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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第六十六話:白龍の子 その2

 翌日、義人は午前六時を知らせる鐘の音で目を覚ました。二ヶ月ほど前から始めた、志信達と行う早朝訓練に行くためである。

 そしていつも通り布団から出ようとして、眉を寄せた。


「……ん?」


 寝起きのためいつもより低回転な頭が、違和感を訴える。今までの、いつも通りの朝と何かが違う。


「はて?」


 僅かに体が重い。そう感じた義人は風邪でも引いたのかと首を傾げ、起き上がるために布団を押し退ける。


「キュクッ」


 ―――何か、いた。


「…………」


 押し退けた布団を元に戻す。押し退けたことで鳴き声上げたその“何か”を、とりあえず見なかったことにする。


「いやいや、待て俺。寝惚けてないから。幻覚や幻聴じゃないから」


 それでも義人は、自分の布団の中で幸せそうに眠っている白い幼龍……小雪について大急ぎで記憶を掘り返した。




 小雪が食事を所望し、それをアルフレッドから聞いた義人は食堂で何かを作ってもらうことにした。カグラやサクラもついてこようとしたが、そろそろ消灯時間である。義人達にはアルフレッドがついてくるため、護衛の必要はない。


「じゃあ、わたしが作るね? お肉が良いかな? それとも野菜?」


 食事の時間は終わっていたので調理を担当する者がいなかったのだが、そこは優希がいたため問題は無い。時折小雪のほうから腹の虫が聞こえ、義人は『龍も腹の虫が鳴るんだな』なんて妙な関心をしたものである。


「白龍とはいえ、赤子じゃからのう。生肉などでなければ大丈夫じゃろうて」

「じゃあ、今日の調理で余ってる分のお肉や野菜を炒めて使うね。義人ちゃんも何か食べる?」

「いや、食べ物はいいや。何か飲んどくから。アルフレッドは?」

「儂はお茶でも飲むかのう」


 物珍しそうに周りを見回す小雪を眺めつつ、義人とアルフレッドは食堂の椅子に座って雑談に耽る。


「しかし、刷り込みとはねぇ……」

「魔物とて生き物じゃからな。しかも龍種ともなれば、高い知性を持つ。産んだのは親の龍じゃが、育ての親は卵を拾って魔力を与えた者じゃ。魔力を与えていれば、卵が割れた時に最初に顔を合わせることになる。最初にヨシト王とユキ殿を見たこの子にとっては、二人が育ての親というわけじゃ」


 好々爺然とした笑みで小雪を見るアルフレッド。そんなアルフレッドの横で、義人は肩を竦める。


「そう言われても、魔力をあげたのはほとんど優希だしなー」

「それでも、刷り込んでしまったものは仕方なかろうて」

「……仕方ない、か。まあ、親の龍が引き取りにくるまでだしな」

「それが何ヵ月後、何年後になるかはわからんがのう」


 そう言って、アルフレッドが笑う。義人は匂いに釣られて厨房へと行きたそうにしている小雪を眺めつつ、ため息を吐いた。




 そこまで思い出した義人は、その後のことも次々と思い出していく。

 小雪が体に見合わぬ量の食事を平らげ、食費が(かさ)みそうだと肩を落としたこと。

 そして、食事が終わって部屋に戻ろうとして“とある問題”が浮上したことを。




「キュー……」


 食事を取った小雪は満足したのか、眠たげな声を漏らす。料理を食べるために机の上に乗っていたのだが、満腹になって今度は眠くなったのだろう。自身の体積と同程度の料理を食べたことで“文字通り”丸くなった体をさらに丸めて眠ろうとしている。


「いや、この小さな体のどこに入ったんだ?」


 義人は丸くなった小雪を不思議そうに眺めつつ、リンゴに似た味のするジュースを口に含んだ。ついでに小雪の膨れたお腹を指で(つつ)こうとしたが、今にも破裂しそうなので実際に突くことはない。

 そんな義人の行動と眠りかけの小雪を見て、アルフレッドは楽しそうに笑った。


「よく食べよく寝る。それが赤子の仕事じゃよ。起こすでないぞ?」

「ついでによく泣くのも赤ん坊の仕事、と。夜泣きとかするのか?」

「夜泣きは……どうかのう? 大丈夫じゃとは思うが」

「一応、餌用に果物をいくつかもらっておこう。優希、何かないか?」


 義人は小雪が食べた後の皿を厨房に持って行きつつ、優希に尋ねる。それを聞いた優希は傍にあった棚を漁り、青リンゴに似た果物を取り出した。


「『カロの実』が何個かあるよ。これで良い?」 

「食べられるものなら大丈夫だろ。三つぐらいもらっていくよ。あとついでに、眠った小雪を入れていく箱はないか? 腕で抱きかかえて持っていくと、起きそうだし」

「ベビーベッド?」

「そんな上等なものはないだろ? あ、これはどうだ?」


 手に持った皿を水場へと置き、義人は今まで『カロの実』が入れてあったカゴを手に取る。

カゴは(つる)を使って編まれており、形は箱型。持ち運びがしやすいように取っ手もついており、大きさも小雪が体を伸ばしても大丈夫なほどあるため申し分ない。


「あとは座布団でも入れておけば即席ベッドになるだろ。その辺にないか?」

「休憩用の座布団ならあるよ」


 そう言って優希が示した先には、木造りの椅子に備え付けられた座布団が四枚ほどある。ところどころに破れた生地を繕った跡があり、年季を感じさせる座布団だ。それを見た義人は、長年使われたであろう座布団を見ながら首を捻る。


「休憩用……借りていって大丈夫なんだろうか? いつも使っていたものがなくなってたら、俺は嫌なんだけど」

「明日戻しておけば大丈夫だと思うけど……新品じゃなくて良いのかな?」

「むむ、たしかに使い古しの座布団よりも、新しい座布団のほうが良いか。よし、それじゃあ新しい座布団を……って、別に座布団じゃなくても良いや。丁度良さそうなやつがあればそれで」

「それじゃあ裁縫室から取ってくるね」


 どこか楽しそうに言い残し、優希は食堂から出て行く。義人はそれを見送ると、カゴを手に持ってアルフレッドが座る席へと足を運んだ。すると、アルフレッドは義人を見ながら小さく笑う。


「……いきなり人の顔を見て笑うのはどうかと思うんだけど」


 何かおかしいところがあるのかと言いたげな義人に対して、アルフレッドは小雪を起こさないよう声に出さず笑った。


「いやなに、先ほどは面倒そうな顔をしていたのに、きちんと小雪の面倒を見ようとするのが微笑ましくてのう」


 まるで孫の成長を楽しむ祖父のような笑みに、義人は目を逸らして頬を掻く。


「そりゃまあ、刷り込みとはいえ育ての親になるんだしな。ペット……愛玩動物ってわけじゃないし、あれほど懐いてくれる小雪を(ないがし)ろにはできないさ」


 照れ臭さを隠すように素っ気無く言い、義人はテーブルの上で気楽そうに眠る小雪の傍にカゴを置いた。そして軽く撫でてみるが、小雪が起きる様子はない。


「魔物って言っても、可愛いもんだな」

「賢そうじゃしのう」


 義人はアルフレッドと適当に雑談しつつ、時間を潰す。すると手に座布団を持った優希が食堂へと戻ってきた。


「丁度良いのがあったよ。これで良いよね?」


 そう言って、優希は丸型の座布団を義人へと手渡す。座布団を受け取った義人は、手触りを確認してカゴへと入れる。


「お、中々良いんじゃないか? 十分に簡易ベッドとして使えそうだ」


 カゴに丁度良く収まった座布団を見て、義人は満足そうな声を漏らす。そして起きないようにゆっくりと小雪を持ち上げ、座布団の上へと下ろした。小雪は僅かに身動ぎをするが、寝易い体勢を見つけたのかすぐに熟睡へと戻る。


「よしよし、バッチリだな」

「ぐっすりと寝てるねー」


 丸まって眠る小雪を眺めつつ、義人と優希は小声で言葉を交わす。すると、義人は何かに思い当たったのか眉を寄せた。


「そろそろ部屋に戻るけど……小雪はどこで寝かせれば良いんだ?」


 義人がそう言うと、アルフレッドが苦笑する。


「それはもちろん、ヨシト王かユキ殿の傍じゃろうな。もちろん、二人が傍で一緒に寝てあげ

るのが一番だと思うがのう」


 否。苦笑して、爆弾を落とした。


「一緒にねぇ……一緒に?」


 義人はそのまま頷きかけて、前言を反芻(はんすう)する。そして数秒間硬直すると、大声で突っ込みを入れようとした。


「義人ちゃん、大きな声を出すと小雪が起きちゃうよ?」


 だが、それは優希の言葉で停止する。


「う、ん……そう、だな。いや、ごめん。アルフレッドが変なことを言うから」

「はて? “変”とは?」


 義人の狼狽を楽しそうに眺めつつ、アルフレッドは(とぼ)けてみせた。義人はそれに対する説明を口にしようとするが、すぐに口を閉じる。


「いや、やっぱり何でもない。うん、何でもない。とにかく、小雪をどうするかを決めようじゃないか」


 平静を装った義人がそう言うと、優希が頬に手を当てながら首を傾げた。


「義人ちゃんかわたしの部屋で寝かせれば良いんじゃないかな?」

「やっぱりそうなるか」

「それとも……」


 頷く義人に、優希は楽しそうな笑みを向ける。


「アルフレッドさんの言う通り、一緒に“寝てあげる”?」


 一緒に寝るではなく、寝てあげるという言葉に義人は一瞬頷きかけた。しかし、頷こうとした首を無理矢理横に振る。


「……いや、それはまずいだろ。色々と」

「昔は一緒にお昼寝したこともあるのに?」

「それはお互いに小さい時のことだろ? 小雪もぐっすり眠ってるから朝まで目を覚まさない

だろうし、今夜はひとまず俺の部屋で寝かしとくよ。何かあったらノーレに聞くし、な?」

「んー、残念」


 焦りながら言い募る義人を見て、優希は渋々首肯した。アルフレッドそんな二人の会話を楽しげに聞いていたが、二人を促すように小さく咳払いをする。


「そろそろ眠らねば、明日起きるのが辛くなるかもしれん。何かあれば遠慮せずに儂を起こして構わんから、ひとまず部屋に戻らんか?」

「それもそうだな。それじゃあ、今日のところはここまでにしよう。とりあえず今日のところは俺の部屋で寝かせて、何もなければ明日は優希の部屋で寝かせてみるか」


 そう言って、義人は小雪が寝ているカゴを持ち上げた。




 その後は寝室に戻って机の上にカゴを置き、眠りについた。そこまで思い出した義人は、机の上に置いたカゴを一瞥(いちべつ)して小雪へと視線を落とす。


「なんで俺の布団に潜り込んでるんだか。あー……どうすっかねぇ。志信のところに行く前に、優希の部屋に寄って渡してくるか? でも起こすのも悪いしなぁ。まだ寝てるようだし、このまま寝かせておくか?」


 スヤスヤと眠っている小雪を見ながら、義人はどうするべきか思案する。


「カゴのほうで寝かせて、優希の部屋に連れていくか? ……うん、そうしよう」


 即断即決して、義人は小雪をカゴに移動させるべく持ち上げた。


「キュク?」


 それと同時に、小雪が目を開く。緑色の透き通るような目で義人の姿を認め、今度は嬉しそうな声を上げる。


「キュクッ」

「ああ、うん。おはよう」


 義人はそれを挨拶だと勝手に解釈すると、ひとまず挨拶を返した。そして、小雪をベッドへと下ろす。


「キュー、キュル?」


 すると小雪は周りを見回し、首を傾げた。その動作を見た義人は、小雪の頭を撫でながら口を開く。


「優希はここにはいないんだ。もう少ししたら会えるからな。あ、それとも今会いたいのか?」


 言葉が通じるのかわからなかったが、義人はとりあえず話しかける。すると小雪は小さな翼を二回羽ばたかせた。


「え? あとでいいのか?」

「キュ」


 その動作を適当に解釈して尋ねると、小雪は肯定するように鳴き声を上げる。義人は感心したように何度も頷き、小雪に向かって右手を向けた。


「俺は今から志信……友達と一緒に体を動かしてくるけど、小雪も来るか?」

「キュク!」


 元気良く一鳴きすると、小雪は義人の腕を駆け上がって頭へとよじ登る。そんな小雪に対して、義人は苦笑した。


「まずは着替えるから、頭の上に乗られても困るんだけどな」


 そう言って優しく小雪を下ろし、義人は着替えに取り掛かる。そして志信にどう説明しようかと考え、小さく笑った。


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