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異世界の王様  作者: 池崎数也
第二章
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第五十二話:ミーファ=カーネルの憂鬱

 カーリア国第一魔法剣士隊隊長であるミーファの起床は早い。

 幼少の頃から身についていた早寝早起きの習慣は、成長した今でもミーファを自然と目覚めさせてくれる。

 城下町から帰ってきた義人の提案により数日後から毎時間鐘が鳴るようになるのだが、ミーファはそんなものがなくても午前五時丁度に目を覚ます。

 起きると水場に行って顔を洗い、部屋に戻ると赤い長髪を後ろ……現代で言えばポニーテールのようにまとめ、訓練用の身軽な服装に着替える。そして実戦用の武器の傍に置かれた刃引きされた刀を手に取ると、部屋を後にして訓練場へと向かう。

 今の時期は夏も本番。太陽は山際から少しだけ顔を出し、雲一つない青空を照らしている。それを遠目に見たミーファは、僅かに目を細めた。


「今日も良い天気になりそうね」


 準備運動をしながら、小さく呟く。

 夏とはいえ、日の出直後はまだまだ涼しい。気分が落ち着く清涼な空気を吸い込みつつ、ミーファは体を(ほぐ)す。

 体を動かす前には必ず準備運動をしなければならない。突然襲われた時などは仕方ないが、体を解していない状態で激しい運動をすれば怪我につながる。そのため腕や足の(すじ)を伸ばし、ミーファは丁寧に体を解していく。

 十五分ほど準備運動をすると、次はランニングだ。魔法が使えるとはいえ、基本的な身体能力が低くては魔法を活用できる幅は狭まる。

 『強化』のように体の中だけで魔力を使う補助魔法は魔力消費がほとんどない。だが、攻撃用の魔法は別である。補助魔法と併用して攻撃魔法を使えば、魔力はさらに消費されるだろう。

 もしも魔力が尽きてしまえば、己の身一つで戦うしかない。そうなると、女性の魔法剣士は男性の魔法剣士に比べて体力や腕力、体格で劣る分不利だ。

 気合を入れ、ミーファは走り出そうとする。しかし、それよりも早く自身に近づく気配に気づいて動きを止めた。


「今日も早いな、ミーファ。おはよう」


 志信である。

 服装は黒の半袖に薄い長ズボン。訓練用に作られたため、激しい動きをしても大丈夫なように丈夫に作ってある。手には訓練用の棍を持ち、今まで走っていたのか額には汗をかいている。

 ちなみに、起きるのはミーファよりも志信のほうが三十分は早い。ミーファもそれを知っているため、志信の言葉に苦笑した。


「そんなこと言って、志信のほうが早いじゃない。もう準備運動は終わったんでしょ?」

「ああ。とりあえず町の外まで走ってきたが……今日も(ぜろ)か」


 そう言いつつ、志信は辺りを見回す。

 近衛隊に早朝訓練は自主参加という形で通達してあるのだが、“自主”参加のため誰も来ていない。そのことに志信は僅かに肩を落とすが、近衛兵からすれば昼間の訓練だけも精一杯なのだ。もっと体力がつけば参加する者も出てくるのだろうが、今の時点では一人もいない。

 六時頃になれば義人が顔を出すが、それまでは大抵志信とミーファの二人で訓練をしている。


「じゃあちょっと待ってて。わたしも走ってくるから」


 そう言ってミーファが走り出そうとするが、志信は困ったように眉を寄せながらそれを止める。


「……すまんが、少し待ってくれ」


 右手でミーファを制しつつ、左手でポケットから包みを取り出す。ミーファがそれを不思議そうに見ていると、志信は僅かに逡巡したあと包みを差し出した。


「ミーファ、これを」


 突然差し出された小さな包みを見て、ミーファは首を傾げる。


「……えっと、なに?」


 一応受け取りながら聞いてみるが、志信は答えない。いや、どう答えたらいいのかわからないらしく、四方八方に視線を飛ばしている。


「その、なんだ。昨日義人達と城下町に行ってきたんだが、ミーファには日頃世話になっているからな。その礼と言ってはなんだが、プレゼント……贈り物だ」


 贈り物と聞いて、ミーファは目を(またた)かせた。包みに目を落とし、志信の顔を見る。そして再び包みに目を落とし、再度志信の顔を見る。それを数回した後、ようやく現状が理解できたのか一気に顔を赤くした。


「そ、そのっ……あ、ありがとう! 開けてもいい?」

「あ、ああ」


 ミーファの反応に少し驚きつつ、志信は頷く。ミーファは丁寧に包みを開けると、中に入れてあった落ち着いた作りで見栄えの良いネックレスを手にとって目を丸くした。


「これを、わたしに?」

「そうだが……違うものにしたほうが良かったか?」


 ミーファの反応を不服と受け取った志信が尋ねると、ミーファは慌てたように首を横に振る。


「違うの! こういうものをもらったことがなかったから、どう反応すれば良いかわからなくて……その、本当にありがとう」


 しどろもどろにそう言うと、ミーファは言葉を続けようとして何度か口を開閉させた。しかし、結局言葉が見つからなかったのか顔を俯かせる。そんなミーファにどう声をかければいいかわからず、志信も口を閉ざす。

 場が沈黙して数秒。空気に耐えられなくなったのか、突然ミーファが走り出した。


「わ、わたしちょっと走ってくるね!」


 それだけを言い残し、ミーファは『強化』を使って脱兎の如く走り去る。ミーファの突然の逃亡に、志信は追うこともできずにその場に立ち尽くした。


「……ふむ、やはり指輪のほうが良かったのだろうか」


 ポツリと見当違いのことを呟き、志信は訓練用の棍を握る。

 とりあえず、ミーファが戻ってくるまで体を動かしておくことにした。




 風を切りながら疾走するミーファは、自身の感情を整理できないでいた。

 男性からの贈り物など、ミーファの人生の中でもそうない。あることはあるのだが、それは自分の部隊の者達からの贈り物などで、隊長と部下以上の関係はなかった。だが、今回は違う。

 友人としてか、はたまた違うものか。志信がどんなつもりだったのかわからないが、喜び以上の感情を覚えている。

 その感情が何なのか、ミーファにはまだわからない。それでも心が浮き立つような感覚に、僅かに頬が緩んだ。


 落ち着くのだ、ミーファ=カーネル。心頭滅却して心身の合一をしなさい。動揺したままでは訓練に身が入らないぞ。深呼吸をすれば落ち着くわ、きっと。


 仕事用と日常用の口調が心の中で混ざり合う。それに気づかないほどミーファは動揺していたのだが、走る足を止めて数回深呼吸をして顔を上げた。


「……よし、落ち着いた。うん、これなら大丈夫」


 胸に手を当て、一つ頷く。

 結局、途中から早朝訓練に参加した義人に一本取られるほどに動揺したままだった。

 



 昼休憩も終わり、午後の訓練が始まって多少時間が経った頃。ミーファもすでに落ち着きを取り戻し、部下との訓練に励んでいた。

 義人が新しく軍を編成したことにより、隊長であるミーファが指示を出す回数は減っている。そのため自身の鍛錬に時間を当てられるのだが、そうなると疲労が蓄積されるのも早くなるため適度に休憩を取らなくてはならない。

 夏場はとにかく汗をかくので、ミーファはキリがいいところで素振りを止めて水分補給をするために水場に足を向ける。そして、その途中で足が止まった。


「あれは……シノブとシアラ隊長?」


 そう呟きながら向けた視線の先。水場から少し離れた木の下で、志信と魔法隊隊長のシアラが向き合っている。

 何故か、手をつなぎながら。

 それを見たミーファは、咄嗟に息を潜めて気配を消し、ゆっくりと近づくことにした。


「……駄目…………が……」

「……ない……だが…………」

「……うん。……中で……」

「……もっと……たい……」


 風に乗って、途切れ途切れの会話が聞こえてくる。朝方とは違う、鉛のような重苦しさを感じながらも、ミーファは歩を進めた。




 今日は近衛隊に休暇を与えているため、志信は他の隊の訓練に混じっていた。午前中は歩兵隊の連中と訓練し、午後は“とある事情”で魔法隊へと赴く。午後といっても、歩兵隊での訓練に熱が入ったおかげで午後の訓練開始から多少時間が経っていたが。

 志信は隊長であるシアラを見つけると、まっすぐそちらへと向かった。


「シアラ。少しいいか?」


 志信の来訪に、シアラは無言のままで頷く。とりあえず部下に休憩を言い渡すと、志信を連れて木陰へと移動した。


「……どう?」


 主語のない短い問いに、志信は首を横に振る。


「相変わらずだ。すまないが、また試してもらっていいだろうか?」


 志信がそう言うと、シアラはそっと右手を差し出す。志信は特に躊躇うことなくその手をつかむと、深呼吸をして精神を落ち着けた。


「……じゃあ、魔力を全身に送って」


 志信は自然体に立ち、言われた通りに体内の魔力を全身へと送る。一応補助魔法の『強化』ではあるが、まだまだ安定感がない。

 すると、魔法の発動を察知したのかシアラは繋いだ手を基点に『吸収』を発動した。だが、数秒して首を横に振る。


「……駄目。やっぱりシノブは、魔力が外に出ない」


 魔力はあるが、体外に出せない。志信が魔法という存在をシアラに学ぼうとして、最初に気づいたことである。

 魔力があり、操作できるが体の外に出すことができない。前例がないわけではないが、珍しい現象だった。

 魔力がない、もしくは、どうやっても操作することができなければ魔法を使うことはできない。志信の場合、魔力はあって操作もできるが体の外に出すことができなかった。

 試しに魔力を『吸収』しようとしたが、吸い取ることもできない。いわば、志信の魔力は密閉された入れ物に入った水のようなものだ。減らないし、増えることもない。

 ちゃんとした補助魔法を使えるようになれば少しは減るのだろうが、志信はまだ『強化』すら完璧に使うことができないでいた。


「何度やっても変わらないか。だが、体外に魔力が出せなくても補助魔法は使えるのだろう?」

「……うん。補助魔法は、体の中でしか魔力を使わないから」

「そうか。もっとも、俺としてはありがたい話だがな」


 自分の中の魔力という存在から意識を切り離し、志信は集中を解く。すると、志信の言葉を聞いたシアラは首を傾げた。


「……なんで? 魔法は、使えたほうが便利」

「それはそうだろうが……魔法を使うのは少々気が(とが)めてな。特に、魔法を使った遠距離からの攻撃は嫌いなんだ」


 正確には魔法という存在が嫌いだったのだが、さすがにそこまで口にはしない。

 志信としては、自分自身が積み重ねて身につけた以上の力を発揮できる『強化』などは邪道に思えて仕方なかった。自分自身にも似たような効果が働いているのだが、できれば消えてほしい。そう思って、“魔法を使わないため”に魔法を覚えようとしたのだが、前途多難である。


「……でも、この世界では魔法が使えた方が良い。せめて、『強化』くらいは使いこなせないと」

「『強化』か。今の状態で使いこなせたらどうなるのか……」


 一応、『強化』もどきは使えるようになった。だが、元々『強化』と似たような効果が働いているため、あまり効果を実感できない。

 ちなみに補助魔法には『吸収』や『無効化』、『反射』などといったものも含まれている。

 『吸収』とは文字通り、魔力を吸収する魔法だ。魔法というよりも技術といったほうが近いが、自身が触れているものから魔力を吸収することができる。ただし、『魔石』などに内蔵されている純粋な魔力ならともかく、他人の魔力を吸うのはあまり体に良くない。個人個人で魔力に特徴があるので、他人の魔力を自分のものとして完全に扱えるものなど吸血鬼などの一部の魔物だけだ。

 『無効化』は触れた魔法などの効果をなくすもので、志信が使う棍にも使われている魔法だ。優れた魔法使いならば体内の毒なども無効化できるが、その場合は治癒魔法の適性がないとできないので割愛する。

 『反射』も文字通り、魔法を反射する魔法である。触れた魔法を跳ね返すことができ、『無効化』よりも一段上の魔法だ。

 これらは聞けば便利な魔法だと思えるが、欠点がある。

 それは、『触れなければ効果がない』ということだ。その上、高度な魔力コントロールが必要になるため習得するのが難しい。

 言い方を変えれば高度な魔力コントロールができれば習得できるのだが、才能があっても年単位の修行が必要だ。そのため、大抵は武器や防具などに『魔法文字』で刻み込むのだが、その『魔法文字』を刻める人間も限られてくる。

 『魔法文字』を刻むには微細な魔力コントロールが必要で、『魔石』を削って作った特殊な道具を使って文字を刻む。なおかつ、魔法を刻むには自分もその魔法を使えなくてはならない。しかも一つの魔法を刻み込むのに数日かかることもあり、『魔法文字』が刻まれた武器は稀少で高値で取引されていた。

 そうなると、基本中の基本である『強化』以外の補助魔法は軽視されがちである。習得するのが難しいというのもあるが、『強化』と違って使えなくても問題はない。『強化』をかけつつ武器を振るい、攻撃魔法を使ったほうが簡単かつ有効だからだ。


「何はともあれ、まずは『強化』だな」


 志信は右手を握り締め、小さく呟く。

 たしかに、この世界では魔法が使う必要があるかもしれない。元の世界では自分の体一つで戦う術を学んだが、この世界はそれだけでは戦えないだろう。そう考え、志信は目を閉じる。


「郷に入りては郷に従え、か」


 使えるものを使わねば死ぬ。幸いにして自分には戦う術があり、それを後押しできる補助魔法も使える。そのためには、まだまだ修練が必要だ。

 自分にそう言い聞かせ、志信はシアラに向き直って一礼する。


「これからも、魔法の指導を頼む」

「……うん。わかった」


 頷くシアラの首元には、志信から贈られたネックレスがかけられていた。




 志信とシアラのやり取りを遠目に見ていたミーファは、ゆっくりと地面に目を落とす。

 たしかに、魔法のことならば魔法隊隊長のシアラを頼るのが筋だ。この国きっての魔法使いであるカグラは義人やアルフレッドと共に政務に励んでおり、志信に魔法を教える暇はあまりない。

 ミーファも魔法を使うが、彼女は教える側の人間ではなく使う側の人間である。

 戦い方を指導する立場ではあるが、魔法を教える立場の人間ではない。また、他人に懇切丁寧に教えられるほど魔法に精通しているわけでもないのだ。

 かといって、志信に戦い方を教えることもできない。むしろ教わることのほうが多く、精々模擬戦の相手を務めるぐらいしかできない。

 シアラは志信を頼り、頼られることができる。しかし、自分は志信に頼ることしかできない。

 ミーファはそのことにもどかしさを覚え、胸が締め付けられるような感覚を覚えていた。


「この気持ちは……なんだろう?」


 すでに、早朝訓練の時の嬉しさや晴れやかさはない。

 呟くミーファは、いまだ己の感情を理解できずにいた。


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