第12話 温もり
雑で読みにくい文章かもしれません。
低い位置にあるオレンジ色の太陽が、影を長くする。
逆光によって黒くなった木々や建物は、夕方によく映える。
夕暮れ時が一番自分や世界を映し取る、と誰かが言ったそうだが、確かに一理あるのではないか。
夕焼けは否応なく、終わりをイメージさせる。
仕事の終わりや学校の終わり、映画の終わりに小説の終わり。そして一日の終わり。
その後には何が待っているのか。
ある人は家族のもとへ帰るだろう。ある人は無人の家へ帰るだろう。
何かが終わり、何かが始まる。
それが幸せかそうではないか? その先に希望があるか何もないか?
夕べに歩く人や、その風景を見てみるといい。
少なくとも、あなたがこの世界をどう思っているのかが分かるはずだ。
もしかしたら、歩く人の見る世界や、世界自身が感じる世界も分かるかもしれない。
今、一人の少年が橙色に染まった道を歩いている。
その姿を見た全員が、彼が見ている世界は幸せだ、と口を揃えるのは間違いない。
口はニマニマと吊り上がり、足は今にも浮き上がりそうだ。
恋が実り、心配だった能力は充填能力のおかげで万事解決し、この後には家族への電話も控えている。
まるで一度闇を知った者が、その後右肩上がりの山しかないような人生を送ってきたように、彼は生き生きしている。
ミカゼは電話を使うために一度学校へ戻った。
職員室の横に、世にも珍しい電話室というものがある。
当然そこへ向かったわけだが、よく時間を見ると、普段通りなら妹が帰ってくるまで20分くらいあった。
家に帰って待機するのも面倒なので、『ヨロ~ズ』で暇を潰すことにした。
学校と食堂が繋がっているので、食堂と繋がっている『ヨロ~ズ』は、実質学校の一部のようなものだ。
ちらほらと職員のいる食堂を通り抜け、便利なお店へ。
入店チャイムが鳴り、
「いらっしゃいませー」
と間延びした声が聞こえた。
「どうも、店員さん」
今度はこちらから話しかけに行く。
イエローブラウンの髪を無造作に伸ばした彼女は少し驚いたようだった。
その様子に、してやったり! と思いながらレジへ向かった。
「なんだ新人くんか。新手のナンパかと思ったよ」
「それは絶対無いので安心してください」
「そこまではっきり言われると腹立つなぁ」
大仰に頬を膨らませ、不機嫌さをアピールする彼女。
その姿にミカゼは面白そうに笑う。
「それにしても真面目にやっているんですね」
「そうだよー。まぁ一度、生徒にちょっかいを出しすぎて怒られたけどね」
「何をやったんですか……」
話をするうちに彼女がつい最近来たことを知った。
そう取れる発言をしたとき、「しまった」という顔をして、「しまった」顔をしたことに「しまった」という顔をした。
その表情を浮かべた彼女に疑問を抱いたが、言葉を交わすうちに忘れてしまった。
とにかく面白い人だ。
あっという間に20分が過ぎ、時計を見たミカゼは話を切り上げた。
「そろそろ時間なので行きます」
「はいよーって、何も買わないの?」
「あ、はい。暇だったので世間話をしに来ただけです」
「やっぱりナンp」
「それは有り得ないです」
「まだ言い終わってないよ」
馬鹿話もほどほどに、ミカゼは店員さんに会釈をして『ヨロ~ズ』を出た。
「あ、名前聞くの忘れた」
引き返そうとしたが、これでは本当にナンパになってしまう。
しかも、名前を聞いている途中でウナフが来たら変な誤解をされそうなので止めておくことにした。
Uターンしかけた足を前に戻したところで、ちょうど訓練帰りのウナフ達に会った。
ミカゼの選択は正しかったようだ。
「あっ! ミカゼ!」
トタタッ、と駆け寄ってくるウナフ。
そのあまりの可愛さと眩しさに、ミカゼは目が眩んでしまう。
突然よろけたミカゼにウナフは心配そうに声をかける。
「大丈夫? 体調悪いの?」
「いや、君があまりにもまぶしくて……」
「ぽひゅん!!」
歯の浮くような恥ずかしい台詞だったが、ミカゼが言えば何でも良いのか、沸騰した水蒸気を口から出して真っ赤になってしまった。
当のミカゼは無意識で口走ったことを覚えておらず、目の前でもじもじするウナフを見て、どうしようこの可愛い生き物、とその後ろにいたミエコに意見を求めた。
「知らねーよ。そして死ね」
と今までで一番の辛辣な言葉を頂戴した。
ここでヒリアスが謎の対抗心を燃やして、
「私にも言ってほしいな……」
とミエコを見ておねだりをし始める。
若干カオスになってきたので、ミカゼはウナフの頭をなんとか冷まし、別れの挨拶をして早々に立ち去った。
ようやく電話室にたどり着いたのだが、かなり混雑している。
とは言っても、すぐに電話が空き、無事に電話を掛けることに成功した。
2、3回の着信音の後、ガチャリと音がして母が出た。
『はい、もしもし』
この二日間色々有ったので、随分と懐かしく感じる母の声だ。
「もしもし、ミカゼだよ」
息を吸い込む音が聞こえ、声を震わせて母が答えた。
『ああ、ミカゼ。良かった……!』
「泣かないでよ。僕は大丈夫だから」
『ごめん、ごめんね……』
「母さん……」
ミカゼは母が落ち着くまでずっと母を宥めた。
『もう大丈夫だから。ごめんね、泣いちゃって』
「いいよ。ただこっちも泣いちゃうから、次はやめてね?」
『ふふっ、そうだね。そっちではどう? 友達とかは出来た?』
「うん。クラスメイトとは仲良くなれたよ」
『それは良かった。生活とかは不便ない?』
「うん、大丈夫だよ。ご飯も安いし……」
しばらく母と取り留めの無い話をしていると、気になることを言い始めた。
『そうそう、ミフネが最近元気が無いのよ。ミカゼがそっちに行っちゃった事がほとんどの原因なんだろうけど、どうもそれだけじゃないっぽいの。今代わるから話を聞いてあげて』
愛娘ならぬ愛妹の元気が無いのは心苦しい。早く兄の声を聞かせて安心させてあげよう。
『もしもし、お兄ちゃん?』
「ああ、ミフネ。良かった……!」
なんとか涙は堪えたが、さっきの母の応答と同じになっていることは気付かないようだ。
『お兄ちゃん……! ぐすっ、ひぐっ』
妹は嗚咽が漏れてしまっていた。その様子にミカゼは胸を締め付けられる。
妹がこんなに寂しくしているのに、僕は浮かれていたなんて! ……いや、この考えはよそう。今は妹に耳を傾けるんだ。
「ミフネ、泣かないで。お兄ちゃんはここにいるから」
『泣いてないもんっ、私は強いんだから!』
「そうだな、偉いぞ。それでこそ僕の妹だ」
『うん! 大好きお兄ちゃん! ………。…………? どうしたの、お兄ちゃん。返事して?』
「あ!? あ、ああ、大丈夫大丈夫。と、ところで最近何かあったか? 母さんが心配してたぞ?」
『う、ううん! 何にもないよ! お兄ちゃんは安心してそっちで頑張って!』
明らかに無理をしているのだが、経験上ここで深追いしても却って悪化してしまう。
だから、今は妹の心を軽くすることだけを考える。
「分かったよ。一週間に一度は必ず電話を掛けるから、その時は僕の話し相手になってくれるか?」
『うん、任せてよ。また今度ね』
「おやすみ、ミフネ。お兄ちゃんも大好きだよ」
『えへへ、おやすみなさい』
ミフネは母に電話を渡したようだ。
電話を代わった母の声が耳元のスピーカーから流れる。
『もしもし、何かわかった?』
「ごめん、母さん。何も言ってくれなかったよ」
『わかった。今度学校で何かあったか、友達のお母さんに聞いてみるね』
「うん、お願い。最後に声が聞けて嬉しかったってミフネに伝えておいて」
『はいよ。おやすみミカゼ、愛してる。ミフネももう一回言う? はい、お兄ちゃんに言ってあげて』
『お兄ちゃん、おやすみ。また来週ね』
「おやすみ。また来週」
カチャリと軽い音がして、電話が切れた。
ミカゼは無言でその場を立ち去り、外へ出た。
その日の風は、愛おしい家族のご飯の匂いを運んでくるようだった。