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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第七十一話:出発

 十一月四日、天気は晴れ。もしも日記の最初に書くとすれば、そんな出だしで始まるだろう。

 義人はそんなことを頭の片隅で考えつつ、今から乗る馬車をぼんやりと眺めていた。だが、何気なく視線を下げて自分の服装を見ると、深いため息を吐く。


「制服は良いとして、このマントはどうにかしたいな」


 ため息ついでに義人はそう呟く。いつもなら優希手製の服か制服の模造品を着ているのだが、現在は元の世界で着ていた学校の制服に袖を通し、さらに王用の赤いマントを身につけ、背中にはノーレを背負っている。赤いマントなど、召喚当初は身につけていたがここ数ヶ月は使った記憶がない。


「まあ、ちょっとは王様らしい……かな?」


 自分の格好を見下ろしてそう評してみるが、本来ならもっと“王様らしい”服装を用意されていた。豪奢(ごうしゃ)で華美で派手な、義人の目から見ると非常に理解に苦しむ変な服が。

 結局は『違う世界から召喚されたことを証明するため』という、義人の強引で無理矢理な意見で今の服装に落ち着いたが、それでもマントだけは回避できなかった。


「……落ち着かないし、後で着替えるか」


 向こうに着く前にまた着替えればいいだろう、と自分に言い聞かせ、義人は周囲へと視線を投じる。

 出発のため城門前に集まっているのだが、義人や文官が乗る馬車を護衛するための手筈の最終確認や、贈呈物や移動に際して必要な物資の最終確認を行っている。もう少しゆっくりくれば良かったかと義人は考えたが、自身に歩み寄ってくる人物が目に入ってその思考を打ち切った。

 歩み寄ってきた人物……商人のゴルゾーは慣れた様子で膝をつき、頭を下げる。


「お久しぶりです、ヨシト王」

「久しぶり……といっても、そんなに時間が経った気はしないんだけど?」


 義人は最後に会ったのはいつだったかと記憶を漁り、ゴルゾーは膝をついたままで僅かに顔を上げた。そこには、初めて謁見した時の無駄に卑屈な態度はない。


「私にとっては、十日も経てば久しく感じますので」

「あー……忙しそうだもんな。でも、今回同伴してくれて助かるよ」


 そう言って、義人は苦笑する。ゴルゾーには商人として世話になることもあれば、商人とし

ての情報網を使った情報屋として世話になることもある。他国でも商売をするゴルゾーの情報網は広く、あちこちに顔が利くので今回は同伴を依頼していた。レンシアと何か商談があった時、これほど頼れる存在も中々いない。それを感謝しての言葉だったが、ゴルゾーは商人らしい笑みを浮かべて口を開く。


「お客様のご希望にお答えするのが商人ですから。それにお代もいただいていますし、今回必要な物資は全て当方から購入してもらいました。そして、レンシアの方に運ぶ物もあります。ですので、お気になさらず」


 商人としての顔で話すゴルゾーに頷きつつ、義人は首を捻る。


「レンシアに運ぶものって? あ、こういうのって客の個人情報につながるから聞いたら駄目なんだっけ?」

「たしかにお客様の情報につながりますが、馬車を見られれば一目でわかりますよ」


 ゴルゾーは義人の微妙な気遣いに苦笑すると、自身が使う馬車へと視線を向けた。義人達が使う人を運ぶための馬車ではなく、荷物を運ぶための簡素な馬車に乗せられた物を見た義人は僅かに目を見開く。


「米俵……米を運ぶのか?」


 荷物用の馬車に乗っている米俵を見て、義人はそう尋ねる。するとゴルゾーは苦笑したままで頷いた。


「今年の新米です。レンシアにはジパング出身の方がいまして、定期的に買われるんですよ。あとは……色々ですね、はい」


 義人は色々というところが気になったが、そこは聞いても答えないだろうと判断して口を閉ざす。

 それから少しの間雑談に興じていたが、近衛隊の一人が駆け寄ってくるのを見た義人はそちらへと顔を向けた。


「ヨシト王、出発の用意が整いました」

「了解。それじゃあ、行こうか」


 膝をつき、頭を下げた状態で報告をしてくる近衛兵に義人は返事をする。そして、それと同時に僅かに苦笑した。


「どうかされましたか?」

「いや、人間って慣れる生き物だと思ってね」

「はぁ……」


 義人の言葉の意味がわからなかったのか、近衛兵は曖昧な返事をする。以前は畏まられるのが非常に窮屈に感じたが、今ではそれに慣れてしまった自分が義人にはおかしく感じられた。

 義人は内心だけでもう一度苦笑すると、いまだに困惑している近衛兵に対して口を開く。


「気にしないでくれ。あと、出発の伝令をよろしく」

「はっ!」


 表面上は真面目な義人の指示に、近衛兵は一礼して走り去る。義人はその背中を見送ると、先ほどまで話していたゴルゾーへと向き直った。


「というわけで、出発するってさ」

「それでは、私も自分の馬車に戻るとしましょう。何かありましたらお呼びください。では、失礼します」


 そう言って慇懃に頭を下げ、ゴルゾーはゆっくりとした足取りで歩き去る。その後ろ姿をなんとなく見送ると、義人も自分の馬車に乗るべく踵を返した。




「では出発だ!」


 王用の馬車に乗り込んだ義人は、外から聞こえるミーファの声を聞きながら馬車の椅子に背を預ける。その数秒後に馬車がゆっくりと動き出し、義人は羽織っていた赤いマントに手をかけた。


「着替えるの?」

「キュ?」


 “隣と足元”からの声。

 王用の馬車は他の馬車と違い、窮屈しないよう広く設計されている。四人ほどなら楽に乗ることが可能で、義人の隣には優希が座り、その足元では小雪が寝そべっていた。

 道中は休憩があるとはいえ、馬車の中ではすることがあまりない。そのため、義人は話し相手として優希に同乗を頼んでいた。ノーレも話し相手になるが、長い付き合いがある優希なら話し相手としては最適である。

 最初は志信にも頼んでいたのだが、『俺は近衛隊を指揮する』と首を縦に振らなかった。カグラは全体に指示を出す役目があり、サクラはメイドとしての役目があるため馬車に同乗していない。ミーファやシアラは自分の部下を指揮しなければならず、義人が話し相手として選べるのは優希だけだった。

 義人は口でズボンの裾を引っ張る小雪に苦笑すると、隣に座った優希に顔を向ける。


「着替えるっていうか、マントを脱ぐだけだよ。向こうに着くまでならそこまで気にしないで良いだろうし」


 そう言いつつ、義人はマントを脱ぐ。そしてたたもうとすると、隣の優希が笑顔で手を差し出した。


「わたしがたたむよ」

「え? あー、うん。悪いな」


 義人は一瞬悩むが、自分がたたむよりも綺麗にたたんでくれるだろうと、優希にマントを差し出す。それを受け取った優希は、楽しそうに笑った。


「ふふっ、義人ちゃんは昔から服をたたむのが苦手だもんね?」

「いやいや、別に苦手ってわけじゃないさ。優希が得意だから、そう見えるだけだって」

「そうかなぁ?」

「そうだよ」


 他愛のない会話をしながらも、馬車は進んでいく。時折小石や道の凹凸(おうとつ)で馬車が揺れるが、移動の際の振動対策として詰められた綿のおかげで腰が痛くなることもない。ただ、足元の小雪は振動が直接伝わるため若干不満そうだったが。


「小雪、おいで?」


 それを見た優希は、自分の膝を叩いて小雪を呼ぶ。すると小雪は嬉しそうに一鳴きして優希の膝へと飛び乗った。それを見た義人は、苦笑しながら小雪の頭に手を伸ばす。


「生まれて二ヶ月も経たないのに、ずいぶんと大きくなるもんだな」


 生まれた頃は三十センチにも満たなかった体も、今では倍の六十センチほどまで成長している。それに合わせて羽も大きくなり、もう少し成長すれば空を飛ぶこともできそうだった。


「まあ、あれだけ食べれば成長するのも当たり前か……」


 以前よりも大きく、重くなった小雪を見ながら義人は目を閉じる。大きくなるにつれて増える食事量は、義人にとって地味に悩みの種となっていた。今は一食五人前程度の食事量で済んでいるが、将来的にはどうなるかわからない。


 小雪の食事代で財政が破綻したりして……ははは、まさかね。


 内心で乾いた笑いを浮かべる義人。すると、“それ”を聞いたノーレが義人に対して思念通話を繋げた。


『安心せよ。それはない』

『ない? 本当にないのか? あったら困るどころじゃすまないんだけど?』


 義人は声に出さず、すでに慣れてしまった思念通話でノーレに尋ねる。


『もうしばらくは食事量も増えるじゃろうが、いずれ落ち着く。最悪、魔力を吸うだけでも生きていけるのじゃぞ? 肉体的な成長は著しく遅くなるがな』

『う……ん。でもほら、食事抜きっていうのは可哀想だしなぁ……』

「大丈夫だよ」


 義人がノーレと思念通話で話していると、それを遮るように優希が声を出す。そして、優希は膝に乗った小雪を撫でながら微笑む。


「安くて美味しい料理をたくさん作れば問題ないよ。ね?」

「あ、ああ。そうだな。それは優希に任せるよ」

『…………』


 優希の言葉に、義人は頷く。会話を遮られたノーレは、何かを言うこともなく沈黙した。それを不機嫌になったのだと判断した義人は、ノーレのほうへと目を向ける。


『ノ、ノーレは馬車の揺れは大丈夫か?』


 少々腰が引けていたが、義人はそう声をかけた。しかし、すぐに返事がこない。


『……うむ』


 義人が声をかけてから数秒経ち、ノーレが小さく言葉を返す。その声色に不機嫌な色が見えなかった義人は、僅かに首を傾げながら会話を続ける。


『どうしたんだ? あ、もしかして振動で刃が欠けた?』

『この剣は、それほど(やわ)な作りではないわ戯けめ。『魔法文字』を使って強度を上げてもある。じゃが……』

『じゃが?』


 言いよどむノーレに、義人は続きを促す。しかし、ノーレは何も答えずに沈黙するだけだ。何かを思考しているのか、ノーレから伝わる逼迫した感情に義人は眉を寄せる。


『本当に、大丈夫か?』


 義人がかけた言葉は、真剣なものだった。ノーレが言いよどむことなど、あまりない。それを考えると、義人としては非常に気になるものがあった。

 義人の問いかけから数秒経つと、それまで沈黙していたノーレが言葉を紡ぐ。


『……心配をかけてすまぬ。じゃが、まだ推測の域を出なくての』

『推測?』

『うむ。もっとも、お主に余計な情報を与えても負担になるだけじゃし、知らなくても問題のなさそうなことでな。確信が持てたら話そうと思ったんじゃが、思ったよりも深く考え込んでいたようじゃ』


 いまいち要領を得ないノーレの説明だったが、それを聞いた義人は、自分に与える情報を取捨選択してくれたのだろうと、信頼を込めて小さく頷いた。


『そう言われると逆に気になるけど、ノーレが問題ないって言うのなら大丈夫か。別に、誰かの命に関わるってわけじゃないんだろ? でも、そういう思わせ振りな態度は怖いからやめてほしいぞ。それじゃあ、確信が持てたら教えてくれよ?』

『すまぬ。考えをまとめるのに少し時間がかかってな。次からは気をつけよう』


 義人の冗談めかした言葉に、ノーレは素直に謝る。その素直さに続ける言葉をなくした義人は、隣で小雪と戯れている優希へと視線を向けた。


「それにしても、馬車ってけっこう揺れるなぁ。優希は気分が悪くなったりしてないか?

休憩したいなら、いつでも言ってくれよ?」

「うん、わたしは大丈夫だよ。これくらいの揺れなら、遊園地のアトラクションのほうがひどいしね。ジェットコースターとかに比べると、全然平気」

「遊園地か……最後に行ったのはいつだったかな?」


 そう言いつつ、義人は元の世界のことを思い出す。最後に遊園地に行ったのはいつだったかと記憶を漁り、それを見つけるより早く優希が口を開いた。


「うーん……中学校の修学旅行が最後じゃない? あ、義人ちゃんが誰かと行ってたら違うと思うけど」


 覗きこむように、優希がそんな言葉を投げかける。その言葉を聞いた義人は、苦笑混じりに首を横に振った。


「はっはっは、誰が俺と一緒に行くんだよ。志信か? ちょっとシュールだぞ、それは。優希ならともかく、志信は遊園地に行くより家の道場で体を動かすほうが性に合ってるだろうさ」


 義人は志信と二人で遊園地を回る光景を想像し、優希の言葉を笑い飛ばす。それを聞いた優希は、小さく微笑んだ。


「それじゃあ、元の世界に戻ったら一緒に行こうか?」

「お、いいねー。優希と遊園地に行ったのなんて、学校行事を除いたら小学生の時以来だしな」


 優希の提案に笑いながら頷く義人。まだ元の世界に戻れると決まったわけではないが、そういう約束も良いだろうと承諾する。その約束を果たすためにも、元の世界に戻る方法を見つけなくてはならない。

 義人は自分の膝に乗ってきた小雪の相手をしながら、そのことを内心だけで呟いた。







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