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異世界の王様  作者: 池崎数也
第二章
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第六十話:疑心

 酒宴から三日ほど経つと、義人とカグラは以前の二人に戻りつつあった。今まで通りに政務をこなし、時折世間話もする。

 まるで、何もなかったように。


「これで今日の分は終わり、と。カグラのほうはどうだ?」

「わたしのほうも、あと少しで終ります」


 若干事務的な口調だが、それでも目を逸らしたり言葉を濁すことはない。

 執務室には二人の他に優希しかおらず、サクラは厨房にお湯を沸かしに行っている。執務机の傍には王剣のノーレも立てかけてあるが、何かを話すことはなかった。

 義人は王印を押した書類をまとめると、机の上に並べる。そして席を立つと、大きく伸びをした。その際背骨がボキボキと音を立て、義人は苦笑しつつカグラへと目を向ける。


「それじゃあカグラ、今日の分の書類はここに置いとくから」


 そう言って、義人はノーレを手につかむ。それを見たカグラは、慌てたように立ち上がろうとする。


「その、どこかに行かれるのですか?」

「どこかっていうか、散歩かな? さすがに椅子に座りっぱなしだと、体を動かしたくなるんだよ」

「でしたら、わたしが護衛に……」

「いや、ノーレがいるから大丈夫だろ? 別に城の外に出るわけじゃないし、カグラのほうはまだ仕事があるみたいだし」


 それ言って義人が目を向けたのは、カグラ用の机に積まれた書類の束だ。義人の裁可が必要でない、それでいて義人では知識が足りずに判断できない類のものである。


「あ、そう……ですね」


 カグラは立ち上がりかけた体を再び椅子へと預け、落ち着かないように書類へと目を移す。義人はそんなカグラを見て苦々しい感情を覚えるが、それを表に出すことはない。表面だけは、いつも通りに笑った。


「それじゃあ、行ってくるよ」


 それだけを言い残し、義人は執務室を後にする。カグラはそれを黙って見送り、執務室の扉が閉まるとため息を吐いた。


「はぁ……」

「ため息を吐くと、幸運が逃げちゃうよ?」

「ひゃっ!? ユ、ユキ様! いつからそこに!?」

「さっきからずっといたよ? カグラちゃん、気づいてなかったの?」


 驚き、慌てて優希を見るカグラ。そんなカグラに、優希は不思議そうな表情を向ける。


「あ、い、いえ。そんなことはないです、はい」

「ふーん……」


 必死に否定するカグラに対して、優希は不思議そうな顔をしたままだ。そして、そのまま首を傾げる。


「義人ちゃん、何かあったのかな?」


 何気なく呟いた言葉だった。それを聞いたカグラは驚きながら優希を見るが、優希はカグラを見てはいない。義人が出て行った執務室の扉を見ながら、首を傾げていた。

 傍に自分がいた場合、義人は必ず声をかけていく。幼い頃からの慣習のようなものだが、それが行われなかったことに対して優希は思案した。

 数秒ほど考え込むと、手に持っていた裁縫道具を片付けだす。そして膝の上に置いていた卵を抱えると、椅子から立ち上がってカグラに軽く手を振った。


「わたしも散歩に行ってくるね?」


 それだけを告げると、優希も執務室を後にする。

 残されたカグラは、手元の書類に視線を落としてもう一度だけため息を吐いた。




 カーリア城の中には、図書室という部屋が存在する。

 その名の通り図書が保管された部屋で、古いものはカーリア国建国当時のものも存在していた。ただし、その当時は今よりも紙が稀少だったのか、紙ではなく薄い木などに書いてあったが。

 国の歴史を(しる)したものもあれば、魔法に関する本も置いてある。魔物に関する本や、共通語であるコモナ語について記した本もあった。ニホンゴで書かれた本が大半だが、中にはコモナ語で書かれたものもある。

 図書室を利用する者は少なく、いるとしても資料が欲しい文官や、魔法の知識を覚えようとする魔法使いぐらいしかいない。

 広さは食堂と同じぐらいだが、書棚が列をなしているため狭く見える。その上日当たりが悪く、室内はやけに暗かった。


「これは……違う。お、こっちはどうかな?」


 そんな薄暗い部屋の中で、義人は本を探していた。


『何の本を探しておるんじゃ?』

「んー? 魔法関連の本だよ」


 思念通話で話しかけてくるノーレにそう答えつつ、義人は手当たり次第に本を漁っていく。


『それならば、もっと右の棚じゃ』

「右? ああ、あっちか」


 ノーレの言葉に従って移動すると、義人は適当に一冊引き抜いて表紙を確認する。そこには達筆な文字で『魔力操作の概念』というタイトルが記されており、義人は小さく笑った。


「この書棚の本が魔法関連のやつか?」


 そう言って他にも確かめてみるが、どれも魔法に関するものらしい。義人は書棚に置かれた本の数を見ると、眉を寄せる。


「……なんか、他の分野と違って少なくないか?」


 魔法関連の本は少なく、五十冊もない。そんな義人の言葉を聞いたノーレは、講釈するように語りかけた。


『魔法は体で覚えるものじゃからな。本で学べる知識も大事じゃが、重要さで言えばそれは一割にも満たん。魔法は読んで覚えるのではなく、使って覚えるものじゃ』

「魔法なのに、やけに体育会系染みた覚え方だな」

『そんなものじゃよ』

「そんなもんか」


 ノーレの言葉に納得しつつ、義人は手に取った本をめくっていく。幸い内容はニホンゴ……漢字とひらがなで記されており、義人はニホンゴを公用語にしたかつての王様にささやかな感謝を送った。


『それで、どうしたんじゃ?』

「ん? なにが?」


 『魔法文字』に関する本を興味深く眺めていると、ノーレが世間話のように尋ねてくる。その意図がつかめなかった義人が僅かに首を捻ると、ノーレは呆れたように言葉を紡いだ。


『巫女のことじゃ。ここ最近、やけにぎこちないじゃろう?』

「……イエ、ソンナコトナイデスヨ?」

『片言で言っては動揺してるのを公言してるようなものじゃぞ?』


 ノーレの言葉に、義人は参ったなと頭を掻く。そして持っていた本をとりあえず閉じると、傍に置いてあった脚立に腰掛けた。


「やっぱり、わかるもんなのか?」

『剣である妾でも、な。それに、妾にはヨシトの心情が伝わるから仕方あるまい』

「おいおい、そりゃ初耳だぞ?」

『言っておらぬからな。まあ、心情と言っても喜怒哀楽程度じゃ。何を考えているかまではわからん。しかし、お主が今どんな気持ちでいるかぐらいはわかるつもりじゃ。お主に名前をもらったあの日から、繋がりが深まったあの日から、な』


 後半部分の言葉には、深い感情が込められている。義人はそれに気づきながらも、軽口を叩くように言葉を返した。


「全部わかったらプライバシーもくそもないっての」

『ぷらいばしぃ? なんじゃそれは?』

「気にすんな。こっちの話だ」


 図書室には自分以外いないため、義人が思念通話で喋ることはない。

 ちなみに思念通話とは自分の魔力を相手に飛ばし、言葉を伝える魔法である。

 かつては当たり前のように使われていた魔法だったが、今では使う者がほとんどいない。

 思念といっても電波のようなもので、魔法使いならば盗み聞きされる可能性がある。その上複数人が同時に使用すると言葉が伝わりにくいという欠点もあった。その上使用可能な距離が短く、“人間同士”では五メートルも離れれば言葉が伝わらない。


『ふむ、それで何があったんじゃ?』

「何がって言われても」

『もしや巫女を抱いたか?』

「ちげーよ」


 スパーン、と反射的に王剣の鞘を叩く義人。しかし、相手は金属でできた鞘。むしろ叩いた義人の手のほうが痛かった。


「ぬおお……しまった。つい突っ込みを入れちまった。いてぇ……」

『なんじゃ、図星か』

「いや、違いますって。その三歩手前くらいでなんとか踏みとどまりましたとも、ええ」


 微妙な敬語で否定する義人だが、ノーレは鼻を鳴らす。


『ふん、色を好むのは男の(さが)じゃろう。それにお主はこの国の王。どれだけ手を出しても構わんじゃろうて』

「……いや、それは人としてどうだろう?」


 僅かに不機嫌なノーレの暴言を宥めつつ、義人は痛む手をさする。そして、苦笑混じりに王剣の鞘に手を乗せた。


「まあ、アレだよ。正直俺も嬉しかったさ。カグラみたいに可愛い子に迫られれば、手を出したくもなるよ。耐え切った自分を褒めてやりたいくらいに、さ」


 軽口を叩くように告げ、そこで一度言葉を切る。そこでノーレは、義人の心情が固くなったのを察した。


「でも、それは駄目なんだ」

『……何故じゃ?』


 ノーレの疑問の声に、義人は答えない。ただ、苦笑に似た表情を浮かべるだけだ。

 義人はノーレの鞘に施された装飾を眺めつつ、湿っぽい、(ほこり)の匂いがする図書室の空気を吸い込む。そして、ため息を隠すように大きく吐き出した。

 いつになるかわからないが、自分達は元の世界に戻る。いや、戻ってみせる。

 突然消えて、家族は驚いているだろう。何か事件に巻き込まれたのではないかと、心配しているだろう。学校の友人も、心配しているかもしれない。

 生まれ育った元の世界と召喚されて四ヶ月弱のこの国を比べるならば、義人は前者を選ぶ。例え無責任と言われようが、元々は関わりないことだ。もっとも、今の状態のままで放り投げる気もないが。

 戻れば、こちらの世界に来ることもないだろう。それまでにどうにかこの国を変える。

 “自分の足で立てるようになったら、あとは蹴り出して勝手に歩かせる”。

 そうするためには、“重い荷物”は背負えない。元の世界よりも、こちらの世界を選んでしまうような“傷”は残さない。

 この国に対する愛着も、多少とはいえ感じている。自身を王と呼ぶ臣下達に対する親しさもある。この国を良くしたいと思う気持ちも、確かにある。だが、義人の根底には『元の世界に戻る』という決意があった。


「しかし、元の世界に戻っても色々と困るか……」


 カグラの話では、一番最初に向こうの世界へと帰れるのが召喚から一年後。一年に一人送り返せるとしても、最後の一人は三年後だ。そうなると、元の世界での生活に支障が出る。今すぐ帰れれば、ギリギリで留年せずにすむかもしれない。だが、そんな方法はない。


「いや、参ったね……本当に」


 考えれば考えるほど、泥沼にはまる気分だった。そして、今のままでは一人ずつ帰るという手も取れないかもしれない。元の世界に帰せるのは、カグラだけなのだから。

 義人がそうやって考えていると、図書室の扉が開く音が響く。義人は咄嗟に手に持った本を元の場所に戻すと、ノーレを片手に息を潜めた。


『ノーレ、誰かわかるか?』

『この魔力は……』

「義人ちゃん。わたしだよ、優希だよ」


 思念通話でノーレに話しかけた義人だったが、ノーレが答えるのを遮るように声が響く。間延びしたような、聞き慣れた声を聞いた義人は、肩の力を抜いた。


「なんだ、優希か。本でも探しにきたのか?」


 優希の姿は、書棚に遮られていて見えない。


「ううん。本じゃなくて義人ちゃんを探してたの。見回りの兵士さんに聞いたら、こっちのほうにいるって聞いて、わたしも暇だったから一緒にお散歩しようかなって。でも珍しいね? 義人ちゃんが図書室にいるなんて」

「そうかな? 優希はよくここに来るのか?」

「うん、そうだよ。色々と面白い本があるしね」


 義人は優希の声がするほうへと足を向ける。


「相変わらず勤勉だなぁ、優希は」

「けっこう時間があるから。それに、コモナ語とか読めたら義人ちゃんにも教えられるでしょ?」

「お、まさか覚えたのか?」

「簡単な日常会話ができるくらいには覚えたよ」

「へぇ……さすがだなぁ」


 優希と会話しつつ、義人は図書室の入り口へと向かう。すると、そこには窓越しの夕日を背にした優希が立っていた。


「お散歩なら、もう少しそれらしいところに行こうよ?」

「それもそうだな……よし、それじゃあ城壁の上にでも行くか」


 図書室に夕日が差し込み、薄暗かった室内を明るく照らす。

 今度本を虫干ししないとな、などと考えつつ、義人は図書室を後にした。




 優希と共に階段を上り、城壁の上へと向かう。交わす言葉は世間話の域を過ぎないが、それでもそこには長年の親しさを感じさせる気安さがあった。

 義人は扉を開け、吹き込む(ぬる)い風に目を細める。その斜め後ろでは優希が髪を押さえ、吹き込んだ風に苦笑していた。


「足元に気をつけて、それと、城壁から落ちるなよ?」


 さすがにないだろうが、そうなっては笑えない。そんな義人に、優希は笑ってみせた。


「もし落ちても、義人ちゃんが助けてくれるでしょ?」

「そんな無茶な……いや、できるのか?」


 ノーレを使えば可能かもしれない。かといって、本当に落ちられても困るが。

 城壁の上には見張りの兵士が配置されているが、この時間帯はかなり少ない。

 義人は城壁の上から城下を一望すると、優希もそれに倣って城下を一望した。

 城下町では人々が行き交い、楽しそうに笑っている。仕事を終えたのか、充実した表情をしている者もいた。


「良い景色だね?」

「ああ、本当に」


 夕日に照らされたその景色は、ある種の懐かしさを感じさせる。それでいて、郷愁に似た気持ちも感じさせた。


「優希は……」


 だからだろうか。義人は、自分でも止めることなく口を開いていた。


「優希は、元の世界に戻りたいか?」


 隣に立つ優希を真っ直ぐに見据え、ポツリと尋ねる。その視線と疑問を受けた優希は、はにかむように笑った。


「そこに義人ちゃんがいるなら」

「いや、答えになってないって」

「そうかな?」

「そうだよ」


 優希の言葉に、義人は僅かに目を逸らす。しかし、優希は笑いかけるだけだ。


「義人ちゃんは戻りたいの?」

「そりゃ、な。何も言えずに消えたんだ。みんな心配してるだろうし、顔も見たい。戻れる手段があるのなら、元の世界に戻るさ」

「戻る手段……カグラさんに頼むんだよね?」

「……ああ。悪手かもしれないけどな」


 元の世界に戻る方法は、今のところカグラに頼るしかない。だが、逆に言えばカグラなしでは元の世界には戻れないかもしれない。そのことが、義人の頭を悩ませていた。

 優希と志信だけしか元の世界に戻せないかもしれない。最悪、誰も帰れないかもしれない。

 カグラの魔力が元に戻るまで、まだ半年以上ある。しかし、魔力が回復したからといって召喚魔法を使ってくれるかはわからない。つまるところ、全てはカグラの意思次第なのだ。


「まったく、嫌な仕組みだよ」


 ぼやくように呟く義人。

 一度召喚されたら、戻る手段があっても戻れない。戻す手段を持つ者が戻そうとしてくれなければ、戻れない。その上、自分はこの国の王という破格の待遇だ。一人で召喚されたなら、半年もせずに帰る気をなくすだろう。

 もしも、一人で召喚されたのなら。


「でもまぁ、どうにかするさ」


 信用はできても、信頼はできない。義人としては心苦しかったが、カグラに対してはそう評した。

 そんな義人を見ていた優希は、視線を移して沈もうとしている夕日に向けた。


「……少し、日が沈むのが早くなったね?」

「八月も半ばだしなぁ。夏至が過ぎて一ヶ月以上経つし、そんなもんだろ」


 まだまだ暑い日が続くが、いずれ涼しくなる。

 秋が来れば作物の収穫の時期だ。農民からの年貢や、その他にも様々なことで忙しくなるだろう。

 先のことを僅かに想像すると、ため息混じりに頭を振った。そんな義人を見て、優希は微笑む。

 そんな二人の間を、夏の暖かい風が吹き抜けていった。




 城壁の上へと続く扉の前で、少女は立ち尽くす。

 僅かに開いた扉から漏れ聞こえた会話に、両手を強く握り締める。

 その目尻には僅かに涙が浮かび、何かを(こら)えるように小さく呟く。


「どうにかなんて……させません」


 扉を完全に開けることなく(きびす)を返し、腰ほどまで伸びた真っ直ぐな黒髪が(ひるがえ)った。






 どうも、作者の池崎数也です。色々と問題を残しつつ二章終了です。

 一章終了時に書いた予告の半分近くが書かれていませんが、話の流れ的に無理そうなものがボツになりました。もっと物語の構成力が欲しいです。

 次は三章ですが、世界観の描写をもっと入れたいと思います。そして、三章は外交編です。色々あって隣国に行く話を書きたいと思います。もっとも、隣国に行く前に数話挟むことになります。とうとう卵が……。

 三章は二十五話ぐらいで終らせることができたらいいなと思ってます。予定は未定です。一章終了時に百三十話前後で完結するのではと書きましたが、百五十話前後と訂正することになりそうです。

 ご感想、ご指摘、評価をくださった方々。本当にありがとうございます。中には『異世界の王様』の絵を描いてくださった方もいて、非常に嬉しく思います。

 まだまだ未熟な身ではありますが、少しでも面白い物語が書けるよう誠心誠意努力したいと思います。

 それでは、こんな拙作ではありますが、今後ともお付き合いいただければ幸いです。


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