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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第九十二話:城下の祭り

 元の世界とこちらの世界を比較し、魔法などを除いて元の世界よりも優れたものを挙げるとすればそれは人の活気だろう。用意された馬車に揺られつつ、義人はそんなことをふと考えた。

 優れたと言うのは語弊があるかもしれないが、地面に立つよりも高い視点から見渡せばそれが否応なく理解できる。

 本日は建国を記念する祭日。城下町のあちこちで出店が立ち並び、建国を祝う声がそこかしこから響く。

 まだ昼も過ぎたばかりだというのに、酔っ払って顔を赤らめた人間も見受けられた。だが、今日という日を祝って楽しく美味い酒が飲めたのだろう、その顔は酔っていることを差し引いても喜びで緩んでいる。

 普段はない出店で買い物をする者。楽しげに談笑する者。杯を酌み交わす者。先頭を進む馬車に乗ったコルテア達に祝いの言葉を投げかける者。多くの人間が、実に様々な形で今日を祝っていた。


「すごい賑わいだね?」


 住民の声が響く中で、そんな言葉が義人の耳に届く。それを聞いた義人は、自身の隣に座る優希へと視線を向けて肩を竦めた。


「まったくだよ。元の世界じゃ、建国記念の日なんて祝日だから学校がなくてラッキーってぐらいにしか考えてなかった」


 ちなみに日本での建国記念の日は二月十一日であり、『建国をしのび、国を愛する心を養う』という規定もある。もっとも、義人は建国をしのんで国を愛する心を養ったことはなかったが。

 そこまで考えてから小さくため息を吐くと、義人は優希に向けた視線を周囲に向けた。

 現在乗っている馬車はレンシア国が用意したものではあるが、馬に乗っている御者(ぎょしゃ)は元騎馬隊出身の近衛兵である。馬車の周囲には志信が指揮をする近衛隊と、どこか不機嫌そうなカグラが護衛として追従していた。さらにその周囲ではレンシア国からの護衛兵が周囲を警戒している。

 住民達に不安を与えないための配慮か、それとも祭りに物騒な物を持ち込むのは無粋だとでもいうのか。護衛についている兵士達はほとんど武装をしているようには見えない。しかし護衛についている兵士のほとんどが魔法を使えるらしく、素手でも十分以上の抑止力になるだろう。その上服のあちこちが妙な形に膨らんでおり、素手に見えるのは外見だけのようだった。

 もっとも、国を挙げての祭事とはいえコルテア達に油断はない。

 現在は小康状態に落ち着いた隣国ハクロアとの戦況だが、まだ戦争自体が終わったわけではないのだ。そのため、今日のような祝いの日でも国中の兵士に警戒を促している。他国の使者が集まっている場所に攻め込むことはないだろうが、万が一ということもあった。

 そうやって義人が周囲を観察しているうちにも馬車は進み、大きな広場へと到着する。王都ハサラの中央に位置するその広場は、大通りや他の通りとも繋がる巨大な交差点でもあった。円形に造られた広場では、他の場所と同じように出店が立ち並んでいる。


「んー……カーリア国の建国記念日でもこんなことをするんだろうか?」


 カーリア国の建国記念日は五月八日のためまだまだ先だが、ここまで賑わうのならば大々的に行うのも良いかと義人は頭の隅で思考してから頭を振った。


「来年のことを言うと鬼に笑われるか。って、この世界なら鬼とかもいたりして」


 そう言って小さく笑う義人だったが、その言葉が聞こえたのかカグラが不思議そうな顔をして近寄ってくる。


「来年のことを言うと鬼が笑うんですか……それが本当なら、鬼と遭遇した際に隙を見つけるための有効な手段かもしれませんね」


 不思議そうにしながらも真面目に答える辺り、本当に鬼がいるらしい。義人は頬を掻きつつ、口を開く。


「この世界には鬼もいるのか?」

「いますよ。鬼と、鬼に似た種族でオーガという魔物がいます。カーリア国で見かけたという報告例はほとんどありませんが、大陸の中央から南側にかけて多く生息しているみたいです。わたし自身は遭遇したことありませんが、かなり危険な魔物らしいです」


 そこまで言うと、カグラは小さく首を傾げる。


「でも、鬼はともかくオーガは人語を解するだけの知能はないと思うので、来年のことはおろか話しかけても答えられないと思いますが」

「いや、そこまで真面目に答えられても逆に困るんだけど……今のは俺達がいた世界での(ことわざ)だよ。あまり気にしないでくれ」

「はぁ……そうですか」


 義人に言われ、カグラは少しばかり不思議そうにしながら引き下がる。『来年のことを言うと笑う……機会があれば試してみましょうか』などという呟きが聞こえたが、義人は聞こえない振りをして視線を前へと向けた。先程から、どうにも気になることがあったのである。

 先を進む馬車はコルテアが乗るものとレミィ達王女が乗るものの二台に別れているが、レミィ達が乗っている馬車の様子がおかしい。先程から時折兵士が馬車へと駆け寄っては何かを手渡し、馬車から離れてはまた何かを持ってくるという行動を繰り返している。

 少しばかり距離が離れているため目視では確認し辛く、義人が目を細めていると隣の優希が声を上げた。


「出店で売っている物を持ってきてるんじゃないかな?」

「……なるほど。それなら頼んでるのはティーナ姫だろうな」


 まだまだ短い付き合いだが、義人はティーナの行動を読んでそう呟く。前の馬車を追い越せば、きっと笑顔で出店の料理を頬張るティーナの姿が見れるだろう。

 普段は食べられないようなものが出店で並んでいるのだ。活発な性格を考えれば自分の足で出店に向かいたいのだろうが、さすがにそうはいかない。そのため兵士に頼んで買ってきてもらっている……と、義人は予想した。

 そんな義人の予想は正鵠を射ていたが、そこに含まれた意図まで読むことはできていない。

ティーナの行動自体は本人の意思だが、それに付随する影響を踏まえて許可をしたのはレミィである。

 本来ならば王女たる人間がと却下するところだが、本日は祝いの日。身分に関係なく国の誕生日を祝う心があり、王族や臣民などの区別はない。

 そして、城下町の住人に親しみを抱かせるにはティーナがうってつけの人物だった。馬車に乗っていれば目立つ上、乗っているのは国の王族である。一般の人間にとっては本来遠望するのが関の山だが、出店の料理を笑顔で頬張るティーナとそれを微笑ましげに見るレミィとエリスという絵は、見た者に十分以上に親しみを抱かせた。

 それに、姉として妹のわがままを叶えたいという思いもある。後々、城から抜け出して買いに行かれても困るという思いもあったが。


『はぁ……』


 素で微笑んでいるエリスと違い、打算があって微笑む自分に内心少しばかり嫌気が差すレミィだった。




「うん、こりゃ美味い。ほら、優希も食べてみろよ。この鶏肉っぽいの、美味しいぞ?」


 そんなティーナの行動を見た義人は、すぐさま同じ行動に出た。もっとも、義人の場合はレ

ミィのように何か打算や意図があったわけではなく、そろそろ腹の虫が鳴き声を上げそうだったからである。

 串に刺した鶏肉らしき肉にタレをつけて焼いたものを口に運び、義人は満足そうに頷く。


「いやいや、この世界に来て初めてやきとりを食べれたよ」


 何の肉なのかは深く考えないようにしつつ、そんな言葉を口にする。カーリア国での食事は出されるものを食べるのが基本だったため、今度からはもっと料理のリクエストをするかと義人は密かに決意した。


「あ、美味しい。でも、何のお肉だろ?」


 義人と同じようにやきとりらしきものを食べた優希が首を傾げる。


「魔物だったりしてな。それなら一羽あたりかなりの肉が手に入るだろうし」


 元の世界と違い、この世界では一メートルを超える鳥型の魔物があちこちに生息する。もしもそれで味が良ければ、食糧危機の際には非常に役立ちそうだ。


「え? これって魔物のお肉じゃないの?」


 そんな風に考えていた義人に、優希が不思議そうな声をかける。幼馴染みの思わぬ発言に、義人は数秒硬直した後に真顔で尋ねた。


「マジで?」

「うん。前に城の調理場で見たことあるよ。羽はむしってあったけど、一メートルくらいの大きさだったから多分魔物じゃないかなって……魔物も、食べられるなら家畜と同じ扱いなんじゃないかな? 同じ生き物なんだし」

「……これ、魔物の肉か」


 手に持った串に刺さる、何かの肉を見てポツリと呟く。

 確定したわけではないが、義人としては鶏肉と言われると最初に(にわとり)を思い浮かべてしまう。もちろん元の世界では間違っていないが、この世界でも同じと考えるのは間違っている。

 そして、それ以上に優希の言葉の中にあった『同じ生き物なんだし』という言葉が義人の中で引っかかった。

 当然のことではあるが、魔物も生き物である。人に害を及ぼす魔物もいるが、中には知性を持って人と打ち解けることができる魔物もいる。そして中には、人間の食料になる魔物もいるのだ。義人は僅かに眉を寄せると、小さくため息を吐いた。


「そのあたりのこと、考えてなかったなぁ……」


 身近な存在としてはエルフで宰相のアルフレッド。カーリア国の城下町にはドワーフで鍛冶師のローガスを筆頭に、探せば他にも魔物が存在している。知性もなく人を襲うだけの魔物は別として、知性と長い寿命を持つ魔物はある意味最高の“人材”と言えた。


「“やっぱり”使える魔物は使いたいな。カーリア国に帰ったら、アルフレッドに相談してみるか?」


 肉が刺さった串を片手に考え込む義人。すると、そんな義人の様子をどう思ったのかカグラが声をかける。


「ヨシト様、どうかされましたか? 毒見は行ったはずですが……」

「いや、毒だったらそんな余裕ないって。ちょっと考え事をしてただけだよ」

「では、口に合いませんでしたか? 城に戻れば食事は取れますし、夜になれば舞踏会もありますから、それまでは我慢していただくしか……」

「そんなに食い意地張ってないよ。って、ちょっと待ったカグラ。今何か、変な言葉が聞こえた気がするんだけど」


 味の良し悪しは重大な要素だが、美食家というわけでもない。しかし、義人にとってはそれよりも気になる言葉があった。


「変な言葉ですか?」


 どこか慌てた様子の義人に首を傾げ、カグラは鸚鵡(おうむ)返しに尋ねる。


「ああ。聞き間違いでなければ、夜になれば舞踏会があるとか聞こえたんだけど」

「朝のうちにそう説明したはずですが?」

「…………」


 無言で、義人は視線を外す。

 記憶を掘り返してみると、たしかに今日一日の行動予定について説明を受けた……気がする。ただ、考え事をしていてほとんど覚えていなかったが。


「舞踏会って踊るんだよな?」

「舞踏会ですから。もちろん踊りますね」

「燕尾服でも着て踊るのか?」

「女性はイブニングドレスですね」

「俺も、踊るのか?」


 どこか諦めたように、義人は尋ねる。そんな義人を見て、カグラは恐る恐る尋ねた。


「あの、踊れます……よね?」


 質問に対して、義人は無言で首を横に振る。コモナ語は教わったが、踊り方を教わった覚えはない。


「……城に戻ったら練習しよう。夜までに少しでも形にするから」


 先のことを考えるよりも、すぐ目の前に迫ったことを考えよう。そう判断した義人は、夜になるまで社交ダンスの練習をしようと決意するのだった。


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