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第13話 最強への緩やかな始まり

 セットしたアラームがけたたましく鳴り響く。

 閉めきった厚手の遮光カーテンが部屋を薄暗くし、少しの隙間から漏れ出す光を、空気中の埃が反射している。


 ミカゼは時計に手を伸ばしタイマーを止めると、重い体を持ち上げた。

 大きな欠伸と一緒に伸びをして、カーテンを開ける。

 射し込んだ太陽光に咄嗟に顔を背け、目をしばたたかせた。


 よくまぁ、山奥なのに毎日晴れるものだ。


 昨日から何か感傷的になっているようだ。

 家族の電話のあと、とぼとぼと歩いた薄闇の帰り道を思い出してしまうあたり、ホームシックが原因なのだろう。


 ミカゼは少しでも気分を変えるために、シャワーを浴びることにした。

 洗濯機に服を放り投げ、やたらと広いお風呂へ。

 少し熱めのお湯で体を隅々まで洗う。

 本当はお湯に浸かりたいところだが、朝はそこまで時間がない。

 今日はウナフ達と食堂でモーニングの予定だからだ。


 さっぱりしたところで風呂場を出る。

 しかし、気分は晴れないままだった。

 弱った心は悪いことばかりを溢れ出させる。


 ミカゼは昨日の能力の訓練を思い出して溜め息をついた。


 確かに充填能力でまともに放電能力を使うことが出来た。

 しかし、十五分溜めてやっとあのクシュニ種と同レベルの雷撃しか出せないとは。


 僕は何を安心していたのか。この程度でどうやって家族を、好きな人や友人を守れるのか。


 考えれば考えるほどドツボに嵌まっていく。


「強くなりたい……」


 気付けば充填能力を使っていた。

 慌てて解除するが、能力使用を探知する装置があるそうなので、時すでに遅し。


「ああ、やめやめ! 辛気臭いとウナフに心配されてしまう」


 ミカゼは自分の顔を二回強く叩いた。


「早めに準備をして待っていよう」


 一人で部屋に居るよりも、その方がいいだろう。

 ここにいたら暗いことばかり考えてしまうから。

 

 昨日手渡された能力者用スーツと教科書をかばんに突っ込み、水を一杯飲んで外に出た。


 朝日と清涼な空気は、心の自傷行為の良い緩和材になったようだ。

 少しだけ前を向けたミカゼは、能力を使ってしまったことで呼び出されるだろうな、と苦笑いをした。


 中庭へ下りてウナフ達を待つ間、日向ぼっこをしていると、ミカゼの住む棟から微かに扉が開く音がした。

 視線を向ければ、どうやらミカゼの隣の部屋の生徒のようだ。

 鉄格子からちらちら見える姿を見る限り、男子生徒だと思う。


 ちょうど良いと思ったミカゼは、彼が下りてくるのを待って挨拶をしようと考えた。

 机に腰掛けることしばし。


 あれ、なかなか来ないぞ。階段ですっ転んだりしたか?


 と思っていたら、中央の棟から彼が出てきた。

 わざわざ遠回りする意味がわからない。

 しかし、いくら考えても答えが出るわけではないので、とりあえず声をかけることにした。


「えっと、おはよう。隣に越してきたミカゼ・エルドートルです。よろしく」


 ブラウンの癖っ毛を目にかかるほど伸ばした彼は、こちらを一瞥すると何か言おうと口を開いた。


「おーい、ミカゼー! おはよう!」


 が、しかし聞こえてきたのは、上の階から手を降るウナフの声だった。


「おはよう! 危ない危ない!」


 身を乗り出す彼女にほっこりしたことを隠すために、苦笑をする。

 階段を下りるために一度姿を消すまでウナフを見送ると、隣の生徒に話の腰を折ってしまったことを謝ろうと、視線を戻した。


 だが、彼はすでに背を向けて歩き去ってしまっていた。

 怒らせてしまったかと思うと同時に、彼が向けた目がひどく濁っているように見えたことが頭から離れない。


 いったいどういう感情なんだ?


「おはようございます、ミカゼさん」

「ちっ、死んでなかったか」

「おはよう。ミエコくんや、聞こえてるからね?」


 今は彼らとの関係の方が大事だ。

 ミカゼは頭の片隅に隣人の件を放り出し、早めの登校をするのだった。



>>>



 生徒や職員の往来が激しくなってきた食堂は、がやがやと騒がしく食欲をそそる朝食の匂いもあって、寝ぼけた頭を起こすには持ってこいだ。

 中央には大勢との交流を図るために、長いテーブルが二列食堂を横断するように置かれている。

 余ったスペースに四人掛けのテーブルがあり、クラスが四人制なこともあって生徒にはそちらが人気だ。

 この時点で学校の目論見は外れてしまっている。御愁傷様。


 かくいうミカゼ達も早く来てこの席に座っていた。



「誰か能力を勝手に使ったって人いる?」


 ミカゼが人工肉のソーセージをつつきながら三人に尋ねる。

 するとミエコは視線だけで否定し、ヒリアスも首を振る。そしてなぜかウナフはむせた。


「ど、どうしたの、ウナフちゃん。水飲む?」

「けほっ、ありがとう、ヒリアス。けほっ、んぐっ」

「ウナフ、お前まさかあの日先生に呼ばれたのって……」

「え、やっぱり呼び出しくらう感じ? というかウナフ使ったことあるの?」


 ミカゼからすればそっちの方がびっくりだった。

 どっちかって言ったらミエコの方が……、と思って横目で見たら、睨み返された。

 背中に若干の冷や汗をかきながらウナフを見ていると、やがて観念したように口を開いた。


「うん、一回だけね……。でもちゃんと理由を話したら許してもらえたよ」


 理由か。

 それなら己の心の弱さが生んだ不安と、強さへの願望か……。

 許してくれる気がしないな。ようは自分を御せなかった結果だから。


 ということは、ウナフは能力を使っても許されるほどの理由があったってことか。どういう理由なのだろう。

 ふと気になって訪ねてみた。


「能力を使ってしまった理由って?」

「へ? い、いや、私はその……」


 しかし、ウナフはもじもじするばかりで一向に答えてくれない。頬が赤いのも気になる。


「この話終わりっ! いつか話してあげるから!」


 最後には強制的に打ち切られてしまった。

 色々気になるのでいつか絶対教えてもらおう。


 そんなことを話しているうちに授業開始十分前になった。

 慌てて食器を片付け、教室へ向かう。

 席に座り、教科書を広げて駄弁ること数分。

 キンサ先生が入ってきた。


 ミカゼの体は思わず硬直してしまう。

 いつ名前を呼ばれて外へ連れ出されるか冷や冷やしていると、


「では授業を始めます。起立」


 何事もないように授業が始まってしまった。


 あ、あれ、おかしいな。もしかして後で呼ばれるのか?


 びくびくして全く授業に集中できなかったが、結局先生と二人っきりでお話しがあるわけでもなく、午後になってしまった。


 もしかしてバレてない? いや、そんなわけないよな。人前じゃ言えないから訓練の時にでも言われるのだろう。



>>>



 昼食が終わり、今日から地下練習場デビューだ。

 意気揚々と地下へ行こうとするが、肝心の三人が一緒に来ない。


「あれ、みんなどうしたの?」

「ミカゼはそっちなの? 私達、今日は教室なんだ」

「ああ、怪しい洗脳をされんだよ。内容は一切覚えてねぇっていう徹底ぶりだ」

「ミカゼさんも必ず施術されると思いますよ。その時は、その頑張ってくださいね」

「施術て。言い方怖い」


 自分でも薄々気付いていたが、同種を害することがないように洗脳をされるかもしれないというのは、やはり恐怖だった。

 まだ彼らと一緒なら良かったかもしれないが、今回も僕だけのけ者だ。

 あの三人はもう12ヶ月もこの学校にいるそうなので、色々とずれてしまうのは仕方のないことなのだが、そういう時は決まって自分が部外者なのではないかという念にとらわれてしまう。


 まあ、そんなことはおくびにも出さないが。

 ウナフに悲しい顔をさせてしまうのは目に見えているからな。


 ミカゼは手を上げて三人と別れると、一人地下へ下りていった。



 初めて来たが、随分と落ち着いた雰囲気だ。

 アール種がまだ異能生物に侵されておらず、自由に世界を往き来出来た時代にはホテルという宿泊施設があったそうだが、雰囲気はそれに似ている。

 照明は白で明るいものの、通路の床はカーペットが敷かれ、壁は気持ちを落ち着かせるような空色をしている。

 そしてホテルの部屋のように番号を振り分けられた曇りガラスの扉が、長めの間隔で左右にあった。


 ミカゼは八番の練習室を目指し廊下を歩く。

 案内板の通りに進めばすぐに発見できた。


 二回ノックをして中に入る。


 その先は廊下の幅よりも若干広い、細長い部屋だった。

 ロッカーが左側に四つ。そして右側はガラス張りで、ガラスの向こう側がどうやら練習室のようだ。あの豆腐倉庫の中と同じようなのっぺりとした空間だった。

 するとこの部屋は休憩室や、先生が生徒の訓練を見る場所らしい。よく見ればモニターとマイクが端に設置されていた。


 ミカゼは休憩室にいた二人の男女、キンサ先生と元の学校に自分を迎えに来た男性に会釈をした。


「こんにちは、ミカゼ君。僕のことを覚えているかな。名前はイングス。イングス先生と呼んでくれ」


 イングス先生はそう名乗ると、自分がここにいる理由について話し出した。

 どうやら彼はミカゼの専属コーチのようだ。能力の扱いについてのアドバイスや日常のカウンセリングまで請け負うと言った。


「ミカゼ君の能力についてはよく聞いているよ。まあとにかく始めようか。今日からミカゼ君が持つ3つの能力を上手に使えるように、体術や戦略について実際に体を動かしながらやっていこう」


 ミカゼは強く頷いた。



>>>



「お疲れ様。よく頑張ったね。今日はこれでおしまいだよ」


 イングス先生はうっすらかいた汗を拭った。

 ミカゼは休憩室のベンチに座り、ぜえぜえと息を荒らげている。


「はひっ、ありがとう、ございました」


 乱れる呼吸を整えながら、先程までの訓練について考える。


 イングス先生は強かった。

 途中から脚力強化を使ったが、勝てる気がしなかった。

 無駄なく鍛えられた肉体に、持久力、そして堅実な体術。


 あれは越えなければならない一つの壁だろう。

 これから体を鍛えなくては。


 そして今日一番の収穫と言えば、コピーした能力を使っても先生達にバレないということ。

 思えば、ウナフに一目惚れしたあの日も、遅刻した時に能力を無意識に使って通学路を駆け抜けた気がする。

 そして疑問が一つ。

 脚力強化のような身体強化系能力はスイッチのオンオフがあるということだろうか?

 もし、無いとすれば、常時能力が発動しているということになる。強化系能力者は許されるのだろうか。


 自分にとっては、脚力強化を使うというよりも、力をセーブするかしないかの違いで、オンオフというはっきりしたものではない。

 しかも、朝充填能力を使ったわけだが、それに関してもおとがめなし。はっきり言って拍子抜けだ。


 もしかしたら、コピーした能力は()()()()()()()()()()()


 ならば明日も試してみるまで。


 この日からミカゼは毎日のように、こっそりと能力の練習をするようになる。

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