第四十九話:異世界の王様、城下町に出る その3
刀剣屋を後にした義人達は、他の場所も見て回ろうとしていた。しかし、それを遮るように数人の若い男達が行く手を塞ぐ。
歳は若い者で十五ぐらいで、年長でも二十に届かない程度だが全員共明らかに素行が悪そうだ。服を微妙に着崩し、腰には刀を提げている者もいる。軽薄そうな笑みを顔に貼り付け、義人達を取り囲んだ。その数は八人。
「ちょっと待ちな」
「断る」
リーダーらしき人物の言葉を一刀両断する義人。そしてそのまま無視して進もうとするが、こめかみを引きつらせた男達に道を塞がれた。
「ナメたこと言ってんじゃねぇぞゴラぁっ!」
お前はいつの時代の不良かと突っ込みたくなったが、義人はそれを言わずに周囲の様子を観察する。
志信は既に臨戦態勢に入っており、さり気なく立ち位置を変えた。サクラはいつもの小動物染みた雰囲気を消し、義人の傍に立っている。
近衛隊の兵士は野次馬を装って男達の周囲を取り囲み、遠巻きに人ごみができていた。そして優希はいつも通りに微笑んでいる。
「詰襟の制服とか着せたら似合いそうな台詞だね?」
「ついでに頭はリーゼントな。そんで第一ボタンは外してるに違いない」
「『番長』って呼ばれる人もいそうだよねー」
義人と優希は軽口を交し合う。別段挑発しているわけでもなく、二人とも素だ。
「りーぜんと? 何わけのわからねえことを言ってんだ!」
「あー、こっちの話だから。というか、何の用?」
叫び声と共に唾まで飛んできそうだと義人は顔をしかめ、大体の用件はわかっているが一応尋ねる。すると男達は下卑た笑みを浮かべた。
「なぁに、ちょいと金が欲しくてなぁ」
「働けば?」
今度は優希がツッコミを入れる。それを聞いた義人達はもっともだと頷いた。
「力“だけ”は有り余っているようだが……勿体無い」
「志信、それ褒めてないぞ」
「元より褒めたつもりはないが?」
互いに顔を見合わせ、義人は笑い出す。そしてそのまま薄く笑いつつ、義人はリーダー格らしき男に目を向けた。
「優希の言う通り、金が欲しいなら働けばいいだろ? それとも、汗水流して働くのは嫌なのか? それとも働き口がないのか?」
「あぁん? 何でテメェみてぇな野郎にそんなこと言わねぇといけねぇんだよ!」
そう言って凄む男達。ガンつけると言い換えても良い。義人は本気で『いつの時代の不良だよ』とツッコミを入れたくなったが、とりあえずそれは我慢した。
いつの間にか周りには野次馬が集まり、男達を見てヒソヒソと囁き合う。
『やぁねぇ……またあの穀潰し共よ……』
『今度は何をしてるのかしら?』
『まったく、いい年にもなって……』
『誰か憲兵呼んでこいよ』
どうやらこの付近では割と顔が売れているらしい。もちろん、悪い方向でだが。
「こんな連中が他にもいるのかねぇ……でもまぁ、今はそんなことを考えてる暇はないか」
帰ったら無職の者に対する政策を考えようと決め、義人はにやりと笑う。
「そんじゃ、あんたらはカツアゲ……俺達の金が欲しくて無理矢理奪おうとしているということで合ってるな?」
「わかってるなら話がはえぇ! 身包みそっくり置いていきな!」
男の台詞を聞いた義人は、思わず優希のほうを見る。
「追い剥ぎにランクアップしたぞ」
「最終的にはどこまでいくのかな?」
再度ボケた義人に、男達の堪忍袋の緒が切れた。元々切れやすかったのだが、おちょくられたことに気づいたらしい。刀を持っている者は刀を抜き、それ以外の者は拳を鳴らしている。
八対四。しかし、義人がそれを危機と思うことはない。むしろ楽しそうに笑った。
「志信さん、サクラさん、少し懲らしめてあげなさい!」
某ご老公のように叫ぶ義人。
「御意」
「え? あ、は、はい!」
割とノリノリな志信に、意味がわからずともとりあえず返事をするサクラ。近衛隊は動かない。志信がいるため、助太刀は必要ないと判断したのだろう。だが、いつでも義人と優希の盾になれるようにと身構えている。
「義人ちゃん、わたしの役は?」
目を輝かせて尋ねる優希に、義人は重々しく頷いた。
「悪代官にさらわれた町娘で良いんじゃないか?」
「クルクル回りながら、『あーれーそんなご無体なー』って言えばいいのかな?」
「むむ、男としてちょっとした浪漫があるな……」
「帰ったらする?」
「誰にだよ」
義人は苦笑しつつ、自分達を取り囲むゴロツキ共を見る。
刀を持っている者が三人ほどいるが、素人に近い義人の目から見ても駄目な構えだということがわかる。志信は言うに及ばず、ここ一月ほど早朝から志信に教えを受けている義人にも劣るだろう。
刀の持ち方など知らず、とりあえず柄を握っているだけだ。いっそのこと、刀は捨てて殴りかかったほうが有効な気さえする。歩兵隊の兵士ですら、二対一でも相手取れそうだった。
もっとも、ゴロツキと軍人を比べるべくもないのだが。
「かかれぇっ!」
リーダーらしき男の号令に従い、周囲を取り囲んだ男達が同時に地を蹴る。しかし、その速さはバラバラだった。一糸乱れぬ動きとは程遠く、各々が思い思いの速さで襲い掛かってくる。
「喧嘩慣れはしてるっぽいけど……兵士としては雇えないかぁ」
義人は小さく呟きつつ、優希を庇うように前へと出た。殺し合いならともかく、喧嘩なら義人も慣れている。その上『強化』のような効果で身体能力が向上している今なら遅れを取ることもないだろう。
前へ出た義人に、一人の男が拳を振り上げて殴りかかる。体重を乗せることすら考えていない、勢いだけの拳。しかし、その拳は義人に届く前に停止した。
義人でもなく、志信でもなく―――サクラの手によって。
いつの間に移動したのか、殴りかかっていた男の手首を左手で掴んで押さえている。正面から拳を受け止めたのではなく、それなりの速度が出ている拳を横から掴んで止めたのだ。右手は男の腹部に添え、勢いの乗った体を微動だにせず受け止めている。
「ヨシト様に手出しはさせません」
ニコリと、サクラが微笑む。それに対して、男は頬を引きつらせた。
「ま、魔法使……ぎっ!」
サクラが魔法使いだと気づいて口にしようとするが、それより早くサクラが踏み込む。踏み込みと同時に体を捻り、体重と勢いを乗せて腹部に乗せた右手を押した。強烈な一撃を受け、男が短い悲鳴を上げながら後ろへと吹き飛ぶ。
そして、一般人を装っていた近衛隊の兵士がそれを受け止めた。
「げほっ! げほっ! いってぇ……って、なんだテメェ!?」
「はいはい、ちょっとこっちに来てねー」
義人に襲い掛かった男を羽交い絞めにすると、そのまま路地裏へと引きずっていく。
「ちょ、おい! 離せよ!」
「黙れ小僧。ヨシト様に手を出そうとするとは良い度胸だ」
男は暴れるが、引きずる近衛兵は元魔法剣士隊である。『強化』で身体能力を上げてあるため、普通の人間で振り解くことは難しい。近衛兵は捕まえた男を楽しそうに路地裏へと引きずりこむと、その数秒後に悲鳴が上がる。
「……何をしてるんだ?」
義人が周りを見てみれば、志信の手によって倒された男達もいつの間にか姿が消えている。残っているのはリーダー格の男だけで、刀を構えたまま微妙に震えていた。
「な、何なんだよお前ら!?」
仲間が謎の集団に路地裏へと連れ去られたせいか、リーダー格の男の声は震えている。それが少し気の毒になった義人は、志信へと尋ねた。
「路地裏で何をさせてるんだ?」
志信のことだから殺しなどさせず、穏便な手を取っているだろう。そう思って尋ねたのだが、義人の予想に反して志信は首を傾げた。
「俺は何も指示をしていないが……」
「ちょっと!? あいつら何やってんの!?」
義人は慌てて路地裏へと駆け込む。後ろの方で志信がリーダー格の男を殴り倒す音が聞こえたが、そんなものは気にしない。義人が路地裏へと入ると、縄で縛られたゴロツキとそれを取り囲む近衛兵達の姿が目に入ってきた。
「なあお前ら、誰に手を出そうとしたかわかってんのか? ああ? それとも他国の刺客かコラ?」
「し、知らねえよ! 俺達はただ金が欲しくて……」
「んだとこらぁっ!? 金欲しさに襲っただあ!?」
そう言いつつ、短刀でゴロツキの頬をピタピタと叩いて脅す近衛兵。脅されたゴロツキは、震えながら首を横に振っている。どちらがゴロツキかとツッコミを入れたい。
「お前らが脅してどうすんだー!!」
「あうちっ!」
それを見た義人は、とりあえず跳躍してドロップキックをお見舞いした。
短刀で頬を叩きながら脅していた近衛兵は横へと吹き飛び、そのまま地面を転がるとすぐさま立ち上がって抗議の声を上げる。
「い、痛いじゃないですかヨシト様!」
「やかましい! いきなり路地裏に引きずり込んだと思ったら何をしてるんだよ!?」
義人が力を込めて尋ねると、近衛兵達は目を逸らした。
「え、えーと……忠誠心の暴走?」
「どんな暴走だよ!?」
「いや、シノブ隊長の訓練厳しくて……ちょっと鬱憤が。あ、ヨシト様の世界ではストレスって言うんでしたっけ? その発散をしようかなー、なんて」
その言葉に頷き合う近衛兵達。どうやら、志信の訓練は予想以上にきついようだ。
「……志信にはほどほどにしてくれって言っとく」
『ありがとうございます! お願いします!』
近衛兵全員が同時に頭を下げる。余程嬉しいらしい。義人はため息を吐くと、縛られたまま地面に転がされているゴロツキに目を向けた。
「こいつらどうすっかねぇ……」
「埋めますか?」
「物騒だなおい!?」
反応からして元騎馬隊の兵士だなと義人は判断する。ドロップキックをお見舞いした元魔法剣士隊の兵士のように、ある程度は気安く接してほしい。
まあ、それはこれからだな……。
内心で一人呟くと、とりあえず指示を出すことにした。
「縄を解いてやれ。しばらくは悪さもしないだろ」
『はっ!』
指示に従い、縄を解いていく近衛兵達。隊長は志信だが、義人はさらにその上の王のため指示を出すことは可能である。
「ヨシト様、気絶している奴はどうしますか?」
「気絶“してる”んじゃなくて、“させた”んだろ? まあいいや。ほら、これに懲りたら悪さなんかせず、真面目に働くんだ。いいな?」
義人がそう言うと、男達は気絶した仲間を連れて一目散に逃げていく。それを見送った義人は苦笑した。
「わかってんのかねぇ……それじゃあ、みんなも解散。また護衛に戻ってくれ」
『はっ!』
号令の下、一般人を装って散っていく近衛兵達。義人はそれを確認すると、元の場所に戻る。すると、野次馬が集まって少し騒ぎになっていた。
「とりあえず……逃げるか? おーい!」
野次馬に混じって志信に手を振ると、何故か優希のほうが先に気づく。そしてサクラと志信に声をかけると、野次馬をかき分けて義人のもとへと駆け寄った。
「あいつらは何をしていた?」
「もう二度とこんなことをしないよう“優しく”諭してたぞ」
開口一番志信が尋ねるが、義人はここで正直に答えると近衛兵達の明日の休日がなくなると嘘をつくことにする。それに気づいたのか気づかなかったのか、志信は特に表情を変えずに頷いた。
「そうか」
「ああ。とりあえず今は逃げようぜ」
追及される前に、野次馬から隠れるようにその場から逃げ出した。