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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第九十五話:締結

 レンシア国建国記念日より三日の時が過ぎた昼下がり。

 義人は目の前に置かれた二枚の紙の内容をそれぞれ確認し、手に持った王印を押す。紙にはレンシア国で用いられる王印が押されており、そのすぐ隣に押印して義人は軽く息を吐いた。


『これで良し……確認をお願いします』


 そう言って、義人はコルテアに二枚の紙を差し出す。コルテアは二枚の紙を受け取ると、内容やカーリア国の王印が押されていることを確認して一枚を義人へと返した。


『確かに。それでは、一枚はそちらの国で保管してくだされ』

『わかりました』


 義人はコルテアの言葉に頷き、傍に控えるカグラへと紙を渡す。するとカグラは、どこか不機嫌そうな表情でそれを受け取った。


「……ヨシト様、本当にこれで良いのですか?」

「良いも悪いも、すでに王印を押しちゃったからね。内容は履行してもらわないと」

「それはそうですけど……もう少し相談してほしかったです」


 拗ねたような声色に、義人は苦笑する。


「でも、この辺りが妥当だろ?」


 そう言って肩を竦める義人にため息を一つ吐き、カグラは再度内容を確認するべく手元の紙へと目を落とした。


『賠償に関する規約』


 そんな題目のもとに書かれている内容は、今回の事件に対する賠償に関してである。カグラは細々と書かれた文章の中から重要な部分だけ目を通し、もう一度ため息を吐いた

 

 一つ、賠償の内容は賠償金として五千万ネカを支払うものとする。

 一つ、支払いに関してはネカを使用する。ただし、金や銀などで充当することも可とする。

 一つ、賠償金を金や銀で支払う場合は、支払いを行う時点での相場を適用する。

 一つ、賠償金は五年に分けて支払っても良い。ただし、その場合は一年毎に千百万ネカ支払うものとする。

 一つ、この規約の締結後は内容の変更を行うことはできない。


 大まかな内容ではあるが、そんな内容が記された規約書である。

 カーリア国は最初に賠償金三千万ネカに加えてカールとヤナギの引き渡しを提示し、それに対するレンシア国の答えはカールとヤナギの身柄の引き渡しの拒否だった。賠償金はその額でも良いが、カールとヤナギを引き渡すことはできない。

 それならばと、カーリア国は賠償金の増加を求めた。そして、その増加させる金額で揉めたのである。

 様々なやり取りがあったものの、カールとヤナギの身柄を引き渡さない代わりに一人当たり一千万ネカ増額することで落ち着いた。本当ならばカールやヤナギと共に義人達を襲ったフウの分も上乗せしようとしたのだが、それは次の義人の言葉で取り止めになっている。


『フウはカール隊長の乗り物みたいなものだし、いいんじゃないか? 騎兵を釈放する時に保釈金を求めるとしても、乗ってた馬の分は求めないだろ?』


 義人としては乗り物などという言い方はしたくなかったのだが、そこはロッサ達を納得させるための方便だ。それでもロッサ達は反対したものの、結局は義人の言を通している。


「しかし、分割して払っても良いなんて条件は必要ないのでは? 五年先、どうなっているかもわからないのですよ?」


 そんな、暗に五年以内にレンシア国が滅ぶ可能性があるという過激な意見も出たが、義人としてはそれを避けるための分割払いだった。

 一括で払ってもらっても良いが、それが原因で戦費が足りずに負けたのでは洒落にもならない。いっそのことハクロア国との戦いが終わってから支払っても良いと考えた義人ではあるが、それだとレンシア国が負けた場合は一文も手に入らないため却下された。


『では、賠償に関してはこれで終了ですな』


 義人とカグラの会話の隙間を突き、コルテアが話しかける。それを聞いた義人はすぐに頷いた。


『ええ、そうですね。これで終わりです』


 そう答えて、義人は王印を専用の箱へと入れる。

 王印を押す必要があるのは、賠償に関する一度のみ。その他には何もない。


『それでは、これにて賠償に関する会議を終了します』


 そんなコルテアの言葉を最後に、会議が終了する。

 終始、同盟に関しては一言すら出なかった。






 話は建国記念日の夜へとさかのぼる。






『―――我が国と同盟を結びませんか?』


 かけられた言葉に、義人の思考が僅かに停止する。

 同盟に政略結婚。元の世界ならば一生無縁だったであろう言葉と出来事だが、それがこの世界では当たり前のように存在し、自分が今その立場に“立たされている”。

 義人はそのことに内心でため息を吐きながらも必死に頭を働かせ、十秒ほど経った後に口を開いた。


『それは……本気で?』


 同盟、そしてそのために自分の娘を人質として差し出すのかという意味を込め、義人は尋ねる。それがこの世界では当たり前のことなのだと、元の世界とは違うのだと気付きながらも、義人はコルテアに尋ねる。


『本気です』


 コルテアはすぐさま頷き、義人の考えを遮るように言葉を投げかけた。


『ご存知の通り、我が国は隣国のハクロアと戦争をしております。現在は小康状態ですが、遠からぬ先に再び戦争が激化するでしょう』

『そのとき、共に戦えと?』

『そうしていただければ最上。しかし、現状そこまでは望んでいません。ハクロアと手を結び、我が国に害することさえなければ……と思っています』


 同盟は結ぶが戦わなくても良い。そう告げるコルテアに、義人は警戒しながら言葉を返す。


『その条件で同盟を結んで、何か意味があるんですか? 同盟とは名ばかりで意味がないと思うんですけど』

『なんの、カーリア国とレンシア国が同盟を結んだと知らせるだけで十分に効果はあるでしょう。レンシア国との戦いに集中すれば、その間にカーリア国が動くかもしれない。そう思わせるだけで相手の動きを制限できますからな』

『……いや、それって下手すればこっちが先に攻められますよね? それなら最初からちゃんとした同盟を結んだほうが得策でしょうよ』

『それでは同盟を結んでくださると?』


 期待を含んだ眼差しで見てくるコルテア。義人はそんな眼差しに首を横に振って見せ、軽くため息を吐く。


『それとこれとは話が別です。まして、すぐに答えられるほど簡単な問題でもないですね』

『そうですか……』


 しかし、と言葉をつなげ、コルテアは言葉を紡いでいく。


『我が国とて負けるつもりは毛頭ない。だが、万が一我が国が敗れれば次はカーリア国でしょう。それでもですかな?』

『ハクロアが攻め込んでくると? 自慢にもなりませんが、カーリア国に侵攻しても利益はないですよ?』


 人口は少なく、今のところは目立った特産物もない。その上魔物が頻繁に出没するような場所だ。

 本当に自慢にならないと自嘲する義人だが、コルテアはそんな義人の言葉に首を横に振った。


『なくとも、後顧の憂いを断つことができる。ハクロアの王は野心が大きく、周辺の国を攻め滅ぼしながら支配下に置いていましてな。他の国を攻める際に、背後に軍事力を持った国がいるのは不都合でしょう?』

『それはそうですが……しかし』

『あの国が、どれだけの国を滅ぼしたかご存知か? 取れるのならば取る。そういう国です』


 確信を滲ませた言葉に、義人は口を閉ざす。

 話を聞く限り、ハクロア国は非常に好戦的な国だ。国王も野心高く、周囲の国を取り込んで勢力を大きくしている。

 このままでは遠からぬ未来にカーリア国も狙いの一つに入るだろう。そんな言葉で締め括り、コルテアは義人へと目を向けた。


『そこを踏まえ、もう一度お聞きする。我が国と、同盟を結んではもらえませぬか?』


 そう言って答えを求めるコルテアを前にして、義人は無言のままに思考を回転させて考えをまとめていく。

 もしもハクロア国がカーリア国に攻め込んできても、レンシア国と軍事的な同盟を結んでおけば助けを求めることができる。レンシア国と対峙している以上、ハクロア国も複数の国を同時に敵に回すことはしないだろうが、それでも絶対ではない。備えあれば憂いなしというべきか、これはメリットと言える。しかし、反対に助けを求められた場合はどうなるか。それを考えると安易には頷けなかった。まして、そんな重大な問題を一人で決めるわけにもいかない。

 義人はカーリア国において決定権の大部分を持つ身ではあるが、義人自身はその権力を振るうつもりはなかった。


『申し訳ありませんが、この場での返答はできません』

『ふむ……理由を聞いても?』

『これほど重要なことならば、自分一人では判断できないからです。それに、今のカーリア国には他国と争うほどの余裕もない……内側で魔物を退治するだけで精一杯ですから』


 そう言って、義人は同盟に乗り気ではないことと戦力にならないことをアピールする。実際には援軍を送るだけの兵力は持っているが、他国の争いに介入する気はまったくと言って良いほどにない。

 条件的には同盟どころか協商と呼べるかも怪しいところだが、他国と、すなわち敵兵である人間と戦った経験がない軍を送ったところで意味はあまりないだろう。

 そんな義人の言葉に対し、コルテアは落胆する様子も見せずに頷く。


『たしかに、話を聞いたその場で判断するわけにはいきませんな』

『ええ。申し訳なく思いますが』


 同意を示すように頷く義人だが、その裏でコルテアの様子に変化がないかを窺う。

 自分のほうから同盟を持ちかけておいて、断られたらそれを口実に実力行使に及ぶ……そんな手を使うような人物には見えなかったが、万が一ということもある。

 そうやって警戒する義人だったが、コルテアは特に気負うことなく口を開いた。


『しかし、魔物を制するのにそこまでの兵力が必要と? 各町村に兵士を常駐させ、魔物がいないときは農業を行う……たしか、屯田兵でしたか。その働きもあり、魔物による被害も少なくなっているでしょうに』

『……よくご存知で』


 何気なく告げられた言葉に、義人は表情を動かさないように苦慮しながら短く返答する。

 コルテアはそんな義人の様子に僅かな苦笑を漏らすと、何かを教えるように言葉を口にした。


『周囲の国情を調べるのは重要なことですぞ。程度の差はあれ、他の国もカーリア国については調べているでしょう』


 事も無げに告げるコルテアに苦笑を返しつつ、義人は内心で頭を痛める。諜報関係については国内だけで手一杯であり、他国に関する情報は商人であるゴルゾーからの報告に頼っている状態だ。


 ――-やっぱり改善が必要だよな……。


 カーリア国に戻ったら、少しでも諜報に対して力を入れることを決意する義人。もっとも、力を入れても効果が出るのはしばらく先ではあるが。

 義人は先のことを考えても仕方がないと思考を打ち切り、そこでふと、疑問が浮かんで口にする。


『ところで、一つ聞きたいことがあるんですが』

『なんでしょう?』

『何故カーリア国を同盟相手にしようと思ったんですか? レンシア国の周辺には他にも国があり、軍事力を持っているはずです。それなのに何故? 今回の建国記念の式典にも祝いの使者を送ってきましたし、国家間の仲が悪いというわけでもないですよね?』

『……なるほど、わざわざカーリア国と同盟を結ばなくても、他にも候補がいるはずだと。それなのにカーリア国を選んだ理由がわからず、何か意図があるのだと思うわけですな?』


 率直な問いかけ。義人はそれにどう答えようか僅かに思案するが、結局はそのまま頷く。


『はい。それがわからないのでは、迂闊に頷くこともできません』


 義人が肯定の意を示すと、コルテアは顎に手を当てて思案するように遠くを見る。そしてすぐさま思考をまとめ、義人を真正面から見据えた。


『そうですな……では、胸襟(きょうきん)を開いて話をしましょう』


 そう言って、コルテアは右手を突き出して指を二本立てる。


『儂がカーリア国を選んだ理由は二つ。一つは周辺の国に同盟を申し込んでも断られることが明白なため。そしてもう一つは、周辺の国では同盟を結んでもハクロア国には対抗できないためです』


 胸襟を開くという言葉に警戒しながら、話に耳を傾ける義人。

 本当のことを話しているように見えるのだが、それが真実なのか見極める術はない。その程度の腹芸は平気でこなすだろうと自分に言い聞かせ、義人は疑問に思ったことを口にする。


『同盟が断られるのが明白というのも気になりますけど、対抗できないのは何故です? 戦いは数が多いほうが有利だと思うんですけど』

『戦いは数。なるほど、たしかにそうですな。しかし、一騎当千という言葉も存在する。それを実際に起こし得る人間は極めて稀ですが、存在するのも確かです。そして、一騎当千とまではいかずとも一人で十人、百人を征する人間はそれよりも多く存在する』


 ジワリと、義人は嫌な予感を覚えて眉を寄せた。


『ヨシト王がいた世界ではどうなのか知りませぬが、この世界にはこの世界の(いくさ)の仕方がある。魔法剣士や魔法使いが主力となって戦いを繰り広げる裏には、歩兵達の活躍がある。歩兵にどういった役割があるかご存知か?』

『……いえ』


 小さく、首を横に振る。

 魔法使い、魔法剣士、騎馬兵、歩兵、弓兵。カーリア国にはその五つの兵種があるが、それぞれにどんな役割があるかを義人は知らなかった。


『それぞれに様々な役目がありますが、この世界における戦いは突き詰めて言えば“どれだけの魔法使い、魔法剣士を確保して用いることができるか”です。騎馬兵や歩兵、弓兵は同じ兵種の者と戦いながら、その上で魔法が使える者を優先的に攻撃する。魔法を使えない者がどれだけ魔法を使える者を殺せるか、魔法を使える者が同じ魔法使いを、そして魔法が使えない者をどれだけ殺せるか……それによって戦の天秤は傾くのです』


 淡々と紡がれるコルテアの言葉。それを聞きながら、義人は嫌な予感が強まるのと同時に思考が一つの解答へと収束していくのを感じた。


『魔法を使えば魔力を使う。強力な魔法を使う時間を稼ぐ必要もある。戦場で魔力を消費してしまった魔法使いを守る盾もいる。しかし、戦っていても魔力が尽きない魔法使いがいれば? 一人で十の敵を、百の敵を殺せる者が』

『―――つまり、カグラがいるから同盟を結びたいと?』


 コルテアの言葉を遮るように、それでいて義人は言葉に確かな怒気を込める。


『同盟を結んでカグラに大量の敵を殺してもらうと、そう言いたいのか?』


 若いな、とコルテアは心中で呟く。それと同時に、本当に平和な世界から来たのだと、僅かな羨望と落胆を込めて目を細めた。

 そして、それらを実際に口にすることなくコルテアは泰然と答える。


『不快に思われたのなら謝罪しよう。しかし、強い者がいるのならばそれを頼りにするのも当然のこと。先程儂が言った、周辺の国ではハクロア国に対抗できないというのはそういうことだ。兵はいても、それを率いる将が弱い。カグラ殿ほどの魔法使いは、大陸中を見てもそうそういないのでな』


 互いに敬語はない。空気が変化したのを察したのか、離れたところで控えていた志信とクレンツが互いに牽制するような動きを見せた。


『クレンツ』


 だが、それはコルテアがクレンツに対してかけられた言葉ですぐに消える。クレンツはその言葉に従うように、すぐさま志信に対する警戒を解いて元の姿勢へと戻った。志信はその様子を見て、僅かな思考の後に警戒を解く。


『ヨシト王、誤解があるようだが、儂は最初に言ったはずだぞ? 共に戦うことまでは望んでいないと。同盟を結んだと知らせるだけで十分に効果はある、それだけで相手の動きを制限できると』

『言いましたね。でも、それが何か?』

『カグラ殿が戦う必要はないということだ。近隣諸国の者ならばカーリア国の内情を探り、カグラ殿がどれほどの腕を持っているかも調べることができる。そして、今のところ勝機は五分。そこにカグラ殿が仕えるカーリア国とレンシア国が同盟を結んだ……その言葉だけでハクロア国を牽制できるのだ。それだけでも大きな効果がある』

『……周辺の国と同盟を結んだのではハクロア国に対抗できないというのはわかりました。しかし、断られるのが明白なのは何故ですか? 一つの国では対抗できなくても、多数の国と同盟を結べば良いでしょう?』


 コルテアの言葉に一応の納得を覚え、義人は口調を敬語に戻して尋ねた。それを聞いて、コルテアも口調を元に戻す。


『我が国と同盟を結んで対峙すれば目をつけられますからな。もしも同盟を結んで我が国がハクロア国に負けてしまえば、次は自分の国が狙われる可能性が高い。それだけで動けなくなるのですよ』


 魔法を使える者が少ない国も多いですしな、と付け加え、コルテアは軽く嘆息した。そんなコルテアの様子を見て、義人は肩を竦める。


『なるほど……ですが、カグラに戦わせる可能性がある以上は同盟を結ぶことはできません』

『……それは、カグラ殿が危険な目に遭うのが嫌ということですかな?』


 コルテアの目に、僅かに剣呑な光が浮かぶ。そんな理由で拒否をするのかと、そう言わんばかりの眼差しに義人は首を横に振った。


『それは違います』

『では、どんな理由が?』


 尋ねるコルテアに、言うべきか言わないべきか義人は迷う。

 現在義人が考えているのは、カグラに対する情ではない。カグラが人を殺すことを忌避したわけでも、手を貸すことでカーリア国が危険に晒されるかもしれないことを憂えたわけでもなかった。


『……俺は、カーリア国の現状をできる限り早く変えたいと思っています』


 そして、義人は決断する。

 コルテアが敢えて一対一で話を望んだ理由。エリスとの政略結婚を望みながら、同盟を結ぶ必要はないと言った理由を踏まえて言葉を口にする。


『ふむ……国の現状を変えてどうなさるおつもりか?』


 義人が何かを話そうとしているのを察したのか、コルテアは続きを促す。


『まず、違う世界の人間を召喚しなくても良いようにしたいと思います。そして、その後は然るべき人物に王位を渡そうかと』


 召喚国主制の廃止と、王位の譲渡。

 日本のように人口が一億人以上いるような国ならともかく、カーリア国は人口八万人程度の小国である。それに伴う混乱は小さいだろう。様々な反発があるかもしれないが、それは時間をかけてなくしていけば良い。

 義人はできる限り早くといいつつも、実際にはそこまでの時間はかからないだろうと判断していた。


『王位を渡す? それは何故ですかな?』

『やっぱり、自分の国のことはその国の人間が決めていくべきでしょう? 俺は異世界から来た人間で、カーリア国は生まれ故郷でもありません。多少の愛着はありますが、やはり関係のない人間が治めるべきではないと思っています』


 そして、と義人は言葉をつなげる。


『それが終われば、俺は遠慮なく元の世界に戻れます。優希や志信から先に元の世界に戻そうと思っていますが、そのためにはカグラの力が必要になる。だから、カグラの力が必要となるような同盟はお断りします』


 正確には、カグラの魔力を消費するような真似はしたくないというのが本音だった。


『遠くない未来にカーリア国の体制が変わるでしょう……いえ、変えます。どんな形になるかはまだわかりませんが、召喚国主制ではなくなる。そうなると、俺が国王である理由がなくなる。だから、同盟のためと言って娘さんを嫁がせるのは止めた方が良いと思います。もしそれでも政略結婚がしたいというのなら、新しく国王になった者と行うべきです。その頃になれば、カグラの手も空いてるでしょうし』


 そこまで言って、義人は場の空気をほぐそうとおどけるように笑う。


『もっとも、あれほど可愛い子達がいつまでも独り身なんてことはないでしょうけどね。同盟を結べない理由はそんなところですよ』


 そう締めくくり、小さく笑う。コルテアはそんな義人を見て、表情を変えないままに話を続けた。


『では、同盟を結びたければ新しい国王に持ちかけろということですかな?』

『ええ。もっとも、何年後になるかはわかりませんが』

『ふむ……元の世界に戻るためにカグラ殿の魔力を温存する。それはわかりました。ですが、元の世界に戻る方法はあるのですか?』

『アテはあります』


 今のところカグラ本人から聞いた言葉だけだが、義人は敢えて強気に頷く。

 そんな義人の様子に、コルテアは内心で大きなため息を吐いた。


『……わかりました。では、今のところは諦めるしかないですな』


 その言葉を最後に、深夜の密談は終わりを告げたのである。






「良いのか?」


 護衛として傍に控えていた志信は、周囲に人がいないことを確認してから義人へと尋ねる。心配を含んだ親友の声に、義人は苦笑しながら頷いた。


「もちろん。俺の目的は、志信や優希と一緒に元の世界に戻ることだしな。それに、胸襟を開くとか言いながら色々と隠してそうだったし。まあ、どうせ向こうも断られることを前提にしてただろうし、大丈夫だろ。せめて賠償の件でレンシア国にかかる負担を少なくするのが関の山かな?」

「しかし、あの場で断る必要はなかったのではないか?」


 そう言って自分の考えを示す志信に、義人は苦笑しながら頬を掻く。


「本当は適当なところで話を切り上げてカグラ達と相談するつもりだったんだけど、話しているときの流れでつい……」

「……そうか」


 義人の言葉に、志信は苦笑を一つ漏らす。

 コルテアはレンシア国が負ければ次はカーリア国だと言ったが、今のところその確証もなくレンシア国が負けるとも思えない。兵を率いる人間ではカールやヤナギ、クレンツしか知らないが、そう易々と負けることはないだろうと志信は判断した。そして、少しばかり気になっていたことを義人へと尋ねる。


「そういえば、同盟を断るのはカグラが魔力を消費するのが嫌だからと言ったが、あれは本当か?」


 興味本位の些細な疑問。志信としてはあの場だけのものだろうと、そんなことを考えての疑問である。


「……さて、どうだろうな?」


 その問いに、義人が明確な言葉を返すことはなかった。 


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