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鍋運びのジジ  作者: 中村朱里


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6.私にできること

繰り返すが、今回のウィッチ・ゾーイの不在にまつわる理由について、ジジもイチイも、一つとして嘘は吐いていない。二人の言葉は、確かに真実であり覆しようのない事実である。

魔女集会は秘された集会だ。自然と会話し、精霊と協力し合い、人々に『少しばかり素敵なこと』をもたらす魔女のことを尊ぶ者は少なくないが、同時に、そんな魔女のことを異端として、唯一神を絶対とする教会という組織は、魔女のことを狩り立て、残酷に処刑する。だからこそ魔女は隠された存在として世に知られている。

教会の異端審問官にとって、魔女集会などという場は、絶好の狩場だ。だからこそ魔女集会についての情報は、魔女の間では絶対の箝口令が敷かれ、その参加者にのみ詳しい情報が伝えられる。

そのことをジジもイチイもウィッチ・ゾーイからきつく言い含められており、魔女集会とはそういうものであると理解していた。

だが、それは魔女に関わる者であるからこそ理解できる話なのだ。目の前の青年達にとっては、ジジとイチイの必死な訴えなど、ただの言い訳にしか聞こえないらしい。


「それが本当なのかは、そこの子供の身体に聞けばいいことネ」

「ッあ……っ!!」

「イチイ君! 本当なの、本当なんです! だからお願い、お願いだからやめて!」


苦痛の悲鳴を上げるイチイに駆け寄ろうとしても、目の前で交差する剣に再び阻まれる。その剣に手をかけ、自らの手が切り裂かれるのも厭わずにジジは叫んだ。 

そんなジジの姿をしばしつまらなそうに見つめていた青年は、やがて紅の唇に再び笑みを刷き、ひょいっとジジの顔を覗き込む。

懸命に涙をこらえて変な顔になっているジジの顔とは大違いの、お綺麗な顔が突然目の前に現れて、反射的にジジは身を引こうとする。だが、それは叶わない。青年の白い手がジジの顎を掴んで固定したからだ。

凍り付いたように硬直するジジに、青年は優しく甘く笑いかける。


「ネェ、お嬢サン。ワタシ達はネ、別に金の魔女がいなくてもいいんだヨ」

「……え?」

「俺達は、とある薬が欲しいんだよネ。それを用意してくれたら、この場を引いてあげてもイイヨ?」

「くす、り?」

「ソウ。オクスリ」


こっくりと大きく頷いてみせる青年の姿に、ジジは青灰色の瞳を瞬かせた。どうやらそういうことであったらしい。ようやくジジは、この青年が何故ウィッチ・ゾーイを狙ったのかを理解した。

数多存在するウィッチクラフトの中でも、ウィッチ・ゾーイは製薬を得意とする魔女として知られている。だからこそ彼女は慕われ、同時にだからこそ狙われる。今回もそういう理由だったのだ。

ヘイロンという組織が、わざわざ金の魔女の屋敷を探し出してまで求める薬が、まともなものであるはずがない。それでも、自分はともかく、イチイの無事には代えられない。

 

年の提案は、傍から見ればこれ以上なく好条件であるように思えたに違いない。薬一つ渡すだけでジジもイチイも助かるのだと青年は言ってくれているのだから、ただその薬を渡せばいいだけの話なのだ。

だが、それはできなかった。青年の提案は、好条件どころか、ジジにとっては絶望をもたらす提案でしかなかった。


ジジの表情が変わったことに気付いたらしい青年が首を傾げるが、そんな青年に顎を固定され無理矢理視線を合わせられたままのジジは、唇を震わせた。


「ウィッチ・ゾーイの薬は、彼女が薬を求める人に合わせて、一つ一つ作るものです。材料すら、以来を受けてから用意します。だからどんな薬であろうとも、薬そのものは基本的に一つとして貯蔵されていないんです」


そうなのだ。ウィッチ・ゾーイの薬は、完全なるオーダーメイドなのである。ウィッチ・ゾーイが自ら薬を求める者の話を聞き、診察し、その者のためだけに作った薬は、ほんの一匙の量であったとしても、同量の黄金以上の価値があるとされる。

たった一人のための、たった一つの薬。その薬さえあれば、どんな病もどんな傷もたちどころに癒えると謳われ、ウィッチ・ゾーイの美貌も手伝って、彼女の薬さえあれば不老不死も夢ではないのではないかと夢見る者もいる。


ちなみにウィッチ・ゾーイはその薬を、自身が気に食わない富める者からは、わざと調合を間違えたただの栄養剤でしかない薬をとんでもない値段で売りつけたり、逆にお気に召した者にはタダ同然の値段で提供したりするのは余談である。


ジジがそう言い終えると同時に、青年はジジの顎を解放し、その背を伸ばしてフムと頷いた。


「ヘェ。なら仕方ないネ」


淡々とした声だった。諦めてくれたのか、とジジはほっと安堵の息を吐くが、その安堵は、次に続いた青年の言葉によって見事にぶち壊されることになる。


「そこの子供、金の魔女の孫なんだってネ。コレを人質に連れ帰って、魔女集会とやらから帰ってきた金の魔女に、俺達の元に来てもらうよう、お嬢サン、伝えておいてネ」

「なっ!?」

「ふざけるな! なんで僕が……っ!」

「うるさいネ」


刃によって切り裂かれた手の痛みも忘れて呆然とするジジだったが、イチイが男によって担ぎ上げられるのを見てすぐさま正気を取り戻した。

慌ててイチイの元に駆け寄ろうとしても、ジジの左右に立ち、剣を突き付けていた男達によって阻まれてしまう。二人はジジの身体を押し退ける。彼らにとっては軽い力だったのだろうけれど、非力なジジはそのままその場に尻餅をついた。そんなジジを一瞥することもなく、ジジの血に濡れた剣を軽く袖で拭って鞘に収めた二人は、イチイを担ぎ上げている自身と同じ顔の男の横に並んだ。

 そんな三人を引き連れて、イチイをそのまま連れて行こうとする青年の後をジジは慌てて立ち上がって追いすがる。


「やめ、やめてください! イチイ君を放して!」

「ジジ!」


自分の声が涙声になっているのが悔しかった。泣くのを耐え、こちらの身を案じるように見てくるイチイのことを助けられない自分が悲しかった。こんな時、ウィッチ・ゾーイがいてくれたら。そんな甘えたことを考えてしまう自分が情けなかった。

でも、その悔しさや悲しみや情けなさに浸っているばかりではいられない。


――貴女は貴女にできることをすればいいのよ。それがきっと、素敵なことに繋がるわ。


尊敬する師の台詞が、また耳元で蘇る。

――ああ、そうだ。ジジはジジにできることをする。鍋運びだから何もできないなんて思っている場合ではない。鍋運びにだって、できることがある。ウィッチ・ゾーイとイチイを守るためならば、ジジはなんだってするしなんだってできる。

その思いが、震えるジジの足を突き動かした。今にも三人の男と、担ぎ上げられたイチイを引き連れて玄関から出て行こうとする青年の元に走り寄り、止めようとする男達の手を掻い潜って、自身の血に濡れた手で青年の袖を掴む。


「わた、しが」


美しい笑みを浮かべたまま、それでもどこか面倒くさそうにして肩越しに振り返ってくる青年の黒瑪瑙の瞳を見つめ、ジジは叫んだ。



「私が、ついていきます!」



その宣言に見開かれたのは、青年の黒瑪瑙の瞳ばかりではない。男の肩に担ぎ上げられているイチイの、アメシストの瞳もまた同様だった。


「ジジ!?」

「――――ヘェ?」


それまで散々自身を担ぎ上げている男に、その天使のごとき美貌に相応しからぬ罵声を浴びせかけていたイチイが、ぎょっとしてジジの名前を呼んだ。だがジジはそちらを見ることなく、どうやらこちらの発言に興味を示してくれたらしい青年の黒瑪瑙の瞳を見つめながら続ける。


「私はウィッチ・ゾーイの弟子です。彼女から数多のウィッチクラフトを教えられています。きっと、貴方の望む薬を作ってみせます。だから、だから……!」

「だから、この子供のことは助けてくれ、って?」


確かめるような台詞に、ジジは頷いた。一世一代の大嘘だった。だってジジは鍋運びだ。ろくなウィッチクラフトの一つも行使できない、できそこないの、弟子にすらなれない鍋運び。

青年がどんな薬を求めているのかは知らないが、どんな薬であろうとも、自分にはきっと作れないだろうということをジジは自覚していた。けれどそれがなんだ。今は重要なのは、イチイを助けることだ。そのために必要な嘘ならば、たとえ自分の命がかかっていようが、構うことなどない。


青年の黒瑪瑙の瞳が眇められ、その白く長い指が紅の唇へと寄せられる。とんとん、と、思案するように青年の指先が自身の唇を叩くのを後目に、担ぎ上げられたままの状態のイチイがその愛らしい声で怒鳴る。


「ジジ、何言ってるの! 君は……っ!」

「ティエン、ちょっとその子供黙らせるネ」

「むぐっ!」


ジジが鍋運び程度の実力でしかないことをよくよく知っているイチイが、顔色を変えて叫んだ。だが青年の言葉に従って、イチイを担ぎ上げている男が、そのイチイの口を塞ぐ。

そして青年は、青年の上衣の黒い袖を、決して離すものかと固く掴んでいるジジの手を引き剥がす。自分でもどうしようもないほどにがちがちになっていた手が引き剥がされ、ジジはようやく切り裂かれた手の平の痛みを思い出した。

その自身の両手を胸の前に引き寄せながらも、青年と合わせた視線を決して逸らそうとはしないジジに対し、青年はその紅の唇が描く弧をより深くした。周囲の三人の男達を制して、改めてジジの前に立つ。


「ウン、気に入った」


そう言って、青年は艶やかに笑った。


「その提案、受け入れてアゲル。その代わり、もしも薬が作れなかったその時は、相応の対価を払ってもらうヨ。ヨロシイカ?」

「はい」


そんなことは覚悟の上だ。でなければあのヘイロンの関係者にこんなことが言えるはずがない。

本当は怖くてたまらないし、逃げ出したくてたまらないけれど。それでも、その恐怖以上に、ジジにとってはイチイが、そしてウィッチ・ゾーイが大切だから。だから、どんなことだってするし、どんなことだってできるのだ。


ためらうことなく頷き、真っ直ぐに青年の黒瑪瑙の瞳を見つめ返したままのジジに対し、青年は今度はくつりと喉を鳴らして笑った。それは今までの美しくも酷薄な笑みとは異なる、まるで新しいおもちゃを前にして面白がる子供のような笑い方だった。


「お嬢サン、名前は?」

「……ジジ、です」

「ソウ。ワタシはリェンファ・リー。これからヨロシクネ、オ嬢サン」


名前を訊いておきながら、そのジジの名前を呼ぼうとはせずに『お嬢さん』と呼ぶ青年に、ジジは悔しさを堪えながら、その美しく微笑むかんばせを見つめ返した。

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