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異世界の王様  作者: 池崎数也
第二章
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第五十三話:カーリア国最強の男

 城下町視察から三日ほど経ち、義人はいつも通り執務室で書類の山を片付けていた。

 山と言っても以前のように大量の高い山ではなく、低い山が二つ程度である。ゆっくりと片付けても午後三時ぐらいには終わるだろう。

 政務を片付ける傍ら、義人は手元の紙に色々と書き込んでいく。あーでもないこーでもないと言いながら筆を走らせる義人に、部屋に入ってきたカグラは首を傾げた。


「何をしているんですか?」

「これ? これはちょっと公共事業の案を考えてるところ」

「公共事業、ですか?」


 カグラが覗き込んで見てみると、一枚の紙に様々なことが書かれている。予算から必要な人員、どんな事業にするかなど。

 紙を見て眉を寄せるカグラに対して、義人は苦笑する。


「一昨日城下町を見てきたんだけど、色々と気になるところがあったからな。それに、昨日調べてもらったら王都だけでも職に就いてない者がけっこういることもわかった」


 引き出しを開け、今度は別の紙を取り出す。カグラが受け取って見てみると、そこにはいくつか数字が書かれていた。

 農民だけではなく、商人や職人、一般職についている者も六割の税金を納める。しかし、働いていない者は金がなく、税金を納められるはずもない。

 働けない老人や子供は仕方ないが、働けるのに働かない若者や失業した者はそれなりにいる。

 カーリア国は魔物の多さや国の特性上、他国から流民はほとんどこない。そのためいきなり人口が増えることはなく、年々少しずつ増えているだけだ。

 そして、国民の中には働かない者もいる。働けないではなく、働かないのだ。

 性質(たち)が悪いものになると、盗賊や追い剥ぎをする者もいる。城下町で義人達から金を奪おうとしたのもそんな連中だ。


「そいつらに仕事を与えて働かせる。そして給料を渡せば金を使う。そうすれば金が回り、商業が活気付く。農村で用水路を作らせたりすれば農業も発展する。金があれば盗賊や追い剥ぎをする奴も減るだろうし、仕事があれば馬鹿なことをしでかす奴も減るだろ?」


 資料を見ながら義人の話を聞いたカグラは、納得がいって頷く。


「なるほど……給料はいくらぐらい払いますか?」

「そこは財務大臣のロッサと話して決めるさ。肉体労働だから、国の平均賃金ぐらいは出さないとな」

「ですが、今年分の国家予算が残り少ないですよ? 税率を引き下げましたから、来年はもっと減るでしょうし……」


 義人は残りの国家予算を思い出し、苦く笑った。


「まあ、多少無理な金の相談でもロッサならなんとかしてくれるだろ。何なら、必要な物を残して宝物庫の中身を売り払っちまえ」


 義人がそう言った時、財務大臣のロッサは妙な悪寒を感じていたが、本人がその理由を知るのはまだ先のことである。


「まだ決まったわけじゃない。あくまで一つの案だからな。決めるにしてももっと中身を煮詰めて……」


 その時、話す義人を遮るように執務室の扉がノックされた。強めに叩かれた音に、義人は話すことを止める。


「よ、ヨシト王! 至急お伝えしたいことがあります!」

「ん、何だ? 志信か優希が問題でも起こしたか?」


 外からかけられた声に反射的に答え、義人は首を傾げた。


「んん? なんか前にも同じことがあったような……とりあえず、入ってくれ」

「失礼します!」


 そう言って慌てたように入ってきたのは、第一魔法剣士隊の副隊長であるシセイ=ホールドだ。以前も同じようなことがあったなと、義人は内心で苦笑する。


「どうしたシセイ? またミーファが志信と試合をするとでも言い出したか? あ、サクラお茶のお代わりちょうだい」

「は、はい」


 雑事をしていたサクラにお茶を注いでもらい、義人は口元へと運ぶ。


「違います! それが、その……」

「ん?」

「アルフレッド様がシノブ様と戦われると!」

「んぐっ!?」


 名前を聞いた瞬間、義人はお茶が気管に入り込む。そして数秒後に咳き込むと、平静を装って顔を上げた。


「……何故に?」

「ヨシト様、頬にお茶が……」


 サクラに指摘され、義人は袖で拭う。そして深呼吸をすると、もう一度尋ねた。


「アルフレッドが? なんで?」

「志信様に稽古をつけるだとかで……とにかく、ヨシト王にお伝えせよとミーファ隊長に言われまして」


 シセイの言葉に、義人はカグラへと目を向ける。カグラはそれに頷くと、真剣ながらも小さく笑った。


「アルフレッド様が……良い機会ですし、見に行きますか?」


 何が良い機会なのか義人にはわからなかったが、カグラの口調では危険はないらしい。そう判断した義人はすぐに頷く。


「よし、見に行こう」


 ノーレを腰に提げ、義人は歩き出す。カグラやサクラ、シセイもそれに従った。



 

 第一訓練場に入るなり目に飛び込んでくる野次馬達。どうやらアルフレッドと志信が戦うという話を聞いて集まってきたらしい。


「はいはいごめんなさいよーっと。ほら、通してくれー」

「誰だ……って、ヨシト王!? こ、これは失礼しました!」


 声をかけてきたのが義人だとわかると、人ごみが真っ二つに割れる。義人は『いや、悪いねー』と苦笑しながら進み、カグラ達もそれに続く。

 人ごみの中央では志信とアルフレッドが向き合っていたが、義人の姿を見るなり緊張を解いた。


「おや、ヨシト王だけではなくカグラまで見に来たんじゃな。政務は大丈夫かの?」


 アルフレッドがそう尋ねると、カグラは苦笑する。


「少しだけなら大丈夫です。しかし、どういう風の吹き回しですか?」

「なに、最近体や感覚が(なま)ってきておるからのう。たまには動かさんとな」


 いつもの和装ではなく、志信のように身軽な服装で笑うアルフレッド。外見は初老の男性で身長は百六十五センチほどと少し低いが、肉体は引き締まっている。筋骨隆々とまではいかないが、明らかに“戦い”を生業とする者の肉体だ。

 義人は隣のサクラにこそこそと耳打ちする。


「なあ、アルフレッドって強いのか?」


 小声で聞かれ、サクラも小声で返す。


「強いも何も、わたしやカグラ様に体術を教えたのはアルフレッド様ですよ?」

「……マジで?」

「はい。エルフという種族は魔力も高いですし、弓や剣などの武器も扱えます。それに加え、人間とは違って寿命が長いので数百年分の経験がありますから」

「サクラとどっちが強い?」

「アルフレッド様です。まともに戦えば、カグラ様でも勝てるかどうか……」


 サクラの言葉に感心する義人だが、少しだけ気になったことがあったので尋ねてみる。


「ちなみに、カグラのまともじゃない戦い方って?」


 義人の質問に、サクラは僅かに顔を青ざめた。そして、カグラに聞こえないよう小さく呟く。


「全開で『強化』を使って高速移動しつつ、上級魔法を連続で放つ……魔力量が並の魔物よりも高いカグラ様だからできる戦法です。もっとも、今は召喚の影響で魔力が減っているので実行するのは無理だと思いますけど」

「なるほど。そいつは最強だな」


 ヒュウ、と口笛を吹きつつ、余裕を装う義人。その光景を想像して少し足が震えていたが、気づく者はいない。

 そんな義人達にアルフレッドが目を向け、いつもの好々爺染みた笑顔を浮かべた。


「儂など、今のカグラにも敵わんよ。サクラにも負けるかもしれんのう」

「……聞こえてたのか」

「エルフは耳も良いんじゃ。さて、ヨシト王。シノブ殿と手合わせしたいんじゃが、良いかのう?」


 良いかと聞きつつも、すでにやる気満々である。義人はため息を吐きつつ、実際にどのくらい強いのか気になるので頷いた。


「二人とも無茶はするなよ?」

「無論じゃ」

「……ああ」


 義人の言葉に返事を返す二人だが、志信の声は固い。志信は一見いつもの無表情だったが、義人は志信の表情を見て内心だけで驚く。


 志信が緊張してるなんて珍しいな……いや、志信が緊張するぐらいアルフレッドが強いのか……?


 義人がそんなことを思っていると、カグラが義人の前へと歩み出る。


「ヨシト様はもう少し下がってください。アルフレッド様のことだから大丈夫だと思いますが、“地面が割れて”破片が飛んでくるかもしれません」

「ちょっと!? 今さり気なくとんでもないこと言ったよな!?」

「気のせいです。それとお二人とも、もしもわたしが危険だと判断したら止めます。良いですね?」


 カグラの言葉に、アルフレッドと志信は頷く。もっとも、カグラの表情からすると実際に止める気はないのだろう。いや、止める必要がないのかもしれない。


「では……」

「うむ」


 アルフレッドと志信が向き合う。

 志信は一礼すると、一番得意な武器である棍を構えた。

 対するアルフレッドは無手のまま自然体で立つ。

 カグラは周囲の兵にも少し下がらせると、二人の中央に立って右手を上げて……振り下ろす。


「それでは……始め!」


 そんな掛け声の下、アルフレッドと志信の“訓練”は始まった。






「……ははっ、ありゃ人間業じゃねぇな」


 目の前の光景を見た義人は、やや呆れを含んだ呟きを漏らす。それを聞いたカグラは苦笑した。


「ヨシト様。アルフレッド様はエルフですよ?」

「揚げ足取るのは止めてくれっての。いや、本当に驚いた。まさか……」


 一度言葉を切り、戦うアルフレッドと志信をもう一度見てため息を吐く。


「志信が一発も当てられないなんてな」


 そう言いつつも、目の前の光景から目を離さない。目を離せば、二人の動きが追えなくなる。


「はっ!」


 志信が裂帛の気合と共に棍を突き出す。それは手加減も容赦もない、高速にして最短の距離を貫く一撃。


「ふむ、中々速いのう」


 だが、アルフレッドには当たらない。無手のままで、棍を弾くでもなく受け止めるでもなく、体捌きだけでかわしていく。

 それは紙一重の回避。直撃すれば肋骨(ろっこつ)の二、三本は軽くへし折れそうな打突を前に、アルフレッドは涼やかな笑みすら浮かべていた。

 すでに開始から三分。志信の棍が百回以上振るわれてもなお、有効打はおろか掠りもしない。

 周りの兵士も最初こそは騒いでいたが、今では二人の動きを少しも見逃すまいと沈黙していた。

 志信は最初からこうなることがわかっていたのか、表情に焦りの色はない。ただ、自分よりも上の者の動きを読み取ろうとしていた。

 足捌き、重心の位置、視線の動き。どこか一部分を見るのではなく、アルフレッドの全身を“観る”。そうすることでアルフレッドの動きを読もうとするのだが、それを見越したかのようにアルフレッドは内心だけで笑った。


 ―――なるほどのう……速く、鋭く、才気に溢れておる。動きにもほとんど無駄がないわい。歳に見合わぬ腕前……余程良い師に学んだか、シノブ殿自身の努力か……いや、その両方かの。


 志信の攻撃を避けつつも、心の中でそう評す。

 並の使い手が相手ならば、十分以上に渡り合えるだろうと。そう思いつつも、アルフレッドは避け続ける。

 そんなアルフレッドの余裕を読み取ったのか、志信の動きが変化する。今までは棍先を使った打突を中心にしていた。それは一撃の威力と速さに重きを置いた攻撃だったが、ここで志信は威力を捨てた。


「む?」


 アルフレッドの顔色が変わる。

 志信の攻撃が当たったわけではない。しかし、さっきと比べて明らかに攻撃が速くなってきている。

 志信は自分でも気づいていなかった力みを抜き、ただ速く動く。棍を突き出し、引き戻す。棍を回転させ、石突で打ち上げ。時には距離を詰めて蹴撃を見舞う。

 無駄のなかった動きはさらに洗練され、加速していく。


「すげえ……」


 そんな志信の動きに、義人は自然と感嘆の込もった呟きを漏らしていた。

 同い年の親友を、心底すごいと思える。それと同時に、例えようのない羨望も覚えた。


「本当に、すげえ」


 義人にも、強さに憧れる心はある。志信のように戦えたら、どれだけ違う世界が見れるのかとも思う。

 だが、自分では無理だ。志信のようにはなれない。そう思ってしまい、義人は微苦笑する。


「やっぱりさ、お前はすごいよ志信」


 (ねた)むでもなく、(ひが)むでもなく。義人はただ、賞賛した。






 結果として、アルフレッドには一撃も当たらなかった。

 五分以上全力で動き続けた志信は、動きが乱れた隙を突かれて投げ倒され、荒い息を吐きながら地面に転がっている。額からは汗が流れているが、表情は清々しい。まだまだ自分の腕が伸びることを確信でき、充実感から拳すら握っていた。

 それでもゆっくりと立ち上がると、姿勢を正して一礼する。


「……はぁ、はぁ……ありがとう、ございました……」

「なんの、儂も良いものが見れたわい。才能溢れる若者を見ると、儂も若返る気分じゃよ」

「ご冗談を。貴方は、まだまだお若い……俺の動きは、全て読んでいたんですね?」


 何の気負いもなく尋ねる志信に、アルフレッドは首肯した。


「途中からは少し読みにくくなったがのう。まあ、これでもお主の何十倍も生きておる。それに、儂も昔は暴れておったクチでの。経験は何事にも勝るものじゃよ」


 そう言ってアルフレッドが浮かべた表情は、どこか悪ガキ染みている。その顔を見た志信は、おかしそうに笑った。


「なるほど……貴方に比べれば、俺など殻を被ったヒヨコのようなものですね」


 志信は武術を学び始めて十三年。それに対して、アルフレッドは数百年。アルフレッドも昔に比べれば腕は落ちているが、それでも何百年もの経験がある。そして、人間とエルフという種族の差は大きい。


「なに、ヒヨコならまだまだ成長するじゃろう。シノブ殿はまだまだ伸びる余地がある。それは儂が保証するわい」


 アルフレッドの言葉に、志信は黙って一礼する。

 そんな二人のやり取りを見ていた義人は、とりあえず拍手をしながら会話に割って入ることにした。


「いや、すごいなー。というか、アルフレッドって強いんだな」


 強いというレベルを超えていたが、義人としてはそう表現することしかできない。そんな義人の賛辞に、アルフレッドは苦笑交じりに笑う。


「なんのなんの。儂も昔に比べれば老いたもんじゃよ」

「昔? 暴れてたって言ってたけど、その頃か? 良ければ聞かせてほしいんだけど」

「儂にとっては恥ずかしい話じゃがな……まあいいじゃろ」


 そう言ってアルフレッドは義人達を促し、木陰へと移動する。

 それを見送った各隊の隊長は、今の戦いの感想で盛り上がっている兵士を連れて各々の訓練場へ戻ると、中断していた訓練を開始した。


 アルフレッドと志信の試合に触発されて、いつもより訓練に熱が入っていたというのは余談である。


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