第七十九話:差異
やけに体が重い。
徐々に覚醒し始めた意識の中で最初に思ったことは、そんなことだった。寝返りを打とうにも体が上手く動かず、左手は痺れたように反応しない。それでいて妙に安心する暖かさも感じる。
義人は自身の体に起きている事態を正確に把握しようとしたが、いまだに眠気が残る頭では上手くいかなかった。それでも、やけに重く感じられる“布団”を身から剥がそうと右腕を伸ばしかけ、ふと指先に触れた感触に動きを止める。それと同時に、どこか甘い匂いが鼻について義人は眉を寄せた。
「んー……?」
はて? と首を傾げ、義人は指先に触れたモノが何なのか手探りに確認していく。
感覚のある右腕が最初に伝えてきたのは、柔らかい感触。それでいて安心を誘う暖かさがあり、義人は右腕を上へと伸ばす。すると今度はサラサラとした絹糸のような感触が指先に伝わり、義人はますます眉を寄せた。
――なんだ、この“髪の毛”みたいなの……。
心の中でそう呟き、眠気で閉じていた目を開ける。そして最初に目に映ったのは、見慣れた栗毛の髪だった。少なくとも十年以上、ほぼ毎日見てきた幼馴染みのものである髪の色。それが目の前にある。
義人はいまだにエンジンがかかっていない頭で状況を理解しようとして、ゆっくりと視線を下げていく。
「すー……すー……」
そして、“自分が抱き締めた状態”で寝息を立てる優希の姿を認識した。しかも、いつの間にか小雪が義人の体に圧し掛かるように眠っている。
左腕が痺れていたのは優希の枕にされていたからであり、布団がやけに重く感じたのは小雪が乗っていたから。そう判断した義人は、何故こんな事態になっているのかと必死に頭を働かせる。
「待て、落ち着くんだ俺。一体何が起きた? 何をした? まさか……いやいや、でも服はちゃんと着てるしな……」
優希を抱き締めた状態で服の状態を確認し、義人はひとまず安堵する。
次いで昨夜の記憶を掘り返し、何が起きたか、何をしたかを思い出して、今度は一気に感情が冷えるのを感じた。
「そうか、昨日……っていっても数時間前か。“あんなこと”があったんだったな」
そう呟き、義人は優希へと視線を移す。そして見慣れた幼馴染みの顔をまじまじと眺めると、頬にかかっていた髪を優しく払った。
幼い頃は同じ布団で寝たこともあるが、あの頃とは違ってお互いに成長している。それでも大きく動揺することなく抱き締めているのは、優希を“そういった”対象としてみれないのか、それともすでにそれを超えた感情を抱いているのか、義人にはまだ判断がつかない。だが、感覚としては後者のほうが近い気もしていた。
「あー……つい抱き締めちまったんだっけ? そうしたら急に意識が……やっぱり疲れてたのかねぇ」
腕の中で眠る優希を眺めつつ、義人はこれから起こるであろう事態に対してため息を吐く。
「こういうのも国際問題でいいんだっけ? ミーファは戦端を開く理由にもなるくらいの事態だって言ってたけど……実感がわかないんだよな」
ぼやくように呟き、義人はなんとなく優希の頬をつついてみる。すると柔らかい弾力で指が押し返され、押しては引くというサイクルを数回繰り返した。
「ん……」
そうやって義人が頬をつついていると、優希が僅かに目を開く。そして何度かまばたきをすると、軽く周りを見回した。
「……あれ? なんで義人ちゃんがわたしのテントにいるの?」
「いや、ここ俺のテントなんだけど……昨晩のことは覚えてるか?」
「えーっと……」
義人の左腕を枕にしたままで小首を傾げる優希。義人は微妙に腕の痛みを感じたが、口に出すことはなかった。
「たしか義人ちゃんの様子を見にきて、話を聞いて……」
優希は指折り数えるように口に出し、その途中で言葉が途切れる。そして頬を赤らめると、はにかむように微笑んだ。
「抱き締められて……」
どこか幸せそうに呟く優希に、義人は僅かに頭を下げる。
「……いや、なんというか、ごめん。衝動に駆られたというか、その……」
どうにも口で表現することができず、義人は言葉を濁した。すると、優希は嬉しそうに口を開く。
「ううん、気にしないで。それで、少しは気も紛れたのかな?」
「そう……だな。うん、落ち着いた。ありがとうな、優希」
義人は表情を緩めると、礼の言葉を口にする。その礼の言葉を受け、優希は悪戯っぽく笑って言葉を紡ぐ。
「義人ちゃんが弱音を吐くなんて、珍しいね」
それは、かつてタルサ村で肩を並べて座り、かけられたものと同じ言葉。
この世界に召喚されてまだ一ヶ月も経たない頃に吐いた弱音。それに対して、優希が義人にかけた言葉だ。
優希の言葉を聞いた義人は、僅かに目を見開く。そして穏やかに笑うと、あの時と同じ言葉を口にした。
「そうか? まあ、相手が優希だしな」
義人の言葉に、優希が心から嬉しそうに笑う。その笑みを見た義人は、微笑み返そうとして眉を寄せた。そして優希の顔をじっと見つめると、眉を寄せたままで首を捻る。
「……優希、だよな?」
「え? うん、そうだよ。どうかしたの?」
「いや、何と言うか……」
そこまで口にして、義人は捻った首を元に戻した。見た目は今までと同じはずなのに、優希に対する印象が今までと違ったように感じる。それが何故かと思案しつつ優希を凝視するように眺めていると、今まで義人の背中に圧し掛かっていた小雪が急に頭を上げた。
「小雪? どうしたの?」
そんな小雪の行動を見て、義人よりも先に気付いた優希が声をかける。すると、小雪は一鳴きしてから天幕の入り口へと顔を向けた。そして、小雪が入り口を見るのとほぼ同時に天幕の入り口が軽く叩かれる。それがノックだと理解すると、義人は身を起こそうとして動きを止めた。
「やべぇ……」
そう呟き、隣で同じように身を起こした優希の存在をどう説明すべきか、頭を高速回転させて考えていく。
外はすでに日が昇っているらしく、天幕越しでも外が明るいということがわかる。つまり大勢の者がすでに起きており、優希が義人と同じ天幕で寝ていたと気付かれるだろう。
義人としては誓って何もしていないが、周囲からすればそうは見えないはずだ。割と気安い魔法剣士隊の男連中に見られれば、礼儀を弁えつつもからかいの言葉を投げかけてくるだろう。
そんな近い未来が頭を掠め、義人は無意識のうちに口を開いていた。
「でも、優希なら……」
「え?」
義人の小さな呟きに、優希が反応する。義人はすぐに口を閉じて続くはずだった言葉を打ち切ると、取り繕うように笑った。
「……いや、なんでもないよ」
そう言って軽く服装を整え、ノーレを掴んで天幕の入り口にかかる布を払う。やけにぐっす
りと眠れたが、さすがに寝過ぎということでサクラが起こしにきたのかもしれない。
そんな風に軽く考えていた義人の目に飛び込んできたのは、天幕の前で膝をついて頭を下げるサクラの姿だった。
『なんだと!? それは本当か!?』
レンシア国国王コルテア=ハーネルンは、カールの所属する部隊の人間がもたらした情報に思わず大声を上げていた。その声に対し、夜明け前から走り続けて王都まで到着した男は膝をついたままで僅かに首肯する。
『なんということか……』
コルテアはしぼり出すように呟き、座っていた椅子に背を預けてため息を吐く。年齢を重ねて刻まれた皺がそれに合わせて歪み、苦悩のほどを表していた。
誤解とはいえ、他国の王やその側近に攻撃を仕掛けた。いくら誘拐されたエリスを取り戻すための一環だったとしても、決して許されることではない。
幸いというべきか死者は出ていないが、それでも多少の怪我を負わせている。その報告に対して、コルテアは目を閉じた。そして情報を整理し、素早く考えをまとめていく。
『エリスを攫い、その逃げる先にはカーリア国の使者達……もしも彼らが定刻通り到着していても、そのままエリスを攫えば良い……だが、カーリア国の使者達を巻き込めばこちらも責任を取らざるを得ない、か。その上、こちらの対応次第ではカーリアも敵に回る。やってくれるのう』
憎々しげに呟くと、コルテアはここ最近は小康状態にあった敵国の者達のことを頭に浮かべた。
『相変わらずのやり口か……追いつくにはカール達でないと追いつけんし、関わった証拠も残さんだろう。カール達ではカーリアの面々の顔など知らぬし、エリスを攫われてからは普段と違って冷静でもなかった……してやられたわい』
もしもカーリアの王……義人に手を出したのがカール達ではなかったらコルテアもここまでは悩まない。
国としての信用や今までの友好関係があるが、謝罪とそれに合わせて慰謝料や様々な交渉、それと手を出した者達を引き渡すか処刑すれば良い。だが、カール達は今のレンシア軍において主力中の主力だ。
今でこそ互角まで戦況を回復させているが、彼らは三年前、少年とも呼べる頃に劣勢のレンシア国のために志願兵として軍に入り、ここまで生き抜いてきた。ヤナギは多少事情が異なるが、カールなどは愛国心溢れる青年であり、剣を振るえばこの国でも一、二を争う魔法剣士である。今のレンシア国があるのはカール達の尽力のおかげでもあり、コルテア個人としてもそこは感謝してもしきれない。
コルテアの娘達、すなわちこの国の王女達の信任も厚く、城下の民からも気さくな性格が非常に好かれている。そんな者達を斬れば、どんな影響が出るかわからない。最悪、落ち着いた戦況が一気に劣勢へと傾くだろう。
そうやって様々な考えを巡らせていると、報告をした部下がまだ下がらずに頭を下げているのにコルテアは気付く。
『他にも何か報告があるのか?』
『はっ……カール隊長達とは別にエリス様を捜索していた者達が、ハサラから少し離れたところで女性と女の子の死体を発見しました。片方はおよそ三十歳前後、そしてもう片方は十歳前後の子供です。顔を斬られていたために判別は難しかったですが、おそらくは……』
『手引きをした者の妻や子か。そちらのほうの調べは?』
『手引きをしたのは政務官のウォレスでした。家族構成は妻と子が一人ずつ。家のほうにも人を向かわせましたが、誰もいませんでした』
『ふむ……家族を人質に取られたか。なるほど、わかった。他に報告は?』
『現状ではこれ以上の報告はありません』
『そうか。ご苦労だった』
コルテアは報告してきた部下を下がらせると、この事態を切り抜けるための策を模索しようと思考の海に沈む。
『カーリアの王の意見も聞かねばならんが、カーリアが敵に回ることも避けねばならんし、どう上手く収めたものか……』
それだけを呟き、コルテアは目を閉じた。
「申し訳ありませんでした!」
地面に膝をつき、土下座をするように頭を下げながらサクラが謝罪をする。それを見た義人は、虚を突かれたように目を瞬かせた。
「えーっと……サクラ? どうしたんだ?」
服が汚れるのもかまわず、地面に膝をつきながら頭を下げるサクラに対して義人は疑問のこもった声をかける。すると、サクラは頭を下げたままでしぼり出すような声を上げた。
「わたしがヨシト様を守らなくてはならない立場だというのに、逆にヨシト様に守られるなんて……」
悔しげに、そして悲しげにそう言うと、サクラは服の裾を強く握り締める。そんなサクラの様子を見て、義人は困ったように頬を掻いた。
「いや、俺は守ったっていうか、一方的にボコボコにされただけというか……今回は相手が悪かっただけだと思うぞ?」
少し話を聞いた程度ではあるが、相手はレンシア国でそれぞれ部隊の隊長を務める者達だ。対峙して感じた殺気も、生きた心地がしないほどに強いものだった。それでも手を抜いていたのだろうが、素人同然の義人からすれば思い出すだけで膝が震えそうになる。
しかし、そんな義人の言葉に対してサクラは頭を下げたままで首を横に振った。
「『相手が強かったから守れなかった』。そんなことは、言い訳になりません。今回は誤解で、ヨシト様に大きな被害が出る前に事が収まりました」
そこまで口にすると、サクラは顔を上げる。それと同時に、目尻にたまっていた涙が一筋地面に落ちた。
「ですが、もしも相手がヨシト様を害するための刺客だったらと考えると……わたしは護衛として失格です!」
「いや、失格って……」
大げさなと、義人は笑い飛ばそうとする。だが、サクラの真剣で真っ直ぐな目を見て口を閉ざした。そして軽く周囲を見回すが、誰もサクラを止める者はいない。
「相手の力量を見誤ったばかりか、命をかけてお守りすることすらできませんでした……」
今度は悔しげに、涙すら滲ませるサクラ。義人はサクラの言葉を聞いて、サクラの真剣な目を見て、言葉にし難い違和感を感じた。
「……じゃあ、サクラは俺を護衛するためなら命をかけるっていうのか? そのためなら、襲ってきた相手も殺すっていうのか?」
その違和感を探すように、ポツリと呟く。すると、サクラは迷いなく頷いた。
「はい」
短いながらも、嘘偽りを感じさせない言葉。そこには普段の温厚さや、義人のからかいに慌て、はにかむように笑う姿は微塵もない。今まで義人が命令しなかったが、仮に命令されれば誰かを手にかけることも造作なくこなすように感じられた。
義人はサクラの肯定の言葉に目眩に似た感覚を覚え、それを振り払うように軽く頭を振る。自分よりも年下の少女に告げられた言葉で胃の辺りが鉛を流し込まれたように重くなるが、数回深呼吸することで気分を落ち着けていく。
「……本気かよ」
誰かに向けた言葉ではなく、自然と口から出た言葉だった。
ここは異世界で、魔法や魔物が存在する場所。それだけでなく、“人の在り方”すらも異世界のなのだと、義人は本当の意味で実感した。
「はぁ……そうか」
気分の悪さを吐き出すように、ため息を一つ吐く。そして義人は頭を掻くと、サクラから視線を外して空を見上げた。
太陽の位置から判断して、おおよそ午前九時を過ぎたぐらいだろう。今から朝食を取って王都ハサラに向かえば、夕方前には到着できる。
そう判断した義人は、膝をついたままのサクラに再び視線を向けた。
「まあ、“それ”はいいや。朝食を取ったらハサラに向かって出発しよう……って、朝食は残ってるのか?」
本来ならば、すでに出発している時間だ。当然朝食はそれよりも早い時間に取るものであり、朝食が残っているか義人は不安になった。
「ほら、サクラもそろそろ立ってくれよ。服がもっと汚れちゃうぞ?」
気分を切り替えるためにそう声をかける。すると、サクラは愕然とした面持ちへと変わった。
「それだけ……ですか?」
「え? それだけって何が?」
サクラの言葉の意味がわからず、義人は首を捻る。そんな義人を見て、サクラは表情を愕然からすがるものへと変えた。
「処罰は……」
「処罰? あー……ないけど」
義人としては、サクラを処罰する気はまったくない。
元を正せば、志信の身が危険かもしれないと首を突っ込んだのは自分だ。カール達と戦うことになったのは不幸な誤解が原因だが、エリスを誘拐した者達と戦った時には十分サクラに守られている。カールと戦ったときも、サクラの強さに驚いたものだ。
終わり良ければというわけではないが、義人にとって責めるべきはエリスを誘拐した者達であり、サクラではない。
だが、サクラとしては別である。
自分は処罰すら与えられない、処罰する価値すらないのかという考えが頭に浮かび、すがるように義人を見た。
メイドという立場ではなく、国王を護衛するという立場での失態。本来ならば責を負わされ、義人に斬られても文句はない。だというのに、義人は処罰はおろか叱責もしない。
サクラとて、義人のことは理解しているつもりだった。
メイドとして仕えている自分に対し、髪飾りを贈る気安さや優しさ。時折見せる悪戯小僧のような表情。幼子か妹でもあやすかのように自身の頭を撫でてくる少し大きな手。
しかし、命の危険があったほどの事態ならばさすがにそんな優しさは見せずに罰するだろうと、覚悟をしていた。
その結果は、予想の逆。
サクラの頭に浮かんだ『処罰する価値すらないのか』という考えは、すぐに自分の義人に対する認識で打ち消される。
義人は本当に自分を処罰するつもりがないのだと、この世界で持つには過ぎる優しさや甘さを持っているのだと、サクラは理解した。その上、例え処罰を望んでも義人は決して頷かない。上司にあたるカグラにそれを望んでも、義人が止めてしまうだろう。
ならばと、今まで固めていた決意をさらに固くする。
「……わかりました。ヨシト様の御温情には、この身の“全て”をかけてお応えしたいと思います」
そう告げて、サクラは深く頭を下げた。
義人はサクラの様子に首を傾げながらも、朝食を取るべく炊事をしている兵達の元へと歩を進めていく。義人の隣には優希が並び、追従するようにサクラが後ろを歩いている。すると、義人は目の端に見慣れぬドレス姿の少女を見つけて足を止めた。その両脇にはカールとヤナギが控えており、少女は義人と目が合うとよどみない足取りで近づいてくる。
『カーリア国の国主、ヨシト王ですね?』
そう尋ねられ、義人が頷くと少女……エリスは純白のドレスの裾をつまんで折り目正しく一礼する。その際金糸のような淡い金髪が揺れ、義人はエリスの風貌に僅かに目を見張った。
『この度はこの身をお救いいただき、まことにありがとうございました。そして、我が国の臣が非礼を働いたこと、まことに申し訳ありません』
日本人とは造詣が違うものの、これ以上ないほど整った目鼻立ち。生来の性格としてはどこか大人しそうな印象を受けるが、自分の立場を踏まえて毅然と振舞う姿。カールとヤナギ、そしていつの間にか合流したのか、彼らの部隊の人間を従えたその姿はどう見ても高貴なもの。
知らず後ろに下がりそうになった義人は、これが本物のお姫様かと内心感嘆しながら口を開く。
『……気にしないでください。こちらは当たり前のことをしただけで、カールさ……いや、貴女の国の臣下達の行動も、当然といえば当然でしょう』
言葉を選びつつ、義人はそんなことを話す。
気絶したエリスと、その傍らで抜き身のノーレを持って立つ自分。その光景を客観的に見れば、今からエリスに手をかけようとしていると誤解されても仕方ない。
エリスはそんな義人の言葉に少しだけ瞳を揺らすと、僅かに頭を下げた。
『此度の件に関しては、国として謝罪をしなければならないでしょう。それがどういったものになるか、わたしにはわかりません。今後の協議次第でしょうが……』
続く言葉を、エリスは飲み込む。王女としてではなく一人の人間として、自身の姉と妹が特に気にかけているカール達に対する助命の嘆願をしようとした自分を律した。
そんなエリスを見ながら、義人は僅かに表情を緩める。
『朝食を取ったらハサラに向けて出発しようと思います。えーっと……王女の馬車も用意させますから、乗っていってください』
エリスをどう呼べば良いかわからず、とりあえず王女と呼ぶ義人。呼び捨てしようとしたが、まずいではすまないだろうし、エリス様やエリス殿と呼ぶのも性に合わない。
そんな、歳の近い若年でありながら王という立場にいる義人の様子に、エリスは少しだけ相好を崩した。
『はい。様々なご配慮、痛み入ります』
相好を崩したエリスに、義人も表情を緩める。だが、義人はまだ理解していなかった。
自分はカーリア国の王であり、この事態がどれほど重大かということを。