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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第七十七話:死線

 上空から舞い降りる、薄緑色の龍。義人はそれを呆然と見上げつつ、翼を広げた龍が降りてくるという幻想染みた光景にただ圧倒されていた。


「……そういや、“そういう”世界だったな」


 今まで体を支配していた痛みさえ忘れ、義人は小さく呟く。

 その体躯は小雪の数倍は大きく、全長は五メートル前後だが広げた翼が体をより大きく見せている。

 舞い降りる龍を見上げるのは義人だけではなく、その隣にいたシアラも同じように上空を見上げ、飛来する魔法を防いでいたサクラや志信もその存在に目を奪われていた。


『あの大きさ……成龍ではないことがせめてもの救いじゃが、今の状況では何の慰めにもならんか……』


 ポツリと、ノーレが呟く。義人はその言葉の意図を尋ねようと視線をノーレに向けようとしたが、それよりも先に龍の背中に人影が見えて思わず目を凝らした。だが、義人がその存在を確かめるよりも早く“相手”に変化が起こる。


「これは……やばい、か?」


 緑の龍が目を細め、威圧するような気配を放ち出す。それが敏感に感じ取れた義人はそう口にすると、無意識のうちにノーレを正眼へと構えていた。別段、何か打てる手があったわけではない。直感染みた悪寒を感じ、自身の可能な防衛手段を無意識のうちに選択していただけだ。

 龍の雰囲気が変わったことを感じ取ったのは義人だけでなく、他の者も同じである。そしてそれと同時に、今まで何度も撃たれていた風の魔法が止まっていることに気付いた。義人はそのことに疑問を覚えたが、頭上で自身達を睥睨している龍を前にして深く考える余裕はない。


『ノーレ、どうすれば良い?』


 思考がまとまらないままで、義人は自分が握る王剣のノーレへと話しかける。その問いに対して、ノーレは僅かに沈黙した後に応えた。


『……戦うのは無謀じゃな。巫女がおれば話は別なんじゃが、ヨシト達では“火力”が足りん』

『火力、ねえ……ミーファのところまで逃げるか?』

『戯け、そっちではないわ。魔法の威力が足りないということじゃ』


 義人は龍を見上げながら軽口を叩いてみるものの、それに対するノーレの反応はいまいち弱い。義人は軽口を叩く“ことしか”できない自分を自覚しながらも、上手く思考をまとめられないでいた。

 すると、傍で同じように上空を見上げていたシアラが義人の袖を引く。


「……逃げる」


 常のように端的に呟くシアラ。だが、その表情には焦りの感情が浮かんでいた。異世界の人間である義人よりも、この世界で生まれ育ったシアラのほうが龍などの強力な魔物に対して正しい認識を持っている。義人はシアラの言葉に頷こうとして、今まで意識の中から消えていたことが浮かび上がって頷くのを止めた。


「逃げるのには賛成だけど、さっきの女の子も連れていかないと……」


 龍の攻撃に巻き込まれでもしたら。そう考えた義人は震える足に力を入れ、先ほどまで少女を寝かせていた場所へと目を向ける。自分では上手く動けないかもしれないが、少女の傍にいるサクラならなんとかできるだろう。そこまで考えた義人は、少女のほうへと視線を動かす。


「え?」


 そして、思わずそう呟いていた。先ほどまで少女の傍にいたはずのサクラはそこにおらず、少女から十メートルほど離れた場所に立っている。サクラ本人はそのことに気付いていないのか、上空に意識を向けつつ、今まで魔法が飛んできていた方向にも注意しているようだった。気絶していた男を抱えていた志信も、いつの間にか男を木の傍に寝かせてそこから離れた位置に立っている。


『っ! 後ろに下がるんじゃヨシト!』


 義人が“それ”が何故かと思考するよりも早く、ノーレが警戒の声を上げた。その叫び声に近いノーレの声に従い、義人は疑問を浮かべる暇もなく地面を蹴る。

 半ば反射的な行動だったが、この状況でノーレが意味のない指示をするはずがない。そう信じた義人はノーレを構えたままで後ろに跳ぶが、それと同時に言い様のない悪寒を感じた。直感とでもいうべき感覚に突き動かされ、義人は上空に視線を向ける。そして、自身を見据える龍と視線がぶつかった。それと同時に、龍が翼を羽ばたかせる。

 それは一見何気ない動作のように見えたが、魔力を察知する感覚が鈍い義人でも感知できるほどに強力な魔力が収束していく。


「なんだよ……あれ。洒落になってねえ」


 これから何が起きても対処ができるように、義人はノーレへと魔力を送った。先程多少消費したが、まだ七割程度は残っている。義人は僅かな気だるさを感じつつ、上空を見据えてノーレをいつでも振れるよう身構えた。

 そして、上空の龍が大きく翼を羽ばたく。それは魔法を発動するための予備動作であり、義人がそれに気付いたのは、目に見えずとも確かな圧力を持った巨大な風の塊が自分目掛けて迫ってきたときだった。避けようにも、巨大すぎて避ける暇と場所がない。


「ノーレ!」

『うむ!』


 対抗するように、義人はノーレを振るう。先程のように防御目的で広範囲に風を発生させるのではなく、今度は迫り来る風の塊を撃ち抜くために風の魔法を繰り出す。魔法の軌道は義人が操作し、ノーレは義人の魔力を使って強力な風を発生させる。


「く……そっ!」


 だが、上空から飛来する巨大な風の塊を撃ち抜くことはできない。互いの魔法が空中でぶつかり合い、義人は相手の魔法の力強さに歯を噛み締めた。


『受け止めるでない! ()らすんじゃ!』


 徐々に押されだした義人に対してノーレが声をかける。義人はその声に従って敵の魔法を逸らそうとするが、どう逸らせば良いかわからない。


「……ヨシト王はそのままで。わたしが逸らす」


 義人はそのことに焦りの感情を覚えたが、傍にいたシアラがそう言って空中へと杖を向けた。そして、義人の魔法の軌道から僅かにずれたところへ風の魔法を撃ち出す。義人に比べれば力強さがないものの、龍の放った魔法に対して斜めからぶつかるシアラの魔法に風の塊が僅かに軌道を変えた。


「……少し威力を弱めて!」

「りょ、了解!」


 シアラにしては大きい声に、義人はすぐさま頷く。義人がノーレに送る魔力を少なくすると、ノーレもそれに応えて魔法の威力を低減させた。すると、今度はシアラが魔法の威力を強める。


「……こっち。あと、失礼します」

「うおっ!?」


 迫る風の塊が軌道を変えたことに義人が気付いた時、いきなりシアラに腕をつかまれた。そしてシアラは片手で魔法を放ったまま、もう片方の腕で俵でも担ぐように義人を“抱え上げて”跳躍する。


「ちょ、シアラ!? っ!?」


 自分よりもかなり小柄な少女に片手で持ち上げられ、義人は狼狽した声を上げた。だが、今まで自分がいた場所から僅かに離れた場所を風の塊が通過して思わず絶句する。風の塊はそのまま立ち並ぶ木々を()し折りながら進み、数十メートルほど進んだところでようやく霧散した。


「……威力が強くて完全に逸らすのは無理だった。あと、ごめんなさい」


 圧し折られた木々が音を立てながら地面へと倒れる様を言葉なく見ていた義人に、シアラが少しばかり申し訳なさそうな声をかける。義人はその声で我に返ると、首を横に振った。


「いや、シアラのおかげで助かったよ。ありがとう……って、志信達は!?」


 シアラに礼を言いながら思い浮かんだ親友の姿に、義人は慌てて周囲を見回す。風の塊が砂を巻き上げたのか多少視界が悪いが、それでも義人は志信を探した。


『ここまで魔法が飛び交っておると、妾でも魔力が探れんな……』


 ノーレが志信とサクラの魔力を探ろうとするが、上手くいかない。ノーレからの言葉に義人が嫌な予感を覚えた瞬間、近くから草木を踏むような音が聞こえた。


「誰だ!?」


 いつでも魔法を撃てるよう心がけつつ、義人はノーレを構えてその方向へと向き直る。隣のシアラも杖を構え、睥睨するような目を向けた。


「俺だ、義人」


 すると、そんな言葉が投げかけられる。それが志信のものだとわかった義人は、知らず止めていた息を吐き出した。


「志信か……驚かさないでくれよ」

「驚かせるつもりはなかったのだが……すまん」


 先程と同じようなやり取りをしながら、志信が姿を見せる。その後ろにはサクラが追従して周囲を警戒していたが、義人の姿を見ると安心したように表情を崩した。


「ヨシト様……ご無事で良かったです」

 

 そう言って、サクラがヨシトの元へと駆け寄る。義人はそんなサクラに表面だけの苦笑を浮かべると、志信とサクラの二人を交互に見た。


「そっちも無事で良かったよ。攻撃は?」

「シノブ様の武器で『無効化』しながらなんとか避けました。もう少し威力が高かったらまずかったですけど……」


 サクラの説明を受け、義人は志信の持つ『無効化』の術式が刻まれた棍へと目を向ける。だが、『無効化』をしたせいか刻まれていた『魔法文字』はほとんど消えていた。そんな義人の視線に気付いたのか、志信は無表情に頷く。


「同じ魔法を使われたら、次は凌げんだろうな」

「そうか……でも、二人が無事で本当に良かった」


 もしもどちらか、もしくは二人が怪我を負っていたら。

 もしもどちらか、もしくは二人が死んでいたら。

 そんな想像が頭を掠めて、義人は身を震わせる。前者はまだしも、後者ならば取り返しがつかない。

 義人が最悪の事態が起こりえた状況に恐怖していると、今まで巻き上がっていた砂塵が徐々に晴れ出す。その時になって、義人の頭に別の最悪の事態が浮かび上がった。


「……さっきの女の子と、男は……」


 小さく呟いた言葉を聞き、志信が僅かに目を伏せる。


「助けられる余裕は、なかった」

「……そっか」


 威力で換算するならば上級魔法に近い威力の魔法に巻き込まれたかもしれない。その事態を認識しようとするが、上手くできずに義人は感情のこもらない短い返答する。それでも目だけは先程まで少女を寝かせていた場所に向き、義人は目を見開く。


『カール、エリス様は?』

『脈もあるし、怪我もないみたいだ。眠っているだけみたいだな。そっちは?』

『こちらも生きている。“吐かせる”には十分だろう』


 そこには、先程まではいなかったはずの人影が二つあった。コモナ語で言葉を交わしつつ、それぞれ少女と男を抱えている。その後ろには地面に降り立った龍が翼を広げて周囲を見回しており、義人は呆然とその会話を聞くことしかできない。


『あとは“あっち”の奴らを証人として捕まえるだけか……ヤナギはどうするべきだと思う?』

『最悪首謀者だけでも生け捕りにするべきだろう。全員を捕まえるに越したことはないだろうが人手がな……』

『たしかに、うちの隊の奴でも着いてこれなかったし、人手が足りないな。仕方ない、何人かは……』


 そう言ってカールと呼ばれた青年が、義人達がいる方へと目を向ける。

 少し伸びた青い髪に、月夜でもわかる青い瞳。歳は義人と同じか少し上程度で、腰には二本の剣を下げている。動きやすさを重視しているのか、身につけている鎧は必要最低限の急所を守っているだけだ。

 ヤナギと呼ばれた青年は、少しばかり面倒そうに義人達のほうへと目を向ける。

 歳はカールよりも僅かに上程度。乱雑に伸びた黒い髪を無造作に後ろでまとめ、魔法使いなのかシアラの持つものと比べて短い杖を握っている。こちらは鎧の類はつけておらず、着物に似た服を身に纏っていた。

 カールは少女を龍の背に乗せ、ヤナギは龍の前肢で男を掴ませる。


『それじゃあ、フウはエリス様の護衛を頼む』


 そんな言葉と共に龍……フウの背にエリスと呼ばれた少女を乗せると、龍が承諾したように頷く。そしてフウが翼をはためかせて飛び上がると、カールは腰に下げた双剣の柄に手を乗せた。


『さて、そこにいる奴ら。大人しく出てくるなら腕の一本くらいで済ませてやる』

『それ、大人しく出て行く意味ないだろ』


 互いに軽口を交わしながら、カールとヤナギが義人達がいる方向へと歩き出す。方向はわかっても正確な位置はわかっていないのか、足取りは多少遅めだ。義人達は互いに顔を見合わせると、義人が口を開く。


「どうす」

『なんだ、そこにいたのか』


 言葉を遮り、背後から声が響く。それと同時に義人は背中に氷が差し込まれるような悪寒を覚え、反射的に振り返ろうとした。


「動くな義人!」


 志信から鋭い声が上がり、同時に義人の顔の横を弾丸染みた速度で棍が通過する。その一瞬後に金属を叩く甲高い音が響き、サクラが地を蹴って義人の横から飛び出す。義人は咄嗟に今までカールがいた場所を見るが、そこにはヤナギの姿しかなかった。


 ――あの距離を、一瞬で?


 己を声を聞いた瞬間に駆け出したにしては速すぎる。半ば瞬間移動のような速度での移動に、義人は驚愕を覚えた。だが、今は忘我している暇はない。背後で響き渡る剣戟の音に振り返り、ノーレを構える。


「はぁっ!」


 振り返った先、そこではサクラが両手に氷の刃を生み出してカールと接近戦を繰り広げていた。

 鋭利な氷の刃で、普段の雰囲気を完全に消し飛ばすように苛烈な連撃を繰り出すサクラ。それに対して、カールは冷静な表情を浮かべたままサクラの猛攻を捌いていく。

 それを見た志信が隙を突くようにカールへ接近しようとするが、その途中で地を蹴って急に進行方向を変える。すると、次の瞬間志信が移動するはずだった場所へと雷が降り注いだ。それに対して志信がヤナギへと目を向け、僅かに目を細める。


『俺を忘れてもらっては困るな』


 志信の視線を受けたヤナギは、頬を吊り上げて挑発するように笑う。志信はサクラとカールの拮抗した戦いを横目に見ると、今度は義人の方へと目を向けた。


「サクラならば、負けはないか。義人は身を守ることだけを考えてくれ」


 そう言い残し、志信がヤナギのほうへと疾駆する。

 カールに対しての接近を拒むなら、まずはヤナギを接近戦で倒す。そう判断した志信はヤナギの放つ雷の矢をかわしながら、一気に間合いを狭めていく。練度の低いただの魔法使いならば、接近戦に持ち込まれた時点で勝負は決まる。


 ――練度の低い、“ただの”魔法使いならば。


 志信が自身の間合いまで距離を狭め、薙ぎ払うように棍を振るう。まともに食らえば、肋骨を数本折りながら弾き飛ばす威力のある一撃。だが、そんな一撃が振るわれると同時にヤナギは前へと踏み込んだ。魔法を撃つわけでもなく、自身の持つ杖に手をかけて。


「っ!?」


 その踏み込みと動きを見て、志信は僅かに目を見開く。そして長年の鍛錬が培った直感が身の危険を知らせ、棍を繰り出しながらも上体を後ろへと逸らした。


『ふっ!』


 ヤナギの手元で、白刃の輝きが閃く。

 “杖から放たれた斬撃”は志信が身につけた服だけを切り裂き、振るわれた棍をそのまま斬り飛ばす。

 斬られた棍が宙を舞い、志信は咄嗟に手元に残った棍の破片をヤナギの目へと投げつけた。そしてそれと同時に身を捻り、斬撃を放ったままの胴体へと回し蹴りを繰り出す。しかしヤナギは左手で蹴りを受け止めつつ後ろへと跳躍すると、やれやれと言わんばかりに肩を竦めた。


『まさか避けるとはな。初見だと思ったんだが』

『……魔法使いと見せかけて接近させ、仕込み杖での居合い、か。たしかに、仕込み杖を知らない者なら効果的だな』

『ご名答。だが……』


 ヤナギは口の端を吊り上げ、鞘だった杖の部分を志信に向ける。


『見せかけではなく、俺は魔法使いだぞ?』


 そんな言葉と共に、杖の先から雷が迸った。

 志信は回避しようとするが、先程までの避けられた魔法とは違い、避けられないよう逃げ道にも雷が放たれている。

 『無効化』するにも棍は手になく、志信は被弾することを覚悟に無手でヤナギの元へと踏み込もうとした。


「……駄目。なんとかするから」


 だが、そんな声が聞こえて志信は動きを止める。それと同時に頭上から氷の矢が降り注ぎ、ヤナギの雷を自身の代わりに受けて砕け散る。


「助かった、シアラ」


 志信は砕け散った氷の破片から目を守りつつ、同時に氷の破片をヤナギ目掛けて蹴り飛ばす。するとヤナギは身を捻ってそれを避け、氷の矢を放ったシアラに目を向けた。


『二対一、か』

『……卑怯とでも、言うつもり?』


 ヤナギの呟きにコモナ語で答え、シアラは杖を構える。それをヤナギは鼻で笑うと、僅かに視線をずらして口を開いた。


『殺し合いに卑怯なんてものはないな。それに、二対一ぐらいなら何の問題もない……もっとも、カールを相手に“一番弱い奴が一対一”ってのは自殺行為だと俺は思うがね』


 志信はそんなヤナギの言葉に警戒をしつつ、カールと戦っているはずのサクラに目を向ける。


 そこでは、倒れたサクラを庇うように義人がノーレを振るっていた。

 

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