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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第六十八話:ドワーフの鍛冶師

 義人達はなるべく人目を避けながら城下町の外れまで足を運んでいた。しかし、街中で誰一人として遭遇しないというのは不可能である。

 それでもなるべく人が少なそうな道をカグラが選んでいたのだが、どうしても人目につく。

 すれ違う人々が時折振り返るのは、おそらくカグラに見覚えがあったからだろう。中にはカグラが付き従う義人を見て、慌てて膝をつく者や平伏する者もいる。歳を重ねた者ほどそれが顕著で、義人としては祖父や祖母ほどの年配の者に平伏されるのは非常に心苦しいものがあった。


「んー……顔を隠すものでも持ってくれば良かったかな?」


 逃げるように歩く速度を速めつつ、義人は呟く。逆に注目を浴びそうなのですぐに内心だけで却下したが、道の脇でいきなり平伏されるのは勘弁願いたい。

 いっそ馬車でも使えば良かったかと僅かに後悔するが、そこまで移動距離がない上に馬車は乗り心地が悪いので使う気が起きなかった。

 義人は自分から斜め後ろに一歩引いた位置で歩くカグラに視線を向け、ため息の混じった息を吐く。


「どうかしましたか?」


 そんな義人の様子に、カグラは不思議そうな顔をした。

 一瞬、義人のため息を聞いたカグラの表情に僅かな怯えのような色が走ったが、義人がそれに気づく前に“それ”は霧散する。


「いや、やっぱりカグラは有名人だなーと思って」


 世間話のように話しつつ、義人は道行く人々を再度観察した。

 やはり『召喚の巫女』であるカグラは有名らしく、道行く人のほとんどが反応を示す。

 紅白の袴姿をした者など、この国ではカグラ一人しかいない。そして、そのカグラが付き従う者もこの国では一人しかいない。


「やっぱり顔を隠してくれば良かったかな?」


 先ほど内心だけで却下したことをもう一度口にして、義人は首を捻った。防犯、防衛上の問題として顔を隠すべきかと考えたが、今となってはすでに遅い。


「布で顔を隠す……いや、お面とか? 狐の面とか被ってたら格好良くね?」


 義人は狐のお面を被った自分の姿を想像してみるが、非常にシュールな光景である。王剣であるノーレを背負い、狐のお面を被った自分。それを想像した義人は『やっぱりこのままで良いや』と首を振った。


「必要ならば調達してきますが?」

「いや、いいっす。いらないっす」


 体育会系染みた台詞で断りながら、義人は背中のノーレを背負い直す。

 腰に提げるとバランスが悪かったので鞘に革で作った帯を取り付けてみたのだが、中々に背負いやすい。抜くのに少々難があるが、それは慣れ次第でどうにでもなるだろう。

 そうやって義人がカグラと世間話をしながら歩いていると、遠目に少し大きな建物が目に入った。周囲の家から三十メートルほど離れた場所に建てられ、大きさは城の横に作られた魔力回復の施設と同程度。煉瓦造りの壁に覆われ、屋根には何箇所か煙突が設置されている。それに気づいた義人は、確認の意味も込めて口を開いた。


「お、あそこか?」


 疑問を含んだ義人の声に、カグラは頷きを返す。


「そうですね。一応先に兵を向かわせておきましたが……」

「兵を? ああ、準備っていうのは訪問を伝えることか」


 城を出る前にカグラが言っていたことを思い出し、義人は納得する。しかし、先に向かわせたという兵士の姿が見えず、義人は首を傾げた。


「いないぞ?」

「……いませんね」

「中にいるんじゃないのか?」

「訪問の意を伝えたら外で待機しておくように言ったのですが……」


 すでに製鉄所の目の前まで移動したが、兵士の姿はない。義人はカグラと顔を見合わせるが、見合わせた瞬間カグラは気まずそうに目を逸らした。


「ん? どう……」


 どうした、と言おうとした瞬間、製鉄所の正面にある扉が荒々しく開く。そして中から兵士の格好をした者が三人ほど、転がるように飛び出てきた。


「下がってください!」


 それを見たカグラが瞬時に前へと出る。義人はカグラの声に押されるように後ろへと下がり、背中のノーレの柄へと手を伸ばした。しかし、転がり出てきた兵士はそのまま地面へと倒れ、動かなくなる。


「……なんだ?」


 動かなくなった兵士達を見て、義人が小さく呟く。カグラは油断なく、ゆっくりと兵士達へと近づいて兵士の様子を(うかが)った。


「どうやら気絶しているだけのようです。ひとまず手当てを」

「なんだぁ? まだ他にいやがったのか?」


 気絶した兵士を介抱しようとしたカグラの声を遮るように、大きく低い声が響く。それを聞いたカグラは再び警戒するように構えると、声がした方向……開いた扉のほうへと目を向けた。


「ったく鬱陶しい……ん? 城の兵士じゃねえな。誰だテメエら」


 不機嫌そうな声を出しながら、声の主が扉から出てくる。

 身長は優希やサクラよりも小さく、百三十センチ程。しかしそれに不釣合いなほどに筋骨隆々な体は、身長以上に大きく見える。その上目つきは鋭く、無精(ぶしょう)なのか黒い髪はボサボサで、口周りには(ひげ)が生えていた。


「ドワーフ……」


 元の世界で遊んだロールプレイングゲームでも登場するその姿を見て、義人は無意識に声を出す。それを聞いたドワーフは不機嫌そうに眉を寄せ、噛み付くように口を開いた。


「ドワーフだったら何だって言うんだ? 文句でもあんのか?」


 怒気のこもった声に対して、義人は首を横に振る。


「いや、本物が見れてちょっと感動したな、と」

「は?」


 怪訝そうな表情をするドワーフだが、いまだに警戒しているカグラを見て僅かに表情を変えた。少し驚いたようにカグラと義人を交互に眺め、無精髭が生えた顎へと手を伸ばす。


「その格好……そっちのは『召喚の巫女』か。ということは、テメエが……」

「テメエ? なんですかその口の利き方は!」


 “テメエ”と聞いた瞬間、今まで様子を見ていたカグラが遮るように大声を上げる。さっきのドワーフ以上に怒気がこもった声は、その感情を向けられたドワーフよりもカグラの後ろにいた義人のほうを硬直させた。


「ちょ、カ、カグラさん? 何もそんなに怒らなくても」


 あっさりと沸点を超えたカグラと今まで聞いたことないほどの大声に戦々恐々しつつも、義人は嗜めるように声をかける。だが、その言葉を聞いたカグラはドワーフから義人へと視線を移すと義人のほうへと詰め寄った。


「何を言ってるんですか!? ヨシト様はこの国の王なんですよ!? それを“テメエ”呼ばわりするなど!」

「わかったから詰め寄らないでくれ。いやむしろ詰め寄らないでください」


 至近距離まで詰め寄ったカグラの肩を押さえつつ、義人は割と本気で“懇願”する。しかしカグラは納得がいかないらしく、さらに言い募ろうと口を開いた。


「しかしですね!」

「俺は気にしないから! だから落ち着いてくれ!」


 言い足りなさそうなカグラを大声で遮り、義人は落ち着くように促す。カグラは納得いかないと言わんばかりの表情をしていたが、なんとか落ち着いたのか義人から身を引いた。


「すいません。取り乱しました」

「いや、別に良いけどさ……」


 落ち着いたらしいカグラにそう言うと、義人は内心だけで首を捻る。自身に対してこういった態度を取った者がほとんどいなかったため、カグラの反応に対してどういった言葉をかければ良いのかわからない。少なくとも国王に対して通常取り得る態度ではないことはわかるが、義人としては大して気にすることでもなかった。

 そんな義人とカグラの様子を見ていたドワーフは、少し思案して製鉄所の入り口に目を向ける。


「とりあえず、中に入りな。外で騒ぎ続けるわけにはいかんだろ?」


 ドワーフの言葉に、義人とカグラは目を合わせて頷いた。



 

 製鉄所の中へと足を踏み入れた義人達は、ドワーフの案内に従って休憩に使うための部屋へと案内された。義人が案内された部屋で椅子に座ると、カグラは警戒のためかその後ろに立つ。それを見たドワーフは、先ほどよりも険を和らげた顔で義人に視線を向けた。


「ちょっとここで待っててくんな。若いモンに、さっき叩きのめした兵士を介抱するように伝えてくるからよ」


 それだけを言い残し、ドワーフは足早に部屋から出て行く。カグラはそれを不満そうに見送り、その圧力を背中越しに感じた義人は苦笑しながら振り返った。


「だから落ち着けって。別に俺は気にしないし、俺がそういう性格だっていうのはカグラだって知ってるだろ?」

「ですが……」

「向こうだって、さっきよりは態度が柔らかくなったじゃないか」

「そういう問題ではありません。使いの兵士を叩きのめしたというのも問題です」

「何か叩きのめす理由があったのかもしれないだろ?」


 義人がそう言うと、カグラは不満そうに眉を寄せる。それを見た義人は、話題を逸らすべくからかうように口を開いた。


「それにしても、カグラもあんな大声で怒ることがあるんだなー。驚いたよ」


 苦笑混じりの義人の言葉に、カグラは一瞬言葉が詰まる。義人は今までの経験から『怒られるかな?』と内心身構えるが、その予想に反してカグラは義人から目を逸らした。


「そ、その……あれは……えと……」


 そして、小声で不安そうに呟く。不安のためか羞恥のためか、頬が僅かに赤い。義人は予想外のカグラの反応に、思わず焦りの感情を覚えた。てっきり『何を言ってるんですか』と呆れた顔をされるか、無言の笑顔で威圧されると思っていたためにその反動は大きい。


「い、いや、ごめん、冗談だから。だから気にしないでくれよ」


 どこかうろたえたようなその姿に、義人は一ヶ月ほど前の、“あの夜”のカグラを思い起こす。しかしすぐさま思考から追い出し、場を取り繕うように乾いた笑いを表情に貼り付けた。


「そ、それにしてもドワーフが想像通りの姿で驚いたよ」

「そう、ですか……」

「えっと、はい。そうなんです」


 いつもと反応が違うカグラに、義人は思わず会話を終了させてしまう。そしてそのまま口を閉じると、義人とカグラは互いに目を合わせた。


「…………」

「…………」


 会話もなく、互いに無言で見詰め合う。


「……アンタら、何してんだ?」


 そんな二人に声がかけられ、義人は弾けるようにそちらへと顔を向けた。視線の先にはドワーフが怪訝そうな顔で立っており、義人は慌てて口を開く。


「いや! なんでもない!」


 慌てる義人を怪訝そうに眺めつつ、ドワーフも椅子へと座る。それを見た義人は気持ちを切り替え、椅子に座り直した。


「それで、一国の王様が何の用があってこんなところにきたんだ?」


 敬語を使うわけではないが、先ほどよりは言葉が柔らかい。それでも義人は後ろのカグラから発せられるチクチクとした怒気に内心冷や汗をかくが、表面上は平静を装う。


「この前この製鉄所に頼んだことについて、ちょっと聞きたいことがあって来たんだ」

「この前? ……ああ、あの“たたら吹き”とかいう製鉄法か」

「そうそう。それで……っと、そういえば名前を聞いてなかった。俺は滝峰義人って言うんだけど、名前を聞いても良いかな?」


 話を進めようとするが、相手の名前がわからず義人が尋ねる。すると、ドワーフは僅かに眉を寄せた。


「……俺はローガス。タキミネヨシト、か。『召喚の巫女』が傍にいるってことは、この国の王なんだよな?」

「一応」

「証拠は?」


 ドワーフ……ローガスの言葉に、義人は僅かに考え込む。しかし、すぐに背負っていたノーレの鞘をつかんで引き寄せるとローガスのほうへと向けた。


「この王剣が証拠だな。俺以外には抜けないらしいし」


 義人がそう言うと、ローガスはノーレを手に取る。その際カグラが警戒するように義人の横へと移動するが、ローガスが呆れたような目をカグラへと向けた。


「そう警戒しなさんなって。その辺の兵士ならともかく、国王を叩きのめしたりはしねえよ」

「兵士を叩きのめすだけでも、城に連行する理由になるんですが?」


 威嚇するようなカグラの言葉を無視して、ローガスはノーレの柄を握る。そして剣を引き抜こうとするが、少しも抜くことができず感嘆したように目をノーレへと向けた。


「こりゃ本物だな……それにしても、“お前さん”は誰だ?」


 不思議そうな顔をするローガス。


『力任せに引き抜こうとしよって……もっとも、一目見ただけで妾の存在に気づいたのはさすが鍛冶に秀でたドワーフといったところかの』


 義人はローガスの言葉の意味を理解しかねたが、次いで響いた不機嫌そうな声に納得した。


「お褒めに預かり光栄だな。そんで、なんだこいつは?」


 ローガスは納得した義人に目を向け、その視線を受けた義人は苦笑混じりに答える。


「そいつはノーレ。この王剣に埋め込まれた擬似人格……だったっけ?」


 義人は以前ノーレ自身から受けた説明を思い出しつつ、自信なさげに答える。その説明を聞いたノーレは、ローガスにも聞こえるよう思念通話を発した。


『そうじゃ。妾は『風と知識の王剣』。今はノーレという名があるがな』

「擬似人格? こいつが?」

『……何か文句があるのか?』


 ローガスはノーレをマジマジと眺め、鼻を鳴らす。


「擬似人格、ねぇ。まあ、アンタがそう言うのならそれでいいがな」


 義人はどこか引っかかるようなローガスの口ぶりに疑問を覚えるが、それを遮るようにノーレを手渡してくる。義人はノーレを受け取ると、とりあえずノーレを引き抜いた。


「引き抜けるのは俺だけだし、俺が王ってことを信じてもらえるか?」

「ああ。そんな剣を作るのは現代じゃ無理だしな。それで、話は戻すが何の用だ?」


 話が元に戻ったことを確認すると、義人は肩を竦める。


「さっきも言ったけど、“たたら吹き”についてだよ。実践するのに難色を示しているって聞いて、その理由を聞きにきたんだ」

「……それだけか?」

「それだけって?」

「その理由を聞くためだけに、一国の王がわざわざ足を運んだってのか?」


 ローガスは懐疑的な視線を義人に向けるが、義人としてはそれ以外に理由がない。


「そうだけど……何かおかしいか?」


 義人が不思議そうな顔をすると、そこに嘘はないと判断したローガスがカグラへと同情的な視線を向ける。


「アンタ、こんな王を補佐するなんて苦労するだろ?」

「それがわたしの役目ですから」


 カグラはローガスの言葉に微笑みで返す。ローガスはため息を吐くと、足を組んで義人へと再度顔を向けた。


「ったく、当代の王は変わりモンだな」

「褒め言葉と解釈するけど……とりあえず、難色を示した理由を教えてもらっていいか?」


 義人がそう言うと、ローガスは懐から数枚の紙を取り出す。そしてその紙を義人に差し出すと、読むように促した。


「これは?」

「それはアンタのところから送られてきたもんだ。その“たたら吹き”とかいう製鉄法と、それに関する“命令書”だよ」


 命令書と聞いて、義人は紙面に目を通していく。“たたら吹き”に関しては義人と志信が書き上げたものだが、“依頼書”については臣下に任せていた。だが、目の前の“命令書”には一方的な命令が書かれている。


「俺は、人間に上から指図される覚えはねえ。だから“命令”なんぞ聞かん。さっきの兵士共もそうだ。ここに来るなり、偉そうに命令口調で話しやがって」

「だから叩きのめしたと?」

「ああ。うちの若いモンが暴れないうちにな。たしかに俺は魔物で、ここで働いている奴らは町のゴロツキみたいなもんさ。だが、だからといって一方的に命令をされる覚えはねえよ」


 悪びれずに答えるローガスに、義人はため息を吐く。


「まったく……“依頼書”を送ってくれって言ったのに何やってるんだか。いや、中身に目を通さなかった俺が悪いか」


 義人は困ったように目を閉じると、ローガスの言葉に同意するように頷いた。カグラは何も

言わず、義人のすることを黙って見ている。


「言い分はもっともだ。アンタみたいな人……いや、違うか。魔物がいてくれて嬉しいよ」


 ローガスの言葉を全面的に肯定し、義人は目を開けて表情を引き締める。


「それじゃあ、改めて“お願い”したい。俺に、手を貸してください。お願いします」


 そう言って義人は姿勢を正し、迷いなく頭を下げた。それを見たローガスは驚きで僅かに目を見開き、頭を下げた義人を数秒間見てから視線を逸らす。


「……頭を上げな。仮にも一国の王が、そう簡単に頭を下げんじゃねえ」


 どこか不機嫌そうな声に対して、義人は下げた頭を僅かに上げた。


「一国の王って言ってもアンタの、ローガスの言う通り仮の立場なんだ。それに、ドワーフの目から見れば俺はまだ生まれたてのガキみたいなもんだろ? そして、俺は“頼む”側の人間

だ。頭を下げるのは当たり前だよ」


 頭を下げたままでそう言うと、ローガスは何も言わずに立っているカグラへと呆れたような視線を向ける。


「こんな変わり者の補佐をするなんざ、苦労するだろ?」


 ローガスは、どこか楽しそうな声色に同情を混ぜてカグラへと尋ねる。カグラはその問いに対して、先ほどと同じように微笑んだ。


「慣れると楽しいんですよ」

「そうかい」


 言葉の通り、カグラは楽しそうに答える。義人は頭を下げたままで二人の会話を聞き、会話の切れ目に顔を上げた。


「それで……答えは?」


 僅かに緊張しつつ尋ねると、ローガスはカグラから義人へと視線を移す。そして少しばかり考え込んだ後、髭で覆われた口元を笑みの形に吊り上げた。


「命令ばっかりの気に食わねえ王様ならお断りだが、お前さんみたいな変わり者の “依頼”な

ら受けてやるよ。報酬はちゃんともらえるんだろうな?」


 軽口のようなローガスの言葉に、義人は笑みを浮かべて頷く。


「もちろんだ。上手くいったら特別手当てもつけるよ」

「なら交渉成立だ。明日から作業に取り掛かるから、様子を見に来るなり人を寄越すなりしな」

「わかった。それじゃあ、今日のところはこれで帰るとするよ」

「ああ……っと、さっきの奴らは気絶させちまって悪かったな。一発殴って気絶させただけだから、怪我はしてないと思うんだが」


 城から派遣された兵士を殴って気絶させるなど、本来ならば捕まってもおかしくはない。元の世界で言えば、職務質問をしてきた警察官を殴り倒すようなものだ。しかし、義人は苦笑しながら首を横に振った。


「一発で気絶したのか……あいつらには特別手当てを出しておくよ。あと、三人がかりで負けるなって言っとく」


 カグラの視線が背中に刺さっているのを自覚しつつも、義人はそう答える。ついでに少しばかりため息が聞こえたが、あえて気にしないことにした。


 


 ローガスの製鉄所を後にした義人は、カグラと共に城へ向かって歩いていく。気絶していた兵士達も目を覚まして義人の護衛をしようとしたが、カグラの指示で先に城へと戻っている。一撃で気絶させられたことに落胆しているのか、その足取りはかなり重そうではあったが。


「いやー、それにしても引き受けてくれて良かったな」

「そうですね」

「あとは明日以降に様子を見に行くだけだな」

「そうですね」


 夕日で赤く染まっている道を歩きながら、義人は話を振る。しかし、カグラから返ってくるのは機械的な言葉だけだ。


「あー……カグラ、怒ってるのか?」


 義人には思い当たる節はいくつもあるので、恐る恐る尋ねる。するとカグラはため息を吐き、小さく口を開いた。


「ヨシト様は甘いですよ……」

「それはローガスの言葉遣いに対してか? それともローガスが兵士に手を出して、それを許したこと?」

「存在全てです」

「そこまでいきますか!?」


 存在全てと言われ、義人は思わず驚愕する。そんな義人を見て、カグラは再度ため息を吐いた。


「他の者に示しがつきません……前々から同じようなことを言っている気がしますね」

「奇遇だな。俺も前々から同じようなことを言われていた気がするんだ」


 カグラとしては自分が何度言ったかわからないが、義人が“完全に”改めてくれたことはない。そのことを思い返し、カグラは僅かに頬を膨らませた。


「もう……ヨシト様も、たまにはわたしの言うことを聞いてくださってもいいじゃないですか」

「カグラの言うことはけっこう聞いてる気がするけどなぁ。まあ、前向きに善処する所存であります」


 政治家のようなことを言いながら、義人は小さく笑う。それを見たカグラも相好を崩すと、隣を歩く義人へ半歩分だけ距離を詰めた。


「明日は見に行くんですか?」

「どうかなぁ……それは仕事の量次第じゃないか? そろそろ農作物の収穫がピーク……一番大変な時期だし、それに関する書類がたくさん回ってくるだろうしなぁ」

「それもそうですね」

「だろ? まあ、仕事が少なかったら見に行くかな」


 王としての仕事を中心に考えてしまっている自分自身に対して、義人は苦笑する。


「そうですね。その時はまた、お供しますから」


 そんな義人に対して、カグラは嬉しそうな笑みを向けた。


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