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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第六十九話:ドワーフの鍛冶師 その2

 翌日、毎朝行われる定例の報告会を終えた義人はいつもよりやや早い足取りで執務室へと向かっていた。

 その理由は、前日に依頼した玉鋼の製造が上手くいったか見に行くために仕事を少しでも早く片付けたいというのが半分の理由で、もう半分は報告会の様子から仕事の量が普段よりも多そうだと判断したためである。


「こういう時に限って仕事が多くなるんだよなぁ……」


 ため息を吐きつつ愚痴のようなことを呟くが、それで仕事の量が減るわけでもない。義人はなるべく早く、かつ正確に仕事をしようと気合を入れた。

 この国で栽培される米などは、元の世界と同じく秋に収穫される。それとは別に多種類の穀物や野菜、果物も栽培されているのだが、カーリア国において主食である米は他と比べて栽培量が多い。農民の中には税を米で納める者も多く、それに関連した様々な書類が義人へと回ってくるのだ。

 もちろん、義人のもとへと回ってくる書類はそれだけではない。この時期は活動が活発になる魔物を退治するために派遣する部隊の選別や、国内で発生した問題、または周辺国家に関する情報など、多岐に渡る分野の書類が回ってくる。当然それら全てが義人のもとへと回されるわけではないが、それでも義人が目を通さなくてはならない書類が多く、今頃執務室の机の上ではいくつかの山ができているだろう。

 元の世界に戻ったら何かの役に立つかな、などと思うこともあるが、今現在必要なことなので投げ出すわけにもいかない。

 それでも、義人とて今の生活に対して考えることはある。

 午前六時頃に起き、運動不足の解消とストレスの発散、それと自衛の手段を覚えるために志信達に混じっての早朝訓練。それを二時間ほどこなした後は午前九時からの政務に備えて朝食を取る。そして昼食を挟みつつ政務をこなし、それが終われば夕食や他国の共通語であるコモナ語の勉強。余裕があれば志信が行っている夜間訓練にも顔を出すが、大抵は午後十時頃に就寝する。

 召喚当時は溜まりに溜まった政務を片付けるために徹夜の連続だったが、今となっては徹夜はおろか夜更かしをすることもない。正確には“できない”のだが、元の世界とは違う規則正しい生活でも慣れてしまえば不満はなかった。

 義人としてはこの世界での生活に慣れてしまうことに対して色々と思うところがあるのだが、元の世界に戻るための方法が“確立”されていない状況では仕方がない。


「まあ、今は目の前の仕事を片付けますかね。大丈夫、俺ならやれる」


 つらつらと現実逃避気味に考え事をしていた義人は、執務室にたどり着いて自分を出迎えた書類の山を前にして、自分自身に言い聞かせるようにそう呟いた。




 義人の提案によって一時間毎に鳴らされるようになった鐘が午後五時を告げ、それを聞いた志信は残心として構えを取ってから棍を下ろした。そんな志信の目の前では、近衛隊に所属する十二人の兵士が乱れた呼吸を整えようとしている。以前に比べて体力や技術がつき、部隊として機能できるようになった彼らを見て志信は僅かに頬を緩めた。

 元の世界では弟子はおろか他人に何かを教えたことすらない自分が、今は十二人相手に教えを施している。それがどこかおかしく、そして自分の拙い教えでもきちんと成長してくれる彼らに対して、喜びと感謝を覚えていた。

 志信は補助魔法である『強化』程度しか魔法が使えないため、魔法に関しては教えることができない。むしろ教わることのほうが多いが、志信にとっては身体能力を上げる『強化』さえ使えれば問題はなかった。下級魔法程度ならば避けることが可能で、中級魔法までなら棍に施された『無効化』で消すことができる。さすがに上級魔法を相手にすればどうなるかわからなかったが、魔法隊の隊長であるシアラでも上級魔法を使うことはできないので対策の取りようがなかった。


「それでは、今日はここまでとする。きちんと夕食を食べ、十分な睡眠を取るように」

『はっ!』


 志信の言葉に、各々が返事をする。

 現在魔法剣士六人に魔法使い三人、騎兵と歩兵と治癒魔法使いが一人ずつという混成だが、最低限身を守れるようにそれぞれに合った戦い方を文字通り体に“叩き込んだ”。その教え方は習うより慣れろと言うべきもので、そんな教え方しかできない自分に志信は僅かなりとも落胆するものもあったが。


「妙な癖もほとんど矯正できたし、良しとするか」


 軽く腕組みをしながら、志信は頷く。

 現在カーリア国の主力は魔法剣士なのだが、その戦い方は『強化』で向上した身体能力を用いての力押しである。一見すれば力任せにしか見えない戦い方をする者がほとんどで、技術は二の次だ。それが志信には不思議でならないのだが、戦う相手は魔物なので納得もしている。しかし、技術が向上すれば実力もそれに伴って上昇すると判断したため、訓練中はほとんど『強化』を使わせずに訓練させていた。そのおかげで全体的に実力が向上しているが、魔法が使える者は魔法に頼る癖があるためそれも取り除かなければならない。

 志信はこれからどういった指導方針にするかを思案しつつ、棍を片手に訓練場を後にする。その際、『無効化』の術式が多少削れた棍先を見て僅かに眉を寄せた。


「後でシアラに頼むか……コモナ語の勉強もしなければならんしな」


 ぼやくように呟きながら、志信は城の中へと足を踏み入れる。そして自室に戻ろうとしたが、ふと気になることが思い浮かんで足を止めた。


「そういえば義人が玉鋼の試作を見に行くと言っていたな。政務はもう終わったのだろうか?」


 今日は仕事量が多いと愚痴を吐いていた義人の顔を思い出し、志信は苦笑する。自分はこうやって体を動かしているだけで良いが、義人はそうもいかない。肉体的な疲れもあるだろうが、精神的にも疲れる仕事だ。

 何か手伝えることがあればと、志信は執務室へ足を向ける。もしかしたら既に製鉄所へと向かっているかもしれないが、執務室までは距離があるわけでもない。故に大した手間にもならないだろう。

 そう判断して歩を進め、志信は執務室の前までたどり着く。そんな志信を見た守衛の兵士は、背筋を伸ばして道を空けた。そんな兵士に目礼をすると、志信は武器である棍を預けて扉をノックをする。義人によって自由に入室が許可されているが、そういった礼儀を忘れるわけにもいかない。


「どちら様ですか?」


 すると、扉越しに声がかけられた。その声からサクラだと判断した志信は名乗ろうとするが、それを遮るように声が響く。


「今の律儀なノックは志信じゃないか? 他の奴なら守衛が声かけるはずだし」

「そ、それもそうですね」


 義人の言葉に、サクラは少し慌てたように返事をする。それを聞いた志信は内心で苦笑しながら口を開いた。


「入っても良いか?」

「どうぞー」


 僅かに気の抜けたような義人の声に、志信は扉を開けて執務室へと足を踏み入れる。そして室内を軽く見回すと、小雪を頭に乗せながらやや疲れた顔をしている義人と目があった。


「今日は大変だったようだな」

「ああ、大変だった。王印の押しすぎで腕がつるところだった」


 やれやれとため息を吐く義人だが、仕事自体は終わったのか机の上に書類の類はない。カグラは裁可し終わった書類を運んでいるのか姿が見えず、義人は椅子から立ち上がって軽く背伸びをした。その際義人の背骨が鳴り、志信はその音を聞きながら用件を述べる。


「製鉄所に行くのか気になって来たのだが、どうする?」

「んー……昨日より遅くなったけど、行くよ。昨日と違って問題も起きないだろうし、志信も

行くか?」


 頭に乗った小雪を床に下ろしつつ、義人が尋ねる。志信としても可能ならばそうするつもりだったので、特に何かを言うこともなく頷いた。すると、編み物をしていた優希が義人のほうへと顔を向ける。


「義人ちゃん、わたしも行っていい?」

「優希も? そういえば昨日断っちゃったからなぁ……優希さえ良ければいいよ」

「じゃあ、ついていきたいなー」


 優希は義人の言葉に笑顔を返し、編み物の道具を片付けだす。


「キュー……」


 優希や義人の言葉が通じているのか、小雪は義人のズボンの裾を口で引っ張って鳴き声を上げる。それを聞いた義人は、僅かに首を傾げた。


「ん? 小雪も行きたいのか?」

「キュク」


 適当に解釈して尋ねたのだが、合っているらしい。志信はそんな義人と小雪の様子を感嘆しつつ眺めていたが、ふと小雪が志信へと目を向けた。

 小雪はちょこちょこと絨毯張りの床を歩き、志信の足元まで来ると緑の瞳に不思議そうな色を加えて首を傾げる。


「キュ?」


 何かしらの疑問を覚えているらしい。そう判断した志信は、畏まって頭を下げた。


「自己紹介がまだだったか。俺は藤倉志信。君の父の友人だ」

「誰が父親だっつーの。まあ、間違ってもいないけどさ」


 志信の自己紹介に突っ込みを入れる義人。それを聞いた優希とサクラがおかしそうに笑っているが、志信本人は首を傾げる。


「何かおかしかったか?」

「……いや、志信はそれが素だもんな。うん、わかってたさ」


 義人は疲れたように呟き、何やら志信を観察している小雪に目を向けた。


「小雪? どうかしたのか?」


 そう声をかけると小雪は義人のほうへと走り、跳躍して肩へと飛び乗る。生まれた頃よりも重くなったなと義人は頭の隅で考えるが、すぐにそれを放棄してサクラへと目を向けた。


「サクラはどうする? 一緒に行くか?」


 義人がそう尋ねると、サクラは自分も誘われると思っていなかったのか目を瞬かせる。


「わ、わたしですか? えっと……カグラ様とシノブ様がついていかれるのならこれ以上護衛は必要ないですし、わたしは夕食の準備をしています」

「そうか?」

「はい。その代わり、きちんと専用の食堂で夕食をとってくださいね?」

「ははは、了解」


 釘を刺してくるサクラに笑いつつ、義人は頷く。そして傍に立てかけてあったノーレをつかむと、背中に背負って小さく笑った。


「それじゃあ行くか。カグラは先に城門前で待ってるだろうし、あまり待たせると後が怖い。主に俺が」


 そんな冗談染みたことを口にする義人に、志信も小さく笑って執務室を後にした。




「なんだ、今日はずいぶんと大人数で来たな。それに、そっちのちっこいのは白龍か? そんな大層なモンを連れて……お前さん、変わり者にも程があるだろ」


 町外れの製鉄所に足を運んだ義人を迎えたのは、ローガスのそんな言葉だった。昨日と同じように休憩用の部屋に通されたのだが、それを聞いた義人は頭を掻きながら笑う。


「はっはっは、照れますなぁ」

「褒めてねえよ……まあいい。まさか、本当に見にくるとは思わなかったぜ」


 冗談混じりに笑う義人にローガスはやや白い目を向けつつ、ため息を吐く。だが、すぐに気を入れ替えたのか表情を引き締めた。


「お前さんが依頼した“たたら吹き”だが……」

「どうだった?」


 大量の材料を使って三日三晩行う本格的なものではなく、少量の材料での試験的な“たたら吹き”。その結果が気になる義人に、ローガスは眉を寄せた。


「ありゃまだまだ改良の余地があるな。理屈はわかるが、お前さんの言う“最高級”の鉄が作れるのはまだまだ先になりそうだ」

「……そうか」


 ローガスの口振りから結果が良くなかったと判断し、義人は僅かに表情を暗くする。だが、そんな義人の表情を見たローガスは口元を意地悪く吊り上げた。


「“最高級”の鉄が作れるのはまだまだ先になりそうだが、“それなり”の鉄で良ければ作れたぞ?」

「え?」

「ちょっと待ってな」


 ローガスの言葉に、義人は表情を変える。ローガスはそんな義人に笑いながら、足早に部屋を後にした。そんなローガスの背中を見送り、義人は志信と顔を見合わせる。


「ということは……」

「成功ではないが、失敗でもないということか?」


 互いに首を傾げるが、現物を見るまでは何とも言えない。そうやって首を傾げていると、足取り荒くローガスが戻ってきた。片手で木の板を持ち、その上には少し黒みがかった物体が乗っている。


「ほらよ。今日作ったのはこいつだ」


 そう言って義人の前に謎の物体を差し出すローガス。義人は木の板ごとそれを受け取り、眉を寄せた。


「これが?」

「ああ。お前さんが渡した紙の通りに作ってみた『玉鋼』とやらだ」


 ローガスの言葉に義人は玉鋼をしげしげと眺めるが、実物を見たことがないため判断のしようがない。そのため、隣で玉鋼を見る志信へと話を振ることにした。


「志信は実物を見たことがあるんだよな?」

「ああ。しかし、俺が見たものと少し違うな……」


 酸化して表面が薄黒くなったソレを眺めつつ、志信は首を捻る。それを聞いたローガスは鼻を鳴らして口を開いた。


「一回で成功したら苦労はねえよ。だが、この方法で製鉄ができることはわかったんだ。“ソレ”だって、この国で出回っている鉄よりかは質が良いんだぜ?」

「え? 本当か?」

「嘘を言ってどうするよ? まあ、良いと言っても少しだがな。何度か作ればもっと上等な鉄ができるだろうさ」


 ローガスの言葉の意味を、義人はゆっくりと理解する。そして、理解した瞬間ガッツポーズを取った。


「よしっ! それじゃあ改良を頼むよ!」

「言われなくともそうするっての。まあ、一月もあれば上の下ぐらいの鉄が作れるようにしてやるさ。ドワーフの名にかけて、な」


 無邪気に喜ぶ義人に、ローガスは僅かに相好を崩す。良い鉄ができることに喜んでしまうのはドワーフとしての性分かと笑い、納得のいく鉄が完成したら剣でも作るかと僅かに思考する。刀でも良いが、ローガスの頭に浮かんだのは剣のほうだった。それでも鍛冶師としての考えを引っ込めると、いまだに喜んでいる義人に目を向ける。


「喜ぶのは良いが、材料はちゃんと届けてくれよ? 試行錯誤するにしても、材料がなければできないんだからな」

「わかってるって。他にも足りない物があったら用意するから、何かあったら知らせてくれよ」


 材料の量に対して取れる量が少ないが、高品質ならばそれに見合った値段で取引される。

 材料費や作業人員の給料を差し引いても、十分以上にお釣りが返ってくるだろう。あとはそれをどう取引するかだが、その辺りはアルフレッドにでも任せようと義人は内心だけで決める。今度行われる隣国レンシアの建国記念式典の際にどうにかやって売り込むのも手だが、今の段階では取らぬ狸の皮算用に過ぎないので義人は考えを打ち切った。

 考えることや覚えることが多くて目が回りそうだが、弱音を吐く暇もない。

 義人はローガスへと視線を向けると、軽く肩を竦めてみせる。


「それじゃあ、今日のところは帰るよ。また見にくるから」

「おう。どうせすぐには改良できねえだろうから、次は一週間後にでも来な」


 ローガスの口振りにカグラが口を開こうとするが、それを察した義人は苦笑しながら頷く。


「そうする。そんで、カグラは落ち着こう」

「……わたしは落ち着いています」

「ならいいや。ほら、帰るぞー」


 義人はカグラを押し出すように歩き出し、他の者にも声をかける。そんな義人の後ろに小雪を抱えた優希が続き、最後に志信が部屋を後にした。


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