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第一話「お姉ちゃんがやったげる」(1)



 ここは地球とは違う剣と魔法の世界。



 世界は二分されていた。人間が統べる東側の人界と魔物が闊歩する西側の魔界。

 両者は拮抗していたが、200年前の魔界で起きた大災害の際に、人間軍が大きく攻め込み、この世の8割方は人間が領有することになった。



 それからは、小競り合いのようなものはあっても、大規模な戦争も起こることなく、現在でもこの勢力図は変わっていない。

 噂では、以前は魔物を従え勢力拡大を目指していた、高度な頭脳を持つ"魔人"がほぼ絶滅したとも言われている。今や魔界は凶悪な獣が生息するエリアに過ぎないという訳だ。



 魔界との紛争が終わり平和が訪れたからか、全ての人間は魔法が使えない体に進化した。しかし、人間はかつての魔法を使ったバトル、異形の魔物が荒れ狂う戦場の興奮を忘れなかった。

 かつての実戦は娯楽化され、人間同士で競いあうゲームがうみだされた。



 『グリモワ・プレイ』



 弱らせたか屈服させた魔物をカードの中に封印し使い魔として召喚する古典魔術と、魔法を使えない人間でも魔法を繰り出せるようにと戦乱期に開発された魔法陣。この二つを応用して作られた、一対一の召喚術バトルである。


 プレイヤーは魔物を召喚する"クリーチャーカード"と魔法を呼び出す"スペルカード"の二種類を組み合わせた計20枚のオリジナルデッキを使って、それらのカードに封印された魔物を使役したり魔法を撃って、"メインカード"から召喚された相手のメインクリーチャーを倒した方が勝利だ。



 このゲームは、派手なバトル内容で注目を集め、現在では人界を代表する人気スポーツだ。

 あちらこちらで大小様々な大会が開かれ、老若男女が試合に釘付けになり、どの子どもたちもプロプレイヤーを夢見た。



 これはそんな世界のある少年の物語である。




 ▷ ▶ ▷ ▶ ▷




「いけ!〈荒ぶる黒牛(ブラックブル)〉!」


「うがああ、俺の〈兎一等兵(ラビナイト)〉が!」


 人界の片隅にある小さな街の闘技場で10歳前後の少年たちがグリモワ・プレイをしていた。


「そのまま〈小鬼の頭領(ボスゴブリン)〉でトドメだ!」


 ひときわ高い洋服に身を包んだ黒髪の少年の声に従い、屈強なゴブリンが相手のメインクリーチャーの〈ロック蟹〉に棍棒を振り下ろす。

 岩のごとく硬い甲羅も、これまでにじわじわとダメージを受け続けていたのでたまらず砕けた。〈ロック蟹〉は光とともに霧散し、赤毛の少年の"メインカード"に還っていった。


「つえー! やっぱシュナイゼル君最強だわ!」


 周りの少年たちから歓声があがる。

 シュナイゼルと呼ばれた黒髪の少年は誇らしげに微笑んでいた。


「負けたよ。やっぱ強いな」

「ふん、お前もなかなかだったぜ。ただ全体的に軽すぎだ。フィジカルのあるクリーチャーをいれないと蹴散らされるだけだぞ」

「うーん、そういうカードは高いからなぁ」


 勝負を終えた二人は談笑しながらステージをあとにする。

 少年たちの間では次のプレイヤーを誰にするかが話題になった。


「よっしゃあ、じゃあじゃんけんで決めようぜ! 次やりたいやつこの指とーまれ!」


「「「はい!」」」


 1人の少年の掛け声で一斉に他の子どもが集まった。


「はい!」


 ワンテンポ遅れて、あどけなく可愛らしいくすんだ金髪の少年も名乗りでた。

 しかし、他の子らは驚いた顔でその少年を見て、互いに目配せするとどっと笑いだした。


「はははは! マック、正気かよ。ここ(闘技場)はドッグランじゃねえんだぜ?」

「それともなんだ、お前のワンちゃんが虐められるところを見たいのか? へへっ、お前超性格悪いな!」


「ち、違!」


 マックと呼ばれた金髪の少年、マグレガーは反発しようとするが、シュナイゼルの怒声に怖じ気づいた。


「うるせえマック! ()()()()はお前みたいな庶民がやるゲームじゃないんだよ! カードを買えるようになってから出直してきな!」



 これがグリモワ・プレイの欠点である。ゲームで使用するカードは高価な品であり、また、"メインカード"以外のクリーチャーカード及びスペルカードは全て使()()()()。つまり一度試合で使ったらそれ以降は使えなくなるのだ。メインカードはデッキに1枚までと制約されているのでこの運命からは逃れられない。

 よってグリモワ・プレイは発明から40年以上経った今でもセレブのスポーツの域を出ない。シュナイゼルの周りにいる子供らは全て上流階級の生まれ。中の中以下の子どもは闘技場でも観戦しかしていない。しかし、下の上程度の身分であるマグレガーが参加したいと言ったため、このように嘲られているのだ。



「僕にだってカードはあるよ。それにジャッキーもたくさん訓練してきたんだ。だからお願い! 僕にもやらせてよ」


 高い金を払わずにクリーチャーカードを入手する方法は、ある。自分で捕まえることだ。

 カードショップには空カードというものが売っていて、それを使えば自分で魔物を封印することができる。しかし――


「カードがあるだぁ? どうせそこらの動物とかだろ? お前なぁ、ただの獣が魔獣に、魔物に勝てるか? 論外なんだよ、失せな」


 常識的に、通常の人間では魔物を弱らせて封印することはできない。せいぜい森で不意をついて野生の動物や人界に生息する弱い魔物を捕らえるくらいだ。


「で、でも」


「しつこいやつだな。分かった。俺が相手になるかどうか見てやるよ。おら、カードを貸しな」


 そういってシュナイゼルは強引にマグレガーのカードケースを奪った。


「ねえ、やめてよ!」


「なになに~? 〈働き蜂〉に〈暴れ猿〉、〈吸血コウモリ〉。プッ!〈ミニスライム〉ってお前、野犬の方が強いレベルの魔物じゃねえか!」


 シュナイゼルの声に皆が笑い転げる。


「で、メインは〈ウォードッグ〉のジャッキーね。いやー悪い悪い、ちゃんと魔物持ってたな、ミニスライム」


「返してよ!」


「おいおい、焦るなって。やめろやめろ、はははは!」


 マグレガーがデッキを取り戻そうとするが、ひょいひょいと躱して、なかなかシュナイゼルは返してくれない。その時。


「お前もしつこいな、って、あっ!」


 シュナイゼルが手を滑らせて、持っていたジャッキーのカードが宙を舞った。そして運悪く石造りの闘技場の隙間に落ちていってしまった。


「ジャッキー!」


 マグレガーは慌てて取り出そうとするが、細い溝に手を入れることも、中を見ることもできなかった。


「そんな、ジャッキーが、ジャッキーが……」


 泣きじゃくるマグレガーを中心に気まずい空気が流れる。


「お、お前が邪魔するからいけないんだぞ。ったく、しらけたじゃねえか。これに懲りたらグリプレなんかしようと思うなよ、バーカ」


 行こうぜ、とシュナイゼルが声をかけて少年たちは闘技場をあとにした。

 岩の隙間をほじくりながら涙を流すマグレガーと、彼の庶民友だちだけが闘技場で悲しい表情を浮かべながら取り残された。



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