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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第六十五話:白龍の子

 夕食を終えたカグラは、サクラと共にアルフレッドの部屋にいた。

 カグラの部屋と同じく、最低限必要なものしか置かれていない殺風景な部屋で三人は気の向くままに談笑している。

 時折ミーファも交えて話すことがあるのだが、今回彼女の姿はない。アルフレッドはサクラに淹れてもらったお茶が入った湯飲みを口に運ぶと、軽く飲んで好々爺然とした笑みを浮かべた。

 普段飲まれているお茶の葉は極東の国ジパングから輸入し、カーリアで栽培しているものの一つである。アルフレッドなどは何百年も飲み続けているのだが、少しずつ品種改良が進んでおり飽きることがない。


「ふむ……相変わらずサクラの淹れてくれたお茶は美味いのう」

「そうですか? えへへ……嬉しいです」


 アルフレッドの言葉に、サクラが嬉しそうに笑う。そんなサクラの歳相応の笑顔を前に、アルフレッドは笑みを深くする。それはさながら、祖父と孫の会話のようだった。アルフレッドとサクラの様子を見ていたカグラは、穏やかに微笑む。

 アルフレッドはカグラとサクラにとっては師であり、祖父のような存在だ。サクラは途中までだったものの、幼い頃から鍛えられた縁と絆がある。

 反対に、カグラとサクラはアルフレッドにとっては弟子であり、孫か子のような存在だ。もっとも、弟子という要素を除いてしまえばアルフレッドにとってこの国すべての人間が孫か子のような存在になるのだが。

 そうやって三人で他愛も無い話をしていると、不意にアルフレッドが口を閉ざして表情を引き締める。それを見たカグラは、何事かと口にしようとして眉を寄せた。


「これは……魔力ですか?」


 多少の違和感を感じ、カグラはそう呟く。それに遅れること数秒、サクラもカグラの言ったことに気づいて表情を引き締めた。


「そのようじゃのう。ふむ、カグラとサクラも成長したものじゃ。しかしこの魔力はどこから出ておるんじゃ?」


 通常、魔力というものはあまり感知できない。できたとしても魔法などを使って魔力が体の外に出ていなければ感知できず、その上魔力量の大きさは大雑把にしかわからない。『魔計石』を用いるかノーレのように魔力に敏感でないと正確な判断はできないのだ。

 しかし今、カグラ達は正確に魔力を感じ取ることができた。それは誰かが魔力を使ったことを示すのだが、そこまで思考が行き着いた瞬間、カグラは椅子から立ち上がる。


「カグラ様!?」


 サクラが声をかけるが、カグラは答えない。突風のような速さでアルフレッドの部屋から飛

び出し、見回りの兵士が驚くのを無視して疾駆する。

 ここ最近は平和だったため、気が緩んでいた。そのことに後悔しつつも、カグラは絨毯張りの廊下を走り抜けていく。

 顔色を変えて走り去ったカグラを呆然と見送ったサクラは、気を取り直すと慌ててカグラの後を追おうとする。アルフレッドは立ち上がりつつ、長い付き合いがあるサクラに声をかけた。


「急ぎすぎて転ぶでないぞ?」

「こ、転びませんよ! 昔じゃないんですから!」

「なら良いが……」


 僅かに顔を赤くして反論するサクラに、アルフレッドは時の流れを感じて苦笑する。

もっとも、急いだサクラがアルフレッドの予想通り転ぶことになるのだが、この時のサクラはまだ知らなかった。




 パキリ、パキリと音を立てながら、徐々に卵の上部にヒビが入っていく。さすがに義人も興味を惹かれたのか、誰かを呼びに行くという考えは頭の中からなくなっていた。


『さすがは龍種じゃな。僅かとはいえ、漏れる魔力が濃いわ』


 ヒビが入った卵を義人と優希が見ていると、ノーレがそんなことを呟く。それを聞いた義人は、卵から目を離さずに口を開いた。


「すごいのか?」

『何がどうすごいのかと聞いておるのかわからんが……並の魔物ではないことはたしかじゃな』

「へぇ……」


 感心するように頷くが、その間にも卵のヒビは広がっていく。中から外へと出ようとしているのか、卵は暴れるように左右に揺れる。優希は黙して語らず、ただ卵の様子を見るだけだ。

 余程卵の殻が硬いのか、ヒビは少しずつしか広がらない。だが、それでも確実に少しずつ広がっていた。


「割ったら駄目か?」


 半分冗談、半分本気で義人が尋ねる。すると、ノーレは呆れたような声を漏らした。


『自分で割らせるべきじゃろう。何、そろそろ割れるじゃろうて』


 ノーレの言葉を肯定するように、天辺(てっぺん)部分の卵の殻が割れて転がり落ちる。ここまでくると義人も口を閉じ、優希と並んで卵を見ることにした。

 一部分とはいえ穴が開き、中にいるであろう幼龍(ようりゅう)はその穴を基点にさらに卵を割っていく。


「お……」

「わぁ……」


 思わず、義人と優希は感嘆に似た声を漏らす。徐々に卵の殻が割れ、三分の一ほど割れたとき“ソレ”は姿を見せた。

 一目見た義人と優希が同時に思い浮かべた言葉は、純白。一点の汚れもない、雪のような白い繊毛(せんもう)に覆われた皮膚。背中には小さいながらも双翼が生え、小さい四肢の先では爪が鈍い光を映す。大きさ自体は割って出た卵よりも小さく、三十センチにも満たない。

 龍と呼ぶにはどこか頼りないものの、それでもなんとか卵から這い出ると、閉じた目をゆっくりと開いていく。


「思ったよりも小さいな」

「でも可愛いよ?」


 そして、目の前で己を見ながら会話する存在に気がついた。幼龍は、緑色の目でその存在を認識すると僅かに首を傾げて声を上げる。


「キュ?」

「あ、今鳴いたぞ。産声か?」

「産声かなぁ……」


 二人がそう言うと、幼竜は四足歩行で義人のほうへと近づく。そして義人を見上げると、再度鳴き声を上げる。


「キュー……キュク?」

「なんて言ってるんだ?」

『さすがに妾もわからんが……別に敵意を持っているというわけでもなかろうて』


 義人が眉を寄せるが、当然龍の言葉などわかるわけもない。幼龍は義人を見ると、今度は優希のほうへと近づく。


「どうしたのかな?」


 そう言って優希が手を伸ばすと、幼龍は不思議そうな目で優希を見上げた。そのまま義人と優希を交互に見ると、小さな四肢で跳躍して優希の腕へと飛びつく。そして、優希が驚きの声を上げる前に肩まで一気に登った。


「ちょっと、いきなりは驚くなぁ……」


 自身の肩に登った幼龍を見ながら、優希は苦笑する。そんな優希の苦笑をどう見たのか、幼龍は首を傾げた。


「中々元気が良さそうな……おっと!」


 義人が口を開くと、幼龍は義人のほうへと跳躍する。義人はいきなり跳んできた幼龍を受け止めると、幼龍は義人の肩へと登った。そして楽しそうに一鳴きすると、再び優希のほうへと跳躍する。

 優希は今度は慌てずに幼龍を受け止めるが、幼龍は楽しそうな様子で再び義人のほうへと跳び移った。


「キュ、キュ、キュクー」


 まだ翼を使って飛ぶことができないのか、幼龍は四肢を使って義人と優希の間で跳躍を繰り返す。

 体重は軽く、重くはない。ただ、楽しそうな様子で自分達にまとわりつく幼龍に対して義人は苦笑染みた笑いを漏らした。


「どうしたんだろうな?」


 思わず義人がそう言うと、それを聞いた幼龍は動きを止めて寝室の扉へと顔を向ける。つられたように義人も扉へと目を向け、どうしたのかと幼龍に問いかけようとした瞬間、


「ヨシト様!」


 蹴り破る勢いで、扉が開いた。


「い、いきなりどうしたんだ? 何かあったのか? 俺が何かしたか?」


 扉を開けた人物……カグラの剣幕に少々驚きつつも、義人が尋ねる。カグラはその問いに答えず、警戒しながら寝室を見回す。カグラに十秒ほど遅れてサクラとアルフレッドも姿を見せ、カグラと同じように周りを見回した。


「グルルルルル……」


 そんなカグラ達を見て警戒したのか、幼龍が翼を広げながら威嚇の声を出す。ただし、義人と優希の後ろに隠れてだが。


「……あれ?」


 カグラは幼龍の姿を見ると、険しい表情を呆気に取られたように変える。続いて視線を割れた卵に向け、さらに後方のアルフレッドへと目を向けた。


「孵化する際に、卵の内側にあった魔力が漏れただけのようじゃな。あれだけ濃密な魔力が溢

れれば、勘違いするのは仕方ないわい」


 目を向けられたアルフレッドが淡々と答え、そのまま言葉を続ける。


「それにしても……ふむ、見た限り産まれたのは白龍の子かのう」


 いまだに警戒している幼龍を見て、アルフレッドは僅かに感嘆の滲んだ声を漏らした。


「白龍? なんだそれ?」


 アルフレッドの声に疑問を向けつつ、義人は足元で唸り声を上げている幼龍を持ち上げる。そして落ち着かせるように頭を撫でると、幼龍は警戒状態を解いて嬉しそうに一鳴きした。


「龍種にも様々なものが存在するのは知っておるじゃろう? 白龍もその中の一つじゃが、個体数が少ない龍種の中でもその存在は非常に珍しい。魔物の中では最上級に位置する龍種じゃ」

「へぇ、そりゃすごい……のか?」

「すごいも何も、儂ですら実物を見たのは初めてじゃぞ? もしかしたら違う龍種なのかもしれんが、外見が白い龍など他に聞いたことがないわい」


 そう言って幼龍を見るアルフレッドから視線を外すと、義人は腕の中に抱えた幼龍に目を向ける。


「お前すごいやつなんだな?」

「キュク?」


 義人の言葉に答えたのか、幼龍は鳴き声を返す。そんな義人と幼龍を見たカグラは、気が抜けたように大きな息を吐いた。


「いきなり巨大な魔力が発生したから驚きましたよ……何か、あったのかと」

「いや、ごめん。呼びに行く暇がなくて」


 左肩から右肩へと移動する幼龍が落ちないよう支えつつ、義人は小さく頭を下げる。幼龍は支えていた義人の腕に頭をこすりつけると、優希のほうへと跳躍した。


「とりあえず、割れた卵の殻は片付けて良いのでしょうか?」


 メイドとして気になるのか、サクラが掃除道具を取りに行こうとする。アルフレッドはそんなサクラに苦笑を向けると、首を横に振った。


「龍の卵の殻は貴重な魔法具の材料になるし、他にも様々な用途があるからのう……片付けるのではなく、保存しておいたほうが良いじゃろう」


 アルフレッドがそう言ってサクラに指示すると、それを聞いた義人は興味を惹かれたのか足元の卵の殻の欠片(かけら)を拾い上げる。


「これって珍しいのか?」

「龍自体が珍しいからの。白龍の卵の殻ならば、高値で取引されるじゃろう」

「ふーん……財政が本気で危なくなったら売ろうかな、なんて」


 冗談混じりに呟き、指先でつまんだ欠片をしゃがんで元の場所へと戻す。すると幼龍がその背中へと飛びつき、勢いをそのままに義人の頭へと着地した。


「おっとっと……本気で元気が良いな。雄か?」


 頭に乗った幼龍を片手で捕まえ、引き剥がす。そして跳び回らないように抱きかかえると、幼龍は暴れることなく義人の腕の中で丸まった。


「抱きかかえたら大人しくなった……雌か? いや、魔物の性別なんてわかんないけどさ」

「ふむ……どれどれ」


 義人が首を捻っていると、アルフレッドが前へと歩み出る。そして幼龍を凝視すると、好々爺染みた笑みを浮かべた。


「性別は雌じゃな。いや、女の子と言うべきかの?」

「へぇ、わかるんだ?」


 あっさりと断言したアルフレッドに感嘆の声を上げる義人。アルフレッドはそんな義人に対して、小さく首を振ってみせる。


「同じ魔物同士じゃからのう。種族が違っても顔を見れば性別くらいはわかるわい。ヨシト王とて、こちらの世界の人間でも顔を見れば性別はわかるじゃろ?」

「そりゃわかるけどさ、そんなものなのか?」

「そんなものじゃよ。して、名前はどうするんじゃ?」

「名前? あー……呼ぶときに困るし、やっぱりいるよなぁ」


 義人は自分の腕の中で丸まっている幼龍を見下ろし、眉を寄せた。そしてそのまま優希のほうへと振り返り、幼龍を手渡す。


「卵に魔力をあげたのは優希だし、名前を付けるのは優希に任せるよ」

「わたしに?」


 幼龍を手渡された優希は、僅かに身じろぎする幼龍を見下ろしながら目を瞬かせる。それでも優希が白い繊毛に覆われた皮膚を撫でてみると、心地良いのか幼龍は小さな鳴き声を上げた。


「可愛い……ねえ、義人ちゃんはどんな名前が良いと思う?」

「俺? いや、だから優希に任せるって」

「義人ちゃんの意見も聞きたいな」


 幼龍を撫でながら尋ねてくる優希から目線を外し、義人は(あご)に手を当てる。


「そうだなぁ、ドラゴンだからアルフレッドみたいに日本人っぽくない名前かな? いや、待てよ。ドラゴンじゃなくて龍として考えると日本人っぽい名前が良い気もする」


 どうでも良いことだが、喋る義人の表情はいたって真面目である。義人は顎に手を当てたまま、体を丸めた白い幼龍を見て口を開く。


「雪玉……大福餅……ケサランパサラン?」

『最後のはいまいちわからんが、お主は自分にそんな名前がついて嬉しいか?』

『いえ、冗談っす。そんなわけないっす。真面目に考えてますとも』

『妾に『オウケン』などという戯けた名前をつけようとした奴がよく言うわ』


 いまだに覚えたらしい不機嫌なノーレの声に、義人は思念通話で必死で謝る。それでも表面上は真剣に考えているように真面目な表情を作り、先ほどの冗談から一つの言葉を拾い上げた。


「雪、かな」


 丸まった白い幼龍を見ながら、ポツリと呟く。


「ん? 呼んだ?」


 それに反応する“優希”。義人は苦笑すると、片手を振った。


「優希じゃなくて雪……紛らわしいな。その龍が丸まったところを見ていたら、雪玉を連想してな? 見た目も雪みたいに真っ白だし」


 紛らわしいと笑う義人に対して、優希は楽しそうに頷く。


「雪……うん、いい。見た目も白くて雪っぽいし、ちっちゃいから小雪かな?」


 優希が“小雪”と呼ぶと、丸まっていた幼龍が顔を上げて首を傾げる。それを見た優希は、幼龍の頭を撫でた。


「その名前で良いの? 小雪で良いかな?」

「キュクー……キュ?」


 わかっているのかいないのか、小雪と呼ばれた幼龍は翼を二回ほど羽ばたく。義人はその様子を眺めつつ、アルフレッドに話を振る。


「人間の言葉がわかってるのか?」

「どうかのう? 白龍ほどの魔物になれば、生まれてすぐでも理解しているのかもしれんが……」

「頭は良いんだ?」

「良い悪いで言えば、間違いなく良いじゃろうな。魔力も龍種らしく膨大な量を持っておるようじゃし、卵を産んだ親の龍はかなりの大物かもしれんのう」

「へぇ……」


 名前が気に入ったのか、呼ばれるたびに鳴き声を上げる“小雪”を見ながら義人は少しばかり思案に(ふけ)る。 


「どうしたんじゃ?」


 黙りこんだ義人が気になったのか、小雪を見ながらアルフレッドが尋ねた。すると、義人は肩を竦める。


「いや、今は小さいから小雪でいいけど……大きくなってからも小雪でいいのかなー、なんて」


 どうでもいいことだけどな。苦笑しながら最後にそう付け足した義人に、アルフレッドも苦笑する。


「本当にどうでもいいわい」


 二人して、苦笑し合う。すると義人に名前を呼ばれたと勘違いしたのか、小雪が義人のほうへと跳躍した。義人はなんとか受け止めると、小雪の頭を軽く撫でる。


「おっとっと……いきなり跳びつくと危ないぞ?」

「キュ?」


 義人の言葉に首を傾げる小雪だが、何かを訴えるように翼を羽ばたく。ついでに前脚で義人の腕を叩き、何度も鳴き声を上げた。


「鳴かれても何を言いたいのかわからないなぁ……アルフレッドならわかるか?」


 そう言つつ義人が小雪を見せると、アルフレッドは小雪の鳴き声と奇妙な動作を見て微笑ましそうに笑った。


「『お腹が空いた』そうじゃ。普通なら親の龍が餌をあげるところじゃが、この子は『龍の落とし子』じゃからのう。親代わりであるヨシト王とユキ殿に食べ物を求めているのじゃろう」

「あ、食べ物か。孵化したばっかりなのに、もうお腹が空いてるんだな……って、ちょっと待ってくれ! 今、聞き捨てならないことを聞いた気がするんだけど?」

「はて? 何かおかしなことを言ったか?」


 思い当たる節がないのか、アルフレッドは顎鬚(あごひげ)を撫でながら首を傾げる。


「親代わりって言わなかったか?」

「言ったのう」

「……何故に?」

「孵化したとき、最初に顔を合わせたんじゃろう? 鳥と一緒でな。魔物の中には『刷り込み』をする魔物がいるんじゃよ」

「『刷り込み』って、初めて見たものを親だと思うってやつか?」


 刷り込み、刷り込みと呟きながら腕の中の小雪を見ると、そんな義人の言葉に反応したのか小雪が顔を上げた。そして非常に澄んだ、綺麗な緑色の目で義人を凝視する。


「キュル?」

「うっ! そんな純真で円らな目で見られると、自分が酷く汚れてるような気がしてくるから不思議だぜチクショー! ……いや、違う違う。本当に『刷り込み』が起きているのか試さないと」


 軽くボケつつ、義人は小雪を机の上に置く。

 そして義人が優希と共に机から離れようとすると、小雪はすぐに机から飛び降りて義人達のほうへと駆け寄った。


「ちょ、反応が早すぎないか? いやいや、偶然かもしれないし……よし。優希、小雪を中間に置いて同じタイミングで反対方向に移動するぞ」

「あ、うん。ほら、良い子にしてね?」


 今にも跳びつきそうな小雪を撫でつつ、優希が答える。小雪は撫でられて嬉しいのか、翼を羽ばたかせながら鳴き声を上げた。


「それじゃあ、スリーカウントで同時に離れるぞ? 三……二……一……ゼロ」


 ゼロという合図に合わせ、義人と優希は同時に小雪から離れる。互いに反対方向へと進み、小雪を中心にして義人と優希は五メートルほど離れた。


「キュ、キュク?」


 小雪はそんな二人を交互に見ると、困惑したような声で鳴く。どちらに行けば良いのかわからないのか、義人のほうへと二、三歩近づいては優希のほうへと引き返し、優希のほうへと近づいては義人のほうへと引き返す。


「キュー……」


 そのままオロオロと移動し続け、最後には困惑を通り越して泣くような鳴き声を上げた。

 それを見た優希は、小雪の傍へと歩み寄って軽く膝をつく。


「意地悪してゴメンね? ほら、おいで」

「キュク!」


 声をかけてきた優希に嬉しそうな声を上げ、小雪は優希の肩まで一気に登る。そして、そんな優希達から少し離れたところで義人は壁に手をついていた。


「本当に刷り込んじゃってるよ……何あの反応? 庇護欲がものすっごい刺激されたんですけど」


 壁に向かって何事かを呟く義人に苦笑しつつ、アルフレッドが歩み寄る。


「赤ん坊じゃからのう。それで、コユキの食事はどうするんじゃ?」

「ああ、そうだった。えっと、龍の赤ちゃんって何を食べるんだ?」

「基本的に何でも食べるはずじゃぞ?」

「それじゃあ食堂に行って何かもらうか……あ、カグラとサクラは警戒させちゃってごめんな? 危険はないみたいだし、今日はもう休んでくれよ」


 義人は事の成り行きを見ていたカグラとサクラにそう言うと、小雪を撫でている優希へと視線を向けた。そして、小さくため息を吐く。


「アルフレッドはついてきてくれないか? 何かあったら困るし」


 疲れたような義人の声に、アルフレッドは笑いながらも頷いた。


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