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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第八十九話:加速

 遠くから気合の乗った掛け声と、金属同士がぶつかり合う音が響く。それを耳にした義人は、音のする方へと視線を向けて遠くを見るように目を細めた。


「おー、やってんなぁ」


 呟いた義人の視線の先では、訓練用に刃を潰した両刃の剣や穂先の部分を取り外した槍を手に訓練を行う兵士達の姿が見える。カーリア国の主要武器である刀とは違い、ノーレと同じように両刃の剣を振るっている兵士を見ながら義人は周囲を見回す。

 ミーファの言う通りにこの部隊の隊長に見学の旨を伝えようと思ったのだが、そこで義人はあることに気付いてその足を止めた。


「しまった。誰が隊長かわからん」


 カーリア国ならば主な文官武官全員の顔と名前を覚えているが、他国の人間の顔と名前などほとんど知らない。すると、そんな義人を見て優希が首を傾げる。


「義人ちゃんどうしたの? 考え事?」

「ん、ああ……って、優希は自由に行動しても良いんだぞ? 訓練の様子なんて見てても面白くないと思うし」


 ごく自然に同行していた優希に対して、義人は苦笑を向けた。すると、優希は困ったように頬に手を当てる。


「勝手にお城の中を出歩くのは気が引けちゃうよ。義人ちゃんがついてきたらダメっていうなら部屋に戻るけど……」

「いや、そこまでは言わないよ。優希が良いのなら俺は構わない。あ、でも他国の人の目があるからいつも通り話すわけにはいかないかもしれないな」


 ずっと部屋にいるのも退屈だろうと許可する義人だが、カーリア国にいるときと違ってどういう距離を取れば良いのかわからない。

 そうやって悩む義人を見た優希は、一歩後ろに下がってサクラの隣へと並び、小さく笑った。


「それならサクラちゃんと同じように振舞うね?」


 服装は違うけど、と付け足す優希に対して、義人は苦笑しながら頬を掻く。隣に並ばれたサクラも苦笑し、義人のほうへと目を向けた。


「先程何か悩まれていたみたいですけど、どうかされたんですか?」

「いや、隊長が誰かわからないんだ。たしかミーファは第二魔法剣士隊って言ってたけど」


 第二魔法剣士隊と口にして、義人は首を捻った。ここ最近何度か聞いた名前である。義人は宙に視線を向け、思い出すように自分の記憶を漁った。そして、ポンと手を叩く。


「ああ、カール隊長の部隊か。それなら話も早いな」


 義人がそう言うと、僅かにサクラが表情を動かす。義人としては特に意味を持たせたわけではないが、サクラにとっては別だったらしい。数日前に戦い、己が敗れた相手に対する感情はあまり良いものではないようだ。

 そんなサクラの様子に内心だけで苦笑すると、義人は訓練場を軽く見渡す。そしてカールの姿を探し、それらしい人物を見つけてそちらへと足を向けた。


「っと、いたいた」


 そう呟きながらカールのもとへと近づいていく。カールは部下三人を相手取って模擬戦を行っていたが、それでも義人に気付いて声を張り上げた。


『訓練止めっ! 整列!』

『はっ!』


 カールが号令を発し、それを聞いた訓練を行っていた者達がすぐにカールのもとへと集まる。そして素早くかつ整然と整列し、隊長であるカールは部下がきちんと整列したのを確認してから義人へと一礼した。


『ヨシト王におかれましてはご機嫌麗しく……』 

『いや、そんな畏まった挨拶はいりませんから。というか、すごい邪魔をしたみたいで申し訳ない……ちょっと訓練の様子を見せてほしいんだけど、良いかな?』


 ご機嫌麗しくと言われてもどう答えれば良いかわからない義人は、すぐさま用件に移る。すると、それを聞いたカールは僅かに考え込んでから頷いた。


『それは別に構いませんが、できる限り離れた位置でご覧になってください。訓練といえど、危険なことに変わりはありませんので』

『じゃあ離れた場所で見てるから……って、サクラ? なんか視線が威嚇しているみたいで怖いんだけど?』


 カールの言葉に返事をする義人だったが、先程からサクラのカールを見る目つきがやけに鋭

かったので話を振る。


『ヨシト様の気のせいです』


 話を振られたサクラは、そう言ってカールから視線を外す。見た目と違って負けず嫌いなところがあったのか、それとも他に含むところがあるのか。そんなサクラの視線を受けたカールは、姿勢を正して頭を下げた。


『先日はまことに申し訳ありませんでした』

『……いえ、あの状況では仕方ないと思います』


 カールの謝罪に短く答え、サクラは義人の斜め後ろへと下がる。すでに何度か謝罪をしているが、サクラの反応は一向に変わらない。そんなサクラの様子にカールはバツの悪そうな表情を浮かべるが、すぐに表情を引き締めた。


『それでは訓練を再開したいと思います。全員、訓練を再開しろ!』

『はっ!』


 義人に対して一礼すると、カールは整列している部下達へと訓練の再開を告げる。するとカールの部下達はすぐさま訓練場のあちこちへと散らばり、元々やっていた訓練へと戻っていった。


『では自分も訓練に戻りますので』


 そう言ってカールが踵を返し、義人はカールに言われた通り多少距離を取る。もっとも、背中にはノーレを背負っているし傍にはサクラがいるため、何かあっても対処は容易いだろう。

義人は用心のためにノーレを背中から腰元へと移動させると、何かあったらすぐにノーレを抜けるようにしてから訓練場に散った兵士達へと目を向けた。

 魔法剣士隊はその性質上、高機動かつ高い近接戦闘能力を有する。武器は剣士隊の名の通り剣を使い、その上で攻撃魔法も用いる攻撃力の高い部隊だ。カーリア国では主力の部隊であり、それはレンシア国でも変わらない。

 そのため、義人は自国の魔法剣士隊と目の前の魔法剣士隊を比較して思わず眉を寄せる。


「……こりゃ、本当に違うな」


 そう呟く義人の視線の先では、ノーレと同じ大きさの剣を自由自在に振るう一般兵の姿があった。男女比率は七対三で男性が多いが、自分よりも年下にしか見えない顔立ちの少女が年上らしき男性と互角に斬り結んでいる光景は中々に印象強い。互いに『強化』を使っているのだろうが、秒を刻む間に数回剣を振るうなど魔法なしでは不可能だろう。

 そしてなによりも、兵達の纏う雰囲気に義人は圧倒されていた。ミーファの言っていた『カーリア国の兵とは様々な面で異なる』という言葉は、実に的を射た言葉だったなと内心だけで納得の声を上げる。

 剣を振るう度に発する掛け声に込められた気迫。全身から放たれる、殺気にも似た気配。一つ一つの動きにメリハリがあり、義人の目からではほとんど隙がないように見える。

 カグラや志信に意見を聞けばまだ違った意見が得られたかもしれないが、義人の目ではそうもいかない。なまじカーリア国の兵士達を見慣れていたというのもあるだろうが、魔物を相手にするために訓練を積んだ者と人間を相手にするために訓練を積んだ者の差が感じられた。

 カーリア国の兵士達は相手が魔物ならば戦えるが、相手が人間だった場合にどうなるかわからない。訓練では兵士同士で斬り結ぶが、それは訓練の範疇を出ない。もしも本当の“殺し合い”になればどうなるか。それを考えてしまった義人は、重いため息を吐いた。


「ヨシト様、どうかされましたか?」


 そんな義人のため息をどう受け取ったのか、サクラが心配そうな声をかける。それに対して、義人は苦笑を向けた。


「いや、カーリア国の兵士とは本当に違うんだなと思ってね。サクラから見たらどうだ?」

「そうですね……対魔物の訓練か対人間の訓練かの差はありますけど、そもそもの実力にも差があるかと思います」

「差か……ちなみにどのくらい?」


 元の世界で見たら目を疑うような動きをしている兵士達を横目に見つつ、義人がサクラへと尋ねる。その義人の問いに、サクラは困ったように表情を変えた。


「それは、実際に戦ってみないとわかりません」

「そりゃそうか。一人強い奴がいたらそれだけで負けるかもしれないしな」


 そう言って、義人は視線を移す。カーリア国の魔法剣士隊と比べて高い練度を持つ兵士達の中で、最も存在感のある人物へと。


「やっぱり隊長っていうだけあって強いよなぁ」


 義人がそんな賞賛を向けたのは、一人で三人を相手にしているカールである。周りの兵士と違い、多少短い剣を両手に持つ二刀流で巧みに攻撃を捌いている。その上距離があるため聞こえないが、剣を振るいながらも口頭で欠点を指摘しているらしい。


「あれで大して歳が変わらないんだよな……まあ、志信も一年経てばああなるのかね? っと、もう一人追加か?」


 現状では一対三だったが、そこにもう一人加わるらしくカールの背後から男性兵士が斬りかかる。

 すると次の瞬間、カールの姿がその場から消えた。


「お?」

「あれ? 消えたよ?」


 義人は思わず己の目を疑い、そんな義人の横では優希が驚きの声を上げる。だが、背後から剣を振るった兵士の“その背後”にカールが姿を見せたことで義人は納得の声を上げた。


「あ、風を使って移動する魔法か。やっぱり瞬間移動にしか見えないよなー」


 そう呟く義人だったが、傍でそれを耳にしたサクラはカールの方を見ながら何かを考え込むように視線を地面へと落とす。


「風を使った移動法……ということは、不安定な体勢からでも重い斬撃を振るえたのは同じように風を使ったから? でも、それだけだと説明がつかない……わたしが作った氷の剣をあんなに簡単に砕いたのには他に何かタネが? やっぱり接近戦をしつつ背後から氷を撃ち込んで……」


 何かしらの対策を考えているのか、ブツブツと呟くサクラ。そんなサクラに不穏なものを感じ、義人は頬を引きつらせる。


「あの、サクラさん? 何やら物騒なことを考えてたりしませんかね?」

「ふぇっ!? く、口に出てましたか!?」

「そりゃもうバッチリと。背後から氷を撃ち込むって、かなり危ないんじゃないですかね?」


 言葉の内容に少しだけ引く義人。そんな義人の様子に、サクラは慌てたように首を横に振る。


「い、いえ! そうは言いましても格上の相手を倒すには色々と手を打たないと勝てないものでして!」

「危ないってところは否定しないんだな……というか、再戦することが前提かよ」


 本当は割と根に持っているのかもしれない。そう思いつつ、義人は腰元のノーレへと視線を落とす。


「なあノーレ」

『なんじゃ?』


 かけた言葉の返答を聞き、義人は先程から何度か姿を消しているカールへと目を向けた。


「アレができたら、逃げる時にものすごい便利だよな? ノーレなら似たようなことをできないか?」


 カグラは才能があってもすぐには無理と言ったが、義人は自分では無理でも『風と知識の王剣』であるノーレならばあるいはと期待を込めて尋ねる。完全に真似るのは無理でも、似たことができれば大抵の敵からは逃げられるだろう。

 義人としてはこれから先、二度と命がけの戦いなどしたくない。だが、この世界は元の世界に比べれば危険すぎる。いつどこで何が起こるかわからない以上、カールの移動法を覚えることができれば最低でも逃げる手段として使えると義人は判断した。


『風を利用した移動法か……ふむ、試してみる価値はありそうじゃな』


 そんな義人の意図を読み取ったのか、ノーレも特に反対はしない。


「お、反対とかしないのか? というか、できそうか?」


 何かしら言われるだろうと思っていた義人は、あっさりと承諾したノーレに肩透かしに似た

気持ちを覚えた。すると、ノーレは鼻で笑う。


『お主が格上の相手に斬りかかるよりは余程マシじゃ。あと、できるかじゃと? 妾を誰だと思っておるんじゃ。風の扱いにかけて遅れは取らんわ』

「そりゃ頼もしいことで。といっても、勝手にこの辺を走り回るわけにもいかないよな」


 自信に満ちた言葉を返すノーレに頼もしさを覚える義人だったが、兵士が訓練をしているところを走り回るわけにもいかない。


『どうかされましたか?』


 場所を変えて試すかなと義人が移動しようとした時、いつの間にやら四人の部下を叩き伏せたカールが双剣を鞘に納めながら歩み寄ってくる。見学に来たのに早くも移動しようとしている義人の行動が気になったのだろう。そんなカールに、義人は小さく笑う。


『いや、カール隊長の移動方法ができるかどうかを試したくなって。一応俺も風の魔法を使えるから試してみたいと思ってね。でも、ここだと周囲に人がいるからちょっと場所を移そうかな、なんて』

『『加速』が使えるか、ですか?』


 どうやら名前があったらしい。義人はその名前を覚えると、頷いてみせる。


『そう、それ。覚えられたら逃げ足に使えるかなと思ってね』

『逃げ足には使えると思いますけど……自分で言うのもなんですが、習得は難しいですよ?』


 暗に義人では覚えられないと言っているようなものだったが、カールの表情にそういった類の色はない。純粋に、習得は難しいと思っての言葉なのだろう。そんなカールに義人は苦笑する。


『もしもできたら儲けものってぐらいの話だよ。真似事でもできれば良いとは思うけどね。それで、この辺に試せるような場所はある?』

『そうですか……場所ならばすぐにここを空けますが? 部下にもそろそろ休憩を取らせようと思っていましたし』

『え、本当に? そんなに時間はかからないだろうし、使えるのなら使わせてほしいけど……』

『わかりました』


 カールの申し出に乗る義人。すると、カールは兵士達のほうへと向き直る。近くにいた兵士達は義人とカールの会話が聞こえていたのか、動きを止めてカールのほうへと目を向けていた。


『これから十分間の休憩とする! 各自、水分を取っておけ!』

『はっ!』


 カールの言葉に対して一斉に返事をすると、兵士達は井戸がある方向へと走っていく。魔法剣士隊らしい素早さで走り去ると、それを見送った義人は感心したように口を開いた。


『休憩の時まで統率が取れてるなぁ……まあ、こっちとしては助かって良いけど』


 兵士達がいなくなったせいか、先程よりも広く見える訓練場を見ながら義人が呟く。そんな義人の言葉にカールは苦笑した。


『他国の王がいらっしゃるからですよ。いつもはあれほど真面目に訓練をしてくれませんから』


 義人は猫かぶりだったのかと思うが、カールの謙遜という可能性もあるので特に言及することはしない。訓練場を空けてくれたカールに礼を言ってから、走りやすいようにノーレを背中へと背負う。


「それじゃ、よろしく頼むぞノーレ」

『うむ。風を使ってお主の移動速度を上げれば良いんじゃろ? 本物の『加速』とやらも見ておるし、大船に乗った気でいるがよい』


 自信ありげなノーレの言葉に頷きを返し、義人はもしものことを考えて優希やサクラから距離を取る。

 そして優希の『頑張れー』という応援の声を背に、地を蹴った。


『ではいくぞ?』


 そんなノーレの言葉とほぼ同時、義人はいきなり自分の体が後ろから押される感触を覚えて内心で驚きの声を上げる。自分が地面を蹴った勢いだけでない、第三者(ノーレ)による強制的な加速。風で押すというよりも、背中から風が吹き出ているような感覚だった。

 一瞬で風景が後ろへと流れ、その速さに視界が狭まる。身体能力が上がった状態で全力疾走しても、これほどまでの速度を出すことは不可能だろう。

 まさに風を切る速さ。しかし、当の義人にとってはそれで済む問題ではない。


 ―――速すぎだろこれ!?


 口に出す余裕もなく、義人は内心だけで悲鳴染みた声を上げる。下手に喋れば舌を噛みかねず、いきなりの加速のせいか、息を吸い込むことさえ困難だ。

 一歩一歩地を蹴るごとに加速し、一歩ごとの移動距離も伸びてくる。その速さに義人は驚きと興奮を覚えつつ、直線に走るのではなく弧を描くように進路を変えた。このままではいずれ訓練場の端についてしまい、止まりきれなかったら壁に激突する可能性もある。

 そう思っての進路変更だったが、曲がる際に膝の辺りから鋭い痛みを感じて義人は眉を寄せた。

 なんだ、と意識が走ることから外れる。すると次の瞬間、速度についていけずに足が空回りをした。否、平地でありながらも“足を踏み外した”というべきなのかもしれない。あまりの速度に体のバランスが崩れ、それでもバランスを立て直そうと地を蹴った拍子に体が浮き上がり、


「おおおおおおおおぉぉぉっ!?」


 義人は十分に加速したまま、勢いそのままに十五メートルほど低空飛行を敢行した。


「ちょ、これ、待っ、ぎゃああああああ!」


 叫んだ声は歓喜か悲鳴か。ノーレが風で義人の体勢を正そうとするが、それも遅い。義人は走り幅跳びの世界記録を軽く上回る距離を“飛んだ”後、(きり)()みしながら地面に落下する。さらにそこから、さながら人身事故にでもあったかの如く、飛び魚が水面を跳ねるように数回バウンドした後にようやく動きを止めた。


「よ、ヨシト様!?」


 動きが止まった義人を見て、凍ったように事の成り行きを見ていたサクラが慌てて駆け寄っていく。そしてその後ろに優希が続くが、サクラほどには慌ててはいない。

 その光景を見ていたカールは、義人の安否を気にするよりも先に驚愕を覚えていた。


『……成功?』


 呆然と呟く。実際はノーレが行ったことなのだが、それを知らないカールには義人が一度で己の使う技を習得したのかと思ってしまった。

 カールに比べればまだまだ遅い上に、制御は甘くて実際に実戦で使用することはまだ無理だろう。肉体的にも鍛錬が足りず、使えたとしても直線移動だけで義人自身の気質からも考えて戦いに用いることはないように思える。

 だが、敵から逃げることはできる。追いつけるのは同じ移動方法が使える者か、莫大な魔力を持つ者が魔力を消費するほどに強く『強化』を使うことぐらいだ。

 今の状態から数ヶ月も訓練を積めば、カールまでとはいかなくとも“それなり”に使えるようになると思えた。


「ヨシト様! 大丈夫ですか!?」

「義人ちゃん、大丈夫?」


 そんなカールの内心を他所に、サクラは慌てて義人のもとへと駆け寄る。優希も心配そうではあるものの、遠目に見た義人の様子だけで大したことはないと判断して声をかけた。すると、倒れ付していた義人が顔を上げる。


「なんとか大丈夫……って、足がいてぇ!? なんかこう、膝に痛みがっ!?」

『転がる際の衝撃は風で殺したが、さすがに進路を変える際の足への負担は妾でも軽減はできんからのう』


 背中にノーレを背負っているため、下手な転がり方をすれば鞘の部分とぶつかって骨を折りかねない。かといってノーレを手に持って走るのはバランスが悪く、身につけた状態で走るには背負うしかない。そのためノーレが風を発生させてクッション代わりにしたのだが、さすがに肉体的な負担を防ぐことはできなかった。

 直線移動だけならば問題はないかもしれないが、進行方向を変えようとすればそれだけで足に負担がくる。急激な進路変更を行えばその負担はより顕著になるだろう。


『要修練じゃな。妾が多少制御するとはいえ、進路変更の際の肉体的な負担は全てお主にかかる。一直線に逃げる際には便利そうじゃが、それで動けなくなるようでは本末転倒じゃ。二刀流のように実戦で使おうとすれば周囲の誰かにぶつかりそうじゃしな』

「ぬぅ……あの速さで誰かにぶつかったらこっちの身がもたないっての。相手が鎧でも着てたらなおさらだな」


 自分の体よりも硬い金属製の鎧に高速で激突する光景を想像し、義人は顔をしかめる。速さはあるが、体が頑丈になるというわけではない。このままでは人が多い場所では使えないだろうし、障害物がある場所でも使えないだろう。カールのように自在に使えれば話は別だろうが、今のままでは用途が限られてしまう。

 義人は服についた砂を払いつつ、体の調子を確かめるようにゆっくりと立ち上がる。


『ヨシト王、お怪我はありませんか?』


 そんな義人の傍へとカールが歩み寄り、心配そうな声をかけた。それを聞いた義人は苦笑しながら頷く。


『ちょっと膝に負担がきたぐらいかな。それよりも、カール隊長の目から見てどんな感じだった?』


 膝の具合を確かめるように何度か屈伸し、一過性の痛みであったことに義人は安堵しながら尋ねる。すると、カールはそんな義人の様子に真面目に頷いた。


『正直に申しまして、驚きました。ヨシト王が風の魔法を使えるのは知っていましたが、不完全とはいえすぐに『加速』を扱えるようになるとは……』

『いや、これはちょっとした反則というか。俺だけじゃ絶対無理だし』

『反則……ですか?』


 不思議そうに首を傾げるカールに、義人は笑って誤魔化す。


『何はともあれ、試した甲斐があったよ。場所を貸してくれてありがとうカール隊長』


 あとは練習で補おう。

 内心でそう呟き、義人はカールに礼を述べるのであった。


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