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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第八十二話:会議は踊る、されど進まず

「ん……と、朝か?」


 窓から差し込む朝日に照らされて意識が浮上し、義人は軽く目を擦りながらそう呟いた。そのまま気だるさの残る体を起こし、欠伸混じりにため息を吐く。そのまま寝起きのせいか少しばかり重く感じる体を伸ばし、気分を覚醒させようと試みた。しかし、中々上手くいかずに義人は首を傾げる。


「うーん……昨日もだるかったけど、今日もだるい。風邪かな?」


 軽く肩を回して調子を確認するが、風邪とは違っただるさを感じた。まるで手足に重りをつけたような感覚に、義人は眉を寄せる。


「まさか新種の病気か? って、そんなわけないか」


 体が重くなる病気など、聞いたこともない。もしくは自分だけ重力が変動しているのだろうか、などと考えて義人は苦笑した。


「まったく、馬鹿なことを考えてないで準備するかな」


 そう口にして無駄にでかいベッドから下り、すぐ傍に立てかけておいたノーレを手に取る。十一月に入って徐々に厳しくなってきた冷え込みのせいか、ノーレが納まった鞘はひやりと冷たい。指先から伝わってきたその冷たさで意識を覚醒させると、義人はノーレに向かって軽く頭を下げた。


「おはよう、ノーレ」

『うむ、おはようヨシト……む?』


 欠伸を噛み殺しながら挨拶をする義人。すると、手に持ったノーレが挨拶と共に疑問のこもった声を上げた。


「ん? どうかしたか?」


 義人はノーレをもとの場所に立てかけ、着替えるための服を探しつつ、ノーレの疑問を追及する。しかし、ここは自身が治める城ではない。いつもなら寝室に何着か服を置いていたのだが、昨日借りたばかりのこの部屋に着替えの服が置いてあることはなかった。


『ヨシト、お主魔力が回復しきっておらんぞ。いつもに比べ、魔力に力強さがないように感じるんじゃが』

「こりゃサクラが来てくれるのを待つしか……はい?」


 着替えを探しながら話を聞いていた義人は、ノーレの言葉をそのまま聞き流しかけてその動きを止める。そしてノーレの言葉をもう一度自分の中で繰り返すと、戸惑ったような声を漏らした。


「え? そうなのか?」


 ノーレの言葉に、義人は思わず自分の体を見下ろす。そして意味もなく自分の体を軽く叩いた。


「……いや、回復してないって言われてもわからないぞ」


 志信ほど鋭い勘もなければ、カグラのように魔法に関して熟達しているわけでもない。魔力が完全に回復していないと言われても、ゲームのようにステータスが表示されるわけでもないのだ。そのため、義人はよくわからないと言わんばかりに肩を竦める。


『あの二刀流や盗賊共を相手にしてけっこう消費したしのう。昨日は休む時間が少なかったから仕方ないと思ったんじゃが、まだ回復しきっておらん……まあ、それでも巫女などよりも回復が早いんじゃろうがな』

「二刀流……カール隊長のことか。たしかに、けっこう魔法を使ったもんな。エンブズの一件以来、初めてか?」


 残った魔力は三割程度だったのだが、ここまで魔力を消費したことはほとんどない。訓練などで使うとしても全体からすると僅かなもので、半分以上の魔力を消費したのは元財務大臣のエンブズが起こした暗殺未遂事件の時ぐらいだった。


「あの時は半分くらい消費したけど、翌日には全回復してたもんな」

『ということは、ヨシトは一日で半分近く魔力が回復するということか……それでも驚異的じゃのう』


 今のところは八割ほどじゃしな、と付け加えるノーレ。それを聞いた義人は、苦笑して肩を竦めた。


「回復しても、使う機会はないほうが良いなぁ。魔法を使うのは戦う時くらいだろうし、命がかかった殺し合いなんてもうゴメンだね」


 義人の戦い方は、風魔法という使い手の少ない希少な魔法を並の魔法使いよりも多い魔力で繰り出していくというものである。相手が並の者ならそれだけで互角以上に戦えるが、一定の腕を超えた者が相手だと一気に不利になってしまう。接近戦は素人で、放つ魔法もまだまだ荒い。ノーレの助言があるからこそ多少は斬り合うこともできるが、仮に志信が殺す気で襲ってきたら一撃で殺される自信が義人にはあった。もっとも、そんな自信はいらないだろうが。


『お主は様々なことに首を突っ込みたがるからのう。助言や手助けをする妾としては、冷や汗が出るばかりじゃわい』

「いや、ノーレから冷や汗が出たら怖いだろ」


 冷や汗が流れる剣など、笑いを通り越して一種のホラーである。

 義人がそうやってノーレと笑い合っていると、客間の扉が軽くノックされた。そして『失礼します』という聞き慣れた声と共に扉が開き、義人の着替えを手に持ったサクラが入室してくる。


「おはよう、サクラ」


 入室してきたサクラに義人が片手を上げながら挨拶をすると、サクラは義人が寝ていると思っていたのか驚いたように目を瞬かせた。だが、サクラはすぐさま気を取り直して頭を下げる。


「おはようございます、ヨシト様。もう起きていらっしゃったんですね」


 サクラは頭を下げて挨拶をすると、やけにゆっくりとした足取りで義人のもとへと歩み寄っていく。そして手に持った義人の服を傍の机の上に置くと、一番上に乗っていたズボンを手に取った。


「どうぞ」

「ああ、ありがとう」


 ズボンを手渡され、義人はひとまず礼を言う。

 着替えた後は朝食になるのだが、昨晩の晩餐と同じようにコルテアやレミィ達と一緒に取る可能性が高い。だから早く着替えて準備をしなくては、と義人はそこまで考えて、いまだに部屋から出ていないサクラと目が合った。


「あの、サクラ? 俺、着替えたいんだけど……」


 寝巻きのズボンに手をかけた状態でそんなことを言うのも間抜けだったが、義人はサクラに対してやや遠回しに退室をお願いする。すると、サクラは真顔で口を開く。


「お手伝いします」


 感情を(こら)えるように、短くそう告げる。それを聞いた義人は、サクラの言葉の意味を数秒間吟味し、さらに数秒呆然とした後で手を振った。


「いやいや、一人で着替えられるから。それに、手伝ってもらわないと着れないような服でもないし……な?」


 召喚当初は義人が着替えようとすると手伝いを買って出たサクラだったが、それは義人が全力で拒否した。それ以降は一人で着替えることができたのだが、今日のサクラはなかなか首を縦に振らない。それでも義人が数分かけて説得すると、サクラは少しばかり肩を落としながら退室していく。


「……失礼しました」


 退室間際に一度頭を下げ、サクラの姿が扉の向こうへと消える。それを見送った義人は、困ったように頬を掻いて口を開く。


「うーん……なんだったんだ?」


 サクラが音を立てないように閉めた扉を眺めつつ、義人はポツリと呟いた。




 昨晩義人達が使用した小さめの会議室とは違い、大規模の会議でも行えるよう作られた大会議室。

 百畳ほどの広さを誇るその場所で、義人達カーリア国側の人間とコルテア達レンシア国側の人間が机を挟んで向かい合うように座っていた。両国の人数を合わせて四十人ほどだが、義人にとっては今まで感じたことのない類の緊張感が漂っている。

 午前九時から開始されたこの会議は、今回の件に関する詳細の報告と義人達に危害を加えたことに対する謝罪を行うものだ。もちろん、謝罪というのは謝るだけではない。(しか)るべき賠償を決め、それを元に謝罪する。

 それは例えば何かの権利であったり、国土の割譲であったり、最も手ごろなもので賠償金などである。元の世界の日本のように、『遺憾の意』を唱えるだけではない。今回の場合はカール達の引渡しなども含めた交渉であり、両国とも口舌巧みに交渉を行っていた。だが、それも一進一退で中々思うようには進まない。


「会議は踊る、されど進まず……だったかな」


 そんな会議の様子を眺めつつ、義人がポツリと呟く。会議を開始してから二時間ほど経過したが、かつてのウィーン会議を表現したその言葉は今の状況を的確に表していた。

 カーリア国側はより良い賠償内容を引き出そうとし、レンシア国側はなるべくそれを抑えようとする。元の世界では交渉をまとめるのに長くて年単位という事態もあったが、今回の件は責任の所在がハッキリとしている分、決まるのもある程度は早いだろう。レンシア国としても謝罪の意思があり、あとはどういった賠償内容にするかが会議の焦点となっている。

 しかし、二日後には建国記念の式典などが行われるためその準備もしなければならない。城の中では慌しく人が行き交い、コルテアなどは会議に参加しつつも記念式典に関する指示を出さなければならなかった。

 そんな中でカーリア国が提示したのは、賠償金とカール達の身柄の引渡しである。ただし身柄の引渡しは交渉の札であり、それを餌により良い条件を引き出すつもりだった。

 それに対し、レンシア国はカール達の身柄の引渡しが餌だと理解している。そのため、引き出される条件をいかに軽いものにするかを重点に置いていた。

 今までの功績、そして隣国ハクロアとの戦いにおいて重要な戦力であるカール達を引き渡すわけにはいかない。

 もしも今回の事件がコルテアの指示であり、義人達の暗殺を企んでいたということならばカール達の引渡しをしなければならなかっただろう。だが、それが誤解の上で起きた事故ならば義人としてもこれ以上事を荒立てるつもりはない。もちろん、『はい、許します』で片付く問題でもないのだが。

 義人はレンシア国に関する情報が書かれた資料に目を落とし、軽くため息を吐く。

 カーリア国と比べて三倍近い国土を持ち、兵力もおよそ三倍。十四万人ほどの人口を誇り、コルテアの治世の賜物か、戦時中にも関わらず国内の治安はかなり良い。山賊や夜盗の類による被害もほとんどなく、カーリア国に比べれば商工業、農業、魔法技術なども発達している。軍事力も隣国のハクロアに比べれば多少劣るものの、カーリア国を含む周辺の小国とは比べ物にならない。

 次いで、義人はここ最近のレンシア国の動きについて書かれた項目に目を落とした。最近といっても五年ほど前から現在に至るまで書かれており、ところどころでハクロア国と戦ったことに関する記述がある。義人達が召喚される二週間ほど前にはかなり大掛かりな戦いがあったらしく、その記述を見た義人は眉を寄せた。


「あー……だから挨拶の使者が来なかったのか。戦後処理が大変だったみたいだなぁ」


 レンシア国、ハクロア国共に多くの死者が出たらしく、その戦後処理は非常に大変なものになる。その両国の死者はカーリア国の全兵力が全滅するような規模であり、それを想像した義人は静かに身を震わせた。


「ヨシト様?」


 そんな義人の様子を見て取ったのか、傍に座っていたカグラが心配そうな声をかける。その心配を含んだ声を聞いた義人は、すぐさま表情を取り繕った。


「いや、なんでもないよ。それにしても、中々決まらないものなんだな」


 誤魔化すように、眼前で行われている交渉へと目を向ける。カグラは義人が見ていた書類の項目に目を落とすと、僅かに表情を暗くした。だが、義人が話を切り上げたいと察してすぐに毅然とした表情へと切り替える。


「交渉事は中々決まりにくいですから。滞在中にまとまれば良いのですが、まとまらなければこのまま何人か残していくことになりそうですね」

「俺は?」

「ヨシト様はカーリア国に戻っていただきます。アルフレッド様が代行として城をまとめていると思いますが、やはり国王であるヨシト様の指示が必要でしょう」

「なるほど。なら、なるべく早く決めたいところだな」


 そう呟く義人だが、目の前の会議はそう簡単に終わりそうもない。もうじき昼食となるが、いまだに賠償金の金額すら決定していないのだ。仮に決まっても、今度はカール達の身柄の引渡しでその金額が変動する可能性がある。

 義人は財務大臣のロッサを筆頭に、今回の交渉のほとんどを臣下に任せていた。これはここまで大規模な交渉なら自分は役に立たないだろうという判断と、空いた時間にこの国の様子を見てみたかったからである。

 城下町に住む住民や兵士が訓練している様子なども見たいし、他にも様々なことを見てみたい。その辺りの見学に関することも今回の賠償内容に含め、何かしら得られるものがないかと義人は思っていた。

 そうやって義人が考え事をしながら会議を眺めていると、城の外から正午を知らせる鐘が鳴り響く。それを聞き、今まで弁舌を交わしていた者達は言葉を切って椅子へと腰を落とした。

 食事抜きで会議を続けるわけにもいかず、空腹になれば頭も回らない。そのため、続きは午後に持ち越しとなった。


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