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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第七十四話:接敵

 志信が地を蹴った瞬間、今まで志信がいた位置目掛けて四つの火球が飛来する。高速で木々の間をすり抜け、なおかつ正確に狙われたことに、志信はいっそう気を引き締めながら臨戦態勢を取った。それと同時に、近衛兵に対して片手で『散開、各自任意に迎撃』と指示を送る。


「魔法の腕だけならば、ミーファよりも上か……」


 今しがたの火炎魔法を見て、志信は判断したことを呟く。放った後の魔法の軌道は操作できず、初めにどんな軌道で飛ばすかを決めなくてはならない。しかし、軌道を決めるといっても直線か曲線かを選択する程度で、複雑な軌道を描くことなど不可能だ。だが、相手は木々が生い茂る森の中で障害物を全て避けるように魔法を撃ってきた。それだけでも、相手の魔法の腕が窺える。

 志信は『無効化』の棍を軽く握り、足音を隠しながら移動していく。最初の位置から多少動いたとはいえ、相手はこちらの位置を正確に把握した人間。それが魔法を撃ってきた者の実力か、それとも何かしらの魔法具でも使ったのかはわからない。だが、その場に留まり続けるのは得策ではなかった。


「……ッ!?」


 僅かに響く風切り音。志信は自身に向かって飛来する“何か”へと向き直り、月明かりの薄暗い視界に映った鈍い金属の色を見て回避に移る。木々の隙間を縫って投げられた三本の投擲(とうてき)用のナイフの狙いは、頭と胴体。そして、残りは牽制。

 薄暗い視界の中、棍で弾くには正確性に欠ける。そう判断した志信は一歩地を蹴って真横へと移動し、ナイフの軌道から身を逃がす。その数瞬後にナイフが通り過ぎ、背後の木へ乾いた音と共に突き刺さった。志信はナイフが飛んできた方向、すなわち焚き火が行われていた場所へと素早く視線を向け、僅かに目を見開く。そこには狼狽した文官らしき男一人しかおらず、他の七人の姿は既にない。

 その瞬間、志信の頭上から木が軋む音が響く。それと同時に感じた殺気に体が反応し、志信は身を捻りながら跳躍した。敵の頭上を取った人間が取る行動など、迷うことのないほど限られている。


『――ちっ! 良い反応じゃねえか! だが……』


 避けた志信に届く、どこか賞賛染みた声。コモナ語で向けられた言葉を理解するよりも早く、志信は声の主へと目を向ける。

 志信が見たものは、頭上から落下する男とその勢いを伴って振り下ろされる片刃の剣。棍で受けたならばそのまま両断されかねない威力の一撃を放ったのは、少なくとも志信には面識のない男だった。

 男が手に持った片刃の剣を見た志信の脳裏に、以前戦った敵の姿が()ぎる。それは同じような片刃の剣を使い、雷の魔法を振るっていたガルアスという男――。


『これは避けられるか!?』


 志信の思考を遮るように、男が叫ぶ。一瞬とはいえ、戦闘中に思考が目の前の敵からずれた。“そのこと”に対して僅かに動揺した志信の目に映ったのは、頭上から降り注ぐ炎の雨だった。




「おいおい……誰だよ、森の中で火炎魔法使った奴は。森林火災が起きるっつーの」


 冗談混じりに呟く義人だったが、表情は笑っていない。四つの火球を見て警戒を促していたのだが、その後に見た降り注ぐ火炎は放っておけるものではなかった。最初の火球だけならば、百歩譲って明かりのためなどと解釈もできる。しかし、今しがた義人が見たものは明らかに殺傷を目的としていた。

 義人は森へと向かった親友の姿を頭に思い浮かべ、僅かに表情を引き締める。


「志信、悪いけどここでじっと待っとくのは無理みたいだ」

「ヨシト様?」


 小さく呟いた義人の言葉に、傍に控えていたサクラが首を傾げた。そして、義人の表情を見て慌てたように口を開く。


「だ、駄目ですよヨシト様! ヨシト様は安全なところにいてくださいっ!」


 サクラは両手を広げ、義人が走り出すのを遮るように前へと出る。それを見た義人は、引き締めた表情の中に少しばかりの申し訳なさを覗かせた。


「……悪い。サクラの言うことはもっともだけどさ、志信が森に行くのを許可したのは俺なんだ。その志信が危険かもしれないって時に、じっとしとくのは無理だよ」


 だから、と言葉をつなげ、義人は不意を突くように駆け出す。


「あっ!? ヨシト様!?」


 虚を突かれたサクラがすぐに手を伸ばすが、義人には届かない。風のような速度で走り去る義人を見て、サクラも慌てて後を追う。

 止めることもできずにそれを見ていたミーファは、傍に控えていた魔法剣士隊の兵士に視線を向ける。


「寝ている奴を起こせ! わたしもヨシト王の後を追う! 野営地の護衛の指揮は……」


 そこまで言って、ミーファは今まで近くにいたはずのシアラがいないことに気付いた。慌てて周りを見回してみれば、杖を持ったシアラがサクラの後ろを追走している。それを見て、ミーファは歯を噛み締めた。自身の他に、指揮を取れる立場の人間がいない。


「……わたしまで離れるわけにはいかないか。仕方ない、指揮はわたしが執る」


 せめてあと一人隊長を連れてくれば良かった。ミーファは指示を待つ兵士達に指示をしながら、心の中でそう思った。




『……やりすぎたか』


 男は赤い短髪を面倒そうに掻くと、自分が放った魔法で燃えている周囲の木々を見て軽く息を吐く。威力が強すぎたのか、燃えると同時に発生した大量の煙が鬱陶しい。


『こりゃ“追撃”してくる奴らにも気づかれるな。そろそろお役御免と……ん?』


 視界を遮っていた煙が、僅かに不規則に揺れる。男はそれが何故起きたのかを考える前に、反射的に後ろへと跳んでいた。


『っ!?』


 跳んだ瞬間、顔面目掛けて“何か”が向かってくる。鼻面を狙ったその一撃を男は首を横に倒すことで避け、僅かに吹き出た冷や汗を拭うことなく着地した。そして自分に向かってきたものを確認すると、油断無く片刃の剣を構えて口の端を吊り上げる。


『避けたか、それとも耐え切ったのか……どちらにせよ、驚いたな』


 煙の中から突き出された棍を見て、男は多分に賞賛を含んだ声を投げかけた。


『……いや、そのどちらでもない』


 その賞賛に対する返答は、否定。どこかぎこちないものの、それでもきちんと通じるコモナ語に男は片眉を寄せる。それと同時に煙の中から突き出された棍が引き戻され、煙を払う。


『――打ち消した。それだけだ』


 言葉少なに告げ、僅かに先端が発光する棍を片手に志信が煙の中から姿を見せる。『無効化』で打ち消したとはいえ、服のところどころが焦げていた。だが、それでもかすり傷程度しか負っていない。

 志信は仕切り直しと言わんばかりに棍を構え、それを見た男は喜びの感情で目を細めた。だが、それと同時に少しばかり首を傾ける。

 志信に対して火炎の雨を降らせた男は、油断無く志信の構えと風貌、手に持った棍を見て僅かに目を見開く。そして、楽しそうに口を開いた。


『『無効化』の棍にその構え……アンタ、もしかしてシノブか?』

「……?」


 名を呼ばれ、志信は僅かに眉を寄せる。しかしその間も構えを崩すことなく、隙を窺うようにゆっくりと距離を縮めていた。すると、そんな志信の動きを見た男が納得がいったとばかりに頷く。


『やっぱり、か。隊長が楽しそうに話してたが、中々楽しめそうじゃないか』

『隊長?』

『っと、何でもねえよ』


 片刃の剣を構え、半身の体勢で男は笑う。その様子を見た志信は、油断するきっかけになったことを思い出した。


『まさか、あの男の仲間か?』

『んん? あの男って言われてもなー。誰のことだかさっぱりだ』


 とぼけた男の言葉に、志信は無表情で言葉を発する。


『ガルアスという男だ』


 以前戦った“敵”を頭の隅で思い浮かべつつ、志信は詰問した。それに対して、男は軽く肩を竦めてみせる。


『さて、ね。聞かれたら答えなきゃいけないって法もないだろう?』

『それもそうだな。ならば……』


 志信は握った棍を男に向けると、闘志の(たぎ)る目を細めてほんの少しだけ口元を笑みの形に変える。


『倒して吐かせる」

『はっ、上等だ』


 男が笑い飛ばし、剣と棍が交差した。




 月明かりが照らすものの、森の中は薄暗い。そんな森の中で、十六の影が入り乱れていた。

片刃の剣と刀がぶつかり合い、時折魔法が飛び交う。さながら戦場染みた空気が場を満たし、それを肌で感じ取った近衛兵の一人は小さく舌打ちをした。

 志信と共に森へと入ったのは五分ほど前。焚き火をしている者達を囲むように展開していたが、相手はすでに察知していたらしい。一人が志信のもとへと向かい、残りの七人は文官らしき男を除いた六人が向かってきた。

 『散開、各自任意に迎撃』という指示を受けて抜刀したものの、戦況は思わしくない。“こちら”の魔法剣士六人に魔法使い三人。それと治癒魔法使いが一人の合計十人。それに対して、相手は六人。全員が魔法も接近戦もこなせるらしく、しかも一人一人の腕が違う。倍近い人数がいるというのに、押されるのは近衛隊のほうだった。


「くそっ! なんだこいつら!?」


 荒い息を隠そうともせず、一人の近衛兵が叫ぶ。魔法剣士である彼は前衛として刃を合わせていたのだが、魔法使いの援護がなければすでに死んでいただろう。そう思わせるだけの実力差を感じ、それと同時に自分が死んでいないことに僅かに安堵していた。

 もっとも戦力となる志信の姿はない。相手側の指揮官と戦っているらしく、離れたところで火炎魔法の炸裂音が彼の耳に届いた。それがかつて魔法剣士隊にいた頃の隊長だったミーファが使う火炎魔法よりも高威力に感じ、彼は自分の内側に湧き上がる恐怖心を必死に押さえ込む。

 もしも近衛隊に引き抜かれなかったら、今の自分はいない。近衛隊で鍛えられなかったら、おそらく相手と数合斬り合った時点で死んでいた。だが、無傷とは言えなくともまだまだ刀を振ることができる。


「もう少しすれば異変を察知して援軍がくる! それまで(しの)ぐぞ!」


 彼は自分を励ますように、そう叫ぶ。周囲の近衛兵はそれに追従して声を上げるが、斬り合ってる者もいるため全員から返答があるわけではない。このままでは当初の目的だった積み荷の確認もできないが、時間を稼げば稼ぐほど援軍が駆けつける可能性が高くなる。

 そう考え、それが彼の油断に繋がった。

 僅かに気が緩み、生まれた隙。それを突き、“敵”が魔法で作り出した幾多の氷の矢が最短の距離を突き進んで飛んでくる。木の杭ほどの大きさがある氷の矢は人体における急所を的確に狙い、もし一本でも命中すれば確実に即死するだろう。その恐怖と緊張、数分とはいえ殺し合いを演じた疲労で思考が凍結し、彼の体は回避という行動を取らせなかった。

 後方から味方による火炎魔法が飛び、何本かの矢を溶かして撃ち落す。だが、それでも足りない。

 彼は、眼前に迫る死の気配に歯を噛み締める。数秒と経たず己の体を貫く氷の矢を彼は見据え――。


「失礼します」


 そんな声と同時に、真横へと引き倒された。それと同時に倒れた体の上を数本の氷の矢が通り過ぎ、仲間の間を縫って森の中へと消えていく。


「なっ……ん、だ?」


 襟首を掴まれて無理矢理引き倒された影響か、はたまた己が生きていることへの疑問か。彼の口から零れたのは、途切れ途切れの問い。その問いに対して、彼を引き倒した少女は困ったように微笑む。


「えっと、すいません。カグラ様みたいに空中で全ての魔法を撃ち落す自信はなかったので、無理矢理“避けて”もらいました」

「あ……いや、助かりました」


 彼には、最初その少女が誰だかわからなかった。しかし、追撃を警戒して前を見据える横顔には見覚えがある。


「あなたは、ヨシト王の……」

「はい。メイドのサクラと申します」


 肩口で切りそろえた栗毛の髪を僅かに揺らし、サクラは名を口にした。いつもと違う服装だが、彼の主君である義人の世話をしている姿を覚えている。すると、それに合わせるように傍に誰かが立った。


「サクラって……足、速いのな」


 僅かに息を乱しながらの声。彼が声のほうへと目を向けると、そこには王剣を片手に持った義人が立っていた。




「……わたしは、あっちに向かいます」


 森の中へと飛び込む前に、義人の隣を追走していたシアラがそう口にする。それを聞いた義人は、シアラが示した方向を見て首を傾げた。その方向の先には、先ほど火炎魔法が使われた場所がある。


「あっちは……さっきの場所か。何か理由があるのか?」

「……あっちのほうから、強い魔力を感じる……違った。感じます。だけど、多分それは一人。でも、この先では多少強い魔力と弱い魔力が戦ってる……戦ってます」

「別に言い直さなくて良いぞ? カグラもいないし、話しやすいように話してくれ」


 いちいち言い直すシアラに苦笑しつつ、義人は続きを促す。


「……弱い魔力は、多分味方。徐々に押されてる……感じ? それに、近衛隊を指揮する権限がわたしにはない……です」


 小さく首を捻るシアラ。義人はそれを聞いて、前方を警戒しながら走るサクラへと顔を向ける。


「サクラはどう思う?」

「今からでも良いので、ヨシト王には野営地に戻ってほしいです」

「いや、そういうことじゃなくてですね。というか、ここまで来て引き返すわけにもいかないと思うんですよ。それに、魔法が使える奴は多いほうが良いんじゃないかなーと思う次第でして、はい」


 義人の行動に腹を立てているのか、サクラは僅かに頬を膨らませたままで答えた。義人はそれに対して僅かに目を逸らしつつ、腰を低くして弁解する。それに対して、サクラは僅かに走る速度を落として義人の隣に並んだ。


「もうっ、後でカグラ様に怒られるのはわたしなんですからね?」

「ごめんごめん。それに、カグラに怒られるのは俺も一緒だろうさ。で、どう思う?」


 メイドという仮面が外れて珍しく歳相応の表情を見せるサクラに謝罪し、義人は先ほどの問いを再度繰り返す。それに対してサクラは義人の護衛としての本分を取り戻し、表情を引き締めると共に僅かに思案して口を開く。


「シアラ様の案が妥当ではないでしょうか? 一人のほうと戦っているのはおそらくシノブ様ですが、シアラ様の援護があれば戦局を変えられるでしょう。ヨシト様とわたしは近衛隊のほうに向かい、救援をするのが一番効果的かと」

「よし、じゃあそれでいこう」


 サクラの案に義人が頷くと、今まで隣を走っていたシアラが小さく一礼して走る方向を変える。義人は小柄な割に力強いその走りに感嘆しつつ、周囲を警戒しているサクラと共に近衛隊が戦っている方向へと足を向けた。幸いというべきか、時折飛び交うバレーボールサイズの火球が目印になっている。接近して斬り合っているのか、耳に届く剣戟の音も良い目印だ。

 義人は大きく息を吸い込むと、背負ったノーレに手を伸ばして引き抜く。これから起こる戦いに対してか、義人の腕が僅かに震えたが前を走るサクラが気付くことはない。


「まずい、ですね」

 

 すると、今まで周囲の様子を窺いながら走っていたサクラがポツリと呟いた。それを聞いた義人は、あと十秒ほどで到着する戦場に目を向けて歯を噛み締めた。


「行ってくれ、サクラ」


 元の世界よりも良くなっている視力が、味方の劣勢を知らせる。そして、それを知った義人は同時に“命令”を口にした。


「真っ直ぐ、すぐに追いついてください」


 周囲に敵がいないことを確認したのか、サクラはそれだけを答える。そして“本気”で地を蹴り、一気に加速した。


「速っ!?」


 一歩毎に大きく距離を離され、義人が思わず叫ぶ。すると、それを聞いたノーレが若干呆れたような声を出した。


『お主も自分で『強化』を使えば、あれくらいはできるようになるわ。どうでも良いことに気を割かんで、目の前の出来事に集中するんじゃな』

「どうでも良いって……まあ、たしかに今考えることじゃないか」


 義人が納得して前を見ると、サクラが一人の近衛兵を力任せに引き倒す光景が飛び込んでくる。それを見て、軽口を叩くべく口を開いた。


「カグラもだけど、サクラも怒らせたらやばいな」

『後でそう伝えるとしよう』

「いや、それは勘弁して」


 そう言って、義人はノーレを強く握り締める。握り締めたその手が僅かに震えていたが、ノーレは何も言わなかった。そしてそのまま近衛隊のもとへと辿りつき、義人は息を整えながら口を開く。


「サクラって……足、速いのな」

「えへへ……鍛えてますから」


 義人の言葉に喜色を含んだ返答を返すが、サクラの視線は眼前の男達から動かない。義人もノーレを構えると、それを見た男達が僅かに視線を合わせた。さらに、そのうちの一人が別の方向に視線を向けて何事かを呟く。

 義人達には聞こえなかったが、それを聞いた男達は片手で剣を持ち、もう片方の手を義人達へと向けた。その動作が魔法を放つためだと判断した近衛兵達も、同じように魔法を放とうとする。敵と比べて魔法使いとしての腕は劣るが、それは量で補えば良い。そう判断した近衛兵達だが、男達は不意に手の向きを変える。そして、それを疑問に思う間もなく“周囲の木々”に向かって魔法を放った。生み出された氷の矢が木々を抉り、時には撃ち抜き、火炎が枝葉を燃やす。


「何を……っと!?」


 氷で幹を撃ち抜かれた木々が倒れ、義人達は慌てて回避に移る。中には火炎によって枝葉が燃えているものもあり、義人は内心で舌打ちした。


『ノーレ、一気に吹き飛ばすぞ!』

『駄目じゃ。燃えている木々を風で吹き飛ばせば、周囲に燃え移る可能性がある』


 義人がノーレに魔力を送ろうとするが、冷静なノーレの声がそれを遮る。それを聞いた義人は倒れこんでくる木々を避けつつ、後方へと跳んだ。すると男達は義人達に背を向け、置き土産と言わんばかりに火球を宙に浮かべた。


「くそっ……あれは防ぐぞ!」


 今度こそ自分達が狙われていることを察してノーレを構えた義人が前に出る。近衛兵達も使える攻撃魔法を周囲に浮かべ、同時に放った。




 繰り出される棍の打突を、片刃の剣が弾く。すでに数十合と繰り返された攻防に、終わりは無い。


「はぁっ!」

『ふっ!』


 互いに気合いのこもった声を上げ、目まぐるしく立ち位置を変えながらぶつかり合う。志信としては近衛隊の様子が気になるが、相手も易々と通すことはない。倒して吐かせると言ったが、実力はほぼ互角。単純な“技量だけ”なら志信に多少分があるが、相手の持つ戦闘経験がその差を埋める。

 志信が『無効化』の棍を手にしているため、相手が攻撃魔法を使うことはなかった。それに対して、志信は『強化』以外使えない。それ故に接近戦しか取る手が無いのだが、試合とは違った種類の緊迫感に包まれた志信は適度な緊張と高揚感を覚えていた。


『ハハッ! 楽しそうに戦うじゃねえか!』


 そんな志信の様子を見て取ったのか、男が楽しそうな声を上げる。その言葉に志信は自分の状態を確認して、僅かに吊り上った口元を真一文字に結んだ。この世界に来てから数度味わった感覚だが、元の世界では味わうことがなかったであろう“殺し合い”の雰囲気に呑まれていたらしい。

 志信は自分の新しい一面を驚くことなく受け入れ、今度は意識的に笑ってみせる。


『そちらこそ、頬が緩んでいるぞ?』


 親しい友に笑いかけるように告げ、同時に心臓目掛けての打突。男はその一撃を弾くことでかわすと、今度は逆に踏み込んで斬りかかった。


『こんな楽しい“殺し合い”なんだ、頬も緩むさ。特に、今回は隠密が任務で暴れてなかったしな』

『隠密だと?』


 胴体を薙ぎにきた一閃を、志信は引き戻した棍で受け流す。そして僅かに相手の体勢が崩れたところを狙い、前蹴りを放った。だが、男は独楽(こま)のように回転することで蹴りを回避する。


『おっと、いけねえ。口が滑ったな』


 おどけるように笑い、男は回避した体勢で地を蹴って後方へと距離を取った。そして何度目かになる仕切り直しをしようとして、志信の後ろに目を向ける。続いて、離れたところから耳に届く魔法の炸裂音を聞いて肩を竦めた。


『あー……くそっ。時間切れか』


 やや悔しそうに呟くと、男は片刃の剣を鞘に納める。それを志信が怪訝そうな顔で見た次の瞬間、上空から男目掛けて氷の矢が降り注いだ。男はそれに対し、空中に向かって火炎魔法を放つことで相殺する。志信はその隙に踏み込もうとしたが、それを見越したように火球が飛んでくる。

 志信が足を止めて炎を打ち消そうとすると、今度は風の塊が飛来して炎を吹き散らす。それを見た志信は警戒を緩めずに背後の人物に目を向け、目礼を向けた。


「シアラか、助かった」

「……気にしないで」


 志信の礼に、シアラは小さな返事を返す。そして志信の横に並ぶと、火球を放った男は面白そうに志信とシアラを見た。


『へぇ、氷と風が使えるのか。少しは楽しめそうなお嬢ちゃんだが……うーむ、貧相な体で俺の好みじゃないねぇ』


 シアラが接近戦ができないように見えたからか、それとも女性的な意味があったのか。男はそう言って小さく笑う。それに対してシアラの眉が僅かに動いたが、薄暗い視界のためそれに気付いた者はいなかった。


『名残惜しいが、ここまでとさせてもらう。“もしも”次があったらまた会おうぜ?』

『逃がすと思うとのか?』


 少しずつ後ろに下がる男を追うように、志信も前へと出る。その隣ではシアラが鋭利な氷の矢をいくつも作り出し、男の胴体に狙いを定めた。


『おっかないねえ。だが、捕まるわけにもいかないんだな、これが』


 男はそう言って懐に手を入れ、黒い球体を取り出す。魔法具が存在する以上、どんな形状の

道具でも油断はできない。それが何なのか志信は警戒するが、男は軽く笑った。


『別に武器ってわけじゃないさ……そらよっ!』


 男が黒い球体を地面に叩きつける。すると、一気に煙が噴出して周囲を覆った。月明かりがあるとはいえただでさえ薄暗い視界が完全に漆黒に染まり、志信は踏み込むべきか僅かに躊躇する。


『はははっ! じゃあな、シノブ! 俺の名はグレアだ! 次会うことがあったらちゃんと……うおっ!? あぶねえ!』


 煙幕を張った男……グレアが最後に名乗り、途中から悲鳴に似た声を上げた。志信が何事かと眉を寄せると、隣から風切り音が聞こえてそちらへ目を向ける。すると、そこには無表情で氷を撃ち出すシアラの姿があった。声がした場所を狙っているのか、黙々と煙幕目掛けて氷の矢を撃ち込んでいる。


『おっかねえお嬢ちゃんだな、おい』


 最後にそれだけを言い残し、グレアの気配が希薄になっていく。煙幕と共に逃げたと志信は判断し、追撃するべきか思案してため息を吐いた。


「あれほどの腕なら、易々とは追いつけんか」


 近衛隊も気になると呟き、志信はようやく魔法を撃ち終えたシアラに視線を向ける。


「気は済んだか?」

「……当たってれば気が済む」

「そうか」


 シアラの発言をさらりと流し、志信は近衛隊がいるであろう方向に体を向けた。


「ひとまず合流しよう。あっちにも援軍が行ったのか?」

「……王様と、サクラが行った」


 言葉短くシアラが告げると、志信は苦笑混じりのため息を吐く。


「やはりか。義人らしいといえばらしいのだが、できれば……」


 義人の行動に対して何かを言おうとした志信の言葉が止まる。


「……どうしたの?」


 言葉を切った志信に対して、シアラが不思議そうに尋ねた。その問いを受け、志信は視線で最初焚き火が焚かれていた場所を見るよう促す。

 そこには、狼狽した文官らしき男が立っていた。


 


「一体何だったんだ?」


 放たれた魔法を相殺すると、敵は波が引くように逃げ出した。義人はその逃げっぷりで呆気に取られていたが、すぐさま気を取り直す。


「追撃……は無理か」

「はい。この薄暗い視界の中で追うことは困難ですし、こちらも無傷じゃないですから」


 義人の言葉にサクラが答える。それを聞いた義人は、気が抜けて膝をついている近衛兵達へと振り返った。そして、疲れているものの全員深手を負っていないことを確認して口を開く。


「重傷者は?」

「……いません。ですが、その一歩手前が何人かいて追撃は無理そうです」

「そうか……じゃあ、ひとまず野営地に戻ろう。怪我を負っていない、もしくは軽傷の奴は肩を貸してやってくれ。用心のために治癒魔法使いを何人か連れてきておいて正解だったな」


 傷を負わなかった近衛兵がそう報告し、義人は“表面上”は冷静を装って指示を出す。近衛隊の中にも治癒魔法使いが一人いるが、それでは手が足りない。義人も怪我人に肩を貸そうとして、ふと視界に入った物を見てその動きを止める。


「ヨシト様? どうかしましたか?」


 動きを止めた義人を見て、サクラが声をかけた。それを聞いた義人は、薄暗い視界で目を凝らして森の中を注視する。そして、自分が見た物を確信してから口を開く。


「……馬車は置いていったのか。よし、中身を確認しよう。サクラはついてきてくれるか?」

「え? あ、はい」


 当初の目的を思い出し、義人は遠目に見えた馬車へと足を向ける。近衛隊からも何人かついていこうとしたが、それは負傷者の護衛と運搬を理由に断った。


「ノーレ、辺りに人の気配は?」

『……少なくとも、近距離に魔力は感じんな。知った魔力が二つほど移動しておるが……これは仏頂面達じゃな』

「そっか。志信は無事だったか」


 嬉しげに笑うものの、義人は警戒を解かずにノーレを握ったままで馬車へと近づいていく。サクラはそんな義人を守るように周囲に目を向け、共に歩いている。

 そうやって馬車のところまで辿りつくと、志信の言った通り藁の上に“何か”が入った袋が乗っていた。大きさはサクラの身長よりも大きく、義人の身長よりは小さい。


「さて、何が出ることやら……」

「ヨシト様は下がっていてください。わたしが開けます」


 可能性は低いだろうが、突然襲われることを考慮してサクラが袋に手をかける。そして慎重な手つきで袋の開け口を縛ってある縄を解き、何があってもすぐに反応できるように警戒しながら覗き込んだ。


「っ!?」


 覗き込んだサクラが息を飲む。それを見た義人は警戒しながらサクラの傍へと歩み寄った。


「何が入ってたんだ?」


 死体でも入っていたのかと嫌な想像が頭を掠めたが、サクラの顔に浮かんでいる感情は困惑。それを読み取った義人は内心首を傾げながら、サクラと同じように袋の中を覗き込んだ。そして、袋の中を確認してサクラと似た表情で困惑した声を漏らす。


「女の、子?」


 義人は思わず隣のサクラに確認を取る。


「そのようです」


 そう言いつつ、サクラは袋に入った少女を両手で抱える。そして地面に下ろすと、指先に氷の刃を生み出した。続いて中の少女を傷つけないように袋を手早く切ると、切れ目から袋を開く。

 袋の中から姿を見せたのは、白いドレスを身に纏った少女だった。淡い色合いの金髪に、日本人とは違う造詣の整った目鼻立ち。目を閉じてはいるが、どことなく高貴な雰囲気が漂っている。歳は義人と同じか、前後一歳違い程度だろう。


「すみませんが、ヨシト様は少し後ろを向いていてもらえますか?」

「ん? ああ」


 真剣な表情でサクラに言われ、義人はすぐに背を向けた。サクラは義人が後ろを向いたことを確認すると、手早く少女の状態を確認していく。

 少女は大きな服の乱れはなく、傷を負っている様子もない。サクラは呼吸音や心拍数も確認すると、背を向けた義人に報告をする。


「傷などもないですし、意識がないだけみたいです。おそらく、薬か何かで眠らされたんだと思いますが……誘拐でしょうか?」

「着ている服からしてそれっぽいな。ところで、もう後ろを向いても大丈夫か?」

「あ、はい。大丈夫です。でも、どうしましょうか?」

「どうするって、野営地につれていくしかない……誰だっ!?」


 会話の途中で背後から足音が聞こえ、義人はノーレを構えながら振り返った。だが、背後の森の中から出てきた人物を見て肩の力を抜く。


「志信とシアラか……驚かせないでくれよ」

「すまん、驚かせるつもりはなかったのだが……」


 事実、志信達は足音を隠して歩いていたわけではない。義人は自分の反応が過剰だったことを自覚すると、謝罪しようと口を開きかけ、志信が引きずっているものを見て言うはずだった言葉を変えた。


「それ……いや、その人はなんだ?」


 思わず指を指しながら聞く義人。その指の先には、襟首を掴んで引きずられる文官らしき男の姿があった。しかし気絶しているのか、志信が引きずっても反応を示さない。志信は僅かに思案すると、僅かにシアラを見る。


「逃げるのに邪魔だったのか、置いていかれたらしくてな。一応同行を願おうと思ったのだが、思ったよりも抵抗されて……シアラが気絶させた」

「……不可抗力」

「杖で鳩尾(みぞおち)を殴って気絶させるのは不可抗力とは言わないと思うが?」


 しれっと惚けるシアラに、志信は突っ込みを入れた。そんな志信に苦笑を向けると、義人はノーレを片手に下げたままで地面に寝かせている少女へと意識を向ける。


「こっちは馬車に乗せられていた袋を開けてみた。そうしたら、この子が出てきたよ」

「ふむ……やはり誘拐か?」

「さてね。それはわからないさ。ひとまず、野営地につれていこうと思う」

『む?』


 義人が志信に考えを話していると、不意にノーレが疑問のこもった声を上げた。それを聞いた義人は、何かまずいことがあったかと首を傾げる。


「ノーレ? この子を野営地に連れて行くのに何か不都合があるのか?」

『いや、そうではない。妾が気になったのは別のことじゃ』

「別のこと?」

『うむ。一瞬、どこからか魔力を感じたような気がしたんじゃが……』


 確信が持てないのか、ノーレの歯切れは悪い。それを聞いた義人は、珍しいなと思いつつ口を開く。


「気のせいじゃないのか?」

『かもしれんが……っ!? いかん! 伏せ』


 義人の言葉に対して肯定の意を伝えようとしたノーレが、切迫した声を上げる。

 しかしそれを言い切るよりも早く、義人達の周囲に雷が降り注いだ。


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