第11話 出来損ない
「ミカゼはこっちじゃないの?」
「うん、また向こうだってさ」
昼食が終わり教室へ戻る生徒と、地下の練習場へ行く生徒が半々の中で、ミカゼは外の練習場へ行かなければならない。
「わかった。また明日ね」
地下へ行くウナフに手を振り、キンサ先生を呼ぶために一度職員室へ向かった。
扉を叩き、
「失礼します」
と言って中へ入る。
すると席に座り、眼鏡をかけて資料のようなものを読むキンサ先生が見えた。
こちらに気付かないのでミカゼは声をかける。
「キンサ先生、来ました」
先生は紙面に落としていた目をこちらに向けた。
「ミカゼくん、ごめんなさいね。気付かなくて」
腰を上げ眼鏡を机に置いた先生は、申し訳なさそうな顔をした。
「いえ、大丈夫です」
「そう、ありがとうね。来てすぐで悪いけど、行きましょうか」
「はい」
昨日と同じように後ろをついていく。
本当は午後の訓練などサボって、早く妹に電話を掛けたいところだが、電話が使えるのは訓練終了後の夕方から夜の間だけだ。
なのでこれはご褒美だと思うことにした。
今日はすこぶる調子が良いので、昨日のような失態を晒すようなことは無いと思う。
そうして訓練施設へやって来たミカゼ。
すでに施設の扉が開いていたので、先生が苦労して開ける必要はなさそうだ。
「じゃあ、中に入って待っててね」
一昨日とまったく同じセリフを言うと、パタパタと研究棟へ入っていった。
ミカゼはどこか薄ら寒い施設の中へ入り、扉を閉める。
すぐにキンサ先生の声がスピーカーから流れた。
『始めましょうか。今日は少し頑張ってもらうわ』
すると、天井や壁、床からたくさんの的が迫り出し、あらゆる方向を向いてごちゃごちゃと配置された。
『ではこれから能力を使ってこの的を攻撃してもらいます。脚力強化を使って手で触れるだけでもいいわ。ただし、その過程で必ず能力を使うこと。いいわね?』
「が、頑張ります」
―――――。
不自然な沈黙。
『ごめんなさい、ミカゼくん。私、ちょっと呼ばれてしまったから、能力の練習を始めていてね』
「あ、はい」
なにやら数人の男の人の声が、スピーカーから雑音のように流れたが、プツッという音を最後に聞こえなくなった。
施設内を静寂が包む。
妙な居心地の悪さを感じながら、しかし突っ立っているのも時間の無駄なので、言われた通り練習を始めることにした。
まずは脚力強化。
床を踏みしめ、体を前に倒す。
すると面白いように体が加速し、耳の傍で風の対流が起こってひゅうひゅうと音をたてた。
床から斜めに飛び出た的に手を触れる。するとカシャーンと効果音が鳴り、床へ収納された。
結構面白いな、これ。
子供心を刺激されたミカゼは次々と的に触れていく。
最高速度を維持し、体の操り方も模索する。
あらかた床の的が無くなってしまったので、次は放電能力を使うことにした。
昨日、無駄に集中して緊張したのがいけなかったのかと思い、走りながら発動させる。
調子の良さもあってか、上手く手のひらに力が集まった。
そして、熱を帯びたように脈動するそれを、一気に解き放った。
パジッ
「なんで……」
しかし、放たれたのは静電気並みの小さな雷撃だけだった。
あまりの手応えの無さに足を止めてしまう。
「もう一回やってみよう」
今度は全神経を丹田に集め、沸々と沸き上がる能力を丁寧に練り上げていく。
溜めて溜めて、溜めまくって……。
限界を感じたとき、集めた力が膨れ上がり、意図しないまま暴発してしまった。
パンッ
だが、暴発した能力もさっきと似たような結果に終わった。
その威力の無さにしばらく愕然としていたが、
「もしかしたら、相性とかが有るのかもしれない」
と開き直って、脚力強化で飛んだり跳ねたり、たまに放電能力も使って壁の的に触れていった。
あとはもう手が届かない壁の高いところや天井にある的のみとなったとき、スピーカーからキンサ先生の声が聞こえてきた。
『どう? 能力には慣れた?』
「はい。でも放電能力が中々使えなくて……」
『そう……』
声だけでは何を考えているか分からないが、この沈黙からしてとても肯定的なことを考えているとは思えない。
数秒の後、先生は
『もう一つコピーしてもらいたい能力があるんだけどいい?』
と言った。
ちょうどミカゼも能力の相性を知りたいと思っていたし、そもそも否定する理由もないので短く同意した。
『ありがとう。先に能力の説明からするわね。これからコピーしてもらう能力は〝充填〟能力よ』
「充填能力ですか?」
『その名の通り、力を充填する能力。その力というのは、どんなものにでも変換できる万能エネルギー……と今は言われているわ』
「そんな能力があるんですね……」
その能力があれば、ろくに使えなかった放電能力もなんとかなるかもしれない。
『そうね。ミカゼくんは第二次スクエラ種大侵攻を知っているかしら?』
「ああ、はい。タイオッピ都市で起きた事件ですよね。たしか、たった二人の能力者がそれを防いだとか」
『よく知っているわね。そのうちの一人が持っていた能力も充填能力よ。厳密には少し違うのだけどね』
「おお……。すごい能力ですね」
『充填した力が能力にまで作用するか分からないけど、もし出来たらパワーの底上げになるわ。上手くいかなくても、専用のデバイスを用いれば蓄えた力を、攻撃として放出できるようになるから』
「わかりました。ありがとうございます」
残った的が収納され、代わりにガラスケースが姿を現した。
四角いガラスの中には、上部に小さな機械の付いた丸い容器があり、その中を水と一緒に漂う半透明の生物がいた。
『これはクリオネ種という生物よ。説明は授業の時にするわね』
確実に一時間まるまる使うだろうな……、とミカゼは遠い目をする。
『そろそろ能力を使うはずだから見ておいて』
今のところ変化は無いが、そう言われたのでじっと見つめる。
すると、容器の水が一瞬歪んで膨らんだように見えた。
次の瞬間、一気に容器に亀裂が入り、粉々に砕け散った。
クリオネ種が外に出てしまったが、大丈夫だろうか。
すぐにガラスケースが床に沈んでいってしまったので、クリオネ種がどうなったか分からないが、キンサ先生のことだからちゃんと救い出すだろう。
ミカゼは能力を使った。能力はちゃんと成功したようだ。
何とも言えない心地よさが奥に広がっていく。
「コピーできました」
『良かった。じゃあその能力でいくつかやってもらいたい事があるから、頑張ってね』
「頑張ります」
その後は、夕方までみっちりと測定や指示をこなしていったのだった。
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時は少し戻る。
私は数人の研究者と共に、ミカゼくんが能力を使って的に触れていく場面を見ていた。
スピーカーをOFFにしているので、ミカゼくんにこの話が聞こえることはない。
「どうですかね。見た感じでは脚力強化は真っ当に使えていると思いますが」
「ただ、ああほら。放電能力はからっきしなんだよなぁ」
「得手不得手がある複写能力ということですか。どう思います? ハザさん」
話をふられた私は、今思っている懸念を話すべきか迷った。
しかし、いずれ誰かが必ず気づく。それに隠しているメリットもない。
だから私は正直に話すことにした。
「そうですね……。皆さんは強化能力が完全にコピーされていると考えているようですが、私は違うと思うのです」
「どういうことだ?」
「まずはこれを見てもらえますか」
私はモニタールームに置かれた仕事用のファイルから資料を取り出す。
そこには脚力強化を持ったメロン種のデータが記載されていた。
「このメロン種がどうかしたのですか?」
「ここを見てください。このメロン種は能力値が62、アール種が能力値62の脚力強化を持った場合、その強化倍率はおよそ7倍です。おかしいと思いませんか? このままコピー出来ているというのなら、ミカゼくんはあの強化施設の天井に簡単に手が届くはずなのです」
研究者達は、はっとしてモニターを見た。
そこには必死の形相をしているにもかかわらず、側面の壁の中間までしか跳べていないミカゼが映っていた。
「まじか。コピー能力に興奮して、目の前の事が見えていなかったとは」
「手を抜いているというわけではなさそうですね。我々が造り出した装置にウソは通用しない」
「ええ、そうですね。おそらくミカゼくんの能力は……」
研究者は同様に頷いた。
「劣化複写能力でしょうね……」
全員が肩を落とすが、便利な能力に違いはない。
だからどうにかしてその差を埋めるために、充填能力のコピーを思い付いたのだった。
その裏に、さまざまな知的欲求がなかったと言えば、それは嘘になるが。
「その方向で行きましょう。彼に直接伝えるか否か、彼が気付いた場合のアフターケアはハザさんにお任せしますがよろしいですか」
「分かっています。クリオネ種持ち出しの許可はお願いします」
あらかたの方向性は決まった。
そう思って研究者達は解散していく。
しかし、彼らはまだ気付かない。
そこに大きな見落としが有るということを……。
読んでくださりありがとうございます。
ここで一つ表現について。
リアリアール種は人型なので『人』という文字は使いますが、『人間』という文字は私達なる存在そのものを表すようなニュアンスを持っているので、使わないようにしています。
アール種と人間は違う種族ですからね。