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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第七十三話:接近

 月が中天をやや過ぎた頃、義人は野営用の天幕の中で浅い眠りについていた。一定周期で寝返りをうち、一応は眠っているがふとした拍子に目が覚める。それを四回ほど繰り返した頃、義人は再び目を覚ましてため息を吐いた。


「ふぅ……よく眠れねぇ」


 不満そうに、ポツリと呟く。天幕の中には布団が敷かれており、広さも四畳ほどあるため設備的な不満はない。だが、いつもと違う環境のせいか義人は上手く眠れないでいた。何もすることがなかったため、就寝したのが午後八時頃だったのも原因の一つかもしれない。義人はもう一度ため息を吐くと、頭を掻きながら体を起こす。


『眠れぬか?』


 そうやって身を起こした義人に、傍らに置かれたノーレが話しかけた。義人はそんなノーレの言葉に、苦笑混じりに頷く。


「眠ったのが早すぎたよ。今何時ぐらいだ?」

『今は……午前一時前といったところじゃな』

「あ、五時間くらいは寝てたのか。でも、日の出まではまだまだ時間があるなぁ」


 義人はもう一眠りするかと考えたが、すでにほとんど眠気がなくなっていた。しばらく寝転んでいれば眠れるかもしれないが、どれほどの時間がかかるかわからない。義人は十秒ほど思案すると、鞘に納まったノーレに手を伸ばした。


『どうしたんじゃ?』

「いや、このままだと寝付けそうもないから少し外に出ようかと思って」

『……ふむ、それも良いかの。気分転換にはなるじゃろ』


 義人が眠れないことに対する配慮か、ノーレは義人の言葉に納得の意を示す。それを聞いた義人は寝巻きからジーパンもどきと薄手の長袖という動きやすい服装に着替え、ノーレを背負って天幕の入り口をくぐった。すると、護衛のために天幕の入り口前に立っていた近衛兵が義人に気づいて姿勢を正す。


「ヨシト王? どうかされましたか?」

「いや、普段と違うせいかよく眠れなくてさ。ちょっと外に出て、気分転換でもしようかと思ってね」

「そうですか……カーリア国の場合、野営する機会も中々ないですからね」


 義人の言葉に苦笑と納得を半分ずつ混ぜた返答をする近衛兵。義人はそれに笑いつつ、辺りを見回す。

 周囲には義人の天幕だけでなく、他にもいくつかの天幕が設けられている。そしてその入り口や周囲には見張りの兵士達が立ち、一定時間経つと見張りを交代しているようだった。


「何か異常は?」


 義人は一応、一番立場が上の人間として尋ねてみる。しかし、近衛兵は首を横に振るだけだ。


「特にないです。森のほうにも警戒の見張りを立たせてはいますが、そちらも問題は……あ、シノブ様」

「え? 志信?」


 近衛兵の視線が義人から後ろへと動き、それにつられて義人も後ろを向く。すると、片手に棍を持った志信が早足で歩み寄ってきていた。志信は義人の顔を見ると歩調を緩め、一メートルほど離れた場所で足を止めて口を開く。


「起きたのか?」

「ついさっきな。なんか、よく眠れなくてさ。それでちょっと外の空気を吸おうかと思ったんだけど……志信こそどうかしたのか?」


 志信の雰囲気がいつもよりやや鋭く感じ、義人は疑問混じりに尋ねる。すると志信はその雰囲気を強めながら、表情を引き締めた。


「問題と言うべきか少し迷うが、気になることがあってな」


 志信の言葉に、何かあったのかと義人も表情を引き締める。


「気になること?」


 そう言って義人が促すと、志信は森のほうへと視線を向けて一つ頷く。


「森のほうに人影があってな。確認しにいったのだが、どうにも様子がおかしい」


「様子がおかしいって……月の明かりに照らされながら変な踊りでも踊ってたか?」


 夜空を見上げてみれば、昼間の曇り模様が嘘のように晴れている。中天を過ぎた月は少しばかり欠けているものの、その月光は焚き火の明かりが必要ないほど明るい。


「人数は確認できただけで八人。身軽な服装と武器、そして体格から旅人だと思ったのだが、そのうちの一人が文官らしき格好でな」


 志信は義人の冗談を綺麗に流し、義人は冗談が流されたことを気に留めず話に耳を傾ける。


「そして付近に荷馬車が一台あったのだが……」

「荷馬車ってことは商人じゃないのか? 文官っぽいのが商人で、残りは護衛とか」

「俺もそう思ったのだが、荷馬車に乗せてあったものが気になってな」

「……何が乗せてあったんだ?」


 尋ねた義人が真っ先に思い浮かべたのは、麻薬の類だ。この世界にも存在していることは以前ゴルゾーから聞いたことがあるため、荷馬車に“白い粉”でも積んであったのかと想像していた。


「遠目だったから材質はわからなかったが、何かで編まれた袋が(わら)の上に乗せてあった」

「藁の上に袋?」


 義人はやっぱり麻薬かと心の中で呟き、警察がいないこの世界ではどこに通報すれば良いのかと首を傾げる。


「その袋の大きさが、人が丸々入るくらいの大きさでな。おそらく、中にも人と同じぐらいの大きさのものが入っていると思うのだが」


 だが、続いた志信の言葉にその考えは打ち消された。義人は頭に浮かんだ新しい可能性に、眉を寄せる。


「誘拐か? いや、この世界だと人買いかもしれないな」

「かもしれん。だが、確証がなくてな。俺一人では確認するのも難しいから近衛兵を何人か呼びにきたんだ」

「あー、なるほどな。だから急いでたのか……って、俺に説明してる暇あるのか!?」


 義人が慌てたように尋ねると、志信はそんな義人に苦笑してみせる。


「どうやら向こうは休憩しているようでな。そこまで慌てる必要もないだろう。だが、時間が余っているというわけでもない」


 そう言いながら、志信は傍に立っていた近衛兵に目を向けた。その視線を受けた近衛兵は頷き返し、他の近衛兵のもとへと走っていく。


「確認を取ってくる。そしてもしも誘拐や人攫(ひとさら)いだったら……」

「攫われた人を奪取“しよう”」


 暗に自分も行くと告げ、義人は背中のノーレを軽く叩いてみせる。それを見た志信は、ため息混じりに苦笑した。


「義人ならそう言うと思ったが、お前を危険な目に合わせるわけにはいかない。そのための近衛隊だし、ミーファやシアラの隊もいる」

「うーん……たしかにそうだけどさ」


 志信の言うことももっともだと、義人自身納得してしまう。だが、このままこの場で待っていても気になって仕方ない。気分転換のつもりが、逆に気になることができてしまった。そんな義人の様子に、志信は小さく笑う。


「相変わらず、気になったことに首を突っ込むのが好きなようだな?」


 志信の言葉に、嫌味なものはない。ただ、確認するかのような問いかけだった。それに対し、義人は頷いてみせる。


「まあ、性分だから。とはいっても、今の立場上それを実行するのも難しい、と」


 そこまで言うと、義人は肩を竦めた。


「ついていきたいけど、まだ誘拐や人攫いかどうかわからないしな。ここは志信に任せるとするよ。ついていったことがバレたら、カグラにも怒られるしな。でも、志信だって無理はしないでくれよ?」

「了解した。義人はこのまま……といっても気になるだろうから、野営地の傍で待っていてくれ。護衛はミーファの隊に任せる。待つのも王の仕事だぞ?」


 そう言って志信は集まりだした近衛隊のほうに一度目を向けると、義人の肩を軽く叩いてそちらへと歩き出す。するとそれに合わせて、今しがた仮眠から起きたらしいミーファが義人の傍まで駆け寄ってくる。起き抜けでも意識ははっきりいているらしく、ミーファは動きやすさを重視した白の鎧を身につけ、腰には愛用の刀を差していた。そして義人の傍に着くと、臣下の礼を取って膝をつく。


「お呼びですか?」

「俺が呼んだわけじゃないんだけど……志信が森のほうで気になることがあるって話でね。それで、志信が確認に行ってる間はミーファ達に護衛を頼むよ」

「はっ。了解しました」


 公私を分けたミーファの態度に義人は苦笑する。


「ミーファさ、別にそんなに畏まった態度を取らなくても良いぞ? というか、むしろもっとフレンドリーに……いや、砕けた態度で話してくれよ。志信を相手にしてるみたいにさ。ミーファのほう年上なんだし、気兼ねなく呼び捨てでも良いんだけど」

「は……しかし、それは……」


 どういった言葉を返せば良いのか、ミーファは困ったように視線を彷徨(さまよ)わせた。義人はそんなミーファの態度に、苦笑を深める。


「いや、ゴメン。ミーファにとってはそんな気軽な問題じゃないよな」


 義人の苦笑混じりの言葉に、ミーファは黙って頭を下げた。義人はせめて志信が近くにいたらと考えるが、志信は近衛隊を連れて森のほうへと向かっているためすでにいない。

 そのことをぼんやりと義人が考えていると、自身の後ろから足音が聞こえて肩越しに振り返った。


「誰だ? っと、サクラとシアラか。悪いな、起こしたか?」


 義人が振り返った先に立っていた人物、サクラとシアラに対して、義人は反射的に軽く謝る。すると、サクラは小さく笑った。


「いえ、自然と目が覚めただけです。でも、何かあったんですか?」


 小首を傾げつつ、サクラは義人の隣に立つミーファに目を向ける。そんなサクラの隣では、サクラと同じタイミングでシアラが首を傾げていた。


「……交代の順番、間違えた?」


 ミーファを見ながら、シアラが小さな声で尋ねる。すると、ミーファは首を横に振った。


「いや、間違いではない。ただ、シノブにヨシト王の護衛を頼まれてな」

「……そう」


 納得したように引き下がるシアラ。しかし、ミーファの言葉を聞いた義人は困ったように眉を寄せた。


「もしかして、まだミーファが起きる時間じゃなかったのか?」

「はい。わたしが見張りに立つのはシアラ隊長の後の予定でした」

「うわ、そりゃ悪いことをしたな……まったく、志信にしては珍しいミスだな」

「ミスとは?」

「ん? ああ、失敗ってことさ」


 通じなかったか、と義人は笑いつつ、簡単に説明する。しかし、ミスの意味を知ったミーファは義人の言葉を否定するように首を横に振った。


「いえ、おそらくシノブ殿は護衛という立場を考えてわたしを起こしたのかと」

「護衛という立場?」

「はい。見張りの順番としてはシアラ隊長に任せるべきなのでしょうが、万が一何かが起きた場合、魔法剣士のわたしのほうが護衛に適任だと思ったのでしょう」

「適任……あ、魔法剣士のほうが接近戦向きだもんな」


 義人が納得したようにそう言うと、ミーファも頷く。その際シアラの帽子が僅かに横に揺れたが、それに気づいた者はいない。


「ええ。しかし、シノブ殿も中々に心配性なところがあるみたいですね」

「ははっ、志信は良い奴だからな。それに、気配りもできるし」

「いえ、気配りはできないかと」

「え?」


 コンマ数秒で否定され、義人は思わずミーファを見る。すると、ミーファは慌てたように咳払いをした。


「い、いえ。何でもないです。きっとヨシト王の聞き間違いです」

「はぁ……そう、か?」


 志信が“何”に対して気配りができないと判断されたのか気になるが、そこは突っ込まないほうが良いのだろうと義人は判断する。その際、シアラの帽子が今度は縦に揺れたが誰も気づくことはなかった。


「気配りって何の?」

「アンタ馬鹿ねー。そりゃ決まってるでしょ。シノ……ひっ!」


 周囲を警戒しつつも話に耳を傾けていた魔法剣士隊の男性兵士が女性兵士に尋ねたが、それに答えようとした女性兵士の声が途中から悲鳴に変わる。何事かと男性兵士が女性兵士の視線を追うと、射殺さんばかりの眼光を叩きつけるミーファにたどり着いた。そのミーファの目を見て、男性兵士は思わず回れ右をする。


「さーて、あっちのほうの見回りをしてくるかなー」

「ちょ、ちょっと待ってよ! わたしも行くってば!」


 逃げるように走り出す男性兵士を追いかけ、女性兵士も走り出す。義人はそんな兵士二人を横目で見ると、『平和だなぁ』と内心だけで呟いた。




 近衛隊のうち魔法が使える者を引き連れ、志信は夜の森へと足を踏み入れていた。全員走った際に音が出る鎧などは身に付けず、魔法剣士は刀を、魔法使いや治癒魔法使いは杖を持って静かに移動する。ただの確認なら魔法剣士隊に任せても良かったのだが、こういった偵察染みた行動には向かない。

 志信は先頭付近を移動しつつ、常に周囲の様子を窺う。そんな志信に合わせるように、近衛兵も周囲を警戒しつつ移動していた。幸いと言うべきか、魔物の姿はない。


「…………」


 無言で移動し、先ほど焚き火が行われていた場所の近くまで歩み寄る。そして木の陰から様子を窺うと、僅かに話し声が聞こえた。聞こえた言葉は日本語ではなくコモナ語だったが、志信は声の数と目視で人数を数えると、最初に数えた人数通り八人だと手信号で近衛兵に伝える。それを受けた近衛兵が頷くと、志信はこの場での監視を任せて荷馬車のほうへと足を向けた。


『……と……だろうな?』


 歩き出すと同時に、そんな声が志信の耳に届く。距離があり、コモナ語で話されているため志信にはよく聞き取れなかった。だが、周囲を気にせず喋っているので魔物に対する警戒が薄い文官の男だろうと当たりをつけ、荷馬車のほうへと歩を進めていく。


『それにしても……』

『ああ』


 今度は違う人間の声。先ほどよりも距離がありながら、“何故か”良く耳に届いた。そのことに志信は疑問を抱き、思考した一瞬の後にさらに声が響く。


『でかい(ねずみ)がいるようだ』


 ――その言葉に、志信は地を蹴っていた。







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