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異世界の王様  作者: 池崎数也
第三章
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第六十一話:コモナ語

 猛暑も過ぎ、僅かに秋の訪れを感じ始めた九月の初頭。もう少しすれば、農作物の収穫が始まる。そんな季節だった。


「レンシア国の建国記念日?」


 カグラから聞かされた話に、義人は首を傾げる。


「はい。今から約二ヶ月先……十一月十日がレンシア国の建国記念日となっています。その式

典に新しい王として、また、友好国の王として参加していただきたいのです」


 そう告げるカグラの口調や表情に、三週間ほど前のぎこちなさはない。義人はカグラの言葉を聞いて、ふむふむと頷いた。

 この世界において、一年は三百六十日である。一月三十日が十二ヶ月。一日は二十四時間で、義人としては覚えやすくて良い。


「相手はこの国にとって貴重な友好国だし、交易をしている国だから挨拶くらいはしとかないといけないな」

「その通りです。ヨシト様が召喚される少し前までは、レンシア国はハクロア国と戦争をしていたために建国を祝う式典も簡素なものでした。しかし、今は小康状態になっているため正式な式典を行うらしく、その案内状が来ています」

「案内状ね……こっちの国の建国記念日は五月だっけ? その時はどうするんだ?」

「その場合はこちらから招待状を出し、しかるべき立場の方に来ていただきます」

「なるほど、それなら対等ってわけだ。ここ十年、国王がいなかったときはどうしてたんだ?」

「以前はこの国の代表としてアルフレッド様が式典に参加されました。わたしも十二歳を超えてからは、アルフレッド様と共に式典に参加したことがあります。ですが、ここ三年ほどは祝いの品を送るぐらいしかしていません」

「原因は戦争だっけ?」


 義人が尋ねると、カグラは真顔で首肯する。それに対して、義人は内心で苦笑した。

 召喚されたのがこの国で良かったと、本気で思う。戦争のない国に生まれ、法律によって守られてきた義人にとっては、戦争などテレビやゲーム、教科書の中での話だ。

 このカーリア国では、人同士での戦いが起こることなどほとんどない。国の特性柄、農民が一揆を起こすこともなく、他国が戦争を仕掛けてくることもない。時折街中で喧嘩が起こるぐらいで、義人が暗殺されそうになって戦ったことなど稀な出来事である。

 義人とて同じようなことが起きても対処できるように志信に戦い方を学んではいるが、所詮付け焼刃。王剣のノーレさえいれば雑兵に負けることはないが、一定以上の腕を持つ者と戦えば簡単に殺されるだろう。

 そのことを想像し、義人は肩を竦める。


「あーやだやだ。なんで戦争なんてするのかねぇ……」

「それはわたしではなんとも。それとヨシト様」


 義人を呼ぶと同時に、カグラは手に持った本を執務机の上へと置く。その本の表紙に書かれた文字を見て、義人は眉を寄せた。


「それは?」

「他国の共通語であるコモナ語について記した本です」

「……それで?」


 若干嫌な予感を覚えた義人に、カグラはニコリと微笑む。


「覚えてください」

「これを、全部? 創立記念の式典までに?」


 本を捲ってみると、中には単語や文法について様々なことが書いてある。ニホンゴで翻訳もされており、習得するのは可能に思えた。だが、その量は多い。


「何も全部覚えてほしいわけではありません。しかし、最低でも日常会話ぐらいはこなせるようになっています。他国ではニホンゴが通じないのですから」

「うへぇ……二ヶ月で覚えられるのか?」

「日常会話ぐらいでしたら、わたしは二週間で覚えましたよ? 難しさでいえば、ニホンゴのほうが難しいですから」

「そうなのか? それなら、なんとかなりそうだな」


 軽く流し読みをする義人だが、一目見た感想は『英語に似ている』ということだった。文法、接続詞など、色々なところが英語に似ている。もちろん、似ているというだけで扱えるものではないが、義人の感覚としては英語を覚える感覚に近い。


「その、それでですね……」


 義人が軽く読んでいると、カグラが僅かに緊張したような声を出す。義人はその声に本から目を離し、カグラへと視線を向ける。


「もし良ければ、わたしが教え」


 バタンと、扉が開く。カグラの声を遮るように扉を開けたのは、片手で皿を持った優希だった。皿の上には、一口大のクッキーが盛られている。


「義人ちゃん、クッキーが焼けたよー」

「お、本当に作れたんだな。どれどれ……うん、美味しい」


 優希が差し出してくる皿の上からクッキーをつまむと、義人は何のためらいもなく口に運ぶ。それを見たカグラは、僅かに肩を落とした。しかし、すぐに気を取り直す。そして、再度義人へと声をかけようと口を開き、


「あ、それってコモナ語の本? 義人ちゃんもコモナ語を勉強する気になったの?」

「一応な。今度レンシア国に行くから、その時に必要らしいんだ」

「そうなんだ。良かったら、教えようか?」


 優希に、先を越された。


「優希は覚えたのか?」

「日常会話ぐらいなら大丈夫だよ。内容は英語に似てたかなー」

「あ、やっぱりそうなのか?」

「うん、文法とかは特にね。必要な単語と文法さえ覚えれば、あとは簡単じゃないかな」

「そっか。それじゃあ、優希が暇な時にでも教えてもらえるか?」


 口を開きかけた状態で固まるカグラを他所に、義人と優希の会話は進む。それでも再度気を取り直すと、カグラは優希へと話しかけた。それも、コモナ語で。


『ほ、本当にコモナ語がわかるんですか?』


 突然ニホンゴと違う言葉でカグラが話し始め、義人は目を丸くする。具体的には、『何言ってんのコイツ?』という反応だった。しかし、それとは対照的に優希は涼しい表情で口を開く。


『日常会話ぐらいならね。難しい言い回しとか、(なま)りがあったら少し難しいけど』


 返ってきたのは、コモナ語だった。少し発音がぎこちないものの、言葉としては十分である。


『いつの間に……』

『独学と、あとはサクラちゃんが暇な時に教えてもらったの。元の世界にも似たような言語があったから、覚えるのは楽だったかな?』


 そこまで言うと、優希は微笑む。


『それで、義人ちゃんに教えるには不十分かな? カグラちゃんは普段仕事があるし、わたしでも日常会話ぐらいなら教えられるよ? それに、元の世界にあった英語って言葉と比べて教えれば覚えやすいと思うし』


 カグラと違い、優希には片付けなくてはいけない仕事はない。カグラの仕事はカグラだけにしかできないが、厨房の手伝いや針仕事などは優希でなくてもできる。元の世界の料理や服などは自分の知る限り再現してしまったので、最近は割と暇だった。

 カグラとしては、そこまで言われて断る理由はない。本音としては不満があったが、それを表に出すことはなかった。


「それでは、ユキ様にお願いするとします」


 会話の内容はわからなかったが、話が終わったらしい。それを理解した義人は、カグラに言われた言葉に頷く。


「何を言っていたのかわからないけど……よろしく頼むな、優希」


 そう言って頭を下げた義人に、優希は嬉しそうに笑った。

 ちなみに、義人が『コモナ語なんてノーレに翻訳してもらえばよくね?』などと呟くのは少し先のことである。




 カーリア国において、コモナ語を話すことができる者は多い。

 アルフレッドやカグラ、商人のゴルゾー、その他外交に赴くことがある文官はニホンゴとコモナ語の両方を難なく扱える。元の世界で言えば、二ヶ国の言葉を母国語として使えるバイリンガルのようなものだ。

 他の文官や、それなりの家柄の武官。そして一般の商人も普通にコモナ語を話すことができる。特に商人は商売にも関わることなので、コモナ語の習得は必須のようだ。

 他にも、王都フォレスに住む者は日常会話程度ならこなせる。小さい村などになるとニホンゴしか喋れないものがほとんどだが、それでも一人ぐらいはわかる者がいるのである。

 コモナ語の起源は千年以上昔にあるらしいが、それが真実かどうかを知る者はいない。ただ、この世界に存在する国なら大抵の場所で通用する言語であることだけは確かだ。そのため、コモナ語を公用語とする国も多々あった。

 もちろん、中には例外もある。

 義人が国王であるカーリア国での公用語はニホンゴであるし、極東の国であるジパングではコモナ語が使われていない。

 ジパングはカーリア国とは違い、本当の意味で独自の文化を築いた国である。詳しい資料などはカーリア国にはなかったが、それでも商人の口から話を聞くことがあった。

 国としては四代目の王である杉田晴信義景が米を取り寄せたぐらいの関係しかないが、米があると聞いた志信は一度で良いから見に行ってみたいとも思っている。

 そしてその志信は今、魔法隊の隊長であるシアラの部屋にいた。

 魔法使いであるシアラの部屋は、城の外にある魔力回復施設の中にある。日中の訓練も終わったため、志信は『無効化』の術式が施された棍と共に、コモナ語で書かれた本を持ってシアラの部屋を訪れていた。

 部屋の中は実に殺風景で、机と椅子とベッド、それと箪笥(たんす)と本を置くための小さな本棚しか置かれていない。人形などが置かれていることもなければ、花が生けてあることもなかった。

 部屋の中はほとんど無音である。志信はコモナ語の単語を覚えるために本を読み、シアラは磨り減った『無効化』の術式を直すために『魔法文字』を刻んでいた。いつも頭に乗せている帽子は傍に置き、無表情ながらも目だけは真剣に『魔法文字』を刻んでいる。

 部屋の中では本のページを(めく)る音と、棍に『魔法文字』を刻む音だけが響く。そこには色気も何もない、ただ無言の空間が広がっていた。だが、互いにそれを苦に思うことはない。もしも義人がこの場にいたら、似た者同士だと苦笑するだろう。


「……できた」


 そんな中で、シアラがポツリと呟く。それを聞いた志信は本から顔を上げると、手に持った本を閉じてシアラの隣へと移動した。


「今回は早かったな?」

「……以前書いた『魔法文字』が、そこまで磨り減ってなかったから」


 シアラは志信が使う武器に『無効化』の術式を施す代わりに、魔法隊での動く的を依頼している。初めは志信も魔法に慣れていなかったため、飛んでくる魔法を避けれずに『無効化』の棍で打ち消すしかなかった。しかし、最近は慣れたのか大体の魔法は避ける。そのため、『無効化』の術式もあまり磨り減らないようになっていた。

 志信は『無効化』が施された棍を受け取ると、シアラは僅かに首をかしげる。


「……そっちは、どう?」

「単語なら多少は覚えたつもりだ」


 主語がない質問だが、志信には意味が伝わったらしい。だが、そこから再び会話がなくなる。

 志信は棍を傍に立てかけると、手に持ったコモナ語の本を開く。シアラは特に何かをするでもなく、ただぼんやりと中空を見つめる。そして時折志信の方を見ると、再び違うところへと目を移す。

 そうすること三十分。シアラがポツリと呟く。


「……シノブは、暇なの?」


 志信がシアラの部屋を訪れるのは、珍しいことではない。魔法の知識を教えてもらい、棍に『無効化』の術式を施してもらう。そのために、志信はシアラと共にいることが割と多いのだ。


「暇ということはないが、ここは静かで落ち着くからな。しかし、そろそろ時間も遅いか……」


 時計などはないため、志信は月の位置と体内時計で判断する。今から夜の鍛錬をしなければいけないので、そろそろお暇しなければならない。

 そう判断した志信は棍を手に取って立ち上がると、部屋の入り口へと向かった。


「それでは、失礼する」


 小さく頭を下げ、志信はシアラに背を向けて扉を開ける。


「……また」


 そんな志信の背中に小さな別れの挨拶を投げかけ、シアラは小さく、本当に小さく笑った。




 シアラの部屋を出た志信は、棍を片手に廊下を歩く。そして曲がり角を曲がると、足を止めた。


「あ……ぐ、偶然ね、シノブ」


 そんな志信に声をかけたのは、“偶然”ここにいたミーファだった。僅かに慌てつつ、視線をあちこちに飛ばしている。


「ミーファか。どうした? 日中に魔力を使いすぎたのか?」


 少しだけ挙動不審なミーファに内心首を傾げつつ、志信は尋ねた。するとミーファは三回ほど首肯する。


「そ、そうなの。それで魔力回復施設を使おうと思って」


 魔法剣士隊が主に使うのは『強化』のため、魔力はほとんど消費しない。しかし、ミーファぐらいになれば同時に攻撃魔法も使う。

 この世界では一日の回復魔力量が少ないため、魔法を使う者はなるべく一日の消費魔力量を抑えるようにする。そのため訓練で使う魔法はかなり威力を抑え、本気で撃つことはあまりない。本気で使えば、普通の魔法使いの魔力は下級魔法十発ほどでなくなるのだ。

 志信はミーファの言葉に頷くと、納得したように口を開く。


「そうか。やはり魔法剣士の隊長ともなると、実際に魔法を使って部下に手本を示さねばならんしな」


 うんうん、と一人頷く志信。ミーファは疑うことなく信じてくれた志信に心苦しいものを感じつつ、話を進める。


「それでさ、良かったらこれから話でもしない?」


 もしもこの場に魔法剣士隊の兵士がいたら、翌日は志信とミーファに関する噂で持ちきりになっていただろう。しかし、幸いと言うべきか周囲に誰もいなかった。

 志信はミーファの誘いに対して、無表情を僅かに申し訳ないものへと変える。


「いや、すまんが今から夜の鍛錬をするので無理だ。勉強も終わったし、『無効化』の術式も直してもらったしな」


 日中は近衛隊を鍛えているため、志信自身の鍛錬はあまりできていない。それでも近衛兵が顔をしかめるぐらいにはしているのだが、志信にとっては不十分だった。早朝訓練は義人も交えているため手加減している。そのため、夜の訓練は短時間ながらも集中してこなすのが志信の日課だった。


「そ、それじゃあわたしも一緒に……」


 にべなく断れたミーファは、食い下がるように次の案を出す。しかし志信は首を横に振ると、労わるように微笑んだ。


「無理は禁物だ。俺の鍛錬に付き合うよりも、消費した魔力の回復に努めたほうが良い。ミーファは早朝訓練にも参加しているのだし、休むべきだ」


 自分のことは棚に上げているが、志信は今のような生活をずっとしている。そのため短時間でも深く眠って体力を回復できるし、この世界に来てからは『強化』のような効果で身体能力が上がっているため、そこまで疲れることがない。最近は志信自身『強化』を使えるようになったので、それに拍車をかけていた。


「あ……うん。そうね、あはは……」


 諭すように言われ、ミーファは思わず頷いてしまう。そして苦笑いをすると、それを見た志信は満足そうに真っ直ぐな目を向けた。


「休める時に休むのは大事なことだ。それでは、また明日の訓練で会おう」


 そう言い残し、志信は外へと向かう。ミーファはそれを黙って見送ると、大きなため息を吐く。


「……寝よう」


 墓穴を掘ったなと落胆しつつ、ミーファは肩を落とした。


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