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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第八十四話:説教

 日本という国は平和な国である。

 世界的に見てもトップクラスの治安の良さを誇り、一般市民が拳銃などを所持することも“ほぼ”ないので、閑静な住宅街で銃撃戦が起こるなどということも“ほぼ”起きない。

 もちろん魔物などという想像上の生物も存在せず、魔法というものも存在しないだろう。もしかしたら存在しているのかもしれないが、義人は自身の生活圏内ではついぞお目にかかることはなかったと断言できる。

 もっとも、魔法でも使っているのではないかと時折錯覚させるほどの運動能力を持つ親友が傍にはいたが。

 それでも身の回りで大きな騒動が起きることもほとんどなく、幼馴染みや親友と過ごす高校生活は概ね平和だったと言える。

 今では何の因果か異世界で王様などという職業に就いているが、それでも召喚された国は平和な国だった。言葉も通じ、文明の差はあれど不便は少ない。

 命の危険を感じた出来事もあったが、それでも元の世界の日本に通じる“何か”があったと義人は思う。

 それは先代以前に召喚された同じ境遇の者達が作り上げたものだったのか、それとも土地柄的なものなのかはわからない。魔物と呼ばれる危険な生き物による被害はあったが、他国のように人間同士が殺し合う環境に比べればまだ平和だと言えるだろう。

 それは、この世界に召喚されたことの中でも一番の僥倖だったのかもしれない。




 一歩先を歩きながら様々な説明を口にし、それでいて自然体のままに周囲を警戒しているカールを眺めているうちに、義人はそんなことを頭に浮かべていた。

 そんなことを考えていた影響か、城下町の中を歩く人々の表情もどこか違って見える。今という時が充実しているのか、その表情は生き生きとしたものに見えた。


「ヨシト様、大丈夫ですか?」


 ぼんやりとした表情でいたせいか、義人の隣を歩いていたカグラが心配げな表情で声をかける。その表情はどこか不安そうでもあったが、義人はそれに気付かず苦笑しながら首を振った。


「別に体調が悪いとか、そういうのじゃないよ。ちょっと考え事をしてたんだ」

「考え事……ですか」


 義人の言葉を繰り返し、カグラは僅かに眉を寄せる。義人の言葉に納得できるわけではないが、さりとてしつこく聞くわけにもいかない。

 そうやって歩くこと少々。義人は自分の状態に対して周囲が気遣っていることにようやく気付くと、常に比べて頭の働きが鈍い自分自身へ内心で舌打ちする。そして不自然にならない程度に表情を明るくすると、前方を歩くカールへと視線を向けた。


『そういえば、カール隊長って瞬間移動とかできるの?』


 表情は自然に取り繕えても、口から出たのはそんな言葉である。いきなり何を言い出したのかと、隣のカグラはどこか呆れた表情だ。


『……は、瞬間移動、ですか?』


 疑問を投げかけられたカールは、少し困ったように聞き返した。それに対し、義人は小さく頷く。


『ほら、最初に会った時にいきなり消えて俺の背後に移動してたじゃないか。そんな魔法があるのかと思ったんだけど』


 場を持たせるために口にした質問だったが、それはそれで義人が思い浮かべていた疑問の一つである。カールは義人の質問が何を指しているのかわかったのか、ほんの少しだけ眉を寄せて目を逸らした。


『あー……秘伝とか、門外不出の技で教えられないっていうのなら別に言わなくてもいいですよ? ちょっと気になっただけなんで』


 カールの様子から適当に当たりをつけ、義人はそう口にする。すると、斜め後ろを歩いていたヤナギが口を開いた。


『カール、別に言ってもいいんじゃないか? どの道、あんな器用な真似はお前以外にできないだろう?』


 場を繋ぐようなヤナギの言葉だったが、それを聞いたカールは僅かに思案して頷く。


『そう、だな。これも謝罪の一つと考えればお答えするべきか』


 義人としては別段そんなつもりはなかったのだが、何やら納得したらしいカールは一つ頷いて口を開く。


『簡単に説明しますと、アレは風の魔法を使ったんです。瞬間移動なんて大層な魔法でもなく、ただの応用ですね』

『風の魔法?』


 カールの言葉に反応する義人。背中に背負ったノーレも同じような反応を示していたが、声を発しなかったのでそれに気付くことはなかった。


『ええ。『強化』をかけつつ自分の体を風で押す。原理はそれだけですよ』

『へぇ……てっきり難しい魔法かと思ったけど、聞いた感じは簡単に聞こえるなぁ』


 簡単に説明するカールに、義人は相槌を打つ。魔法に関して造詣が深くないため、カールの言葉をそのままの意味で受け取っていた。だが、それを傍で聞いていたカグラは違う。懐疑的に目を細めると、僅かな思案の後に口を開く。


『風の魔法で自分の体を押す……そんなことが本当にできるのですか?』

『え? 普通はできないものなのか?』


 疑心を含んだカグラの言葉に、義人は首を傾げる。風を生み出して自分の体を押させるぐらいなら自分でもできそうだと、“楽観”混じりの表情だった。そんな義人に対し、カグラは首を横に振る。


『直線移動ぐらいならば、わたしでもできるでしょう。しかし、それは暴風を生み出してその風に乗るというものです。もしもその状態で自由自在に動けと言われればそれは不可能ですね』

『……カグラでも無理なのか?』

『はい。先天的な風魔法の才と、それを操る魔法や魔力の精緻な操作力があれば可能だとは思いますが……覚えることが可能だとしても、その習得にどれほどの時間がかかるかわかりません』

『なるほど。でも、カール隊長は暴風を発生させてたわけでもないしなぁ』


 仮にそうならば、例え背後を取られても気付くだろう。暴風を纏った存在が近くを通り過ぎれば絶対に気付く。だが、実際は声をかけられるまで気付けなかった。


『まあ、数年がかりで習得しましたからね』


 そう言って控えめに笑うカールを見て、義人はなるほどと内心で頷く。例え方法を知っていても使用できず、使ってくるとわかっていても反応もできない。あるいは何かしらの方法で察知できるのかもしれないが、義人には見当もつかなかった。

 知られても絶対に負けない。そんな自信があるからこそ簡単に明かしてくれたのだと理解し、義人は苦笑混じりに笑い返す。


『しかし、移動のために魔力を割くよりも、攻撃のために魔力を使ったほうが良いではないですか?』


 カールの言葉に何か思うところがあったのか、カグラが否定的な言葉を口にする。

 カグラは膨大な魔力を使って敵を殲滅する、いわば火力重視の魔法使い。もちろん接近戦を蔑ろにするわけではないが、通常の魔法使いと比べて文字通り桁違いの魔力を持つからこその発言である。


『それはヤナギに任せています。しかし、魔法とは必ずしも命中するものではありませんからね。避けるか防ぐか……相手によっては『反射』や『吸収』などを使うかもしれません。それならば、魔法を補助に使って剣で戦うほうが確実だと思いまして』


 それに対して、カールはカグラに比べて十分の一程度の魔力量を最大限に活かして戦うという、いわば技術重視の魔法剣士だ。並の魔法使いに比べれば潤沢な魔力を持つが、それでも長期戦を考えれば中級以上の魔法をポンポンと放つわけにもいかない。

 それ故の発言なのだが、そもそも魔法使いと魔法剣士では戦い方が違うので意見が異なるのも仕方ない。それをわかっているのか、カグラも特に何か言うわけではなかった。

 そんな二人の会話を聞いていた義人は、自身の斜め後ろを歩くヤナギへと目を向ける。


『そういえば、ヤナギ隊長は第一魔法隊の隊長だったっけ?』

『そうですが……それが何か?』

『いや、ちょっとした確認かな。今度色々話を聞きたいなー、なんて思いまして』

『はぁ……』


 義人の曖昧な言葉に、ヤナギは首を傾げながらも頷く。

 そうやって取り留めない会話を交わしつつ、義人達は城下町を見て回るのだった。




 日が沈み出す夕刻。

 一通り城下町を見て回った義人は、自身に宛がわれた部屋で椅子に腰掛けて思案に耽っていた。手にはレンシア国に関する資料と、午後から行われた交渉に関する進捗報告書。

 義人の背後にはサクラが立っているが、その表情はどこか硬い。そんなサクラにつられたのか、部屋を満たす空気もどこか軋んでいる。


「サクラさぁ……」


 思案を打ち切った義人はここ数日――といっても昨日からだが、態度がおかしい侍従へと声をかけた。もちろん、義人自身はサクラのことを侍従などとは考えてはいない。世話をするのが仕事ではあるが、年下で慌てやすく、時折ドジをする可愛らしい後輩、もしくは妹のような存在だろうか。少なくなくとも、義人としてはそんな認識である。


「はい、何でしょう」


 答える声も、どこか硬い。返答にどもることもなければ、慌てる様子もない。そのことに妙な落胆を覚えつつ、義人は話す内容を考えていないことに気付いた。


「その、なんだ、お茶を淹れてくれるかな?」

「はい」


 取ってつけたような“頼みごと”だが、サクラは黙々とそれに従う。お茶は玉鋼などと一緒にレンシア国へと持ってきたものだが、生憎と湯飲みはない。そのためティーカップで緑茶を飲むという、ティーカップの用途として正しいのか微妙にわからない方法を取っていた。


「どうぞ」

「ああ、ありがとう」


 どこかぎこちない動作ながらも差し出されるお茶の温度は義人にとって適温で、軽くお茶を飲んだ義人は『こういうところはサクラだよなー』と内心で一人呟く。

 ついでに手に持った資料と進捗報告に目を通すものの、交渉に関しては財務大臣のロッサに任せている。そのため報告書の内容を軽く確認すると、あとは本人を呼んで確認するかと思考を締めくくって報告書を机の上に置いた。


「ふぅ……」


 義人はため息を一つ吐く。それは肉体的、精神的な疲労からのため息だったのだが、そんな義人のため息を聞いたサクラは怯えるように身を震わせた。

 サクラは義人の後ろにいたため、義人は気付かない。しかし、それとは別に気付いたものがいた。


『メイド、お主は先程から何をしておるんじゃ?』


 どこか呆れたような声を発するノーレ。そんなノーレの声を聞いた義人は、軽く肩を回そうとした体勢で首を傾げた。


「ん? サクラがどうかしたのか?」

『どうしたもこうしたも、傍に控える者がそのような態度ではヨシトとて気が休まらんじゃろう? まさかメイドの態度に気付かぬほどに鈍感というわけでもあるまい』

「……いや、それはそうだけどさ。サクラだって気が乗らない日や調子が悪いときもあるだろうし」


 サクラを擁護しつつも遠回しにノーレの言葉を肯定する義人。すると、その言葉を受けたノーレは呆れたような雰囲気を出す。


『戯け、その“気が乗らない日”がこれからずっと続いたらどうするんじゃ? お主の気遣いは美徳じゃがな、場の雰囲気を乱す者は注意するものじゃ。でなくては仕事が捗らんじゃろう。それに、お主は国王。その仕事の邪魔をされるくらいなら、メイドではなく他の者を傍に置き変えるのも責務のうちじゃ』

「それは……」


 ノーレの言葉にサクラは顔を上げ、しかしすぐに(うつむ)かせた。そんなサクラに、ノーレは一転して労わるような言葉をかける。


『メイド。お主がヨシトを守りきれなかったことを悔やんでいるのはわかる。それは妾とて同じじゃ。しかし、だからといって“その”態度ではヨシトが余計に気遣う』

「……はい」


 自身の態度と義人の性格を考えたのか、しゅん、と落ち込むサクラ。


『お主はお主にできることをやれば良い。まあ、妾とて偉そうに言えた口ではないんじゃがな』


 最後に自嘲らしき響きを込め、ノーレはそう締めくくる。大して口を挟むことができなかった義人は頬を掻くと、ノーレに追従して口を開いた。


「まあ、後半のノーレの言葉に賛同……かな。今日のところはもういいから、部屋に戻ってしっかり休んで、明日からはいつものサクラに戻ってくれれば嬉しいよ」


 義人がそう言うと、サクラは僅かに思案した後に小さく頷いて頭を下げる。


「……わかりました。それでは失礼します」


 それだけを言い残し、退室するサクラ。義人はそれを黙って見送り、扉が閉まると共に脱力する。


「ぷはー……ノーレが俺以外に説教なんて、初めてじゃないか?」

『戯け、今のは本来お主がするべきことじゃぞ? 臣下の扱いぐらいきちんとこなさぬか』

「いや、そうは言ってもなぁ」


 そんなもの、誰かに習ったこともない。小さくそう呟き、義人は椅子に背を預ける。


「立ち直ってくれれば良いけど」

『それはメイド次第じゃな。場合によっては、本当に侍従の入れ替えも考えておくんじゃぞ?

 もっとも、立場的にも実力的にも適任がいないかもしれんが』

「だから説教したのか……だったらなおさら、立ち直ってもらわないとな」


 そう言って、義人は再度ため息を吐く。


 ――王様って、面倒な職業だよなぁ。


 自分には向いていないと、所詮は一学生が演じる“紛い物”だと実感する。だが、実感したところで一つ頭に思い浮かぶことがあった。


「そうだ……だったら“本物”がどんなものか知れば良いのか」

『本物?』


 何やら思いついたらしい義人に、ノーレは訝しげな声をかける。そんなノーレの疑問に対して義人は頷き、


「本物だよ、本物。ここには本物の王様がいるじゃないか」


 僅かに苦く笑いながら、そんなことを口にした。


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