第五話:紹介
宝剣が抜けてしまった義人は、そのまま玉座へと座らされることになった。それを見たミーファやカグラ、アルフレッド。その他の兵士や文官などが膝を突く。
「えーっと……まあ、なんと言いますか」
そんな中で、ミーファが居心地悪そうに口を開いた。彼女としては、初っ端から王を間違えてしまったのだ。その自責の念は、かなり重い。
「ミーファちゃんは、何でその人が王だって思ったんですか?」
その横で、カグラが楽しそうに尋ねた。アルフレッドが咳払いをするが、二人は気に留めない。
「いや、最初見たときに、あちらのシノブ殿の方が王らしく見えて……いえ、なんでもありません」
目の前に本当の王がいるというのに、中々豪胆な発言だった。しかし、義人はそれに笑って同意する。
「ははははは。たしかに、あの場面じゃ志信のほうがソレっぽいよな」
その言葉は、半ばヤケクソだった。そして、そのヤケクソな気持ちのままで義人は尋ねる。
「それで、だ。なんで俺達をここに連れてきたのか、そろそろ説明してほしいんだが」
義人がそう言うと、ミーファ達は目配せを交わす。すると、三人を代表してかカグラが口を開いた。
「まず、いきなりこの世界へ召喚したことをお詫びします。わたしの名はカグラ。当代の召喚の巫女を務めております」
「召喚の巫女?」
「はい。このカーリア国は、五十年ごとに国主を他世界より召喚し、国主に据える召喚国主制です。その国主を召喚するための、そして召喚後の補佐をする巫女を召喚の巫女と呼んでいます」
カグラの言葉に、義人は頬が引きつるのを自覚する。だが、聞き間違いだと内心で言い聞かせながら尋ねた。
「他世界から召喚って……つまり、この世界は俺達がいた世界じゃないのか?」
「はい」
あっさりと、願いを断ち切ってくれるカグラ。
この世界が自分達の世界ではないというその言葉に、優希が気絶しかける。だが、すぐに志信が気づいてそれを支えた。
「……なんでそんなことするんだよ。国主なら、この国の人間がなるべきだろ」
そんな優希を横目で見ながら、義人はカグラとの話を続ける。
「それは、この国が建国されたときに決められた規則です。建国当時、世界最高の魔法使いと呼ばれたミレイ=シーカー様の提言により、召喚国主制となりました。それが、この国に最も良いだろうとおっしゃったそうです。他世界の知識を取り込むことで、この国をさらに発展させることができる、とのことらしいのですが……」
義人は見も知らぬその人物に、『そんなはた迷惑な規則を作るな』と怨嗟の声をかけてやりたくなったが、ぐっと飲み込む。
「なら質問を変える。なんで、俺が王に選ばれたんだ? 自分で言うのもなんだが、選ばれる理由がまったくないだろ」
「選ばれる理由、ですか。それは、貴方が王に相応しいからとしか言えません。カーリア建国時、初代の召喚の巫女としてミレイ様が選ばれましたが、その際に用いた召喚の陣は無作為に王を選出するものではなく、繋いだ座標の先の周囲数キロメートル内から最も王に相応しい人物を選定するものだったそうです。そして、今回用いた召喚の陣もそれに近いものにしてあります」
「それで俺が選ばれたってわけか?」
「はい。わたしや過去の召喚の巫女達は、ミレイ様が繋げた他世界への道を利用して召喚を行いました。そのため他世界における座標が変わることはないですから、貴方は座標から数キロメートル以内における、最も王に相応しい人間ということです」
なるほど、と義人は頷く。
「そうか。なら、なんで優希と志信も一緒にこっちにきたんだ?」
「おそらくですが、ユキ様とシノブ様は召喚に巻き込まれたのではないかと。今まで事例にありませんが、召喚の対象者のすぐ傍にいたため共に召喚された、ということだと思います」
「わかった。じゃあ、俺達を元の世界に帰してくれ。元々この世界とは何の関係もないし、国主は新しく召喚すればいいだろ?」
そう尋ねると、カグラは困ったように頬を掻く。
「それは、その……無理なんです」
「は?」
否定の言葉に、義人は思わず身を乗り出す。
「いや、召喚したんだから、元の場所に戻すぐらいできるだろ?」
「たしかにできないこともないのですが、現状では不可能なんです。わたしは今回の召喚の儀式で魔力を使いきってしまいましたから……」
申し訳なさそうな表情で告げるカグラ。それを聞いた義人は、乗り出した体を戻して背もたれにもたれかかる。
義人の頭の中で、ロールプレイングゲームなどで登場するマジックポイントみたいなものだろうという判断が下された。
「一晩宿に泊まれば回復するんじゃないのか?」
「……一体誰がそんなことを?」
心底不思議そうなカグラに、義人も不思議そうな表情で答える。
「なんつーかほら、ゲームだとそうだし」
「げぇむ、とはなんでしょうか。とにかく、消費した魔力はそう簡単には回復しないんです」
「そうなのか。だけどカグラ……さんが駄目なら、他の人がしてくれればいいじゃないか」
一応さん付けしながら提案してみるが、カグラはそれにも首を横に振った。そして、それに補足するかのようにミーファが口を挟む。
「現在このカーリア国において、魔力の許容量及び操作の力量が最も高いのがカグラなのです。他の者では、三人どころか一人召喚することもできません。元の世界に送り返すなど、もっての他です」
その台詞に、再び義人の頬が引きつる。最悪の想像が頭を掠めたが、努めてそれを無視しながら尋ねた。
「それじゃあ、もしかしてだけど……俺達、元の世界に戻れないのか?」
「はい。現状では、不可能です」
隠しても仕方ないのだろう。ミーファとカグラが頷く。
それを聞いた義人は目眩を覚え、離れて聞いていた優希は、今度こそ気絶した。
ミーファに介抱される優希にため息を吐きつつ、義人は告げられた言葉の意味を反芻する。
つまり、なんだ……俺達は、元の世界に戻れないのか。
行き着く先はどう足掻いてもそこになる。義人がもう一度ため息を吐くと、それを見ていたカグラが戸惑いながら口を開く。
「国王様。今から貴方様の成すべきことをご説明したいのですが……よろしいでしょうか?」
よろしくないです。
義人は心の底からそう答えたかった。だが、現実はそうもいかない。とりあえず思考が沈みそうになるのを懸命に堪えた。
「……どうぞ」
「はい。ではまず、この国の主要な人物を紹介したいと思います。わたしは先程紹介したので割愛しますね」
そう言って笑うカグラ。それはまるで花のような笑みだったが、気分が最低を突き破ってさらに下降中の義人に気にする余地もない。
「こちらの男性が、アルフレッド様です。この国の歴代の宰相を務めています。何かわからないことがあれば、この方に聞くと解決すると思います」
カグラの紹介に、アルフレッドが一礼した。初老の男性に見えるが、その一礼には芯の通った頑強さが見て取れる。
「アルフレッドと申す。この国の宰相を務めさせてもらっておる」
一礼したアルフレッドを見た義人は、ふとあることに気づいた。
「えっと、アルフレッドさん? 一つだけ聞いてもいいっすか?」
「なんなりと」
「じゃあ、耳がかなり長くて、さらに尖っているように見えるのは俺の目の錯覚ってことで良い?」
失礼だとは思いつつも、アルフレッドの耳を指差す義人。その言葉が指す通り、アルフレッドの耳は長く、そして先が尖っていた。そこまで目立つわけではないが、義人達と比べるとかなり大きい。
「目の錯覚ではない。儂はエルフじゃからのう。だから耳の形も人間とは違うのじゃよ」
「あー……成程、それでか。実は生まれつきで、コンプレックスを持っていたらどうしようかと思っちまったよ」
「こんぷれっくす? いやはや、当代の王は妙な言葉を使うのう」
首を傾げるアルフレッドを見て、カグラは次の人物へと目を向ける。
「そして、こちらが魔法剣士隊隊長のミーファ=カーネルです」
先程ちゃん付けで話していた様子からして、今は公私を分けているのだろう。どこか他人行儀な呼び名に、ミーファは頭を下げた。
「魔法剣士隊隊長のミーファ=カーネルです。王よ、先程は失礼しました」
下げた頭をさらに下げ、ミーファが謝罪する。義人はそんなミーファに苦笑を返した。
「いや、まったく気にしてないから」
「しかし……」
「何か気になるのなら、さっき助けてもらったことで帳消しってことにしよう」
「……わかりました。ありがとうございます」
何故そこまで頭を下げるのか義人にはわからなかったが、カグラはクスクスと笑う。
「国王様を間違えて、落ち込んでいるんですよ。きっと」
「カ、カグラッ!」
ミーファが慌てたように叫び、義人の視線に気づいて再び頭を下げる。だが、義人はそれに手を振って応えた。まったく気にしていないということを、態度でアピールする。
義人は何度か頷くと、志信に顔を向けた。その顔は何故か笑顔である。
「なあ志信」
「なんだ?」
「やっぱり俺は夢を見てるっぽいから、殴って覚ましてくれ」
「…………」
志信が義人に近づき、無言のままで言われた通りに殴る。手加減された一撃が義人に叩きこまれ、義人は何度目かになるため息を吐く。
けっこう痛かった。
「殴られて痛いっていうことは、やっぱり夢じゃないんだよな」
そもそも痛みで目が覚めるというのなら、森の中で化け鳥に襲われたときに目が覚めるだろう。義人は軽く現実を逃避してみるが、目の前の状況が変わることは一切ない。
「……まあ、落ち込んでいても現状は好転しない、か」
義人は呟いて、顔を上げる。その目には、先程まではなかった力強さがあった。
「よし、それじゃあいくつか質問させてもらうよ。まずはカグラさん」
「はい」
「君なら俺達を元の世界に帰すことが可能なんだよな?」
多分に期待を込めた質問に、カグラはやや困ったような表情を浮かべる。だが、少々思案した後頷いた。
「おそらくですが、可能だと思います。ただ時間がかかりますし、三人同時というのは無理です。一人ずつなら、なんとかなりますけど」
「本当か? それは、どのくらい時間をかければ実現できるんだ?」
「およそ一年もあれば」
身を乗り出しかけた義人は、カグラの答えに力なく王座に座り直す。そして、大きなため息と共に質問を重ねた。
「なんで、そんなにかかるんだ?」
そんな問いに、今度はミーファが口を開く。
「魔力の回復に時間がかかるんです。普通の魔法使いならともかく、カグラの魔力許容量は遥かに大きいんです。それに、この国の魔力回復施設は質が悪いですから……」
後半は半ば愚痴に近かった。しかし、義人はその説明に首を傾げる。
「ちなみに、今のカグラさんの……その、魔力量とやらはどのくらいあるんだ」
魔力というファンタジーな単語にやや抵抗を覚えつつ、義人は尋ねた。そんな義人に向けて、カグラはにこりと微笑む。
「ゼロです」
はは、笑顔で答えるなよ。
義人は内心で愚痴る。だが、ここで投げ出しては解決できるものも解決できない、と自身を鼓舞し、なんとか解決の糸口を掴もうと頭を働かせた。
「魔力っていうのは、自然にパーッと回復しないのか? ゲームとか小説じゃ、時間の経過と共に回復っていうのも割とポピュラーなんだけど」
「えーっと、すいません。時間の経過でも一応回復することはできますが、その量は非常に微々たるものになってしまいます。そうですね、施設を利用した場合と比べたら、百倍ぐらい差が出ますよ」
「……じゃあ、方法を変えよう。カグラさん一人で無理なら、他にも大勢の人に手伝ってもらえばいい。そうすれば大丈夫じゃないか?」
期待を込めて尋ねる。しかし、カグラは申し訳なさそうに首を横に振った。
「たしかに、魔力量だけなら問題ないかもしれません。しかし、召喚の術式は難易度が高いため、おそらく不可能かと思われます」
代案が却下され、義人は深いため息を吐く。
一年あれば一人を送り返すことができるらしいが、それは、最低でも一年はこの世界で過ごさなくてはいけないということを示している。しかも、一番長い場合は三年後だ。
義人は夢であることを必死に願うが、相変わらず覚めることはない。
「最低でも一年か……戻ったら行方不明者扱いされるんだろうな。親父達になんて説明しようか……」
未だに事の重大さが浸透していない頭でそんなことを考えてみる。
その言葉を聞いたカグラが、僅かに目を伏せたことに義人は気づかない。
「あー、いかん。駄目だ。頭が理解してくれねー」
軽く頭を掻く。
突然異世界に召喚され、化け物に襲われ、その国の王様になりましたとさ。めでたしめでたし。
「……黄色い救急車でも呼ばれそうだ」
中空を見つめ、ブツブツと呟く。別名、現実逃避ともいう。
その様子を見ていた周りの臣下は、僅かにざわめきだした。
『おい、当代の王は大丈夫か……』
『やはり、異世界の者を召喚しても……』
『そもそも前代の王とて……』
『何より若すぎるではないか』
その会話を聞き取った志信は、それとなく周囲の様子を窺う。義人を見る表情、会話に込められた感情、仕草。
歓迎が二割、消極的歓迎が二割、そして残り六割は戸惑いと反発に近い、と志信は判断する。何はともあれ、このままでは少し拙いことになりそうだ。
それを悟ったアルフレッドが、大きな声を上げる。
「王は疲れているようじゃ。今日はひとまず解散し、顔合わせの続きや取り決めは明日より行
うこととする」
「そうですね。王も落ち着くのに時間がかかりそうですし、今日はひとまず解散とします」
アルフレッドの言葉に乗って、カグラもそう言った。すると、それに従うように文官武官が退場していく。残ったカグラ達は、労わるように義人へと声をかけた。
「では、王の部屋に案内します。まずは落ち着かれてください。その後、詳しい説明をしますので」
その提案に義人はとりあえず頷き、気絶している優希を横抱きで抱き上げて歩き出す。
その際、優希の口元が嬉しげに笑っていたことに気づくことはなかった。