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第9話 茜色と夜の帳

 ふいに肩を叩かれた。

 眠りに沈んでいた意識が急浮上していく。

 うっすら目を開け、ぼやける視界に映るシルエット。


「……?」


 だんだんと輪郭がはっきりし始め、そのシルエットが何者か分かったとき。


「!!!」


 ミカゼの脳は120%の回転率を叩き出し、音が出るほどの速さで席から飛び退った。


「ウナフ!……さん」


 しまった! 夢の中で普通に呼んでいたから、うっかり下の名前で呼んでしまった!


 嫌がらせてしまったかなと思い、彼女の様子を見ると顔を赤くしてうつむいているではないか。


 あぁ、これ完全に怒ってるよ……。

 そりゃ好きでもない男から突然名前で呼ばれるなんて嫌だよな……。


 危うくさっき覚悟が消えてしまいそうになったが、なんとか踏みとどまる。


 たとえ嫌われていても、これだけは伝えなくては!


「あのっ!」


 しかし、先に声を発したのはウナフだった。

 突然の大声にミカゼは驚いてしまう。ウナフの後ろではミエコとヒリアスも同様に驚いていた。


「お、おい、ウナフ、こいつは置いて帰ろうぜ」

「ううん、ごめんねミエコ。私、ミカゼと話があるから帰っていていいよ」


 きっぱりと否定したウナフにミエコは戦慄すら覚えた。

 後ろのヒリアスが何かを言おうと口を開いたが、すぐに閉じてしまう。

 その表情はどこか諦めと寂しさ、そして親友を応援するような色が混在しているように見えた。


「ミエコくん、帰ろう」

「いや、ヒリアス俺は……」

「ミエコくん」


 じっとミエコの目を見るヒリアス。そこには今までにない強さがあった。


「ここは帰ろう。変わるときが来たんだよ。それに私もミエコくんに話があるの。二人きりで」

「……わかった」


 ミエコは最後にちら、とウナフを見ると生活棟へ入っていった。


「ありがとう、二人とも」


 幼馴染みの背を見つめ、静かに礼を言う。

 そしてウナフはミカゼに向き直った。


 何がなんだか分からないミカゼは、ウナフと二人きりでいることにどぎまぎしてしまう。


「ミカゼ、話があるんだ」

「な、なんでしょうか」


 いつになく、といっても出会って半日ほどだが、真剣な表情を浮かべるウナフからは、彼女の覚悟が伝わってくるようだった。

 明らかな空気の変化にミカゼも気を引き締める。ここでウナフを待っていたのは何のためだったのかを。


 彼女からどんな言葉が発せられようとも、僕はそれを受け入れよう。

 そして自分の気持ちを伝えよう。僕自身が次に進むために。


 ミカゼは彼女の言葉を静かに待つ。


「私、ミカゼを初めて見たときから、あなたのことが好きです。今、ミカゼが私のことをどう思っていようとこれだけは伝えたくて」


「!?!!?」


 え!? どういうこと!? 今僕のこと好きって言った!?


 ミカゼは沸騰した頭で状況を整理しようとするが、上手く行くはずがない。


「ご、ごめんね、迷惑だったよね。じゃあ私もう帰るから……」

「待って!!」


 言った自分が一番驚いてしまうような大きな声。

 本能から出た言葉は少なからずミカゼを冷静にさせた。


「僕も君を見た瞬間から好きでした。これを、伝えたかった」


 本来、他の種族にとって言葉というのは何の意味もない音の羅列だ。

 しかし、今ミカゼが発した言葉には、誰もが赤面してしまうような、真っ直ぐな気持ちが乗せられていた。


 この言葉を聞いたウナフはさっきの僕と同様に驚いた顔を見せた。


 ぽたり。


 なんの前触れもなく、その玉のような肌を涙が一筋伝って落ちた。


「わわ! どうしたの、やっぱり嫌だった?」


 駆け寄ったミカゼに、ウナフは小さな子供のように頭を振る。


「違うの。ミカゼが好きって言ってくれたことが嬉しくて……。ぐすっ、うれしいよぉ」


 ぽろぽろと流れ落ちる涙。

 それはこの世の悪しきものを全て浄化してしまうような、純粋で美しい少女の心。


 ミカゼは輝きを放つ少女の心を、そっと拭いとった。

 頬に触れた手にウナフは目を閉じて顔をすり寄せる。


 ミカゼは彼女が満足するまでその手を添わせていた。



 太陽は山の向こうに沈み、茜色と夜の帳が絶妙にせめぎあっている。

 今日が終わる、狭間の時間。


 手に身を預けていた目の前のウナフはそっと目を開けた。

 傾けた顔をまっすぐに戻し、濡れた瞳をこちらに向ける彼女を見て、ミカゼは安心した。


 剥き出しの心を彼女は見せてくれた。僕に寄り掛かってくれた。

 その行為は信頼に他ならないだろう。


 しばらく見つめ合う二人。

 自然と互いの距離は吸い寄せられるように近くなっていき、そして……。


 ぐぅ、と二人のお腹が同時に鳴った。


 「「あっ……」」


 近づいた顔をぱっと離し、後から来た羞恥で体を火照らせた。


「お腹空いちゃったね」

「う、うん、そうだね」


 気付けば、茜色は空の端っこにちょっぴりあるのみで、そのほとんどをこの星の影が覆っていた。

 目の当たりにできる最大の影は、昼に見えなかったものを数多現してくれる。


 きらきらと輝く星に、風に揺れているようなオーロラ。

 暗闇で研ぎ澄まされた聴覚が捉える、微かな葉のざわめき。

 光で彩られるアール種の都市。

 物悲しい壁付近に点灯する、異種生物妨害用の装置のランプ。

 

 そして様々な生き物の『(せい)』の営み。


 自炊が出来る生徒の部屋からは夕食の匂いが漂い、そうではない人は親しい友人を連れて、食堂へ向かう。

 まだ仕事中の職員は、学校や研究棟から直接食堂に行くだろう。


「ミエコとヒリアスも呼んで、食堂にご飯食べに行こうよ」

「さんせい。あっちも話があるって言ってたけど、終わったのかな?」

「うーん、どうだろう。私呼びに行ってくるね!」

「わかった。僕は荷物を置いてくるよ。集合はここで!」


 ウナフは頷くと、ミカゼが住んでいる棟とは別の棟へ入っていった。

 その姿を見送ってからミカゼも部屋に戻る。鍵を開け、荷物を置くとすぐに外へ出た。

 今少しでも気を抜けば、朝のようにベッドに飛び込んで悶えてしまう確信があったからだ。


 早々に集合場所である中庭へ行き、居眠りをしてしまった机に寄りかかる。

 本当のことを言えば、ミエコが来るのは少し抵抗があったが、第一印象だけでは分からないこともある。

 だからこの場を借りて、ちゃんと面と向かって話してみようと思った。


 ほどなくして、ウナフが戻ってきた。

 しかし一人だけだ。しかも頬が赤く、焦りも見える。


「どうかしたの?」

「へ? いや、そのタイミングが悪くて……」


 意味がわからなかったミカゼは再度尋ねる。


「どういうこと?」

「だ、だから、ヒリアスの部屋に行ってみたら、二人が抱き合ってて……」

「だきあって……た……」


 どういう状況だろう。いや、そういう状況だろう。いや、そういうってなんだ!?


 一人悶々とするミカゼをよそに、ウナフは安心した声を溢す。


「そっか、ヒリアス、ちゃんと告白できたんだ……」


 ウナフは彼らのことを家族だと思っているが、ヒリアスはミエコを男性として意識していた。

 ウナフにはその事を打ち明けていたし、彼女もその恋を応援していた。

 そしてついに、今日それが実ったと知れば嬉しくならないはずがない。


(ああ、でもいきなりハグなんて。あれ? でも私、キスしようとしていたような……)


 ボンッ、と一瞬で茹でクヴァシオ種(タコに似た生物)のようになるウナフを見て、ミカゼはさらに妄想を加速させる。


 そんなに過激な場面に立ち会っちゃったの!? うらやま……じゃなくて、けしからん!!


 赤くなった顔を手のひらで冷やすウナフと、勘違いで百面相をするミカゼの横を、食堂へ夕食を食べに行く生徒たちが変人を見るような目をしながら、通りすぎて行く。


 やがて、ミエコとヒリアスが姿を現した。


「二人とも、何してるんだ?」

「お、おうミエコくん。さっきはお楽しみでしたね」

「は? 何の話……ってウナフ! 喋ったのか!?」

「ご、ごめんミエコ。私も動揺しちゃって」

「はぁー。まぁいいけど。おい、ミカゼ、お前何か勘違いしてねぇか?」

「いやいや、してないよ。僕はもう何も言わないから……」

「絶対してんだろ。はぁめんどくせぇ」

「ね、もう行こうよ。私お腹空いて死にそうだよ」


 ウナフは手を打ち鳴らすと、くるりと翻って歩きだした。


「あ、ちょっと待ってよ、ハショウ、さん」

「もう、ちゃんと名前で呼んでよ。私は恥ずかしくても名前で呼んでるのに」

「え、えぇ……。じゃ、じゃあ呼ぶよ? すぅーはぁー」

「な、なんか恥ずかしいな……」


 早くも夫婦漫才を見せる二人の後ろをミエコがついていく。普段ならミエコの後ろを歩くヒリアスは、今は彼の隣にいる。


 前を歩く二人を見ながら、ミエコが口を開いた。


「俺は、ウナフとヒリアス、二人のことが好きなんだ。だから離れてほしくなかった」

「うん、知ってるよ。でもこれからは私が側にいる。それに、ウナフちゃんだって、離れていく訳じゃない。幼馴染みとして、親友としてこれからも一緒にいるよ」

「ああ、そうだよな。完全に諦めるのは時間がかかるかもしれない。でもこれからは、ヒリアス、お前だけを見るよ」

「ミ、ミエコくん……。それは反則だよ……」


 ぽっと顔を赤らめるヒリアスを見て、好きな子の一人に随分と恥ずかしいことを言ったと、ミエコは赤くなった頬を掻いた。


「なにやってるの二人ともー! 四人で座る席無くなっちゃうよー!」


 さっきの糖分過多な茶番は終わったのか、こちらに手を振るウナフ。その顔が真っ赤なことから、甘い雰囲気に堪えられなくなって逃げたのだろう。

 それにミエコは片手をあげて答える。


「行こうぜ」

「うん」


 二人は追い付くために足を早めた。


 瞬く夜の星は、静かに彼らを見守っている。

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