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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第六十三話:現代人会議と王剣の不満

「はい。というわけで、会議を行いたいと思います」


 その夜、義人は優希と志信を前にそんな口上から話を始めた。

 場所は執務室の傍にある会議室で、当然のことながら義人以外の現代人の出席者は優希と志信の二人だけである。

 他にもアルフレッドやカグラ、そしてサクラがいるが、最初の二人はこの世界の人間として意見を聞くためで、サクラはメイドとしての役割を全うしていた。ちなみにノーレもいるが、カグラやアルフレッドと同じくこの世界の意見をする役である。


「議題は『この国に今あるものを、どうにか改良できないか』ということ。交易に使えそうなものが望ましいかな。あと、意見は遠慮なく言ってほしい。何か閃くかもしれないから」

「改良ということは、新しい物は作らない……いや、“作れない”のか?」


 義人の言葉に、志信が疑問を示す。その意図を汲み取った義人は、苦笑混じりに頷いた。


「技術力が足りないんだよ。構造が複雑な物は無理だし、形だけ真似しても意味がない。かといって、構造が簡単でこの国にないものっていうのも中々ない。だから、今ある物を、今ある技術で改良するのが精一杯なんだ」


 そう言いつつ、義人はもう少し元の世界で様々なことを勉強しておけば良かったと僅かに悔やむ。テレビや本、インターネットなどから様々な知識を覚えてはいたが、それはまさに雑学に過ぎない。

 それでも、歴代の王に比べれば遥かに知識量は多いだろう。昔と違い、今は様々な情報を簡単に調べることが可能だ。インターネットで検索でき、図書館に行けば大量の本もあり、テレビでも色々な番組が放送され、身の回りには多くの情報が溢れている。しかし、この世界では当然利用できない。利用できるのは、すでに頭の中に入っている知識だけとなる。


「そして、俺達にとって問題なのが魔法や魔物の存在だ。元の世界ではゲームや小説の中にしか登場しなかったものが、本当に存在している。これらの要素も交えて考えなくちゃいけないんだ」


 そう言葉を締めくくった義人に対して、優希が小首を傾げながら口を開く。


「この国の技術で可能ならどんなものでも良いの?」

「可能なら良いけど……何かあるのか?」

「んー……わたしでもできそうなのは、新しいお菓子を作るとか、元の世界の服をこっちの世界用に改良するぐらいかな?」

「お菓子に服か、それならたしかに可能だな。この世界にない作りの服とかだったら、他国も興味を持つかもしれないし。ちなみに、何か案はあるのか?」


 お菓子なら保存方法も考えなければ。そんなことを考えつつ、義人は気軽に尋ねる。すると、優希は膝に乗せた卵を撫でながら、僅かに頬を赤く染めて笑った。


「義人ちゃんのエッチ」

「何で!? 今の会話のどこにそんな要素があったんだ!?」


 優希の言葉に本気で驚く義人だったが、なんとか気分を落ち着けて今の会話と優希の反応から何が悪かったのかを考える。

 周りを見てみれば、志信やアルフレッドなど他の男性組も不思議そうな顔をしていた。続いてカグラとサクラを見るが、同じように不思議そうな顔をしている。


「よくわからないけど、優希の作りたいように作ってくれ。というか、この国の技術でもちゃんと作れるものなのか?」

「作ることはできると思うけど、この国でみんなが使い始めるまで時間がかかるかも。でも、あったほうが良いと思うよ」

「あったほうが良い……俺とか志信も持ってたほうが良いものか?」

「多少違うけど、義人ちゃん達にはもう渡してあるよ? わたしも自分用のは頑張って作ったけど、この国の人達は使ってないから作れば受け入れられると思うんだ」


 義人は余計にわからなくなったが、それまでお茶を淹れていたサクラが何かに気づいたように顔を赤くする。そして優希へと近づくと、耳元で何事かをささやいた。それを聞いた優希は、微笑みながら頷く。


「うん、サクラちゃんのもちゃんと作ってあげる。あとでサイズを測らせてね?」


 サクラに対してそう話す優希を眺め、志信は眉を寄せた。


「サイズ……身長に合った武器でも作るのだろうか?」

「いや、優希にそんな特技はないはずだけど……サクラは持ってない物なのか?」


 志信のボケに突っ込みを入れながら何気なく義人が尋ねてみると、サクラは顔を赤くしたままで湯飲みを乗せるためのお盆を抱きしめる。


「ヨシト様、えっちです」

「ええぇっ!?」


 優希に続いてサクラにまで言われ、義人は先ほどよりも大きな驚きの声を上げた。


「のう、シノブ殿。その『えっち』とはどういう意味じゃ?」


 驚く義人を尻目に、アルフレッドが志信へと訪ねる。志信はどう答えたものかと思案し、常の無感動な表情で言葉を返す。


「そうですね……好色と似たような言葉です。おそらく、ですが」

「ふむ。しかし、色を好むのは男の(さが)じゃと思うが」


 説明として微妙な志信の台詞と、何やら頷いているアルフレッド。そんな二人の会話が耳に入った義人は、サクラの視線から逃げるようにそちらへと向く。


「そこ! 真面目な顔で話し合わないでくれ! この話題はここまで! 優希はその作るものの詳細を後日紙に書いて提出してくれるか?」

「うん、わかった」


 義人の言葉に、優希はすぐさま頷く。

 後日、優希から提出された女性用下着を作る案を見た義人が気まずそうな顔で許可の王印を押すことになるのだが、それはまた別の話である。




 義人はサクラに淹れてもらったお茶で喉を潤すと、今度は志信へと目を向けた。


「志信は何かないか?」

「俺は武器の改良ぐらいしか提案できないが……」

「武器の改良?」

「ああ。近衛兵に実際に戦う時使う刀を見せてもらったのだが、あまり質が良くなかった。ミーファが使っている刀ならば『魔法文字』で強度と切れ味が増しているため実戦でも“それなりに”使えそうだが、一般の兵士が使っている刀では少々不安がある」

「なまくらだったか?」

「なまくらとは言わないが、鉄の質が問題だな。せめてもう少し良い鉄を使わないと、魔法の補助がない刀では魔物相手でも厳しいだろう」

「質が悪いのか? カグラ、普通の兵士が使ってる刀に使う鉄の質はどのくらいだ?」


 義人がカグラに話を振ると、カグラは少し考え込んで口を開く。


「我が国で作った鉄を使っていますから、中の上ぐらいの鉄のはずです。ヨシト様達の世界と比べると質が悪いのでしょうか?」

「鉄鉱石の質はあまり変わらんのだろうが、製鉄技術が問題ではないか? 元の世界では『玉鋼(たまはがね)』と言うものがあるのだが、これは砂鉄を使って」

「それだ!」


 志信の言葉を遮って義人が叫ぶ。遮られた志信は、不思議そうに義人を見た。


「何か使えそうなものがあったか?」

「ああ、あった。今志信が言ってくれたじゃないか。製鉄技術が問題だって。それをどうにかすれば、この国の輸出の目玉である鉄の質が大きく改善される」

「玉鋼……たたら吹きか?」

「そうだよ。テレビの特集でやってたけど、たたら吹きなら現代の高度な設備がなくても良い。昔から行われてた製鉄方法だから、この国の技術力でもできるはずだ」


 たたら吹きとは、平安時代から存在していた(ふいご)を使った製鉄方法である。もっと(さかのぼ)れば弥生時代のたたら炉という(ふいご)を使わない方法もあり、その歴史は長い。かつては盛んに行われていたが、現在ではごく一部でしか行われていない製鉄方法だ。

 砂鉄と木炭を使って作るのだが、非常に優れた純度の鉄を得ることができる。三昼夜を通して砂鉄と木炭を炉にくべ、合計四日で一回の製鉄となる。この四日間のことを一代(ひとよ)と呼ぶのだが、小規模なものなら半日ほどで製鉄することも可能だ。


「たしかに、たたら吹きならこの国の製鉄技術でもできるだろうな」

「よし、それなら明日にでも作り方を書き記しておこう。まあ、作り方がわかってるといっても上手くいくかはわからないけどさ」


 記憶を掘り返してテレビの内容を思い出す義人の横で、志信は僅かに笑う。


「初めは上手くいかないだろうが、方法がわかっていれば改善もできる。俺もお爺様に連れられて見に行ったことがあるから、多少の助言はできるだろう」

「え? 見に行ったことがあるのか?」

「お爺様は知り合いが多くてな。知り合いの方がたたら吹きを行うところを見せてもらったんだ。『日本刀を作るのなら、玉鋼から作るべきじゃろう』とも言っていたな」


 どこか懐かしそうに話す志信に、義人は笑いながら相槌を打つ。


「あの爺さんらしいや」


 かつて志信の家で何度もあったことがある老人を思い出し、義人も懐かしく思う。すると、そんな義人のすぐ横に立てかけられていた王剣のノーレが疑問のこもった声を思念通話で届けた。


『その玉鋼とやらはそれほど良いものなのか?』

『俺は実物を見たことないけど、すごいらしいぞ?』

『ふむ……この王剣に使われている鉄よりもか?』

『さあ? 俺はそういう鑑定眼は持ってないんで』


 ノーレの疑問にそう答えると、義人はアルフレッドに目を向けた。


「なあアルフレッド。この王剣に使われてる鉄って、良い鉄なのか?」


 鞘に収まったノーレを持ちながら尋ねると、アルフレッドは(あご)に手を当てながら眉を寄せる。


「さて、王の剣に使うくらいじゃから良い鉄だと思うがのう……シノブ殿はどうじゃ?」

「お爺様ならわかるのかもしれませんが、俺はまだまだ未熟な身でして。そこまでわかりませんね」


 首を横に振る志信を見ると、義人は傍のノーレをつかむ。そして自分以外でも抜けるように僅かにノーレを引き抜くと、志信のほうへと差し出した。


「まあ、一応見てくれよ。志信なら何かに気づけるかもしれないしさ」

「気づければ良いが……とりあえず、拝見するとしよう」


 差し出されたノーレを前に何事かを考え込んでいた志信だったが、刀剣の類を見るのは嫌いではないらしい。丁寧な手つきでノーレを受け取ると、柄を握って椅子から立ち上がる。そしてゆっくりとノーレを引き抜くと、刀身を斜めにして明かりに照らした。


「どうだ?」


 角度を変えてノーレを見る志信に、義人が尋ねる。すると、志信は申し訳なさそうに苦笑した。


「さすがに西洋刀まではわからないな。しかし……」


 そこまで言うと、志信は椅子に座っている他の者から距離を取る。そして、ノーレを軽く数回振った。

 真上から振り下ろし、一気に切り上げる。そこから体勢を入れ替え、横薙ぎに一閃。さらに数度空を切るようにノーレを振るい、動きを止める。


「ふむ……重さも丁度良く、武器としては申し分ないな。切れ味も良さそうだ。だが、俺では扱えないようだな」


 ノーレに対しての評価を告げ、最後に何やら付け足す志信。それを聞いた義人は、否定を示すように片手を振った。


「いやいや、今ものすっごい軽やかに振るってたじゃんか」

「“振るっただけ”だ。俺では、使いこなすことはできない。そうだろう?」


 そう言って、志信は右手に持ったノーレへと話しかける。問いかけられたノーレは、鼻で笑うように思念通話を発した。


(わらわ)は王の、ヨシトの剣じゃからな。お主では妾は使いこなせん。お主では、妾の使い手として相応しくない』


「そういうことらしい」


 志信はノーレの言葉に小さく笑い、鞘へと納める。そして義人へと手渡すと、椅子に腰掛け

て苦笑した。


「それに、うちの流派では西洋刀を扱うことはないからな。日本刀なら扱えるが、西洋刀は少々使いにくい」


 苦笑混じりの志信に頷きつつ、義人はノーレを受け取る。


「志信の爺さんもそんなこと言ってたな。あと、『日本人なら日本刀じゃろう』とか」

「こだわりがあるらしい。もっとも、俺も西洋刀よりも日本刀のほうが好きだがな。その点で言えば、この国で様々な刀を見ることができるのは良い経験になる」


 義人も志信の言葉に同意するものがあったのか、何度か首肯した。


「男なら惹かれる魅力があるよな。今度ゴルゾーに頼んで何振りか調達してもらおうか?」

『む……』


 ピクリと、義人の言葉を聞いたノーレが反応する。


「いや、それよりもこの国の刀の作り方が気になる。美術品としての価値がないらしいが、やはり武器や美術品としての価値を併せ持ってこそ名刀と呼べるだろう」

「美術品として輸出するって手もあるしな。玉鋼が作れたら作刀(さくとう)してもらうか?」

「そうだな。最初から質の良いものができるとは思えんが、試行錯誤を繰り返すうちに良くなるだろう」


 話が盛り上がってきたのか、義人は笑顔で楽しそうに話し、志信は僅かに口元を緩めてどこか楽しそうに話し合う。


「なんと言いますか、楽しそうですね」


 それを見ていたカグラは、苦笑しながらアルフレッドへと話しかける。声をかけられたアルフレッドは、義人達のほうを見ながら目を細めた。


「そうじゃのう。召喚された過去の王達も、王剣ではなく刀を好んでおった。何か特別なものなのかのう」


 僅かに首を傾げるが、アルフレッドにはわからない話だ。エルフは弓以外に剣も扱うことができるが、日本刀とは形状が違う。

 アルフレッドは四百年ほど昔の記憶を掘り返し、懐かしさに笑いながらお茶に手を伸ばした。


「ハルノブも、『刀は武士の魂』と言っておったが……サクラや、すまんが茶を淹れてくれるかの?」


 湯飲みに入っていたお茶は残り少なく、それを見たアルフレッドはサクラへと声をかける。


「あ、わかりました。それでは失礼しますね」


 身振り手振りを交えながら話している義人達の傍を通り、サクラはアルフレッドの方へと移動する。すでに会議をする空気でないのを理解しているのか、他の者もリラックスしていた。

 ただ一人、いや、一本の剣を除いて。




 空気を緩めてしまった張本人である義人は、会議を終了させると寝室へ足を運んでいた。

ノーレをベッド横へと立てかけると、靴を脱いでベッドへと寝転がる。


「いかんなー。つい話し込んじまった。まあ、多少案が出たから良しとするかね」

『…………』


 明日からの政務以外の作業を考え、軽く頷く。一応ノーレにも話を振った形ではあるのだが、ノーレからの反応はない。

 この国の交易で最も比重を占める鉄の質を向上させられれば、その利益は大きい。問題は材料として砂鉄と木炭が多く必要なことだが、まだ試験的な段階のためそこまで量はいらないだろう。

 仮に必要になったとしても、砂鉄で困ることはない。木炭は商人のゴルゾーに頼めば用意できるだろうし、公共事業として作るのも一つの手だ。

 このカーリア国が他国とあまり交流がない理由として、交通の不便さが挙げられる。

北は海があるため、船でも使わないと行き来できない。西は森林地帯だが、魔物の巣窟になっている。東は多少の森と鉱山があるのだが、ここにも魔物が住み着いているためあまり奥に入ることはできない。南は他国への道があるのだが、ここも魔物が出没する。もっとも、南側に生息するのはほとんどが下級の魔物なので腕の立つ者なら大した危険はない。しかし、これが一般人や流民などなら危険である。


「街道付近の木を切って道を大きくするか? (ひら)けた場所なら魔物が襲ってくることもあまりないだろうし、切った木は木炭にできる。商品を運ぶための道を整えるって言えば商人達の協力も得られそうだしな……しまったなぁ。さっきの議題に挙げれば良かった。ノーレはどう思う?」

『…………』


 再度義人が話を振るが、ノーレは答えない。ただ、不機嫌そうな感情が伝わってくるだけだ。

 義人は困ったな、と頬を掻く。そしてベッドから身を起こすと、立てかけておいたノーレを手に取った。


「おーい。さっきからどうしたんだよ?」

『……ふん』


 会議室を出た辺りからずっとこの調子である。義人は困ったように笑うと、ベッド脇に置かれた綺麗な手拭いをつかんでノーレを鞘から引き抜く。


『……何をするつもりじゃ?』

「いや、これで拭いてノーレの機嫌を取ろうかと」


 何も隠さず義人が告げると、ノーレはため息に似た声を響かせる。そして、僅かに呆れを含んだ声を発した。


『馬鹿者め、そういうことは口に出すことではないわ。それと、剣の手入れの仕方くらい覚えんか戯け』

「お、ようやく話してくれたな。それで、俺何かしたか?」


 義人はノーレを鞘に戻しつつ尋ねる。それに対してノーレは、数秒沈黙した後ポツリと拗ねたような声で呟く。


『……日本刀というのは、そんなに良いものなのか?』

「え? 日本刀?」

『さっき話しておったじゃろうが』


 さっきと言われ、義人は記憶を掘り返す。日本刀について話したのは、先ほどの会議のときだ。志信と日本刀の魅力について色々と話し合ったのだが、それに思い当たった義人は苦笑する。


「良いっていうか、元の世界では実物を見ることなんてあまりないからな。志信の家に行けば何本かあったけど、爺さんがあまり見せてくれなかったし。俺達の世界でなら、実物を手に取って眺めるなんて機会はほとんどないんだ。骨董品が好きな奴とか、剣道や剣術をしている奴なら話は別だけどさ」


 そこまで言うと、義人は元の世界での生活を思い出して目を細める。


「だからというか、一種の憧れみたいなものがあるんだ。漫画やゲームではよく目にするけど、実物を見ることはほとんどない。時代劇とかでも刀を振るうシーンは格好良いしな」


 でも、と言葉をつなげ、義人はノーレを再度引き抜く。そして両刃の剣を眺めて嬉しそうに笑った。


「ノーレみたいな剣に対する憧れもあるんだ。冒険物の小説やゲームで登場するのは大抵西洋刀だし、日本刀とは違う美しさがあるしな」


 そう言って、義人はノーレを鞘に納める。そして膝の上に置くと、首を傾げた。


「それで、何で不機嫌だったんだ?」

『……もう良いわ、この戯けめ。妾は不機嫌になどなっておらん』

「え? でもさっき」

『良いと言っておるだろうが! 不機嫌になどなってない!』

「なら良いけどさ……」


 怒鳴るノーレに対して、義人は大人しく引き下がる。

 義人の言葉の中には知らない単語がいくつかあったが、それでも義人の言いたいことと気持ちは伝わった。そんな義人に、ノーレは愚痴のように呟く。


『まったく……お主はもう少し剣の心というもの理解するべきじゃ』

「剣の心? いや、それはきっと志信が得意だろ」


 剣の心はおろか乙女心も(ろく)に理解できない人間には無理な注文である。

ひたすら首を傾げる義人を前に、ノーレもそれを理解したのだろう。先ほど以上に呆れた声を零す。


『お主には無理な話じゃったな』


 ノーレの言葉に、義人は納得できないものを感じながらも頷く。すると、ノーレはため息のような声を義人に届けた。


『まったく、ようやく巡り合った妾の初めての使い手だというのに……この戯けは』

「ん? 初めての使い手って、俺が?」

『そうじゃ……言っておらんかったか?』

「聞いてないな。というか、歴代の王がいただろ?」


 ノーレの呟きに疑問を示した義人だったが、ノーレは否定の意を向けてくる。


『いたが、妾を使いこなした者はおらん。いや、そもそも妾をきちんと振るったのはお主が初めてじゃ』

「いやいや、ノーレは王剣だろ? なんで今までの王様が使わなかったんだよ。博識で魔法も使える上に喋れるなんて最高じゃないか」

『最高……いや、ごほん。むしろ妾がそれを聞きたいんじゃ。召喚された王は皆、妾を使うのを拒んでおってな。魔力があるときは何とか話しかけることもできたのじゃが、話しかけた途端『物の怪』だの『妖刀』だの言われての……危うく叩き折られそうになったこともあるんじゃ』


 悲しそうに語るノーレに、義人は眉を寄せた。


「まあ、いきなり剣に話しかけられたら驚くわな。俺も最初は頭がおかしくなったのかと思ったし」

『ぬぅ……適応能力のない奴め』

「いたって正常な反応だと思うんだけど。まあ、それは置いとこう。それでどうなったんだ?」


 義人は初めてノーレが話しかけてきたときのことを思い出し、苦笑する。殺し合いの最中に声をかけられたため、恐怖で気が狂ったのかと本気で思ったぐらいだ。

 幸いだったのは、現代ではゲームや小説などで似たようなものが存在していたことだろう。架空の存在としてだがそういったものを知っていたため、受け入れるのはある程度容易い。

 もっとも、現実に遭遇すると本気で驚いてしまうのだが。


『妾は魔力がなくては活動することができぬ。そのため鞘に施された『吸収』の術式を使って触れたものから魔力を吸ったり、剣を持った王から魔力を吸ったりするんじゃ。しかし、肝心の王が妾を使わん。他の者が王剣に触れることなど滅多にないし、思念通話を使うだけの魔力もなくなっての。“妾”の存在を維持するだけで精一杯になっておった。あとは冬眠した熊のように、意識を失うことで魔力の消費をなくして鞘から魔力が送られてくるのを待っておったんじゃ』

「それはなんというか、大変だったんだな……」

『大変どころの話ではないわ。お主達を召喚した際に何とか魔力を吸ったのが、それがあと一ヶ月後だったら妾は消えていたかもしれん』

「誰が剣を引き抜けるか試した時か。でも、魔力を吸ったのならなんですぐに話しかけてこなかったんだ?」


 話を聞いた義人はなんとなく鞘に手を当て、ついでに柄を握りながら尋ねる。


『簡単な話じゃ。思念通話を使えるまで魔力を吸えなかった。それだけじゃ。あと、どこかの誰かさんが妾を寝室の片隅に放置していたおかげでのう』

「ま、まったく、どこの誰ですかね」


 そんなことを言いながら、義人はノーレから目を逸らす。額に冷や汗が浮かんでいるのはきっと、室温が高いからだろう。


『まあ良い。あとはお主が魔法人形に襲われた時に魔力を吸い、話しかけることができたわけじゃ。そして、妾に名前をつけてくれたのもお主が初めてじゃよ、ヨシト』


 最後は嬉しそうなノーレの声色に、義人は申し訳なさを感じて小さく頭を下げる。


「……今度から、持ち歩くようにします、はい」

『そうしてもらえると嬉しいが、どうせ忘れるんじゃろ?』

「ハッハッハ、ソンナコトナイデスヨ」


 からかうようなノーレに、棒読みで否定する義人。


『まったく、お主というものは……む、そろそろ寝ないとまずいのではないか?』

「お、もうそんな時間か?」


 元の世界ではまだ眠る時間ではないが、こちらの世界では早寝早起きが基本である。義人は寝間着に着替えると、明かりを消してベッドへと潜り込む。歯は食事後に磨いているし、その後は何も食べていない。虫歯になることはないだろう。

 ノーレは手の届くベッド横へと立てかけ、義人は声をかける。


「それじゃあ、おやすみノーレ」

『うむ、おやすみ。良い夢を』


 お互いに就寝の挨拶を交わすと、あとは眠るだけだ。もっとも、ノーレが眠ることはない。ただ、義人の寝息の音を聞くだけである。


『まったく』


 しばらく経つと、ノーレは義人の眠りを妨げないように小さく呟く。義人はすでに寝入ったのか、呼吸は規則正しい。


『あれから数百年、か……』


 ぼやくように、ノーレは独白する。初代カグラにして、この王剣を作った女性であるミレイ=シーカーのことを思い返して苦笑する。


『あの戯けめ。ちゃんとした使い手が現れるまでにここまで長い(とき)がかかるなど聞いておらんぞ』


 毒づくような言葉だが、声には親しさが込められている。そして、同時に懐かしさを思う感情も込められていた。


『まあ、良い使い手に巡り合えたのが救いか。のう、ヨシト』


 寝ている義人へと、ノーレは語りかける。もちろん、起こすつもりなど毛頭ない。


「ん〜……?」


 それでもノーレの言葉に応えたのか、義人は寝返りを打つ。


『ふふっ……どんな夢を見ているのやら』


 そんな義人の様子を見たノーレは楽しげに、そして、優しげに呟いた。


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