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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第七十二話:遅刻

 カーリア国王都フォレスからレンシア国王都ハサラまでは、馬車で約三日の道程である。早馬で走れば一日ほどで着く距離ではあるが、今回は文官も一緒にいるため馬で早駆けするわけにもいかない。何より、義人自身そこまで馬に乗り慣れていないというのも理由の一つである。

 フォレスを出発すること三日目。義人は馬車の窓から顔を覗かせ、少しばかり怪しくなってきた雲行きを見てため息を吐いた。


「うーん……到着までは降らないでほしいんだけどなぁ」


 元の世界のように、降水確率などわかるはずもない。雲の流れや空気の湿り具合で予想できるわけもなく、義人は馬車の窓から顔を引っ込めた。ここまでは天気も良く、順調に進めたが、ここから先はどうなるかわからない。


「雨、降りそう?」


 顔を引っ込めた義人に、優希が尋ねる。義人は肩を竦めると、開いた窓の外を見るよう促した。


「降水確率四十パーセントってところか?」

「五十パーセントくらいじゃない?」


 義人がおどけるように言ってみると、優希は楽しげに笑って自分の意見を述べる。義人は

『五十パーセントか』と小さく呟いて窓を閉めると、傍に立てかけたノーレへと目を向けた。


『ノーレの意見は?』

『パーセントというのがよくわからんが、妾はヨシトと小娘の中間じゃな。まあ、おそらくは降らんじゃろうがな』

『小娘て……』


 義人はノーレの呼称に苦笑すると、優希の膝の上に乗っている小雪へと視線を向ける。


「小雪はどのくらいだと思う?」

「キュク?」


 義人に尋ねられた小雪は、意味がわからなかったのか首を傾げるだけだ。それを見た義人は、小雪の頭を撫でながら再度苦笑する。


「答えたら答えたで逆に驚くか……それにしても、予定通りには進まないもんだねぇ」


 予定では今日中にレンシア国王都ハサラに到着するはずだったのだが、予定よりも進んでいない。

 初日でカーリア国を南下し、国を縦断するように流れるソレス川を超え、カーリア国とレンシア国の国境まで到着。

 二日目でレンシア国へと入国し、王都ハサラに向けて黙々と進む。

 三日目の昼過ぎには到着できるはずだったのだが、休憩に時間を取りすぎたのか今日中に到着するのは厳しい。急げば到着できるだろうが、文官の体力の消耗が激しいため急ぐわけにもいかない。馬車に乗っているだけなのだが、普段から運動をしないため多少の振動でも体力が削られるようだ。かなりの時間的余裕を見ていたのだが、その予想を上回って時間がかかっている。

 カーリア国に戻ったら、文官も体を鍛えるようにさせよう。義人が密かにそんなことを決意していると、馬車の窓がノックされた。


「ヨシト様、よろしいですか?」

「ん? カグラか。どうした?」


 声から相手を判断して、義人は窓を開ける。すると、馬車と併走していたカグラが口を開く。


「ハサラには今日中に到着すると“向こう側”に伝達してありますが、予定よりも大分遅れています。かといって、これ以上速度を上げれば文官の方々が耐えられないでしょう」

「ああ、俺もそれを考えてたところだ」

「かといって、何も告げずに到着が遅れるというのも礼を失します。そのため、遅れる旨を伝える使者をハサラへと向かわせてはどうでしょうか?」

「んー、たしかにそうだな。それじゃあ、誰か足の速い奴に行ってもらうか……って、足が速いだけでいいのか? 使者って文官じゃなくても大丈夫なのか?」


 行って伝えるだけなら魔法剣士隊の誰かを使いに遣れば良い。だが、文官でなくとも良いのかと義人は首を傾げた。


「使者と言っても、遅れる旨を伝えるだけですから。しかし、こちらの不手際で遅れるのですからきちんとした使者を送るべきですね」

「きちんとした、ねぇ……」


 カグラの言葉に、義人は僅かに考え込む。この場合足が速く、なおかつそれなりの地位にいる人間に頼むべきかと思案し、三人ばかり頭に思い浮かべる。


「カグラかミーファかシアラか……でもシアラは使者には向いてなさそうだな。だったらカグラかミーファが適任だろうけど、どちらにするべきか……」


 小さく口に出して考えてみるが、それを聞いたカグラが苦笑した。


「それでは、わたしが行って参ります。ミーファも使者は性に合わないでしょうから」


 公私を分けているのか、ミーファをちゃん付けせずに呼び捨てで呼ぶカグラ。そんなカグラの言葉を聞いた義人は、それもそうかと頷いた。


「それじゃあ、カグラに任せるよ。どうせ明日には着くからカグラはそのままハサラにいるとして、全体の指揮はどうする?」

「ミーファに委任します。ハサラに向かって進むだけですし、このくらいの人数だったら問題もないでしょう」

「そりゃそうか。まあ、王都に着くまでここから先にあるのは小さな村だけだし、途中で野営する必要があるかもしれないけどな」


 ハサラまでの地図を思い浮かべて義人は苦笑する。それなりに大きな町や村ならば宿を借りることができるが、小さな村では宿すらないかもしれないのだ。それならばキャンプ気分で野営するほうが義人としても楽で、むしろそちらのほうが良い。もっとも、それは天気次第ではあるのだが。


「宿が借りれるようなら、ヨシト様だけでも泊まってください。良いですね?」


 カグラとしても宿が借りられる可能性が少ないとわかっているが、それでも釘を刺す。立場的には無理矢理借りることもできるのだが、それは義人が承諾しないだろう。カグラとしても、その案は義人が受け入れないとわかっているので口にしない。そのため、カグラは表に出さないようこっそりとため息を吐き、すぐさま気持ちを入れ替えた。


「それでは、わたしは先に行きますね」

「ああ。大丈夫だと思うけど、気をつけてな?」

「――はい」


 義人の気遣いの言葉に笑顔を返し、カグラは前を向く。そして表情を引き締めると、全身に魔力を満たして『強化』を発動させた。

 召喚から半年近く経ち、半分ほど回復した魔力の量はすでに義人の五倍近くある。その莫大な量の魔力を使っての力強い『強化』に、義人は少しばかり頬を引きつらせた。


「では、失礼します」


 カグラはそう言って、一歩地を蹴る。義人は見送りをしようと窓から顔を完全に出そうとした瞬間、耳元に響いた重い音に思わず動きを止めた。


「……はい?」


 思わず、義人の口からそんな声が零れる。『ドンッ』という、大槌で地面を殴りつけたような鈍い音が耳に届くと同時に、義人の視界からカグラの姿が消えていた。


「今の音、何?」


 さすがに気になったのか、優希が尋ねる。義人はその問いで何とか我に返ると、慌ててカグラの姿を探した。だが、辺りを見回してもその姿はない。それでも馬車の先へと視線を向けてみると、それなりに良い義人の目でもギリギリ見える距離に紅白の巫女装束が見えた。


「……速すぎるだろ。百メートル何秒だっての……ん?」


 カグラが走って行った方向を見ていた義人は、ふと地面に視線を向けた。


「これは足跡、か?」


 “何故か” 一定間隔で足の形に陥没している地面を見て、義人は目を閉じる。そして深呼吸をすると、努めて前向きに考えることにした。


「こ、この足跡を追っていったらハサラに到着するな。うん、地図入らずだ」


 自分で言って無理があるなと、義人は肩を落とした。



 

 日が沈んで夜の帳が下りた頃、カーリア国の一行は夕食の準備をしていた。

 予測した通り王都のハサラに到着することはできず、また、通りかかった村に宿がなかったので借りることをせずに進んだ結果である。借りられたとしても、住民を退去させなければ泊まることができなかったのも理由ではあるのだが。


「無理矢理借りるっていうのも嫌だし、俺一人だけ泊まるっていうのもなぁ……」


 義人は火にかけられた飯ごうを座ったまま眺めながら、そう呟く。

 当初は義人一人、もしくは優希や文官達を含めて宿泊するという案が出たのだが、野営の道具も準備していたので野営を選択した。義人としては『キャンプっぽくて良い』などと考えていたが、それを口に出すことはない。

 これほど大所帯なら魔物なども寄ってくることがほとんどなく、盗賊や夜盗も正規軍を相手にするほど馬鹿ではない。雑談がてらゴルゾーから聞いた『そもそも、レンシアでは“とある事情”から盗賊が旅人などを襲うことがほとんどありません』という言葉も野営することを決めた一因である。

 もちろん、安全性が高いといっても見張りの兵を立たせ、周囲の警戒は怠らない。少し離れた場所には水場や森があり、魔物が襲ってくる可能性もゼロではないのだ。もっとも、様子を見に行った兵士の報告では強力な魔物が生息しているようには見えないとのことだったので、危険性はあまり高くない。見張りの兵や、あちこちで(おこ)した火を見れば警戒して攻撃してくることもないだろう。


「こっちから手を出す理由もないしなぁ……っと、そろそろ炊けたかな?」


 火にかけた時間と飯ごうの様子を見た義人は、腰を上げようとする。しかしそれよりも早く、傍らに控えていたサクラが前へと出た。ただし、いつものメイド服ではなく動きやすさを重視した旅用の服装である。


「ヨシト様はそのままでいてください。こういった仕事は、わたしや他の方が行いますから」


 そう言うなり、テキパキと作業に取り掛かるサクラ。義人は浮かしかけた腰を下ろすと、ぼんやりとサクラの様子を眺めることにした。


「メイド服で見慣れているせいか、違う服装のサクラはかなり新鮮だなぁ……」


 以前城下町に出かけたときもそうだったのだが、普段と違う服装というのは新鮮に見える。 義人は甲斐甲斐しく、小動物のように動き回るサクラに若干癒されながら、他の場所へと視線を向けようとした。だが、それと同時に食欲を誘う香りが鼻に届き、反射的にその方向へと目を向ける。すると、目を向けた先では魔法剣士隊の女性兵士達が大きな鍋を囲んで何やら作業をしていた。その中には優希の姿も見え、すぐ傍では小雪が“お座り”をしながら作業の様子を眺めている。


「ん……良い匂いだな。魚介類っぽいけど何だ? シーフードカレーでも作ってるのか? っ

て、カレー粉がないか」


 義人は嗅いだことの匂いから適当に料理を想像するが、材料がないことに気づいて肩を落とす。サクラにそのままでいるようにと言われたが、好奇心に押されて義人は立ち上がった。そして作業をしている傍まで歩み寄ると、それに気づいたのか小雪が義人のほうへと首を動かして目を向ける。すると、そんな小雪につられたのか作業をしていた数人が義人へと振り向いた。


「何を作ってるんだ?」


 畏まって敬礼でもしそうな兵士に苦笑をしつつ、義人は尋ねる。魔法剣士隊の男性兵士達は義人に対して“それなり”にフランクな態度を取ってくれるが、女性兵士はまだまだ固い。それでも、他の隊の兵士に比べれば大分柔らかい態度で口を開いた。


「ユキ様と共に汁物を作っているんです」

「汁物? どれどれ?」


 好奇心に従って鍋を覗き込むと、いっそう濃い香りが義人の鼻へと届く。食欲を誘うその香りに、義人は傍で鍋をかき回している優希へと顔を向けた。


「なあ優希、これって何の材料を使ってるんだ?」

「これ? これはね、貝や魚の干物を使ってるんだよ」

「氷から解凍したんじゃなくて、干物? ああ、そういえば以前カグラと干物について少し話したっけ。これを見る限り、成功したのかな?」


 そんな報告はあったかと義人は記憶を漁るが、該当する記憶はない。もちろん、全ての情報が自分の下へと届くわけでもないので、義人は大して気に留めないことにした。


「試験的に作らせたのかもしれないしなぁ……まあ、それは後で本人に聞けば良いか」


 鍋の中身を眺めつつ、義人はそう呟く。そして味見という名のつまみ食いでもしようかとしたとき、背後から肩を叩かれて動きを止めた。


「義人、少し良いか?」

「いえいえ、つまみ食いしようなんて思ってませんよ? ……って、志信か」


 反射的に敬語で言い訳をする義人だが、声の主が想像と違ったことに肩の力を抜く。そもそも、想像した“声の主”はこの場にはいないのだ。


「つまみ食い?」

「いや、何でもない。それでどうしたんだ? 何か問題でもあったか?」


 義人は何事もなかったように表情を繕うと、片手に棍を携えた志信へと話を振る。その問いに対して、志信は首を横に振った。


「特に問題があったわけではない。俺も周囲の様子を見てきたのだが、その報告をと思ってな」

「ああ、了解。少し場所を変えようか?」


 優希に聞かせる話でもないと判断した義人は、そう提案して歩き出す。そして多少離れると、足を止めて話を再開することにした。


「しかし、志信も見てきたのか。わざわざ悪いな……それで、どうだったんだ? 最初の報告では、大して強力な魔物もいないって話だったけど」


 最初に受けた報告を思い出しつつ、義人が尋ねる。すると志信は軽く頷くが、ほとんど見えない表情の中に“何か”が見えた義人は首を傾げた。


「もしかして、とんでもなく強そうな魔物でもいたのか?」

「いや、そういうわけではない。報告通り、下級の魔物が少し生息しているだけだった。ただ、森の中に焚き火をした跡があってな」

「焚き火? いや、この世界なら旅人もたくさんいるだろうし、焚き火の跡があってもおかしくないだろ?」


 志信の話に僅かな疑問を覚えるが、義人はその正体が掴めず話を進める。だが、義人の言葉を聞いた志信は首を横に振った。


「たしかに、旅人もいるだろう。だが、焚き火をするとしてもわざわざ魔物がいる森の中でするだろうか?」

「……そう言われてみればそうだな。でも、生息するのは弱そうな魔物だけだったんだろ? 腕に自信があったとか、魔物も襲ってこないような大人数だったのかもよ?」


 義人がそう言うと、志信は口を閉じて黙考する。そして数秒ほど考え込み、そんな志信を見た義人は背中に背負ったノーレへと意識を向けた。


「ノーレはどう思う?」


 志信がいるので、思念通話ではなく声で話しかける。するとノーレも数秒ほど考え込んだ後、義人と志信に対して思念通話を繋げた。


『腕に覚えがある旅人が焚き火をした……というのが一番可能性がある話じゃな。商人ならば護衛を雇っていても危険な要素を避けるじゃろうし、この国では盗賊の類の活動が活発ではないのじゃろう?』

「ゴルゾーはそう言ってたな」


 ノーレの言葉に義人は頷き、志信は僅かに眉を寄せる。しかし、数秒も経つと志信は苦笑しながら肩の力を抜いた。


「警戒のしすぎか。そうだな、あれほど魔物が少ない場所ならば、俺も同じように焚き火をして休憩をする」

「……いやー、それはどうかと思うぞ? あんまり危ないことはしないでくれよ? まあ、志信なら大丈夫だとは思うけどさ」


 現在全国を旅している志信の祖父を思い出し、義人は一応釘を刺す。


「気をつけよう。警戒の見張りも立てているし、何かあったらまた報告する」

「わかったよ。あ、俺に報告してくれるのは良いけど、ミーファにもちゃんと教えてやれよ? 後で拗ねるかもしれないし」

「……? ああ、現在全体の指揮を執っているのはミーファだしな」


 志信は義人の言葉に僅かに首を傾げるが、すぐに“自分の中”で納得がいったのか首肯して歩き出す。義人はそんな志信に苦笑したが、不意に服の裾を引っ張られて視線を下に向けた。すると、裾を口でくわえた小雪と目が合う。


「キュク、キュー」

「ん? ああ、夕食ができたのか?」

「キュ!」


 義人が小雪の言葉を適当に解釈すると、それで正解だったのか小雪が嬉しそうな声を上げる。義人もそれに笑い返すと、すでに十メートルほど離れた場所まで進んでいる志信に向かって口を開いた。


「志信、ミーファに夕食の時間だって伝えておいてくれるか?」


 ミーファもすでに知っているかもしれないが、義人は志信に伝言を頼む。志信は足を止めて振り返り、義人の言葉に頷く。


「わかった。伝えておく」

「ありがとう。頼むよ」


 簡潔な返答に義人は感謝の言葉を返し、何故か裾を噛んだままの小雪へと視線を移す。


「ほら、俺の服を食べても美味しくないぞ? というか、それ以上強く噛むと簡単に破れそうだなぁ」

「キュク……」


 義人の言葉を聞き、小雪は裾から口を離して小さく一鳴きする。義人は服の裾が破れていないことを確認すると、苦笑混じりに笑った。


「もしかして噛み癖でもあるんだろうか……もっと大きくなってから噛まれたら、大変なことになりそうだな」


 自身の身の丈よりも大きくなった小雪に噛みつかれる光景を想像し、義人の口元が引きつる。


「今度、アルフレッドに相談しようかな」

「キュ?」


 多分に冗談を含んだ義人の言葉だったが、当の小雪は首を傾げるだけだった。


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