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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第八十八話:視察へ

 カリカリという、何かを刻む音が響く部屋の中。志信はまるで座禅でもするかのように胡坐をかき、その音を耳にしながら目を瞑っていた。


「…………」


 そんな志信の横では、シアラが無言のままに手先を動かしている。左手に直径四センチ弱、長さは志信の身長と同じぐらいの棍を持ち、右手には『魔法文字』を刻むために使用する『魔石』を鉛筆サイズに削ったものを持っていた。

 現在シアラが棍に刻んでいるのは『無効化』の術式である。志信が今まで使っていたものはヤナギと戦った際、放たれた居合いの一閃で切り捨てられた。そのため、この国に一緒に来たゴルゾーに頼んで用意してもらったのがこの新しい棍である。

 無手、もしくは刀を使っても戦えるが、やはり得物は一番使い慣れているものが良い。さらに、今まで使っていたものと同じようにシアラに『無効化』の術式を刻んでもらっている。

欲を言えば棍自体の強度も上げてほしかったのだが、シアラの技量では一つの武器に二つの術式は刻めない。そのため、志信は『無効化』を優先して刻んでもらうのだった。


「……できた」


 ポツリと、シアラが呟く。それを耳にした志信は、静かに目を開いてシアラへと目を向けた。すると、シアラの手の中には『無効化』の文字が刻まれた棍が握られている。志信には『魔法文字』などわからなかったが、シアラの腕は信頼しているためすぐに頭を下げた。


「すまん、助かる」

「……いい。わたしも、練習になる」


 シアラから棍を受け取った志信は、その場で立ち上がって軽く棍を一振りする。本来ならば外で振るいたかったが、この世界の建物は日本の建築様式とは違って一部屋一部屋が広い。そのため、棍の感触を軽く確かめる程度なら事足りる。

 シアラは絨毯が敷かれた床に座り込んだままで志信を見上げ、小さく口を開いた。


「……どう?」

「おそらく大丈夫だろう。あとは、実際に魔法を『無効化』してみたいところだな」

「……なら、外に行く」

「そうするか」


 志信がそう言うと、シアラはゆっくりと立ち上がる。いや、立ち上がろうとした。


「……あ」


 ふらり、とシアラの体が揺れる。今までの集中をしていたせいか、シアラは立った拍子に立ちくらみを起こして体勢を崩した。


「む、大丈夫か?」


 そんなシアラを、志信がすかさず支える。腕一本で抱きかかえるように助け起こし、志信は瞳に心配の色を覗かせた。


「……平気。ちょっと、疲れただけ」

「そうか……重ね重ね、すまん。無理をさせたようだな」


 いつもなら、『無効化』の術式全てを刻むわけではない。元々、志信が使っていた『無効

化』の棍はかつてカーリア国元財務大臣であるエンブズが義人を暗殺するために志信の姿を真似させた『お姫様の殺人人形』に使わせていたものだ。

 『お姫様の殺人人形』を破壊した後は志信が使っていたのだが、志信が最初シアラに頼んだのは『無効化』の術式が削れたのを直してもらうためだった。元の術式がそこまで良くなかったため少しばかり書き換えたりはしたものの、今回のように術式全てを書いたわけではない。

 棍を斬ったヤナギに代品を請求するという手もあったが、殺傷能力の低い棍に『無効化』の術式を刻む物好きはいないらしく、代品が用意できるとしても志信達がこの国にいる間には不可能らしい。棍は扱う者の力量次第でかなり危険な武器になるのだが、それならば槍を使ったほうが話が早いのだ。

 『無効化』自体の魔法としての難易度はそこまで高くないが、それでも『魔法文字』を使って武器や防具に術式を書くのは手間がかかる。『魔法文字』が刻まれた特殊な道具は通常のものと比べて取引価格も高く、希少価値があるため手に入りにくい。

 そのため、志信はシアラに『無効化』の術式を刻んでもらった。以前交わした動く的の約束もあるが、シアラにとっても良い練習になる。それに、志信としては見知らぬ誰かに頼むよりもシアラに頼んだほうが安心できるというのもあった。


「……もう平気」


 志信の腕で支えられたシアラが小さく呟く。だが、志信はシアラの足元を見てから口を開く。


「足に力がない。俺の言えた言葉ではないが、無理はしないでくれ」

「……平気」


 繰り返すようにそう言って、シアラはトレードマークの黒い三角帽が落ちない程度に首を横に振る。

 どこか戸惑うような、それでいて焦るような雰囲気のシアラだったが、志信とシアラでは身長差が大きい上に三角帽のつばの部分に視界を遮られ、志信からはシアラの表情が見えない。そのため、志信はシアラの感情の動きにまったく気付くことはなかった。

 シアラは自分を抱きとめた志信の腕を見下ろして、僅かな思考に浸る。

 志信の行動が(よこしま)な思惑からのものではないことなど、ここ数ヶ月の付き合いから容易に判断できる。自分がふらつき、それを心配して抱きとめた。それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。志信の思考が“他”に向くことなど、ない。


 ―――何故か、それが少し腹立たしい。


 そんな思考をする自分に疑問を覚えるものの、シアラはそれが疲労からくるものだと判断する。

 『魔法文字』を刻むのに集中力を酷使し、魔力も消費した。ただでさえ先日に他国の人間と戦闘を行い、多少魔力も消費している。まだそのときの疲れが抜けていないのだろうと、そう判断した。

 片腕でシアラを抱きとめた志信は、自身と比べて華奢なシアラの体を支えつつどうしたものかと無言のままに思案する。

 本人が平気というからには腕を離しても大丈夫だろうか、と内心で首を傾げ……その瞬間、扉が開いた。


「おーっす志信。今からレンシア軍の訓練を見に……行く……から……」


 次いで、男同士だからノックはいらないだろうと気軽に扉を開けた義人の声が響く。しかし部屋の中の、正確には志信がシアラを抱き締めている光景を目の当たりにした義人の声は、後半になればなるほど小さいものへと変わっていた。


「…………」


 義人は数度瞬きをして、無言のまま眼前の光景を理解するよう努める。 

 まさか、まさかの光景。志信がシアラを片腕で抱き締めているという事態に、義人は真顔で硬直した。

 それに対して、志信も思考が止まった自分を自覚する。やましいことなど何一つないと断言できるが、何故か言葉が出ない。


「義人ちゃん、どうしたの……あれ?」


 義人の様子を不思議に思ったのか、義人にしがみつくようにして優希が部屋の中を覗き込む。そして少しばかり驚いたような顔をすると、邪魔をしては悪いと言わんばかりに義人の服の袖を引いた。


「まぁ……」


 そうやって義人の袖を引く優希の反対側では、一歩後ろに控えたサクラが部屋の中を覗き込んで驚きに目を見開いている。口元に両手を当て、微妙に赤い顔で部屋の中の光景……具体的には志信の腕に収まっているシアラを凝視していた。

 優希に服の袖を引かれた義人はすぐさま気を取り直すと、いっそ見事なほどに背筋を正し、折り目正しく一礼する。


「お邪魔しました」

「お邪魔しましたー」

「失礼しました」


 頭を下げる義人に、追従する優希とサクラ。

 その数秒後にパタン、と扉が閉じられ、足音が徐々に遠ざかっていく。それを耳にした志信は後で誤解を解こうと気を取り直し、


「ぬおっ!? ミ、ミーファじゃないか! い、一体どうしたんだ?」


 部屋の外から、義人のそんな声を聞いた。




 ―――やばい、やばいです。


 義人は滝のような冷や汗をかきつつ、内心でそんなことを呟く。

 扉を開けた向こうに広がっていた光景は、まだ良い。志信のことだから、きっとふらついたシアラが倒れないように抱きとめたのではないかと義人は予想している。

 もっとも、それは扉を閉めたところで浮かんだ考えであり、一礼して扉を閉めるまでは深く考えることもできずにいた。それくらい、予想外の光景だったのだ。


「ヨシト王? こんなところでどうされたのですか?」



 そこへ、ミーファの登場である。

 いつもの如く、赤髪を後ろでまとめたポニーテール姿のミーファは不思議そうな顔で義人を見ていた。動きやすさを重視した必要最低限の急所を守る白の鎧を身に纏い、手甲をはめた右手には鞘に納まった刀を握っている。


「ぬおっ!? ミ、ミーファじゃないか! い、一体どうしたんだ?」


 義人はそう言いつつ、自身が背を向けている志信の部屋の扉をミーファの視界から隠すように一歩横へ移動する。すると義人の意図を汲んだのか、優希も義人と同じように体の位置をずらした。


「わたしはシノブ……殿に用があって来たのですが……ヨシト王もシノブ殿のところへ?」


 そんな義人の動きを特に気にすることなく、ミーファは己の用件を告げる。公私を弁えたミ

ーファの口調に義人はむず痒いものを感じつつも、首を横に振った。


「い、いやぁ、それが志信がいなくってさー。どこかに行ってるのかねぇ」


 続いて誤魔化しの言葉を口にして、ついでに首を傾げてみる。誤魔化す必要はなかったのかもしれないが、この時の義人はそれがベストの選択だと判断した。


「そうですか……レンシア軍の訓練を見に行っているのかもしれませんね」


 義人の言葉を疑うことなく、ミーファは頷く。それを見た義人は、今更『先客(シアラ)がいたんだ』などと言えるはずもない。

 必死に誤魔化そうとする義人の横では、優希が密かにため息を吐く。


 ―――自分以外のときは察しが良いのになぁ……。


 愚痴のようにそんなことを思ってみるが、それで義人が変わってくれるはずもない。

もっとも、それが素なのかわざとなのかは優希でも判断がつかなかったが。


「俺達は今からレンシア軍の訓練を見に行こうと思うんだけど、ミーファはどうする?」


 笑顔を浮かべながら考え事をする優希に気付かず、義人はミーファに話を振る。すると、ミーファは少しばかり申し訳なさそうな顔をした。


「わたしは丁度今見てきたところでして、帰国後にアルフレッド様へ提出する書類を作成しようかと。しかし、護衛が必要ということでしたら喜んでお付き合いいたしますが?」


 そう言いつつ、ミーファはさり気なく周囲に視線を向ける。目に見える範囲にいる護衛はサクラだけだが、すぐさま義人のもとへ駆けつけられるよう周囲に魔法剣士隊の兵士が三人ほど配置してある。

 それに気付いているのかいないのか、義人は肩を竦めた。


「そりゃ残念。ま、護衛はサクラがいるから大丈夫だろ。というわけで、ミーファは部屋に戻って大丈夫……寄り道はせずに、な」

「は……たしかに寄る場所はありませんが」


 義人の言葉を内心で不思議に思いながらも、ミーファは首肯する。義人はミーファの様子に、気にしないでくれと苦笑した。


「それじゃあ、訓練を見に行ってくる。城の裏手でやってるらしいけど、手続きとかは必要なのか?」

「手続きなどは必要ないですが、訓練をしている部隊の隊長に見学の旨を伝えたほうがよろしいかと。普段ならそう簡単に許可も下りないでしょうが、“今回”に限っては相手側も拒否はできないでしょう」

「それも交渉の一環ってか? って、勝手なことをしたらまたロッサに迷惑がかかるかな?」

「そのあたりのことも織り込み済みかと思われますが」


 ミーファの言葉に、義人は現在交渉を行っているであろうロッサの顔を思い浮かべる。


「だと良いけどな。それで、ミーファとしてはどうだった? この国の訓練を見て何か思うことはあったか?」


 話ついでにそんなことを尋ねてみる義人だったが、問いを投げかけられたミーファは表情を曇らせて小さく眉を寄せた。


「そうですね、口で伝えるよりも実際に見られたほうがわかるかと思いますが……カーリア国の兵とは様々な面で異なっていました」

「異なっている?」

「はい。実際に見られればわかるかと思います。城の裏手で訓練を行っていたのは第二魔法剣士隊が主でしたが、我々とは根本から違っていました」

「根本から?」

「根本から、です」

「……よくわからないけど、見れば理解できるんだな?」


 根本から違うという言葉に興味を惹かれつつ、義人は確認するように再度尋ねる。そしてミーファが頷くのを確認すると、義人は軽く礼を言ってから歩き出した。

 ミーファがそこまで言うのならば、本当にそうなのだろう。

 そんなことを内心で呟きつつ、義人は優希とサクラを伴って城の裏手へと向かうのだった。


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