第五十四話:宰相アルフレッド
木陰に移動した義人達は、アルフレッドの話が聞きやすいように車座に座る。
その際カグラが『王が地面に座るなど』と義人に対して説教をしようとしたがそれは割愛する。
「んで? アルフレッドの昔話を聞かせてくれよ」
カグラを宥めつつ、それでも興味津々といった表情の義人。その右隣には騒ぎを聞きつけて駆けつけた優希が座り、左隣には志信が座っている。ノーレは腰から抜いて義人の傍に置かれ、カグラやサクラはすでに聞いたことがあるのか、リラックスしたように座っていた。
「そうじゃのう……では、最初に八代前の王について話しておくとするかの」
優希が来るついでに持ってきた麦茶で喉を湿らせつつ、アルフレッドの昔話は始まった。
時はカーリア国歴四百年、五月十二日。
現代から四百年前のその日、カーリア国において新しい王が召喚された。
名を杉田晴信義景。
腰に大小の刀を差し、歳は二十歳過ぎの着物姿の男だった。頭には髷を結い、身分は武士である。
その当時の日本は関ヶ原の合戦も終わり、豊臣から徳川の世へと変わりつつある時世。
そして、晴信は登城する最中にこちらの世界へと召喚された。
「な、何事!?」
召喚の陣の上に召喚された晴信の第一声は、戸惑いの声だ。登城するために道を歩いていたら突然何かに腕を引かれ、これまた突然目の前に現れた黒い穴へと吸い込まれた。何が起きたのかわからない晴信は、自分を取り囲む見知らぬ者達を呆然と眺めることしかできない。
「四代目の王の召喚の儀、成功ですね……」
そんな中で、一人の女性が安心したように声を上げる。それは少し聞き取りにくいものの、れっきとした日本語だった。その声を皮切りに、周囲の者達も騒ぎ始める。
-――なんだ、こやつらは?
晴信が戸惑いながらも思ったことは、その一言に尽きる。
声を上げた女性は黒髪に巫女服という和装なのに、周囲にいる者達の中には晴信が見たこともないような髪の色の者がいる。さらに手には変わった形の槍や両刃の剣など武器らしきものを持ち、着込む鎧は日本のものではない。
驚きつつも冷静に観察していた晴信に、最初に声を上げた女性……四代目カグラの名を継ぐ女性が歩み寄る。
「っ!?」
その瞬間、晴信の体が動いた。五歩で詰めるつもりだった間合いを一歩で詰め、自分でも驚くほどに軽い体に驚愕しつつもカグラの背後を取る。そして瞬時に脇差を抜き放つと、カグラの片腕を捻り上げながら首筋に脇差を当てた。
この時ばかりは、武士としての矜持も何もない。婦女子に手をあげるなどと必要のないことを思う余裕はなかった。
「動くな! お主ら一体何者だ!?」
周囲を警戒しつつ声を上げる。そんな晴信の行動に、周囲の者達は慌てて片膝を突いて無抵抗を示す。いや、あるいは恭順を示したのかもしれない。
周囲の人間が全員膝を突いたことに、晴信の混乱はさらに深まるばかりだ。
「突然の召喚、申し訳ありません」
そんな中で、晴信に声をかけたのはカグラである。片腕を捻られながらも、冷静な声で晴信に話しかけた。
この国が召喚国主制で、晴信は王として召喚された者だと。晴信の力が必要だと。カグラは冷静に、それでいて必死に話す。
いくら召喚の影響で疲れていたとはいえ、この『カグラ』である自分でも反応できない速度で今の状態を作ったのだ。もしも万が一、この場から逃げようとされたら止めることは難しい。
周囲で膝を突いている者の中には魔法剣士もいるが、カグラに比べれば数段どころか桁で劣る。召喚した王の身のこなしは武を修める者の動きであり、手には武器もある。その上召喚された王に起こる、『強化』に似た効果が味方していた。
カグラはそれらの状況を踏まえ、晴信に変な気を起こさせないよう細心の注意を払いつつ話を進めていく。
その結果、晴信は脇差を鞘に納めた。カグラの言葉に嘘はなく、元の世界に帰ることはできないと聞いて、暴れる気もなくなった。
それなりに高い地位にいたが、いまだ独り身の晴信である。帰る家には使用人しかおらず、女房などはいない。仕えていた殿や家族に申し訳ないと思いつつも、しばらく帰れないのなら仕方がないと割り切った。もしも帰れなくても、家督は弟が継ぐだろう。
「申し訳ありませんが、王のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
沈思黙考していた晴信だが、その一言で現実に引き戻される。
王様。晴信に言わせれば一国一城の主、殿様だ。だからというわけではないが、晴信は自然と背筋を伸ばしていた。
「杉田晴信義景だ。義景は諱故、晴信と呼んでほしい」
「ハルノブ様ですね……わかりました。わたしはハルノブ様の補佐をさせていただく、召喚の巫女カグラです。カグラとお呼びください」
召喚の成功と、王を納得させたこと。その二つが成功したと思い、責任という重圧から解放されたカグラは力みのない、それでいて自然で綺麗な笑顔を浮かべる。
その笑顔を見た晴信は、ふむと頷き笑い返した。
「お主のような見目麗しい女子に補佐してもらえるなど、男冥利に尽きるな」
そう言いつつ、晴信は『召喚された良かったなー』と内心で呟く。
自分があの一帯で最も王に相応しい人物と聞き、驚きつつも喜んだ。武士として、一国一城の主になることは夢に見る出来事である。
こうして四代目の王、杉田晴信義景は異世界へと召喚された。この時代は最もカーリア国が栄え、最も変化を果たした時代とも言える。
まず、主要武器の変化。これは召喚当時晴信が身につけていた刀を見本に、三ヶ月後には刀を作ることに成功。そして、晴信の知識と他国の文化を汲み取りながらカーリア国の生活様式も変化していった。
極東の国ジパングで栽培される米を取り寄せて自国で栽培し、主食を米に変える。
カーリア国の各地を流れる川を治水し、周囲の町村の安全を確保。
土地を開拓して自国の食料自給率の向上。また、農業や商業の発展。
隣国であるレンシア国との交易が始まったのもこの頃からである。
晴信は次々と国を改良し、民の生活を豊かにしていった。武士として、文武共に優れていた晴信だからこそできたことである。そして領民にも慕われ、城の兵士にも慕われていた。ただ、今の西洋風の城が気に食わなくてカグラに破壊させ、晴信の知る日本風に築城し直そうとしたときはさすがに止められたが。
明るく気さくな晴信ではあったが、どうにも西洋の文化は好きではなかったらしい。そのため、西洋刀である風と知識の王剣ノーレは最初に一度抜かれただけだった。
そのため、晴信に名前を与えられることもなく、また、魔力を『吸収』することもできないため思念通話で喋りかけることもできなかった。
その後も代々使われることなく、ノーレが本当の使い手として義人と出会うのは四百年後である。
閑話休題。
順風満帆だった晴信だったが、ここで問題が立ちふさがった。
「西の森の魔物が暴れているだと?」
それは、魔物の問題である。義人もぶつかった問題ではあるが、元の世界には魔物などいなかった。妖怪などの存在は信じられていたが、晴信は遭遇したことなどない。
「討伐隊は?」
「向かわせましたが、手酷くやられて敗走しています。死者は出ていませんが、どうやらエルフがいるようで……」
「エルフ?」
「魔物の一種です。姿形は人間に似ていますが、内包する魔力が人間よりも高い上魔法の扱いにも長けています。その上武器を扱うこともできる種族です」
「ふむ……危険な魔物なのか?」
晴信が尋ねると、カグラは眉を寄せた。エルフは魔物としての格は中の上程度で、中級の魔物の中では強い部類に入る。温厚で人間とも親しい種族ではあるが、その戦闘能力は高い。
「いえ、本来は領土を侵さなければ大人しい種族なのですが……」
カグラはおかしいと思っているため、歯切れが悪かった。そんなカグラを横に、晴信は真剣な目をしている。
「人型……美形だろうか? いや、ここは美人だろうかと聞いたほうがいいか?」
そして、少々頭の弱い発言をした。英雄色を好むというわけではないが、晴信も男である。ぽろっと、気になることが口から零れてしまった。
「エルフは整った顔立ちを持つ魔物ですが……って、何を言っているのですかハルノブ様!」
カグラは質問に答え、その途中で発言がおかしいことに気づく。そして、怒りで僅かに顔を赤らめながら晴信の頬を引っ張った。
「ひはいひはい! ひっはるな」
「もう! ハルノブ様はいつもそんなことばかり言って!」
頬を引っ張られながらも笑う晴信。引っ張るカグラは顔を赤くしている。その理由は色々とあるのだが、強いて言えば嫉妬だった。
晴信が召喚されて一年と少々。いつの間にか晴信とは気安い仲になっていた。誰とでも打ち解ける晴信の人柄も原因だが、刀を握った晴信は自分でも勝てない強さがある。その強さに惹かれ、人柄にも惹かれた。そんな晴信が他の女性について聞いてくるなど、腹が立って仕方がない。
「おー痛い痛い。頬が千切れるかと思うたぞ」
「知りません!」
ぷいと横を向くカグラに、晴信は苦笑する。だが、表情を引き締めると傍の刀掛けに置かれた愛刀を手に取った。
「討伐隊が勝てぬのなら、我らが出張らねばな。そうであろう、カグラ」
そう問いかける言葉には、深い信頼が込められている。
当代、カグラを除けば兵の質は悪い。魔法剣士の隊長でさえも、中級魔物を相手にすれば勝ち目は薄いのだ。晴信が政務の傍らに指導しているが、練度は低い。この時代のカーリア国においては、王やカグラが戦わねば片付かない問題だった。
その真剣な声を聞いたカグラは、膨らませていた頬を元に戻してため息を吐いた。
「もう、ずるいですよハルノブ様……」
「ん? 何がだ?」
「何でもありません! さあ、行きますよ!」
晴信に背を向け、カグラは歩き出す。その背を見ながら、晴信は苦笑しつつ刀を腰に差した。
カーリア国の西側は、魔物の森である。奥に行けば行くほど危険な魔物が存在し、好んで森の奥に行く者などいない。一説では龍種も住み着いているという話だが、真偽を確かめた者はいなかった。
「ここが西の森か……ちと嫌な空気が漂っているな」
「ここまで来て言うのもなんですが、ハルノブ様は無理をしないでください。私が片付けます」
「……女子の背に隠れておれと?」
「王様ですから。雑魚を倒して鬱憤を晴らしていてください」
ニコリとカグラは笑う。晴信も来ているが、自分だけで片がつくだろうと思っていた。それでも晴信を連れ出したのは、王という職務で溜まった日頃のストレスを少しでも晴らしてもらうためである。
晴信は納得しなかったが、ひとまず件のエルフが現れるまで雑魚魔物を狩ることにした。
無銘ではあるが長年使い親しんできた愛刀を振るい、民に害をなす魔物を斬り倒していく。ちなみに刀にはカグラの手で『魔法文字』が刻んであり、切れ味や頑丈さが増している。カグラは誕生日に晴信から贈られた薙刀を片手で振るいつつ、周囲に目を配っていた。
そうして二人で暴れること十分。晴信が良い具合にストレスを発散した頃に、そのエルフはやって来た。
「変な二人組が暴れてると聞いてきたが、俺の縄張りで何してんだ?」
その声は木の上から聞こえ、晴信とカグラは瞬時に身構える。いつの間にか木の上にいたエルフは、銀髪で若々しいエルフだった。手には弓と剣を持ち、小柄だが肉体は引き締まっている。
二人の構えを見たエルフ……アルフレッドは面白そうに笑った。
「中々良い構えじゃねえか。どこかの魔物狩りの奴らか? この前来た討伐隊とは違って楽しめそうだな」
余談ではあるが、魔物を退治して金を得る『魔物狩り』という職業が存在する。稀少で魔法具の素材になるような魔物は高値で売買されるのだが、アルフレッドは二人を見てそう判断した。
「失礼な! わたしはこの国の召喚の巫女、カグラです! 貴方を退治しにきました!」
「えー、某は通りすがりの侍だ。というかカグラ、エルフとは女性ではないのか痛っ!?」
怒るカグラと、とりあえずとぼける晴信。つい気になったことも聞いてしまったが、それはカグラにツッコミとして膝蹴りをもらうことになった。
「何を言ってるんですかハルノブ様! 貴方は王様ですよ!? というか、何を期待していたんですか!?」
「い、いや、だからと言って膝蹴りはどうかと思うんだが……地味に痛いぞ」
漫才のように騒ぐ二人ではあるが、構えに隙はない。アルフレッドが侮ってくれれば良いと思ったのだが、アルフレッドはおかしそうに笑うだけだ。
「なるほど、召喚の巫女に新しい王か……そんな重要な人間がわざわざ俺を討伐するために出向くなんざ、この国の程度が知れるな」
「いやー、まったくその通りで痛っ!?」
「何を納得してるんですか! 馬鹿にされたんですよ!?」
「だからって、鳩尾に拳を打ち込む奴があるか!」
二人してぎゃいぎゃいと騒ぐ。その様子を眺めていたアルフレッドは、苦笑した。
「なんだ、俺に夫婦漫才でも見せに来たのか?」
「ふ、夫婦じゃありません! な、何を言ってるんですか!」
「いや、どうしたカグラ? 声が変だぞ? 風邪か?」
「そこで素に戻らないでください!」
今度は頭を叩かれる。アルフレッドはその漫才を見ながら、中々面白い奴らが来たなと内心で笑った。
「それで、お前らは何がしたいんだ?」
木に腰掛け、戦う前に尋ねる。それを聞いた二人は動きを止め、今までの寸劇をやめた。
「貴方を退治するためにきました」
薙刀を構え、カグラは言う。それに対して、晴信は自然体のまま口を開いた。
「話を聞こうかと思ってな」
「ほう……話だって?」
「ああ。お主が暴れるのにも理由があるだろう? まさか、暇だからといって暴れたわけでもあるまい」
真っ直ぐな目で問いかけてくる晴信に、アルフレッドは笑う。
「残念だが、それが理由だ。二百年以上も生きると暇でな。暴れることぐらいしか思いつかなかった」
「勝手な理由だな」
「魔物だからな」
短く会話を交わし、晴信は自然体のままで話し続ける。
「暇なら働かないか?」
「働く?」
「ああ。某に……いや、この国に仕えろ。暴れる暇がないくらい、忙しい日々を送れるぞ?」
ニヤリと笑う晴信に、アルフレッドは眉を寄せた。
「俺はエルフ……魔物だ。無理に決まってるだろう」
晴信の提案を一蹴する。当たり前だ。危険な魔物を人間と共に働かせるなど、正気とは思えない。
生まれたばかりの魔物を育てて使役するというのなら話は別だが、アルフレッドは違う。すでに二百年もの時を生きた一個の魔物だ。
そんな考えを見透かしたのか、晴信は肩を竦めてみせる。
「この国なら可能だ。俺はこの国の王様で、国民は王に妄信的に従う」
困った習性だがな、と晴信は苦笑するが、隣のカグラは眉を寄せるだけで異論を挟むことはしない。
今の晴信は、何を言っても聞かないだろう。過去にも今のような表情で様々な案を出し、成功に導いてきた。時に強引に、時に周囲を説得しながら。
普段はちょっと怒ればすぐ謝るくせに、一度本気で決めると曲げない。そして、カグラにはそれを曲げることができない。
晴信の話す内容に興味を持ったのか、アルフレッドは聞く体勢を取る。それを見た晴信は、脈有りと見て様々なことを話し始めた。
話を聞き終えたアルフレッドは、興味を持ったように頷いている。それを見た晴信は、最後として一言尋ねた。
「どうだ、この国で働いてみないか?」
アルフレッドとしては、エルフである自身の長い生に嫌気が差していた。この先もまだ数百年と行き続けなくてはならない。かといって、自ら命を絶つという考えは微塵もない。
その退屈を紛らわせるために暴れていたのだが、思わぬ話を聞けた。その上、話を持ちかけた人物も中々に面白い。
この時点で、アルフレッドの気持ちはある程度決まっていた。だが、最後に一つ確かめなくてはならないことがある。
「アンタの話はわかった。確かに面白そうだ……だけどな」
木から飛び降り、晴信に向かって頭上から剣を振り下ろす。それに対して、晴信は刀を抜いて真っ向から受け止めた。『魔法文字』を刻んで刀の強度を上げていなければ出来ない芸当である。
受け止めた晴信に向かって、アルフレッドは口を開く。
「俺は、自分よりも弱い奴には従わねぇ……アンタのいう話を実現させたいのなら、まずは俺を倒すんだな!」
地面に降り立ったアルフレッドと鍔迫り合いをしながらも、晴信は笑った。
「ああ……そうくると思ってたよ! カグラ! これは“命令”だ! 絶対に、手を出すなよ!」
隣で攻撃を仕掛けようとしたカグラにそう叫び、体勢を入れ替えて刀を跳ね上げる。それと同時に走り出し、晴信はアルフレッドと共に森の中へと姿を消した。
それを見送ったカグラは、ため息を吐きながら跳躍する。そして木の上を移動しながら、小さく呟いた。
「手は出しません……が、貴方の身が危険ならば、手ではなく魔法を使うとします」
そんな言葉を残し、カグラはその場から姿を消した。
「……それで、どうなったんだ?」
麦茶が注がれた湯飲みを手に持った義人が尋ねる。話し疲れたのか、アルフレッドは麦茶を飲んで一息吐いた。
「三時間ほど戦い続けて、儂が負けた」
「負けたのか?」
「うむ。儂もハルノブも限界じゃったが、最終的にはあ奴の勝ちとなった。そして、儂はこの城に運ばれた……」
そこまで言うと、アルフレッドは懐かしそうにカーリア城を見る。その遠い目は当時を思い返しているのだろう。今までにない、優しげな表情でアルフレッドは笑っている。
「ハルノブの言う通り、暴れる暇がないほど忙しい日々じゃったよ。あ奴の言葉があったとはいえ、最初は他の者に避けられておった。それでも時間をかけ、ハルノブを支えるうちに儂は皆に受け入れられた。兵が弱いから鍛えてくれと部隊の指揮権を丸投げされたりもしたのう……いや、本当に忙しい日々じゃった」
声には親しみと、僅かな悲しみが込められている。義人はそれを聞きながら、音を立てずに麦茶を飲む。
「結局、あ奴が死んでからも儂はこの国から離れられなんだ。あ奴が他界する頃には、この国をすっかり愛してしまってのう……ハルノブや当時のカグラの薦めもあって、儂はこの国の宰相にもなった。次代のカグラを見出し、鍛えるのも儂に任されるようになった。そうすると、ますますこの国や民が大事に思えたんじゃ。まるで我が子のように、の」
誰も口を挟むことはしない。ただ、兵達の掛け声や蝉の鳴き声の中で、アルフレッドの話に耳を傾ける。
「宰相ではあったが、途中までは名ばかりの存在じゃった。儂としても武官として腕を振るうほうが性に合っていたんじゃ。しかし、時代は流れてそうも言っていられない……儂は時代ごとのカグラと共に舵取り、この国を守ってきた。特に、前代と前々代の王の時は後年になると大変でのう……いっそ王を討とうと思ったこともあるんじゃ」
さり気なく危険なことを告げるアルフレッド。今まで黙って聞いていたカグラは目を見開く。
「……わたしでさえ、そんなこと聞いてませんよ?」
「そういえば、カグラには『おじいちゃん』と呼ばれたこともあったのう」
カグラのツッコミを流しながら、アルフレッドは笑う。そんなアルフレッドに、今まで話を聞いていた義人は口を開いた。
「しかし、それならなんで王を討たなかったんだ? アルフレッドなら簡単だっただろ?」
アルフレッドの腕前を見てそう思った義人が尋ねるが、アルフレッドはその問いに苦笑した。
「あ奴の遺言でな……この国を頼むと言われたんじゃ。そして、この国の民は王の存在がなくてはならない。いや、内政をするのは本当に大変じゃった」
そこまで言うと、アルフレッドは義人とカグラを見る。
「当代は優秀なカグラがおるし、ヨシト王も働き者じゃ。文官もそれなりに優秀じゃし、仮に儂が働かんでも国の運営はできるじゃろう。しかし、本当に碌な文官がいない時代もあってのう……」
苦笑するのも仕方ない。義人はそう思い、遠い昔を思い出しているアルフレッドの話に耳を傾ける。
「国が傾いて以来は文官として働きつつ、才覚のある子供には将来国の柱になってもらうべく儂が手ほどきをした。当代で言えばカグラやサクラがそうじゃ。ミーファにも教えたかったんじゃが、前王の死後は国の運営が本当に大変での。サクラも途中までしか面倒を見れんかった」
「カグラは?」
「カグラは王を公私で支えるのが役目じゃからのう。なんとか一人前にすることができたわい」
「そっか……でも、今なら武官として活躍できるんじゃないか?」
義人がそう言うと、アルフレッドは苦笑を深めた。
「儂ももう歳じゃからな 。そういうことは若い者に任せて、老骨は裏方をするのが性に合うんじゃよ。精々、時折稽古をつけるぐらいが関の山じゃ」
「志信を簡単に倒したくせに何言ってんだよ」
歳だと聞いて笑い飛ばす義人。そんな義人を見て、アルフレッドは懐かしそうに目を細める。
「……やはり、似ておるのう」
声色にも懐かしさが含まれており、義人は首を傾げた。
「似てる? 誰に?」
「儂がこの国……いや、仕えたいと思った人間にじゃよ」
「ああ、アルフレッドを倒したって王様か。どこが似てるんだ?」
「性格と、一度決めたら曲げぬところ。それと……」
そこまで言って、アルフレッドは破顔する。
「カグラの尻に敷かれるところかのう」
「はっはっは。似たくねえー」
思わず乾いた笑いを漏らす義人だが、目は本気だった。
アルフレッドはその言葉に笑うと、志信に目を向ける。
「ところで、シノブ殿は儂と似たような立場におるな」
「そうですか?」
「うむ。儂があ奴に忠誠を誓ったように、お主もヨシト王にそういった感情を持っているように見える」
それを聞いた義人は、顔の前でパタパタと手を振って否定した。
「いやいや、忠誠ってアンタ。志信と俺の間にあるのは友情だぜ? そんなものがあるわけ……」
「まあ、あるな」
「あるのかよ!?」
否定しようとした義人だったが、志信本人に肯定されて驚きの声を上げる。志信は戸惑いつつも、頷いた。
「もちろん友情も感じているが、な」
「ほほう、良ければ聞かせてほしいのう」
昔話をして楽しかったのか、アルフレッドが身を乗り出す。そんなアルフレッドの言葉に応えたのか、志信は口を開いて語り出す。
それは、義人と志信がまだ中学生の時の話だった。