第八話:評価
ユキ様とシノブ様の部屋を整えてきます、と言葉を残してカグラも退室し、部屋には義人達だけとなる。
義人は優希と志信を傍に寄せると、疲れたように絨毯へ座り込んだ。
「あー、本当に王様だってよ。正直、ドッキリ企画なら早くカメラ出て来いって感じだよな」
「本当に王様だね。大丈夫、義人ちゃんならきっと上手くいくよ」
「根拠がないぞ、優希。でも、上手くやらないといけないんだよな」
ペシペシと優希の額を小突く。優希は困ったように、それでいて少し嬉しそうにしている。
それを尻目に、義人は志信に目を向けた。
「なあ志信、これからどうすれば良いと思う?」
「そうだな……まずは、速やかに信用できる臣下を見極めることか。国の現状を考える限り、反乱が起きては拙い。下手すれば簡単に瓦解するだろう」
「信用できる臣下ねぇ……正直、俺はカグラ以外微妙なとこだよ。アルフレッドもミーファも、味方だろうけど信用はできない」
「そうなの? だったら、さっきの『演技』を二人にも見せれば良かったのに。あの時の義人ちゃん、怖かったなー」
ほのぼの喋る優希の額を、今度はデコピンで弾く。
「あれは演技じゃねえよ。あの時はかなり頭にきてたから、本音さ。でも、仮にあの場にカグラ以外がいてもあまり効果はなかった気がするんだ。ミーファは反発しそうだし、アルフレッドは……正直わからん。老獪って感じだし」
義人の言葉に、志信が肯定の意で頷いた。
「たしかに、あの二人は義人に対して好印象は持っていないようだ。だが、率先して敵に回ることもないだろう。そうなると、残った問題は他の臣下をどうこちらに引き込むかによる」
「んーまあ、そこは明日からだよなー。今日思いっきりみんなの前で醜態さらしたし、評価悪そうだけど」
「そこは義人ちゃん次第でどうにでもなると思うよ? 威厳たっぷりに話せば良いと思うなー」
「その程度ではあまり効果に期待はできまい。明日点呼でもして、そのときの表情と反応でも見てみるか」
「ああ、頼む。優希も、一応見といてくれ」
そこでふと、義人は真剣な表情に変わる。表情が変わったことに、優希と志信も表情を引き締めた。
「二人とも、さっきも言ったけど……本当にごめんな。ここは魔物なんて危険な生き物もいる。魔法なんてものもある、物騒な世界だ。これから大変だろうけど、一緒に頑張ってくれるか?」
「うん!」
「ああ」
迷いのない返事を、嬉しく思う。そして、場の空気を変えるように立ち上がった。
「さて、学校の昼飯から何も食ってないから腹減ったな! 何か食わせてもらえないか聞いてくるわ」
そう言って、義人も迷いなく笑った。
部屋から退出したカグラは、廊下を数歩歩くと肩の力を抜くように息を吐く。そして、カグラが出てくるのを待っていたらしいミーファとアルフレッドの傍へと歩み寄る。
「何を聞かれたの? 変なことされなかった?」
カグラの姿を見るなり、ミーファが口を開く。良くも悪くも真っ直ぐな友人に、カグラは苦笑を向けた。
「この国や世界、魔法等について聞かれました」
「ほう? しかし、その程度のことを聞くために儂やミーファを部屋から追い出す必要があったのかのう?」
カグラの言葉にアルフレッドが疑問の声を投げかける。その言葉の裏に込められた意味を的確に読み取ったカグラは……敢えて無視することにした。
「見知らぬ世界に見知らぬ人々ですから、きっと警戒していたんでしょう。ほら、ミーファちゃんは目つきが悪いし、アルフレッド様はちょっと強面ですし」
しれっと答えるカグラ。
「だ、れ、が、目つき悪いってー!?」
「あ、ちょっと、痛いですよミーファちゃん。首に腕を回して絞めないでくださいっ」
ミーファはカグラの首に右腕を巻きつけ、そのまま絞める。微妙に気道が圧迫され、カグラはギブアップとばかりにタップした。
「あいたたた……痛かった。もう、ミーファちゃんは相変わらずの怪力ですね。首が取れるかと思いましたよ」
ネックロックから開放されたカグラは自身の首をさすり、からかうように笑う。それを聞いたミーファはもう一度絞めてやろうかと一歩踏み出すが、それはアルフレッドによって制止された。
「茶番はそこまででよかろう。それでカグラよ、どうじゃった?」
主語を省いた台詞だが、それがわからないカグラではない。アルフレッドが相手では誤魔化せないと悟り、笑みを苦笑へと変えた。
「何勝手に召喚してんだコノヤロー、って怒られちゃいました」
「嘘ね。さっき見た限り、あの王にアンタを怒るほどの気概はないわ」
ミーファが即断で否定する。どうやら、彼女の中での義人に対する評価はかなり低いらしい。
「いえ、本当ですよ」
言い方は違いますが、と前置きして、カグラはミーファをなだめるように話していく。
「たしかに、この世界に来た当初こそ動転していたみたいですけど、落ち着けば頭の回転が速いみたいです。わたしにきつい言葉をぶつけて、反応を確かめたりしてましたし」
「反応を確かめる? なんで?」
「ふふっ、なんででしょうね?」
鸚鵡返しに尋ねたミーファを、からかい半分であしらう。ミーファはそんなカグラに声を荒げようとして、カグラの表情に声を途切れさせた。
今まで笑っていたカグラは笑みを消し、凛然とした巫女の顔を覗かせる。
「此度の国主召喚の儀。召喚の巫女の名にかけて。わたしはこれ以上ない成功だと思っています。もっとも、お二人はヨシト様よりシノブ様のほうが王に相応しいと思っているのでしょうが」
突然雰囲気を変えたカグラに戸惑いつつも、ミーファは頷く。
「そりゃあ、ね……立ち振る舞いに隙がないし、雰囲気も落ち着いてる。初めて見たときにわたしが王だと間違ったのは決しておかしなことじゃないと思う」
「そうじゃのう。たしかにミーファの言う通り、シノブ殿は落ち着きがあり、おそらく腕も立つじゃろう。それに比べれば、ヨシト王は数段劣っているように見えたのう」
容赦ない評価に、カグラは内心だけで苦笑する。しかし、表面は真剣な表情のままだ。
「たしかに二人の言う通り、シノブ様のほうがヨシト様よりも落ち着きがあり、腕も立つでしょう。しかし―――それだけです」
「……どういうこと?」
わけがわからない。それを表現するように、ミーファは首をかしげる。
「いずれわかると思います。たしかにシノブ様ではなく、ヨシト様に仕えるのは大変かもしれませんが……」
そう言ってカグラは歩き出す。だが、すぐに足を止めて顔だけ二人へと振り返った。
その顔は今まで浮かべていた真剣なものではなく、どこか力の抜けた笑顔。
「―――とても楽しそうでもあると、わたしは思いました」
楽しげな声。そんなカグラを見たミーファはアルフレッドに目を向け、肩を竦める。
「どう思います?」
「さてのう。まあ、カグラがああ言うんじゃ。ひとまずは様子見ということで」
そこまで言ったとき、王の寝室の扉が突然開け放たれる。あまりのいきなりさに、扉の脇にいた衛士二人が慌ててそちらに向き直った。
「おーい、カグラー! 悪いけど何か食べさせてくれー! っと、ミーファとアルフレッドもいたのか」
扉を開けたのは義人。その後ろでは優希と志信が苦笑している。
「あらあら……それでは、すぐに用意させますね。王を歓迎するための料理を作っているはずですから」
困ったように、それでいてどこか楽しそうにカグラが笑う。そんなカグラを横目に見つつ、ミーファは僅かに唇を噛んだ。
カグラ、貴女の目は曇っている!
言葉には出さないが、瞳が剣呑な輝きを放つ。それを察したアルフレッドは、やれやれとため息を吐いた。