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異世界の王様  作者: 池崎数也
第二章
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第五十六話:龍の落とし子

 カーリア国の気候は日本と似ており春夏秋冬、つまり四季が存在する。

 カーリア国は日本に比べると僅かに湿度が高く、夏は暑くても三十度前後。冬は寒くても零度前後と、地球温暖化が進んで異常気象が多々起こる現代に比べると過ごしやすい。もっとも、その気候を過ごしやすいと思うのは人間だけではない。元の世界には存在しない魔物などにとっても過ごしやすく、カーリア国での魔物の被害の多さの一因にもなっている。

 義人はカーリア国の天候に関する本を閉じると、ため息を吐いて窓の外を見た。


「しっかし、よく降るなぁ……」

「よく降りますねぇ……」


 窓の外は土砂降りの雨。バケツをひっくり返したように激しい雨が地面を打ち、いつもの夏日とは違った蒸し暑さがある。

 昨晩から降り出した雨は勢いを衰えることなく、今もなお降り続いていた。

 そんな降りしきる雨をBGMに、義人はカグラと共に今日も政務を片付けていく。

 新しく公共事業を始めるための書類を作成し、それに伴ってあちこちから寄せられる承諾や許可を求める書類の山。義人はそれらを捌きつつ、貿易の目玉になるような物を思案していた。


「あー……ノーレ、なんかないか? 原材料は安いけど、完成したら高値で売れるような物。風と知識の王剣なら、何か良い案があるだろ?」

『そんな都合の良いものはないじゃろう。あったとしても、他の国も同じことをするに決まっておる』

「まあ、そうだよな。それこそ、元の世界にしか存在しないような物を作るしかない……だけどこの世界じゃ実現不可能、と」


 この世界でパソコンを作れと言っても、確実に不可能である。そもそもテレビすらないのだ。

 魔法による思念通話はあっても、電話はない。

 魔法で火を(おこ)すことはできても、ガスコンロはない。

 魔法で氷を生み出すことはできても、冷蔵庫はない。

 魔法で風を起こすことができても、エアコンはない。

 魔法で雷を発生させても、コンセントはない。

 まさに、ないない尽くしだ。

 義人は麦茶を飲みながら、手元の書類に王印を押していく。そうやって義人が政務を片付けていると、執務室の扉がノックされた。


「どうぞー」


 麦茶の入った湯飲みを机に置き、来訪者を迎える。するとなるべく音を立てないようにしたのかゆっくりと扉が開き、近衛兵が数人入ってきた。


「この雨による各地の状況を調べてきました」

「お疲れ様。他の隊は臨時休暇だっていうのに、悪いな」

「シノブ隊長の訓練に比べれば、全然楽ですよ」


 義人の(ねぎら)いの言葉に苦笑しながら首を横に振ると、懐から紙を取り出して義人へと差し出す。そして近衛兵達が執務室から退室すると、カグラは首を傾げた。


「何を調べさせていたんですか?」

「これか? これはこの雨で何か問題が起きてないかを調べてもらったんだ」


 カグラにそう教えながらも、義人は紙に目を通していく。


「河川の氾濫はなし……堤防が壊れた様子もない、と。この雨はカーリア国全体で降っているのか?」

「ここまで雨が酷いのは王都フォレスとその周辺だけです。他の町や村は普通の雨ぐらいでした」

「ふむ……自然のものか、それとも何か原因があるのか……」


 そう呟きながら紙を机の上に置くと、それを見たカグラが口を開く。


「もしかしたら、上空で龍が暴れているのかもしれませんね」

「……はい? 龍?」


 聞き間違いかと思い、もう一度尋ねる義人。カグラは至極真面目な表情で頷いた。


「はい。龍の中には天候を司るものもいます。特に、数百年以上生きた龍なら局地的に雨を降らせることも可能でしょう。そんな龍が暴れていると、気候にも影響が出るんです」


 説明を続けるカグラを他所に、義人は眉間を軽く揉み解す。


「そうか……そういえば、この世界って龍なんて存在もいたな」


 なんというファンタジーだ。そう付け加え、義人は椅子にもたれかかる。

 日本の古典神話でも、龍は水神や海神として崇められている。雨乞い祈願の信仰対象としても扱われる龍ならば、雨を降らすことも可能だろう。

 義人はそう納得すると、鬱陶しげに窓の外に視線を向けた。


「しかし、なんでわざわざ上空で暴れるんだ? 龍って、高い知性を持ってるんじゃなかったっけ? 無駄に暴れることはしないだろ?」

「たしかに、高い知性を持っています。だから、龍が雨を降らす時というのは外敵から身を守って暴れる時や、ずっと日照りなどが続いて水不足に陥った時。それと、人間などに雨乞いされた時などですね。あとは出産の時にも上空で暴れるみたいですけど……」

「……なんでよ?」


 最後の言葉に納得できなかったのか、義人は首を傾げる。そんな義人に、カグラは苦笑した。


「大抵の龍は高い山や谷などに巣を作りますが、出産するときは痛みで暴れます。するとどうなるでしょうか?」

「そりゃまあ、巣が壊れるな」

「はい。そのため、水の中に住む龍などは別として大抵の龍は暴れても差し支えのない空中で出産します。龍は人化することも可能ですが、さすがに出産の時は変化する余裕がないみたいですね」

「ふーん……空中で出産ねぇ。それじゃあ、産んだ龍はどうなるんだ? まさかそのまま落とすことはないだろ?」


 小皿に持った茶菓子をつまみつつ尋ねる。するとカグラは苦笑を深めながら頷いた。


「実はその通りなんです。龍やドラゴンは卵生なんですが、産んだ卵はそのまま地上に落とします。これを『龍の落とし子』と呼ぶのですが、卵の外殻は非常に頑丈で地面に落ちても割れることはありません」

「隕石みたいだな。民家に落下したら大惨事になりそうだ」


 直撃すれば即死しそうである。その光景を僅かに想像し、義人は眉を寄せた。だが、カグラは首を横に振る。


「いえ、それはありません。卵が落ちるのは大抵森や林など、自然に囲まれた場所です」

「森や林っていうことは、人的被害は出ないのか?」

「人的被害が出たという話は聞いたことありません。そもそも、龍が卵を産むこと事態稀ですから。龍は個体数が少ないですし、非常に長寿のため子供の出産は数百年に一度とも言われています」

「少子化が進みそうな種族だな……あ、でも強いから狩られることもないのか」

「そうですね……若い龍種ならたまに狩られるみたいですよ。その場合は角や鱗などが非常に高値で取引されますね。龍種のように魔力要素が高い魔物は、良い魔法具の材料になりますから」


 そう言って、カグラは自分の湯飲みに麦茶を注ぐ。そして軽く一口飲むと、カグラは自分用のお茶菓子を口に運んだ。


「ということは、その『龍の落とし子』で落ちてきた卵を手に入れれば高値で売れるのか?」

「それは止めておいたほうが良いですね。『龍の落とし子』は大切に扱わないと後が怖いですから」

「後が怖い?」


 会話を続けながら、義人は止めていた政務を再開する。それほど重要ではない案件が書かれた書類に目を通しつつ、カグラの話には耳を傾けておく。


「産んだ龍……つまり母親が回収に来るらしいです。その時卵や孵化した子供がいなければ、その国を滅ぼすとか」


 最後は冗談混じりだったのだろう。カグラの声は微妙に軽い。義人はそんなカグラの声を聞きながら、小さく苦笑した。


「そりゃ怖いな。この雨が自然に起きたことを祈るか?」


 苦笑混じりの言葉に、カグラは口元に手を当てて笑う。


「まあ、御伽噺(おとぎばなし)みたいなものですから。そもそも、龍の出産は数百年に一度。そして、雨を降らせるほどの強力な力を持つ龍が生息していなければ関係ありません」

「でも、この国って魔物が多いよな」


 ポツリと、義人が呟く。

 その瞬間執務室に静寂が訪れ、義人とカグラは顔を見合わせた。


「ふふふ、ヨシト様ったら。そんなことを言っていたら本当に卵が降ってきますよ?」

「あはは。大丈夫だって。俺って運が良いほうだし」


 何の根拠もなく笑い飛ばす義人。カグラもそれに同調して笑いつつ、窓の外に目を向ける。


「『龍の落とし子』が落ちてくるのは、運が良いかららしいんですけど……」


 小さく呟かれた言葉は、義人に聞こえなかった。






 翌日、義人は執務室で一つの物体を前に腕を組んでいた。

 大きさは縦三十センチ、横幅二十センチほどの楕円形。義人が生まれてから何度も目にしたことのある物を何倍にも大きくしたようなものだ。

 その物体……巨大な卵を前にして、義人は腕を組んでいた。


「いや、昨日の会話が前フリになっちまったな」


 もしくはフラグ成立でも可である。

 本日未明、城壁の外に落ちていくのを見回りの兵士が目撃して回収してきたものだ。

 重さは五キロほどで、白い卵の表面は少しデコボコしている。義人と同じように卵を見ていたカグラは、頬を引きつらせていた。


「ま、まさか本当に落ちてくるとは……」

「へぇ……これが龍の卵なんだ。卵焼き何人前になるのかな?」


 そんなカグラの横では、優希が興味深そうに卵を見ている。

 志信やミーファ、シアラは兵士の訓練でこの場にいない。昨日とは打って変わって雲一つない快晴になったため、張り切って外へと出て行った。


「でも、本当にどうしましょうか?」


 不安そうに卵を見るサクラ。義人は王剣ノーレを手に取ると、声に出して尋ねる。


「ノーレは何か知ってないか? どうすれば良いか、できればアドバイス……助言が欲しいん

だけど」

『そうじゃな……この卵を産んだ龍が引き取りに来るまでは育てるしかあるまい。龍は寿命が長いから、いつ頃取りに来るかはわからんがの』

「数ヶ月ぐらいか?」

『下手すれば数年単位じゃな。龍にとっては、そのくらいでも早いぐらいじゃ。そもそも、『龍の落とし子』など妾も知識としてしか知らん。実物に遭遇したのは初めてじゃ』

「……ちなみに、力の強い龍って一国を滅ぼすことが可能なのか?」


 昨日カグラと会話していた内容を思い出し、義人は恐る恐る尋ねる。


『龍によるが、一国を滅ぼすのは可能じゃな。そこの巫女とて、本気を出せばこの王都を滅ぼすくらいできるであろう?』

「マジで!?」

「できませんよ! というか、そんなことしません!」


 義人は本気で驚き、カグラは慌てながら否定した。その際義人は、サクラがカグラを見て僅かに目を逸らしたのを見てしまい、それでも必死に気にしないことにする。


「しかし、この卵はどう扱えば良いんだ? やっぱりアレか? 温めなきゃ駄目か?」

『いや、龍の場合は必要ない。極端に暑くしたり、寒くしたりしなければそのままで大丈夫じゃ。問題は魔力じゃな』

「魔力?」

『うむ。龍の卵は周囲の魔力を栄養代わりに吸いながら育つ。このままでもいずれ孵化はするじゃろうが、魔力を吸わせた方が産まれるのも早くなるんじゃ。また、その時吸った魔力の持ち主と似た“属性”を持つらしい。もしも火の魔法を扱う者の傍に置いていたら、将来は火龍のように育つじゃろうな。その上、魔力も豊富で親の龍の属性も受け継ぐ。だから龍は強力で強大な存在なんじゃ』

「へぇー……さすが風と知識の王剣。博識だな」

『ふふん。どうじゃ、驚いたか?』

「ああ。それにしても魔力か……どのくらい必要なんだ?」


 義人は卵に手を触れつつ、ノーレに尋ねる。意識を集中してみれば、たしかに少しずつだが魔力を吸われていた。


『ヨシトやメイドでは少し辛いかもしれん。仏頂面レベルでは論外じゃ。巫女か……そこの娘ぐらいの魔力があれば問題ないんじゃが』


 巫女とそこの娘……カグラと優希は顔を見合わせる。そして、カグラは困惑した表情を浮かべた。


「ユキ様は魔力量が多いのですか?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いていませんよ。『魔計石』をお貸しはしましたが、結果は聞いていません」

「あ、そりゃスマン。優希の魔力量は、今のカグラよりも多い。『魔計石』が赤くなるくらいの魔力を持ってる」

「『魔計石』が赤く……それなら十分でしょうね」


 義人の言葉に、カグラは納得してみせる。義人は優希のほうに顔を向けると、卵を軽く撫でながら尋ねた。


「それで、優希はどうする? 必ずしも魔力を与える必要はないみたいだけど……」


 そんな義人の問いに、優希は僅かに考え込む。何かを思い出すように宙を見つめ、少しして義人を真っ直ぐに見つめた。


「義人ちゃんはどうしたいの? 魔力をあげたほうが良いと思う?」

「俺か? そりゃ、与えた方が良いならそうするさ。産まれるのが早くなるみたいだし。ちっちゃい龍って見てみたいよな」


 義人がそう言うと、優希は微笑みながら頷く。


「“じゃあ”、わたしが魔力をあげるね? 傍にいるだけでいいのかな?」

『……そうじゃな。背中にでも背負っていれば大丈夫じゃろう』


 優希の言葉に、ノーレは何故か歯切れ悪く答える。だが、それを義人が気にするよりも早く優希は背を向けた。


「それじゃあ、卵を入れるための抱っこひもを作ってくるね。おんぶするよりも、抱きかかえていたほうが良いだろうし」


 ちなみに、抱っこひもとは文字通り抱っこをするために使うひものことである。普通は赤ん坊を体の前で抱きかかえるために使うのだが、優希はそれを卵に使うらしい。

 意外と乗り気な優希の様子に、義人は安心を込めて苦笑した。


「抱っこひもなんて、まるで母親だな」

『まあ、産まれる龍はあの娘と“似たように”育つじゃろうから、育ての母とも言えるかもしれんが……』

「それならどんな龍になるんだろうな? 優希って魔法を使わないから、どうなるかわからないし」

『さて、の。それは妾にもわからん。卵が(かえ)ってみればわかるじゃろ』

「そうだな。それじゃあ、卵は優希に任せて政務に励むとしますかね」


 最後にもう一度だけ卵を撫で、義人は机に積まれた書類に目を向ける。

 昨日の豪雨で、数箇所土砂崩れが起きていた。問題ない場所もあるが、三箇所ほど道を塞いでいるらしい。まずは、それをどうにかしなければならない。


「よし、人足(にんそく)は国のほうで募集しよう。これは公共事業として扱うことにする。サクラ、財務大臣のロッサを呼んできてくれ」


 卵から意識を切り離し、義人は以前から計画を練っていた公共事業の案を始動させることにした。

 働いていない者に仕事を与えるための公共事業。当初の計画としては、道路の整備や用水路を作るのが目的だった。だが、最初の仕事はこれで決まりである。


「土砂や木を退かす力仕事は集めた奴らにさせる。土木作業を本職にしている奴には、土砂崩れが再発しないように補強する仕事を割り振ってくれ」

「わかりました。城下町の土木職人に話を通します」


 義人は指示を与えながら、それに伴って必要になる書類を作成していく。

 いつの間にか執務室から龍の卵がなくなっているのに気づくのは、それから三時間後のことだった。




 

 

 優希は絨毯張りの廊下を歩きながら、抱きかかえた卵を見て小さく微笑む。優しく卵を撫でると、それに応えるように卵が僅かに揺れる。


「どんな子が産まれてくるのか……楽しみだなー」


 呟いた声は、優しい響きで宙に溶けていった。






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