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異世界の王様  作者: 池崎数也
第二章
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閑話:二章之一 とある少女の感情

この話は『第五十九話:想いと願い』と『第六十話:疑心』の間の話となります。

 魔法剣士隊の隊長であるミーファ=カーネルは、『召喚の巫女』であるカグラと幼少からの付き合いである。年齢こそミーファのほうが年上だが、それも精々二歳程度。互いの関係は気心の知れた友人であり、共に国に仕える同僚であり、血こそつながっていないが姉妹のようなものだった。

 ミーファが魔法剣士隊の隊長になってからは私的に会う時間が少なくなったものの、その関係に変わりはない。何かあれば話し、時には共に食事を取り、気が向けば並んで酒を飲む。最後の部分に関しては、酔ったカグラの相手をしたくないためミーファが避けようとしている節もあるが、それでも良好と呼べる関係だった。

 そして、そんなミーファだからこそカグラの異変に真っ先に気付く。


 ―――二日酔い……ってわけじゃなさそうね。


 その内心での呟きは、朝の報告会の最中のものだった。

ミーファは国王である義人の斜め後ろに立つカグラへと視線を投じると、僅かに首をかしげる。

 昨晩は暴走したカグラによって酔い潰されたものの、奇跡的に二日酔いにならずにすんだ。ミーファはそのことに安堵し、それと同時に、素面(しらふ)になったカグラへ何と言ってやろうかと意気込んでいた。しかし、どうにもカグラの様子がおかしい。そのことにすぐさま気付いたミーファは、観察の目をカグラへと向けた。

 長時間泣いていたのか、僅かに充血した目。いつもはミーファが密かに羨んでいる黒髪も、今日はどこか艶がない。その上落ち込んだような空気を纏っており、今ならばミーファと同年齢、人によっては年上に見えかねないほどの(かげ)が見えた。

 周囲の人間やアルフレッドもそれに気付いているのか、どこか落ち着かないようにカグラへ視線を向ける。義人はそんな臣下達の様子に気付いていないのか、それとも気付いていて敢えて放置しているのか、平常の態で玉座に座り、臣下の報告に耳を傾けていた。

 何かあったのか。いや、何かがあったのだろう。

 長年の付き合いからカグラの性格を熟知しているミーファは、カグラが公の場で自身の感情を強く見せるのを良しとしないことを知っている。見せるとすれば“作った”感情が主だが、今日のカグラを見る限りそうとは見えなかった。自身で制御できないほどに感情を乱しており、なおかつそれを他者に気付かれている。それでいて、他者から向けられる視線に気付けないほどに気が抜けているようだ。


 ―――何があったのかはわからないけど、あとで話を聞きに行ったほうが良さそうね。


 あとでといっても、これから通常通り訓練がある。隊長であるミーファが訓練を放り出すわけにもいかず、カグラの元へ行くのは訓練後になるだろう。

 ミーファは訓練が終わった後の予定を組み上げると、ひとまずカグラから目を逸らして報告会に意識を向けるのだった。






「さて、準備良し。あとはカグラがどこにいるかね」


 今日一日の訓練を終え、所用で城下町まで足を運び、その後に手早く夕食を取ったミーファは一人呟きながら城の廊下を歩いていた。その手には一本の丸い瓶が握られており、すれ違う兵士や文官が不思議そうな目をミーファに向ける。しかし、ミーファは向けられた視線を敢えて無視しながら歩を進めた。

 向かう先はカグラの部屋で、手に持つのは酒瓶である。


 ―――もう少し安いのにすれば良かったかしら?


 僅かにそんな考えが頭を過ぎるが、すぐさま頭を振って打ち消す。

 何せ、一瓶で百ネカ近くする名酒である。魔法剣士隊隊長のミーファの給料をしても、中々手が出しにくい金額だった。だが、カグラの様子を思い浮かべたミーファは苦笑を一つ零すだけで自分を納得させる。

 

 ―――そんなことよりも、カグラが酔っ払う可能性を心配するべきね。


 幾度となく酔ったカグラの相手を務めた身としては、その一点が恐ろしい。愚痴を吐かせるには酒を飲ませれば手っ取り早いと判断したミーファだが、カグラの暴走が起きないことを祈るばかりだった。

 ミーファは先ほどとは違う種類の苦笑を浮かべ、それと同時に、そうなっても良いかとも思う。


「それであの子の気が少しでも晴れるのなら、ね」


 誰にも聞こえない程度の声量で呟き、ミーファはカグラの私室の前に立つ。

 国王(よしと)の部屋と違って守衛の兵士はいないが、守衛百人を相手にするよりも厄介なカグラである。忍び込もうものなら、逆に忍び込んだ者の心配をするほうが妥当な程度に腕が立つ。そのため、カグラの私室の扉をノックするミーファの姿を見る者はまったくと言っていいほどにいなかった。






 日はすでに沈み、灯りになるものがない部屋の中は真っ暗だった。燭台に蝋燭が置かれているものの、部屋の主であるカグラは火を灯さずにいる。

 火を点けるのが面倒というわけではない。それこそ手を使わずに火を点けることもできたが、沈鬱な気分に後押しされたカグラは火を点ける気にならなかった。

 カグラは寝台の上に座り、壁に背を預けながら窓の外へ視線を向ける。ほとんど瞬きをせず、視線に空虚なものを滲ませたその姿はまるで精巧な人形のようだった。だが、目の端に涙を溜め、頬にその涙が流れた跡を残すものが人形であるはずもない。

 カグラは今日一日を反芻し、静かにため息を吐く。

 自分が何をして過ごしたのか、記憶が曖昧で確証がない。いつも通り政務をこなそうとしたものの、義人の一挙動に気を取られていた気がする。食事は取ったが、何を食べたかも覚えていない。過去にないほど気が散漫になっていることを自覚し、カグラはもう一度だけため息を吐いた。

 すると、そんなカグラのため息を遮るように部屋の扉がノックされる。カグラはその音で視線を動かすと、ゆっくりとした動作で右手を蝕台の蝋燭へと向けた。すると何の前触れもなく蝋燭に火が灯り、部屋を淡く照らし出す。

 無視することもできたが、何か問題が起きたのなら対処しなくてはいけない。カグラは壁から身を離しながら自身の役職に対して少しだけ不満を覚えたが、それは飲み込むことにした。


「……どちら様ですか?」


 発した声に、常の凛とした響きはない。だが、そんな声を投げかけてからカグラの頭にとある考えが過ぎった。


 ―――もしも、ヨシト様だったら?


 昨晩のことで何かを言いにきたのか、それとも今日一日の腑抜けた政務に対する叱責か。一瞬で様々な展開が頭に浮かび、カグラは心音が早くなるのを感じた。しかし、そんなカグラの予想とは異なり、扉の外から聞こえてきたのは違う声である。


「カグラ? 入ってもいい?」


 それは、非常に聞き慣れた声だった。幼い頃から聞いてきた声に、カグラは少しだけ張りのある声で応える。


「ミーファちゃん……どうかしましたか?」

「ちょっと用があって。入るわよ?」


 言葉の上では承諾を求めているが、ミーファはカグラが返答するよりも早く扉を開けた。そして部屋に入ると、すぐに扉を閉めてしまう。


「返事を待たずに入ってくるなんて珍しいですね。何か急用ですか?」


 カグラは泣き腫らした目を擦って誤魔化し、ぎこちない笑みを浮かべる。それを見たミーファは僅かに眉を寄せたものの、敢えて見なかった振りをして右手に持った酒瓶を掲げる。


「ちょっと良いお酒が手に入ってね。せっかくだから、カグラと飲もうかと思って」


 そう言ってミーファは酒瓶とは別に杯を二つ取り出し、存在を誇示するように軽く振った。すると、そんなミーファの仕草を見てカグラは小さく笑う。


「いつもならわたしがお酒を飲もうとすると逃げるのに……今日は何かありましたっけ?」


 特に目出度(めでた)いことがあった記憶もなく、カグラは首を傾げた。互いのことを知り尽くした間柄だが、今日という日に何か特別な出来事があったわけでもない。

 ミーファはカグラの言葉を聞くと、酒瓶を傍にあった机の上に置いてから頬を軽く掻いた。


「元気がないみたいだからね。何かあったなら聞こうかと思って」


 頬を掻いたのは照れ隠しのためか。ミーファは少し早口に述べると、表情を隠すようにカグラの隣へと腰を下ろす。


「……何かあった?」


 そして、呟くように質問を投げかけた。優しく、それでいてどこか労わるような声色。そんなミーファの声に、カグラは再び壁に背を預ける。


「……“何か”、あったんですよ」


 答えるカグラの声は、まるで拗ねた子どものようだった。カグラらしからぬ稚気を感じ取ったミーファは内心だけで僅かに驚くが、それと同時に納得も覚える。


 ―――これは、余程のことがあったみたいね。


 お互い、幼少の頃からの友人だ。表情や声、仕草などで大抵の感情や考えは読める。

 ミーファは無言のままに杯を差し出すと、カグラの手をつかんで半ば無理矢理に握らせた。そして酒瓶を傾けると、杯に酒を注いでいく。

 杯に注がれる透明の酒を無言で眺めるカグラだったが、ミーファの厚意を汲んで小さく頭を下げる。


「……ありがとうございます」


 礼を一言呟き、杯に口をつけてゆっくりと傾けていく。そして一息に飲み干すと、小さく息を吐いた。


「良いお酒ですね、これ」

「まあね。ほら、飲んだ飲んだ」

 

 ミーファが空いた杯に酒を注ぐと、今度はお返しとばかりにカグラがミーファの杯へと酒を注ぐ。両者は小さく杯を打ち合わせると、無言のままに酒を口に運んだ。

 そうやって杯を重ねること数杯。酒瓶の中身が半分ほど減ったところでミーファが口を開く。


「少しぐらいは話す気になった?」

「……少しは」


 ミーファの言葉に頷き、カグラは空になった杯を傍に置く。そして僅かに口を開くものの、すぐに閉じ、数秒経ってから再び開く……という動作を四回ほど行ってから声を発した。


「実は、ですね」

「うん」


 手酌で酒を注ぎつつ、ミーファはカグラの言葉を促す。すると、カグラは酒が原因なのか、頬を赤らめながら口を開いた。


「ヨシト様を押し倒してしまいました」

「…………」


 カグラの言葉に対して、ミーファは無言で応える。否、正確には思考が停止していた。手酌で注いでいた酒が杯から溢れ、指先を伝って肘まで酒が伝っていく。それなりに酒精(アルコール)が強い酒だったせいか、酒が伝った箇所が空気に触れると冷たく感じられた。そして、床に酒が数滴落ちたところでようやくミーファは思考停止から回復する。

 カグラの言葉を噛み砕き、意味を理解するために何度も頭の中で反芻していく。それこそ何度もカグラの言葉を反芻し、理解し、とりあえずといった風情で手に持った杯を一気に(あお)り、勢いをつけて尋ねた。


「普通逆でしょ! というか嘘でしょ!?」

「本当です」


 あまりにも断定的に言われたことが(しゃく)だったのか、カグラは少しだけ唇を尖らせる。そんなカグラに対して、ミーファは半信半疑な視線を向けた。


「それって昨晩のこと?」

「はい。酔い潰れたところをヨシト様が介抱してくださったんですけど、そのときについ押し倒してしまいました」


 正確には投げ飛ばしたのだが、それを知らないミーファは呆れたような声を出す。


「ついで国王を押し倒したのね、アンタは」


 友人の大胆な行動に驚いたミーファではあるが、平静を装って酒を口にする。


「酔った勢いもありましたけど、ヨシト様にならと思ったんです。でも……」

「でも?」


 それまで多少の明るさを見せていたカグラの表情が曇り、ミーファは首を傾げながら先を促す。カグラはそんなミーファの言葉に従い、続きを口にした。


「……拒絶されまして」


 呟いた声は、小さいものだった。ミーファはカグラの言葉を聞くなり、内心だけで疑問の声を上げる。


 ―――けっこう良い雰囲気だと思ったんだけど、わたしの勘違いだったのかしら?


 傍目から見ていて、義人とカグラの仲は良いように見えた。少なくとも、ミーファから見ても義人がカグラに対して嫌悪感を持っていないのは確かである。

 もしやすでに想っている人がいたのかと考えたミーファだが、その考えと同時に優希の顔が頭に浮かんだ。義人との関係を考えると、可能性としては一番高い。

 同性のミーファから見ても、カグラの容姿は優れている。絹のような黒髪に、整った目鼻立ち。性格も良く、魔法使いとしての腕も近隣諸国を含めて最高と言えるだろう。欠点らしい欠点は酔ったときの被害が大きいことぐらいで、カグラの人気を裏付けるように、文官や兵士の中にはカグラに好意を持つ者も少なからず存在している。

 ミーファも、自分が男だったらカグラに惹かれるものを感じていたと思う。


 ―――もしかして、違う世界の人間だから?


 美醜の基準が違うのかと思ったミーファだが、ミーファからすれば優希とカグラの違いは魅力の方向性が違うだけである。


「それにしても、カグラがねぇ……」


 ミーファは自分の考えをいったん脇に寄せると、感慨深げに呟く。それは、考察よりも今は目の前の友人をどうにかするべきだという判断からだった。

 カグラはミーファの言葉に少しばかり怯んだ表情を見せるものの、すぐに気を取り直して口を開く。


「そういうミーファちゃんはどうなんですか?」

「え? わたし?」

「シノブ様のことですよ」


 突然向いた矛先に首を傾げるミーファだったが、続くカグラの言葉に危うく酒瓶を落としかける。


「い、いきなり何よ!? なんでシノブの名前が……」

「なんでって、それは……」


 そこまで言うと、カグラはからかうように薄く笑う。その表情を見たミーファは頬を引きつらせ、動揺を表すかのように目を逸らした。


「別に、何もないわよ。カグラが考えるようなことは何もね」

「本当ですか? わたしに聞くだけ聞いて、自分は言わないのはずるくないですか?」

「わたしは別に……」


 カグラの追求から逃げるように、ミーファは酒を口に運ぶ。口で語るよりも明らかなその態度を見たカグラは、張っていた気が緩むのを感じながらミーファの持つ酒瓶に手を伸ばした。


「わたしにも話を聞かせてもらいますからね?」

「力づくでなんて言わないでよ? あと、何もないって言ってるでしょ?」


 じゃれ付くように告げるカグラに対し、ミーファはなんとか逃げ道を探す。

 そうやって他愛無い話をしている内に、カグラは気が晴れてくるのを実感するのだった。






 互いにからかうように話し続け、酒もなくなるとお開きとなる。ミーファは最後まで口を割らなかったことに安堵しつつ、腰掛けていたベッドから立ち上がった。


「それじゃあ、わたしはそろそろ自分の部屋に戻るわ。明日も訓練があるしね」


 カグラの表情から多少翳がなくなっているのを確認したミーファは、そう言ってカグラから空の杯を受け取る。その姿がまるで逃げるようだったのを知るのはカグラだけだが、敢えて口に出すことはしなかった。


「ミーファちゃん」


 その代わりに、カグラは違う言葉を口にする。


「ん? まだ何かあるの?」


 肩口に振り返り、ミーファは何事かと目を瞬かせた。そんなミーファに対して、カグラは微笑む。


「……ありがとう」


 それは、何に対しての礼だったのか。カグラではなく、ミーファの友人である“少女”としての言葉にミーファは目を丸くするが、すぐさま同じように微笑んだ。


「明日からはもう少し良い顔してなさいよ? 他の人も心配してたんだから」

「うん。気をつけるね」


 敬語ではなく、友人としての言葉。それが何年振りのものになるかとミーファは思ったが、意味もないのですぐに止める。

 カグラはもう一度だけ『ありがとう』と礼を言い、それを聞いたミーファは苦笑しながら背を向けた。


「じゃあ、おやすみカグラ」

「おやすみなさい、ミーファちゃん」


 片手を振って退室していくミーファを見送り、カグラはベッドへ身を倒す。そして天井を見上げると、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「諦めるにはまだ早いですよね……」


 言葉に込められたものは、決意と執着。

 自身に言い聞かせるような呟きを最後に、カグラは目を閉じるのだった。


どうも、池崎数也です。

今回の話については前書きの通り、第五十九話と第六十話の間の話になります。本来は本編に入れる予定の話だったのですが、色々ありまして閑話という形にしました。

今回は二章の閑話でしたが、本編では描くことのできなかった物語の裏側を他の章でも書くことができればと思います。

それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いです。

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