表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の王様  作者: 池崎数也
第二章
59/191

第五十八話:月明かりの影

「しかし、これはある意味壮観だなぁ……」


 酒に酔って暴れていたカグラが飲み潰れた直後、義人はそんな言葉を呟きながら辺りを見回した。

 辺りにはカグラによって酔い潰された兵士が死屍累々と転がっており、中には良く見知った顔も含まれている。

 その最たる者はサクラやミーファだが、今は完全に酔い潰されてテーブルに突っ伏していた。

 なんとか無事だった義人は、カグラの手によって犠牲になった兵士達に合掌する。そして、同じく無事だった優希や志信へと目を向けた。すると、無理矢理カグラに酒を飲まされた志信が口を開く。


「とりあえず部屋にでも運ぶか?」


 酒を飲まされたものの、その口調はしっかりしている。足元を見てみれば、特にふらついているということもない。志信自身、酒には強いようだ。


「そうだなー……夏とはいえ、このまま寝転がしとくのも体に悪いか。志信はちょっと人を集めてきてくれるか? 俺と優希は起きれる奴を起こすから」

「了解した」


 義人の指示に従い、志信はすぐに食堂を後にする。義人はそれを見送ると、もう一度だけ周りを見回して苦笑した。


「もう二度とカグラの周囲には酒を近づけねぇ……」


 義人は万感を込めて、そんなことを誓ってみる。もっとも、それが守られるかどうかは神のみぞ知ることだが。

 優希は片付けの人員を確保するために厨房へと向かい、義人はひとまず手近に転がっていた中身のない酒瓶を集めると、テーブルの上へと置く。次いで地面に転がっている者やテーブルに突っ伏している者に声をかけて回る。


「おーい、大丈夫か?」

「……大丈夫、です……うぷっ」


 大丈夫ではないらしい。

 義人は気分が悪そうにしている者を丁寧に介抱すると、僅かに疲れを含めて口を開いた。


「この歳で酔った人間の介抱をすることになるとはなぁ……」


 しみじみと、感慨深そうに呟く。感慨深いと言っても、それは呆れを多分に含んではいたが。

 そうやって義人が介抱していると、厨房から優希が顔を覗かせる。そして湯飲みを片手に小首を傾げた。


「義人ちゃん、お水はいる?」

「そうだな……何人分か持ってきてくれ」


 優希は義人の言葉に頷き、水の入った湯飲みをお盆に六つほど乗せる。そして自身の前面に抱えた卵に衝撃を与えないように注意してお盆を持ち上げ、義人の元へと運んだ。


「大丈夫そう?」

「完全に寝入ってる奴が大半だけど、中にはちょっときつそうな奴もいるんだ。さすがに医者はいらないと思うけど、用心はしておこう」


 急性アルコール中毒にでもなったら大変だ。そう付け加え、義人は気分が悪そうな者に水を渡していく。

 今まで厨房でつまみになる小料理を作っていた調理人達は、そんな義人を見て苦笑しつつも片付けを始めた。

 王が一兵士の介抱をするなど聞いたこともないが、それが当代の王なのだろうと納得している。そして、手の空いている者は義人へと指示を仰ぐ。


「ヨシト王、酔い覚ましになるようなものを作りましょうか?」

「ん? そうだな。良ければ作ってほしい。このままだと、何人かは絶対に二日酔いになるだろうしな」


 元の世界なら酔い覚ましの薬やドリンクなどが手軽に手に入るが、この世界ではそうもいかない。


「アミノ酸を豊富に……って、アミノ酸なんて通じないか。まあいいや、この世界なりに酔い覚ましの方法も発達してるだろうから任せるよ」

「わかりました」


 アミノ酸という言葉に首を傾げつつも、手の空いた調理人は首肯する。

 アミノ酸と言っても、具体的には内臓機能を高めるグルタミンなどが必要だ。だが、それも通じないのでは義人に打つ手はない。

 そうやって義人が優希と共に介抱していると、志信が見回りらしき兵士を引き連れて戻ってきた。兵士は食堂の中を見ると、呆れを込めて苦笑する。


「これはまた……すごいですね」


 義人も兵士の言葉に苦笑すると、揺さ振っても起きないほどに寝入っている者達を見る。


「悪いけど、寝ている奴を部屋に運んでやってくれないか? さすがに人手が足りなくてな」

「わかりました。部屋に押し込んできます」


 義人の言葉に苦笑しながら敬礼すると、兵士達は寝入っている者を抱え上げていく。そして、なるべく揺らさないように歩き出した。


「まったく……俺達も運ぶか」


 そう言って、義人は寝ている者に視線を向ける。

 いつもならカグラが義人の行動を止めるはずだが、今回は彼女が元凶だ。今は完全に寝入っており、実に幸せそうにテーブルに突っ伏している。


「仕方ない。いくら夏とはいえ、このままにするわけにもいかないか」


 ため息を一つ吐き、義人はひとまずカグラの肩を押して揺らす。声をかけながら数秒揺らしてみるが、カグラは幸せそうに寝息を立てるだけだ。

 義人はもう一度、今度は深いため息を吐く。


「志信もその辺に転がっている奴を……いや、ミーファを部屋に連れて行ってやってくれ」


 微妙にうなされているミーファに申し訳なさを感じた義人は、志信にミーファを運ぶよう頼む。ミーファも他の兵士に運ばれるより、志信に運ばれたほうが良いだろうと思ってのことである。

 本当は女性に運ばせたいのだが、『強化』でも使えないと大変だろう。しかし、食堂にいた『強化』が使える女性の魔法剣士や魔法使いは軒並みカグラに酔い潰されていた。

 今回の騒動に巻き込まれなかった者は部屋にいるのだろうが、すでに時刻は午後十時を回っている。そろそろ城内の不要な灯を落とす時間であり、明日も訓練があるためすでに就寝しているだろう。

 もっとも、志信に運んでもらうのはミーファに対する義人なりのお詫びの意味合いもあったが。

 義人のそんな考えを気に留めず、志信は何事もないように頷く。


「わかった。それならミーファは俺が運ぼう」


 志信は短くそう答え、何の気負いもなくミーファを抱え上げる。一応寝ていることを考慮しているのか、首と膝下を持つ横抱き……いわゆるお姫様抱っこだ。

 義人は普段と変わらぬ足取りで歩き去る志信の背中を見送ると、感心したように口を開く。


「お姫様抱っことは……やるじゃんか。って、馬鹿なことを言ってもいられないか」


 なんとなく志信を賞賛すると、義人は眠っているカグラに視線を落とす。

 さすがに首根っこをつかんで持って行くわけにもいかないので、義人も志信に(なら)ってカグラを横抱きに持ち上げた。その際僅かにカグラの目元が動いたが、目を開けることはない。


「よっと。お、意外と軽い?」


 本人が起きていたら笑顔で殴られそうな台詞を吐きつつ、義人は少し抱え直してバランスを取る。そしてサクラに肩を貸している優希に目を向けると、軽く手を振った。


「そんじゃ、サクラのほうは頼むな。大丈夫か?」

「大丈夫だよ。それじゃあ、サクラちゃんは部屋に連れていくね?」


 お互いに頷き合うと、義人は食堂を後にした。




 余程深く寝入っているのか、ほとんど身動(みじろ)ぎもしないカグラを抱えた義人は廊下を歩いていく。両手が塞がっている状態でどうやって扉を開けようか、なんて愚にもつかないことを考えながら、義人は両腕で抱きかかえたカグラへと目を落とした。

 身体能力が上がっているせいか、カグラの体はやけに軽く感じられる。男性の筋肉質な肉体とは違い、触れた腕に伝わる感触は女性らしく柔らかい。その上服越しでも伝わる温かさは、普通ならば心地良さと同時に扇情染みた感情を抱かせるだろう。


「あー……明日の政務は大丈夫かねぇ?」


 しかし、義人の意識が“そういった”感情へと傾くことはない。抱きかかえたカグラに向ける感情は、起こさないように注意するといった気配りだけだ。

 割と飲んでしまった酒が明日に残らないことを祈りつつ、義人はカグラの部屋へとたどり着く。

 カグラの部屋は義人の寝室に近い場所に作られており、その距離は歩いて数十秒といったところだ。

 『強化』でも使いながら走れば数秒で到着できるが、そんなことを試す者はいない。カグラは普段魔力を回復するために外の魔力回復施設で寝るのだが、今日ばかりはそう言ってもいられないだろう。

 義人はなんとかカグラの部屋の扉を開けると、カグラを起こさないよう慎重に歩を進める。そして少し大きめのベッドを見つけると、カグラを横たえるためにそちらへと向かった。

 月明かりに照らされたカグラの部屋は、義人の寝室に比べれば多少狭い。もっとも、狭いといっても『カグラ』はこの国の中では宰相と並んで地位が高く、王を除けば最上位に位置する役職のため使用人などが使う部屋と比べれば十分に広かった。

 カグラはあまり物を置かない主義なのか、必要最低限の生活用品しか置かれていないのも広く見える理由だったりする。

 少し無機質に感じる部屋の空気に眉を寄せつつ、義人はカグラのベッド傍まで歩み寄った。そしてカグラを起こさないように、丁寧に、ゆっくりとカグラをベッドに下ろす。


「んっ……」


 ベッドに下ろされたカグラは僅かに声を漏らして眉を寄せるが、すぐに落ち着いたのか寝息が安定する。義人はやれやれと呟くと、カグラを起こさないよう静かに薄い掛け布団を手に取る。多少暗いが、月明かりのおかげで見えないほどではない。

 いくら夏とはいえ、この世界での夏の夜は涼しいくらいだ。さすがに風邪を引くことはないだろうが、用心するに越したことはない。

 そう判断した義人がカグラに布団を被せようとした瞬間―――、


「おろ?」


 世界が回転した。


「は? や、へぶっ!?」


 ぐるりと視界が斜めに一回転すると同時に背中に衝撃が伝わり、義人は思わず変な悲鳴を上げる。

 義人は回転した衝撃で閉じた目をすぐに見開き、素早く状況を判断しようと辺りを見回そうとした。しかし、そこで自分の腹部に重さが加わっていることに気づいて視線を巡らせる。


「ビックリした……って、カグラ? 何やってんだ?」


 義人は自分の腹部を占領している人物……カグラにそんな疑問の声を投げかけるが、カグラは答えない。見れば、布団をかけようとしていた右手がカグラの左手につかまれている。

 どうやら、腕をつかまれたことに気づくよりも早く、カグラに投げられてベッドに転がされたらしい。そして転がされると同時にカグラが体勢を入れ替え、自身の腹部に乗った。

 義人がそう理解するのにかかった時間はほんの数秒。そしてつかまれた右手からカグラへと視線を向けると、思わず口を開いた。


「いや、本当になにしてんの?」


 いわゆるマウントポジションを取られたわけだが、義人から出たのは心底疑問を含んだ声だった。

 もしやさっきの『お、意外と軽い?』という台詞をカグラが聞いていて、マウントを取ってボコボコにされるのかと一瞬恐怖する義人だったが、カグラにそんな様子はない。本当に実行されたら軽く死ねる自信があったが、幸いというべきかカグラがそんな挙動を取ることはなかった。


「ヨシト、さまぁ……」


 代わりに、少し熱っぽい声がこぼれたが。


「……は?」


 今まで聞いたことのない種類の声色に、義人は目を丸くした。

 よく見れば、カグラの目は微妙に潤んでいる。口から漏れる吐息は熱っぽく、赤い唇から僅かに覗く舌が(なまめ)かしい。腹部に乗ったカグラの体は軽く、温かい上に柔らかい。

 そして義人の鼻腔をくすぐるのは、女性らしい、やけに甘く感じられる匂いと……微量のアルコールの(にお)いだった。

 

 ……酔ってやがる。


 思わず、義人は心中でそう呟いた。そして僅かに頭痛を感じると、ため息混じりに口を開く。


「飲みすぎだよカグラ。ほら、寝惚けるのはそれくらいにして、早く寝ろって。明日も仕事があるだろ?」


 そう言いつつ体を起こそうとするが、カグラの乗った場所は(へそ)の上。体を起こそうにも、動かすための基点を押さえられた状態では、力が入れにくかった。さすがに力づくで押し退けるわけにもいかず、義人はカグラへと声をかける。


「ちょっと、そこをどいてくれ。起きれないだろ?」

「それは、わたしが重いってことですか?」

「違う違う。カグラは軽いくらいだけど、臍の上に乗られたら体を起こしにくいんだって」


 苦笑しながらそう言うが、カグラはどこうとしない。揺れる瞳で義人を見下ろし、何かを考えているのか口を開いては閉じている。

 月明かりに照らされたカグラは酒のせいか、はたまた別の要因か、頬だけでなく顔全体が赤い。

 義人はどうするべきかわからず、とりあえずカグラの行動を待つことにした。

 そうすること数十秒。カグラは僅かに目を瞑ると、何かを決意したように目を見開く。


「ヨシト様」

「なんでしょう?」


 なんとなく敬語で答える義人。決して、沈黙が重すぎたからではない。

 カグラは頬を真っ赤に染めると、しおらしく視線を逸らす。


「その、至らぬ点もあるでしょうが……わたし、頑張ります」

「何が!? 何を頑張るの!?」

「そんな……わたしの口からは言えませんよ……」


 義人はいきなり三つ指をつきそうなカグラに突っ込みを入れつつ、なんとか逃げ出そうともがく。しかし、その度に重心をずらされて逃げ出すことはできなかった。

 そんな義人を見下ろしながら、カグラは僅かに微笑む。月明かりに透けた絹のような黒髪が義人の頬にかかったが、それを気にする余裕はない。


「“貴方”をこの世界に召喚したあの日、わたしは貴方に誓いました。『この身は召喚の巫女。召喚されし王を補佐し、助ける者。戦えと命じられれば命を賭して戦い、守れと言われれば身を挺して王を守ります。身を差し出せと言われれば、喜んで差し出しましょう』と」

「いや、聞いたけどさ」


 それがどうしたんだと言わんばかりの義人に、カグラはゆっくりと言葉を紡いでいく。


「こうも、誓いました。『我が身を捧げます』、と」


 冗談ではなく、その目は本気だ。


「そんな……本気か?」


 あの時と、召喚されたあの日と同じように、義人は尋ねる。そして、カグラもあの日と同じように、宣誓染みた言葉を紡いだ。


「はい、本気です。それが歴代の『カグラ』の“務め”であり、ヨシト様と共に“この国で同じ時を歩みたい”と思う、『わたし』の願いです」


 それは、思いのこもった、(ささや)くような言葉。

 ここまで言われては、義人としてもカグラの思うところに気づく。いや、“意図すること”に気づいてしまう。

 そんな義人に構わず、カグラは僅かに体を傾かせた。


「ヨシト、様……」


 カグラは目を瞑り、ゆっくりと、義人との距離を縮めていく。それ故に、カグラは義人が浮かべた表情を見ることはなかった。目を瞑ったが故に、気づけなかった。

 月明かりに照らされて床に映った二人の影が、ゆっくりと近づく。



 ―――そして、影が重なった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ