゃんは俺の顔を見ながら笑い出した。


「確かに、この年で迷子はまずいな」


 いくら、見知らぬ土地とは言え大学院生にもなって迷子は問題があるような気がする。


「はい」


 俺が迷子になる姿がそんなに面白かったのか小春ちゃんは目元に浮かんだ涙を指で拭いながら小春ちゃんは、まだ笑い続けていた。




 運ばれてきたのは、魚のフライが乗せられたそばだった。

 小春ちゃんも同じ物を頼んだらしく、俺と小春ちゃんはそばを食べることにした。

 小春ちゃんが選んだ料理だけ合って、味は確かに美味しかった。俺はそばを食べながら、ちょっと小春ちゃんに尋ねてみた。


「ねえ、小春ちゃん?」

「あい?」


 小春ちゃんは口にそばを含んだまま返事をしてきたのでちょっとおかしな発音になっていたけど俺は無視して話を続けた。


「小春ちゃんって、明海さんのことどう思ってる?」

「え」


 小春ちゃんは取り合えず、口に含んでいたそばを喉に通して逆に俺に質問してきた。


「どうしてそんなこと聞くの?」

「いやこれと言って理由はないんだけどね。昨日あったばかりなんだけど小春ちゃんと明海さんって仲の良い姉妹に見えてね。ちょっと気になったんだ」


 明海さんが小春ちゃんのことを大事にしているのはよく分かった。

 じゃあ小春ちゃんは明海さんのことをどう思っているんだろう。

 これは単純に俺の中に芽生えた純粋な疑問だった。


「ふうん。お姉ちゃんのことね。そうだな、大好き、かな。難しいことは言えないけど私はお姉ちゃんが大好きだよ」


 小春ちゃんの顔が俺には輝いて見えた。

 嘘偽り無い本当の小春ちゃんの気持ちなんだろう。

 もっとも小春ちゃんが嘘を付くとも思えないけど。


「ねえ、直人さん。今度は私から質問。直人さんにも兄弟っているの?」


 いきなりな質問を小春ちゃんはしてきた。


「何でそんなことを聞いてくるの?」

「直人さんと一緒だよ。なんとなく気になったから」


 小春ちゃんは笑顔でそう言ってくれた。そんな風に言われたら俺も断る理由が無い。

 本当は答えたくない質問なんだけど。


「小春ちゃんはどう思うの。俺には兄弟がいると思う?」


 素直に教えたくない心が表に出たのか、気がつけば小春ちゃんに意地悪な質問を返していた。


「ううん。難しい質問だよ。直人さんは弟って雰囲気じゃないから、いるとしたら妹さんかな」

「妹ねぇ」

「うん。直人さんって妹を溺愛してそうな感じがするから」


 素直な気持ちを小春ちゃんは言ってくれた。

 そんな嬉しそうな小春ちゃんを悲しませたくなくて、俺は答えを濁した。

 彼女に気づかれないように、自然な笑顔を作る。


「はずれだよ。小春ちゃん」

「残念」

「ニアピン賞ではあったけどね。俺にいるのは妹じゃなくて弟さ」

「本当に残念」


 でも、小春ちゃんは全然残念そうには見えなかった。

 逆に、俺とのこんな会話を喜んでいる、俺にはそんな風に見えた。




 昼食を取り終えた俺は、小春ちゃんの案内の元美風荘へと帰っていた。

 美風荘への帰り道でも小春ちゃんはこの町についての色々なことを俺に教えてくれた。

 小春ちゃんはこの町が好きなんだろうな。

 この町に対して事細かに説明してくれる小春ちゃんを見ていると俺はそんなことを思ってしまう。

 そして、俺も小春ちゃんみたいにこの町を好きになりたいなと。


「ねえ、直人さん」

「うん?」


 やっと俺にも分かる道になってきた。

 つまりはもうすぐ美風荘の近くだと言うことだ。


「美風荘の前に桜並木があるの知ってるよね」

「ああ、あれだけ桜があったら満開になった時は綺麗だろうね」


 まだ満開には少しだけ時間が掛かりそうだけど、満開になったらもの凄く綺麗になるだろうなと、昨日あの桜並木を通った時から俺は満開になるのを期待していた。


「そうなんだよ。でね、私とお姉ちゃんは毎年桜が満開になるとあの桜並木でお花見してるんだよ。ねえ、今年は直人さんも一緒にどうかな?」


 小春ちゃんは期待のこもったまなざしで俺を見ていた。

 流石にそんなまなざしを向けられたら断れない。


「別にかまわないよ、俺は」


 俺だって、あの桜の満開は見てみたいし、もっと明海さんと小春ちゃんの姉妹とも親睦を深めてみたいと思っていたのだから丁度良かった。


「本当に、約束だよ。詳しい日時とかはおって連絡するからね」


小春ちゃんはそう言って俺に小指を差し出してきたのだった。


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