第10話 料理
レースのカーテンを透過してきた太陽の光が、まぶたの上から網膜を焼く。
「うーん……」
ミカゼは眩しさで目を覚ました。
なんだか体がだるい……。
昨日、三人が幼馴染みだと知ったり、自分に妹がいることを話したり、他愛もない話でそれなりに盛り上がったと思う。
その中で、やっぱり彼らが一番ウナフのことを知っているのだなと感じた。僕が届かない、三人の空間みたいなものがあって嫉妬したりもした。
でも、ゆっくりでいい。彼らを目指さなくてもいい。
僕とウナフだけの関係を築いていければそれで……。
なんて考えていたから案の定、部屋に帰ってきたとたんニヤケが止まらなくなった。
鼻唄混じりでお風呂に入り、そしてベッドの上で枕を抱えてゴロゴロした。
結局、眠りについたのは日を跨いでからだったと思う。
そのせいで体がだるくて、さらにニヤニヤのし過ぎで表情筋が筋肉痛というダブルパンチなのである。
それでも学校に行かなければならず、午後に訓練も控えている。
しかし、ミカゼが憂鬱にならないのは、今日が週に一度の電話解放日だということだ。
その日しか使えない特別感を出すことで家族や友人とのコミュニケーションを促進する狙いがある。
そんなことは知らない生徒たちはこぞって電話を使うのだ。
もっとも、彼氏や彼女がいたり、ブラコン、シスコン、マザコン、コン、コン、コン……の生徒にとっては邪魔な取り決め以外の何物でもないのだが。
そんなミカゼももちろん重度のシスコンである。二日ぶりに妹の声が聞けるとなれば、疲れも吹き飛ぶというものだ。
おっとそうだ。今日の朝ごはんはミエコの部屋で集まって食べるんだったな。
意外にも料理が出来るというミエコと、普通に出来そうなヒリアスが手料理を振る舞ってくれるのだそうだ。
純粋にすごいと思ったミカゼが二人を褒めたら、ウナフが
「わ、私だってやらないだけで出来るんだから!」
とダメアール種みたいなことを言っていた。
すぐに幼馴染みの二人に否定されてたじたじになっていたが、見栄をはる彼女も可愛いと思ってしまうのは仕方のないことだろう?
ミカゼは冷たい水で顔を洗い、肌のついでに気も引き締める。
ご飯を食べたあとはそのまま登校するということなので、制服に着替え、歯ブラシも持っていく。
昨日のような寒々しさを感じない部屋に一言、
「行ってきます」
と言い、外へ出た。
ミエコ達三人が住む部屋は、コの字型の真ん中の棟だ。
棟から棟への移動は、連絡通路を通ればすぐに行ける。
ミエコ・チャンスィ……あ、ここだ。
インターホンを鳴らすと、すぐにガチャリと鍵の開く音がした。
「入っていいぞ」
「お邪魔しまーす……」
中には入ると、ミエコ一人しかいないようだった。
靴を脱ぎ、改めて部屋を見回す。
生活感があるが、綺麗に整頓されている。何より普通の部屋だ。
クリーム色のカーペットに本棚とテレビ、壁際のベッドと勉強机。
やっぱり第一印象で人を決めつけてはいけないな、と自分を戒めていると、
「男の部屋をじろじろ見んな。キモい」
と眉を寄せられてしまった。
「すいません……」
これはミカゼが悪いので素直に謝る。
「ところで、ウ、ウナフとエージェイさんはまだ来ないの?」
いまだに名前で恥ずかしがるミカゼにミエコは呆れたような顔をした。
何でこんなやつが……、という思いは胸の奥に仕舞い込んで、ミカゼの問いに答える。
「お前だけ早く呼んだんだよ。話すことがあるからな」
「な、なるほど」
まず座れよ、と言われたのでカーペットの上に正座する。
ミエコは壁に立て掛けてあった折り畳み式のテーブルを広げ、カーペットの上に置く。椅子を使わない低いテーブルだ。
位置を調節したあと、ミカゼの対面に座った。
「お前はウナフのことが好きか?」
唐突な質問に少したじろいでしまうが、ここではっきりと答えなければ男の名が廃る。
「ああ、好きだ」
頬を赤くしながらもしっかりと言い切った。
「ちっ……」
舌打ちをしておもしろくない顔をするミエコだったが、その中に安堵の表情が見えたのは気のせいだっただろうか。
ミエコは言葉を続ける。
「俺達と同じクラスってことは、お前も強い能力を持っているんだろ?」
なぜ急にそんな質問になるのかわからなかった。
特別教室の当事者である以上、そんなことは周知の事実なのだが、その意図を聞き返す必要も無かったので肯定する。
「なら、全てをかけてもウナフを守ると誓え」
ああ、そういうことか。その問いなら言うまでもない。
「命にかえても、必ず守る」
彼女は僕の中で燦然と輝く光だ。
彼女を最初に見てからまだ一日。
しかし、ウナフという少女はすでに大きな存在になっていた。だから、『守る』という言葉は決して軽々しく言ったわけではない。
ミエコはミカゼのその表情を見て、どこか納得したような、切ない笑みを浮かべた。
「……?」
ミエコの表情がどんな心の内を表しているのか分からなかったミカゼは、首を傾げた。
話が終わり、場が沈黙へと移ろうとした時、来客を告げるベルが鳴った。
『ミエコー、来たよー』
ベストタイミングで二人が合流し、朝食会が幕を開けるのだった。
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「それにしても本当に料理できるんだなぁ。この食堂のご飯と遜色ないよ」
正午を過ぎ、特別教室の四人は食堂にいた。ミカゼとウナフ、ミエコとヒリアスが隣同士で四人掛けの席に座っている。
ミカゼは二人に作ってもらった朝食を思いだし、そう嘆賞した。
「ありがとうございます。そう言ってくれると作ったかいがありますね」
答えたのはヒリアスだ。ミカゼが一つ年上なので敬語を使ってくる。
ヒリアスは見た目の印象から、おどおどして引っ込み思案かと思ってしまうが、真っ直ぐ芯の通った少女だと知った。
ただミカゼは知るよしもない。
本当の彼女を知れたことと、はっきりと受け答えをするということは、ヒリアスの中でミカゼが他人ではなくなった証だということを。
そんなミカゼとヒリアスの様子を見て、ウナフは頬を膨らませる。
「今度は私が料理するから!」
それを聞いたミエコが全力で止めに入る。
「待て待てウナフ。お前が試しに料理したときのことを忘れたのか。危うく死にかけたんだぞ」
「ウナフちゃんは他のことを頑張れば良いと思うよ」
「ヒリアスまで! 二人ともひどいよ!」
いったい何があったのか、ミカゼは怖くて聞けなかった。
「ま、まぁ料理は僕が頑張るから!」
「え、どういうこと?」
「いや、二人暮らしを始めたとき……に……」
ああ! またやった! 妄想が口から出てしまうのを何とかしないと!
絶対引かれたよな……、とウナフを見れば、
「同棲……、ミカゼの手料理……」
をうわ言のように呟いていた。
引くどころか、ぽへぇと嬉しそうな表情をするウナフに、ミカゼは赤くなってしまう。
ハートマークを量産する二人にミエコはため息をついた。
「お前ら、頼むからよそでやれよ……」
ちなみに、朝食の時もまだ名前を呼ぶのが恥ずかしいミカゼが、やけくそでウナフの名前を連呼し、色々あって二人だけの世界を作り出していた。
頭を抱えるミエコの袖をヒリアスが引っ張る。
「もし私達が同棲しても、二人が料理できるから安心だね」
ほんのり赤い顔で笑うヒリアスに、ミエコは眩しいものを見るように目を細めた。
そして、その頭に優しく手を置き、
「そうだな」
と微笑んだ。
(お前らもよそでやれ!!)
彼らを見ていた全員の心の声が一致したのは言うまでもない。