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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第七十六話:襲来

 降り注いだ雷に、視界が真っ白に染まる。弾ける雷の音に、聴覚が麻痺する。

「何……だぁ!?」

 薄暗い視界に突如降り注いだ雷で視界が白く焼け、義人は狼狽した声を上げた。だが、自分で上げた声が耳に届かない。

 雷は攻撃を目的としていなかったのか、義人は特に痛みを感じていなかった。触覚や痛覚は正常に働いているらしく、少し痺れるような感覚を伝えてくる。

 そこまで考え、義人の頭にふと嫌な予感が過ぎった。


 ――俺は大丈夫だけど、志信達は?


 周囲の様子が、まったくわからない。

 何が起きたのか、まったくわからない。

 頭がその状況を正しく理解した瞬間、義人は怯えの混じった声を上げていた。


「志信! サクラ! シアラ! 無事かっ!?」


 周囲を見回しながら、そう叫ぶ。だが真っ白な視界には何も見えず、義人の叫びに応える声も聞こえなかった。

 つぅ、と嫌な汗が頬を伝わる。


「志信――」

『落ち着くんじゃヨシト!』


 再度志信達の名を叫ぼうとした瞬間、脳裏に響いたノーレの声がそれを制した。それを聞いた義人は、ノーレと思念通話の存在を失念していた自分に歯噛みしつつ思念通話を繋げる。


『何が起きたんだよ!?』

『落ち着けと言っておるじゃろうが! 仏頂面達は平気……っ! お主らは伏せよ! ヨシトは剣を構えよ! それと魔力を!』


 義人の怒鳴り声に怒鳴り返し、状況を説明しようとしたノーレが緊迫した声を出す。咄嗟のことで義人は反応できなかったが、“お主ら”というのは周囲の志信達に向けられた言葉だった。ノーレはろくに反応できていない義人から魔力を吸い出すと、風の魔法を発動させる。


『ノーレ!?』

『話は後じゃ!』


 体から力が抜ける感覚に、義人が抗議の声を上げた。だが、ノーレはそれを遮って叫ぶ。

 義人が何事かと聞こうといた瞬間、見えないことで敏感になった触覚が周囲の異変を察知する。


「……何、だ?」


 肌を叩く、強烈な風。それが自身の手元から発生しているのを感じて、義人は酷く狼狽した声を上げる。


『ノー、レ? 何を?』


 自身の周囲に風が渦巻いているのを義人は感じた。視覚も聴覚もろくに働いていないが、それでも周囲を囲むように風が吹き荒れていると肌に伝わる感触が伝えてくる。


『時間稼ぎじゃ。仏頂面達も伏せながら回復を待っておる。これなら多少は時間が稼げ……っ!? 伏せよっ!』

「え?」


 そんなノーレの声に反応する暇もなく、義人は自分の体が吹き飛ぶのを感じた。




 降り注ぐ雷を前に、ノーレは内心で驚愕の声を上げていた。

 “その身”は魔力や魔法の察知に長ける。そんな自身に直前まで発動を悟らせず、かつ効果的に相手の動きを封じる魔法の選択。雷という使い手が希少な魔法だが、暗闇で放たれればしばらく視界を封じることが可能だろう。さらに、相手は音によって聴覚までも封じている。

 そこまで考えたノーレは、自分の察知能力を超えて魔法を放ってきた相手に対して僅かな疑問を覚えた。

 ここまで魔法の制御に長けた人間ならば、直撃させることも容易かっただろう。だが、相手は義人達の行動を妨げることを狙っている。それが何故かと思考しようとしたところで、ノーレの思考を遮るように義人が狼狽した声を上げた。


「志信! サクラ! シアラ! 無事かっ!?」


 それは、ノーレが今まで聞いたことのない感情がこもった声だった。何に対してなのか、怯えの混じった声。そんな義人の声を聞くのが初めてだったノーレは、自身の動揺を抑えながら思念通話を繋げた。


『落ち着くんじゃヨシト!』


 半ば怒鳴るように言いつつ、義人に落ち着くよう求める。義人はその声に僅かなりとも落ち着いたのか、今度は疑問がこもった思念をノーレに伝えた。


『何が起きたんだよ!?』


 何が起きたのか。義人が何に対しての説明を求めているかをすぐさま看破し、ノーレは周囲の様子を確認する。“その身”は人間と違い、“あの程度”の雷で視界を焼かれることはなかった。

 志信やシアラは棍や杖を構え、サクラは地面に寝かせている少女と義人の両方を守れる位置へと移動している。ただし、全員義人と同じように視覚と聴覚が一時的に麻痺しているらしく、その動きはいつもに比べて精彩がなかった。


『落ち着けと言っておるじゃろうが! 仏頂面達は平気……っ! お主らは伏せよ! ヨシトは剣を構えよ! それと魔力を!』


 志信達の無事を確認したノーレは、それを義人に伝えようとする。だが、それと同時にこちらへと接近してくる魔力を察知して無理矢理義人から魔力を吸い上げた。

 今度は先程と違い、魔法の察知が容易い。しかも、こちらへと飛んでくるのはノーレにとって最も馴染みのある魔法だった。


『ノーレ!?』

『話は後じゃ!』


 志信達が指示通り伏せたことを素早く確認すると、ほぼ同時に“こちらも”風の魔法を発動させる。

 向かってくる敵の魔法の数は四つ。吹き飛ばすことを目的としているのか、放たれた魔法は風の魔法の中では基本ともいえる風を塊として飛ばすものだ。ノーレはそれに対し、義人達を守るように周囲を囲むような竜巻状の風を発生させる。相殺するか弾くか、最低でも軌道を逸らせるだろう。そう判断しての行動だった。


『ノー、レ? 何を?』


 ノーレが何をしているのか不安なのか、義人が尋ねる。ノーレはそんな義人に対し、先程と違って声の調子を和らげて答えた。


『時間稼ぎじゃ。仏頂面達も伏せながら回復を待っておる。これなら多少は時間が稼げ……っ!? 伏せよっ!』


 だが、それも途中で逼迫したものに変わる。

 発生させた竜巻状の風を敵の魔法が易々と貫通したための叫びだったが、その叫びに反応できる余裕は今の義人にはなかった。


「え?」


 聞き返すような声と同時に、義人の体が後ろへと吹き飛ぶ。志信達は魔法が放たれてから伏せたため無事だが、その場から動いていない義人は避けることも防ぐこともできずに直撃を(こうむ)っていた。


「――ぁぐっ!」


 正面からの衝撃に、義人の足が地面から離れる。衝撃で無理矢理空中に押し上げられる浮遊感。その衝撃でノーレが義人の手から離れ、地面へと落ちる。そしてそれと同時にミシリと骨が軋む感覚が伝わり、義人が痛みに対してさらに声を上げようとした。だが、浮いた体が木に叩きつけられて声と呼吸が途切れる。


『ヨシト!? しっかりするんじゃ!』


 義人から二メートルほど離れた位置に落下したノーレが慌てて声をかけた。だが、思念通話で返答がくることはない。


「……ぁ……っ……」


 木に叩きつけられたことで途切れそうになった義人の意識を、痛みが無理矢理繋ぎ止める。義人は歯を噛み締めることで痛みに対して抗おうとするが、それも上手くいかない。浅く呼吸を繰り返し、少しでも痛みが治まるのを待つだけだ。

 そんな義人の様子を見て、ノーレは歯噛みしたい気持ちに駆られた。急場で発生させた魔法とはいえ、敵の魔法を相殺するどころか逸らすことさえできなかった。多少威力は殺いだが、今の義人の様子を見る限り何の慰めにもならない。

 ノーレは後悔する傍らで思考を巡らせ、速やかに打開策を思案する。

 義人の魔力を使って発生させた風の壁もすでに消え失せ、自分一人の魔力量でできるのは思念通話と下級の風魔法を数回使う程度。雑魚を相手にするならともかく、未だ姿が見えない相手は手練だ。しかも雷魔法と風魔法の使用者は練度の差からして別人であり、最低でも敵は二人以上だとノーレは推測した。だが、義人の手から離れたノーレには今のところ推測しかできることがない。

 倒れ伏した義人を案じつつ、ノーレは他に動ける者へと思念通話を繋げる。


『仏頂面、メイド、それとそこの魔法使い! まだ視力は回復せんか!?』


 少し距離があるが、人間同士で思念通話を使うわけではないのでノーレにとって問題はない。ノーレの思念が届いたのか、今まで伏せていた志信達はすぐに顔を上げた。その中でも、一番近くにいたサクラが最初に反応を返す。


『ノ、ノーレ様ですか? わたしはあと少しかかります。それで、あの、ヨシト様は?』

『ヨシトは……』


 サクラの問いに、ノーレは思わず言いよどんだ。しかし、混乱を招かない程度に真実を伝えようと回答する。


『ヨシトは少し離れたところで倒れておる。じゃが、死んではおらんし重傷というわけでもな

い。仏頂面とそこの魔法使いは回復はまだか?』

『……わたしはほとんど回復した。一応、帽子被ってたから』

『ならすぐにヨシトの護衛に回るんじゃ! 妾は今義人の手にない。何かあれば対処のしようがないんじゃ!』

『……了解』

『仏頂面はどうじゃ?』


 シアラが立ち上がり、義人の傍へと駆け寄っていくのを見てノーレは僅かに声の調子を落ち着けて尋ねる。すると、思念通話を聞くだけしかできない志信は自身の口を開いた。


「多少は回復したが……目はともかく耳がほとんど聞こえん」


 敵に聞かれることを考慮したのか、志信の声はかなり小さい。それでもノーレは志信の言葉を聞き取り、僅かに安堵の気持ちを覚えた。


『それならお主もこちらへ来るんじゃ』

「わかった……っ!」


 伏せていた志信が一気に跳ね起きる。そして、気絶させた男は地面に倒したままで棍を構えた。そんな志信に疑問を覚えたノーレだったが、それと同時にこちらへと飛んでくる魔法を知覚する。狙いは志信とサクラだが、二人ともすでに魔法を察知して迎撃の構えを取っていた。

 飛来するのは先程と同じく風の塊だが、志信は『無効化』の棍で、サクラは空中に生み出した氷の矢でそれぞれ相殺する。それを見たシアラが魔法が飛んできた方向へと杖を向け、お返しと言わんばかりに風の塊を撃ち出した。義人に比べれば威力は劣るものの、その狙いは正確である。命中はせずとも牽制程度にはなるとシアラは考えていたが、放った魔法の先で白刃らしきものが数回閃いた途端に魔法が四散して目を見開く。


「……無効化? 違う……魔法が斬られた?」


 僅かに驚きが滲んだ声。そんなシアラの声に答えるように、ノーレが思念通話を繋げる。


『対魔法の処理がされた武器を持ち、それなりの腕を持っている者なら斬ることも可能じゃろう。それよりも、妾をヨシトの元へと運んでくれんか?』


 冷静になるよう心がけ、ノーレはシアラにそう告げた。するとシアラも動揺から立ち直り、地面に転がっていたノーレを拾い上げて義人の傍へと駆け寄る。


「……ヨシト王、大丈夫ですか?」

「っぁ……その、声は……シアラか?」


 義人は地面に倒れたまま、未だに痛む体に眉を寄せながら声のしたほうを向く。木に叩きつけられた直後は呼吸もままならなかったが、少しの間で普通に呼吸をすることはできるようになった。だが、痛みは相変わらずで喋る以上のことができない。シアラはそんな義人の体をゆっくりと起こすと、木に背を預けるようにもたれかけさせて右手にノーレの柄を握らせた。


「……ヨシト王の剣です」

「ぅ……悪いな。まだ、体を動かせそうにない……」


 体を苛む激痛も、当初に比べて多少和らいでいる。義人としては確信が持てなかったが、少なくとも腕や足の骨は折れていない。肋骨などはわからなかったが、痛みの質から打撲か打ち身ではないかと義人は痛む頭で判断した。


『ヨシト、仏頂面達は今のところ無事じゃ。まだ視力や聴力が完全に回復しておらんが、おそらく一番の重傷はお主じゃろう』

『いつつ……そっか。そりゃ、良かった』


 その言葉は、志信達が無事だったことに対してだろう。義人は痛みを堪えつつ、僅かに笑ってみせる。


『良くないわ戯けめ! ……いや、すまぬ。魔法を防ぎきれなかった妾にそんなことを言う資格はないな』


 そんな義人に対してノーレが声を荒げるが、すぐに消沈した声へと変わった。


『気にすんなって……痛たた……まだ体が痛いけど、もうちょっと休めば動けそうだ。骨も多分折れてないし……』

「……まだ動かないほうがいい、です」


 動こうとした義人をシアラが注意する。義人はそれに小さく頷くと、木に背中を預けたままで大分見え始めた目を志信とサクラのほうへと向けた。


「あれは、敵の攻撃か?」


 志信とサクラは時折“何か”を避けるように動き、もしくは相殺するために棍や魔法を振るっている。その動きから自分の場所へと魔法がこないようにしているのだと判断した義人は、ノーレを支えにしながら歯を食い縛ってゆっくりと立ち上がろうとした。だが、痛みで上手く立ち上がれない。

 そのことと痛みに僅かな苛立ちを覚えつつ、義人は体を木に預けたままで何気なく視線を上空へと向ける。そして、思わず目を見開いた。


「あれは……」


 意識せず、そんな声が零れる。

 そんな義人の視界には、月明かりに照らされながら上空を飛び、こちらへと向かってくる“何か”の姿が映っていた。

遠目で義人も確信が持てなかったが、義人の声を聞いたシアラがその視線を追って上空を見上げる。続いて、ノーレも“それ”の存在に気付いて驚愕と表現するのが相応しい声で呟いた。


『何故……龍種がこんな場所にいる』


 魔法が飛び交う中にいた影響か、魔力を探知するのが遅れたことに対する驚きもある。


 ――しかしそれ以上に、龍種が“敵意”を持ってこちらへと向かってきていることにノーレは驚愕を覚えていた。


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