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異世界の王様  作者: 池崎数也
第二章
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第四十七話:異世界の王様、城下町に出る その1

 いつものように執務室で政務を片付けていた義人は、腕組みをしながら目を閉じて唸っていた。


「うーん……」


 窓は開けているが、それでも執務室の中は暑い。城の外では元気に蝉が鳴いており、元の世界で言えば八月の上旬ぐらいの気候だ。

 こちらの世界へと召喚されて早三ヶ月が経過し、義人としてはもう三ヶ月が経過したのかと感慨深くもある。

 軍の編成を終えて二週間。

 それに関する書類はほとんどなくなり、訓練の様子も順調と聞く。

 屯田兵も各町村へと派遣され、活動を開始している。あとは定期報告や視察で様子を見るだけだ。

 そのため、一日に片付けなくてはならない政務の量も大分減っている。今日はそれが顕著で、午後二時の鐘を聞く頃にはほとんどの政務が片付いていた。


「各部隊の訓練の視察は……昨日やったか。散歩は……暑いしなぁ。かといって片付ける仕事もないし、どうするかねー」


 元の世界なら、クーラーで涼みつつテレビでも眺めていただろう。しかし、この世界にはテレビはおろかラジオもない。


「サクラ、何か面白いことってないか?」


 とりあえず、傍で雑事をこなしていたサクラへと話しかける。


「お、面白いことですか? そうですね……」


 小首を傾げて考え込むサクラ。その様子に若干癒されつつ、義人はサクラの回答を待つ。


「城下町の視察、とか……」


 サクラは小さな声で、自信なく答える。それを聞いた義人は眉を寄せると、引き出しを開けて一枚の書類を取り出し、それに目を通しながら口を開いた。


「それだ」

「え?」

「それだ。うん、それだよサクラ。よし、決まりだ。城下町の視察をしよう」


 何やら即断即決してしまった義人に、サクラは慌て出す。


「し、しかし、視察と言ってもそれに伴う護衛の確保がですね!?」


 サクラとしては本当に適当に答えただけだった。面白いことと言われて、休日に街に出ると楽しいなという、自身のちょっとした願望を口にしただけである。だが、義人はそれを採用した。


「護衛? そんなのが大勢いたら、市民の普段の生活が見れないだろ? だから、俺も一般市民として紛れ込む」

 

 そして、護衛と聞いて当然とばかりに却下する。


「で、でも、カグラ様かアルフレッド様に聞いてからでないと……」


 それでもなんとか思いとどまらせようとしたが、サクラの言葉に義人は笑顔で答えた。


「それじゃあアルフレッドに聞こう。カグラは却下するだろうし」


 サクラは、後でカグラに怒られることを覚悟した。




「城下町に、とな?」


 義人の話を聞いたアルフレッドは、(あご)(ひげ)を撫でながら黙考する。そして、義人の様子を見て一つ頷いた。義人の服装はいつもの学校の制服ではなく、召喚された当初にもらったこちらの世界の服装である。知らない者が見れば、一般人として通用するだろう。


「それで、護衛はつけないと?」

「ああ。そうしたら市民の方も(かしこ)まって普段の生活が見れないしな」


 そこまで言って、義人は苦笑する。


「と言っても、護衛をつけないわけじゃないさ。志信に声をかけるし、近衛隊にも変装してついてきてもらう」

「ほほう。シノブ殿に近衛隊か……たしかに護衛としては十分じゃのう。じゃが、カグラはどうするおつもりか? 連れて行かんし、事後承諾を取るんじゃろ?」


 アルフレッドの問いに、義人は目を逸らした。額に冷や汗が浮かんでいるが、見間違いではないだろう。


「まあ、その、なんだ。カグラに言ったら反対されるだろうし、ついてくるだろうし。きちんと説明すれば納得してくれるだろ、多分。きっと、そうだといいなー」


 後半は投げやりである。だが、それを聞いたアルフレッドは苦笑した。


「本当の理由は違うようじゃが?」

「本当の理由?」


 アルフレッドの言葉に、サクラは首を傾げる。そして義人を見ると、義人を困ったように頬を掻いていた。


「あー……俺って単純? それとも、年の功ってやつ?」

「どちらかといえば年の功かの。ヨシト王の考えを読むのは、ちと骨が折れそうじゃが」

「いやいや、買いかぶりだって。ただ単に、カグラを護衛にしたら市民に気づかれそうだなって思ってさ。『召喚の巫女』って言えば、この国でも有名人だろ? 顔も知られてるだろうし、そんなカグラに護衛されてたら俺が王様だって宣伝してるようなもんだよ」

「ふむ、一理あるのう」

「……他には何もないっすよ?」

「なら、何故サクラを連れて行かんのじゃ? サクラとて、この国有数の魔法使い。その上メイドじゃから、市民の中でもサクラが魔法を使えることを知っている者はいないはず。それ故、市民を警戒させずに護衛するという意味では適任のはずじゃ」


 アルフレッドがそう言うと、サクラは胸の前で両手を握って口を開く。


「そ、そうですよ。わたしも護衛につきます。い、いえ、つかせてください!」


 もしも護衛につかなかったら、後でカグラに怒られることが確定してしまうため、サクラも割と必死だ。

 エンブズの裏切りの一件以来、カグラは義人の警護に注意している。傍にいたのに護衛につかなかったという事態は避けたかった。だが、サクラが意気込むのと反対に義人は困ったように口元を引きつらせた。


「い、いやぁ、志信と近衛隊がいるから大丈夫だって、うん」


 志信と近衛隊は義人の命令ですぐさま動かすことができる部隊だ。護衛任務の練習と言えば、すぐさま納得するだろう。だが、義人としてはカグラやサクラがついてくるのは遠慮してほしかった。

 そんな義人の考えを見透かしたアルフレッドは、楽しそうに笑う。


「それではユキ殿を連れて行ったらどうじゃ? 一緒に“城下町”を廻ればさぞ楽しかろうて」

「ぐ……アルフレッド……俺の目的をわかってて言ってるだろ」

「さてのう。ミーファはあれで初心(うぶ)じゃから今回は無理じゃし、シアラには情操教育に悪そうじゃのう」


 くくく、と笑いを零すアルフレッド。いつもの好々爺染みた表情ではない。どこか若々しい仕草にサクラは内心驚きを覚えた。

 こうして義人がカグラやサクラ、優希やミーファにシアラ……女性が護衛につくのを遠慮したいのには理由がある。

 今回の視察で見ようと思ったのは市民の生活だが、それとは別にもう一箇所見てみたい場所があった。

 それは、遊郭(ゆうかく)である。

 いくら人口が少ないとはいえ、“そういったもの”の需要があれば供給もある。

 一男性としてではなく、国王として視察してみたかった。だが、そのためには女性随伴は絶対に避けなくてはならない。もしも誰かについてこられたら、“色々と”マズいことになりそうだ。

 ……まあ、一人の男としてちょっとだけどんなものなのか見てみたいという気持ちも義人にはあったが。


「そういったものの管理はきちんとしておる。じゃから、ヨシト王が気に揉まれることもなかろうて」

「ん、なら良いんだけどさ……男としてはやっぱりこう、どんなものか一目見てみたかったかなー」

「ほっほっほ、若いのう。じゃが、今回は市民の生活を視察するだけにしておくべきじゃな。それならサクラを連れて行っても大丈夫じゃろう?」


 アルフレッドとしては、義人が国の綺麗なところだけではなく少し厄介なところに目を向けてくれたのは嬉しい。だが、それに伴う危険は避けたかった。もっとも、アルフレッドが考えている危険とは義人の周囲に関するものだったが。


「痴情の(もつ)れで王が死亡など、笑えんからのう……」

「ん? 何かいったか?」

「いや、何でもないわい」


 幸いと言うべきか、義人は鈍い。余程直接的な行動に出られない限り、好意に気づくことはないだろう。

 アルフレッドの見立てでは、優希は既に危険だ。義人が望めば、すぐにでも応える。

 そして、カグラも若干危険だった。今はまだ『カグラ』として振舞っているが、何か進展があれば拙い。最近は義人の行動に怒ってばかりだが、もし義人が“今の”振る舞いを止めたら危険である。

 サクラはまだわからない。主人とメイドの関係であり、義人はサクラを妹か何かのように見ている(ふし)もある。

 そこまで考えて、アルフレッドは義人を見た。

 エンブズの一件以来、義人がカグラに怒られる機会は増えている。エンブズをどうにかするまでは王としての隙を見せようとしなかった義人が、ここ最近では進んで軽率な行動を取っている気がした。


「それじゃあ、視察に行ってくるよ。志信にサクラ、それと近衛隊がいれば危険はないだろうし、優希も一緒に連れて行くから」


 考え込んでいるアルフレッドを見た義人が、思考を遮るように告げる。アルフレッドはいつものように好々爺染みた笑みを浮かべると、思考を打ち切った。


「気をつけるんじゃぞ」

「はいよ。カグラに何か聞かれたら、適当に答えといてくれ」


 そう言い残し、義人はサクラを連れて退室する。それを見送ったアルフレッドは、僅かに口元を緩めた。


「今の性格が素か、それとも演技か。はてさて、どっちかのう」


 楽しそうに笑い、アルフレッドは政務に戻ることにした。




 次に義人が向かったのは兵士用の食堂だった。この時間なら優希はその場所にいるだろうと当たりをつけ、サクラを伴って兵士用の食堂へと向かう。


「お、優希発見」


 休憩している優希を見つけ、小さく呟く。すると、その声が聞こえたのか優希が振り返った。そして義人の姿を見ると、嬉しそうに破顔する。


「義人ちゃんどうしたの?」

「いや、今から城下町に行こうと思ってな。それで優希を誘いにきたんだ」

「デート?」

「そんな色っぽい話じゃないけどな」


 優希の言葉を冗談と捉え、義人は軽く流す。優希はそんな義人の言葉に残念そうにため息を吐くが、すぐに満面の笑みを浮かべた。


「じゃあすぐに準備してくるね。どこに集合すればいいかな?」

「準備……って、そうだな。サクラもメイド服じゃなくて普段着に着替えてきてくれよ。その格好だと、明らかに目立つし」

「は、はい。そうでしたね」


 自分の格好を見下ろし、サクラは恥ずかしそうに笑う。街中(まちなか)にメイド服を着た少女がいれば、さぞ目立つに違いない。


「それじゃあ、俺は今から志信のところに行ってくるから。準備が出来たら第一訓練場に来てくれ」

「うん、わかった」


 返事をするなり、優希は嬉しそうに歩き去る。それを見たサクラは、義人に一礼した。


「それでは、わたしも着替えてきます」

「ああ。サクラの私服姿を楽しみにしてるよ」


 義人がそう言うと、サクラは僅かに顔を赤くして困ったように微笑む。そしてもう一度頭を下げると、自身の部屋へと向かった。


「さて、それじゃあ俺は志信のところに行くかね」


 呟いて歩き出し、三歩進んで足を止める。


「……そういやノーレを置いてきちまったな。でも、ノーレを持ってたら目立つしなぁ」


 己が相棒のことを考え、義人はため息を吐く。


「今度、ゴルゾーにノーレを手軽に持ち運べる魔法具がないか聞いてみるか」


 あればいいな、と内心で呟きつつ城の外へと出る。そして、第一訓練場の方へと足を向けた。

 



「なんというか、死屍累々?」


 第一訓練場へと到着した義人の第一声は、そんな呟きだった。

 眼前に広がるのは地面に倒れ伏した十二人の亡骸……もとい、近衛隊の兵士達。


「む、義人か。何かあったか?」


 それと、その光景を作り出した張本人である志信である。手には訓練用の棍を持ち、軽く汗を流していた。


「ちょっと城下町に出ようと思ったんだけど……またずいぶんと厳しくやったなぁ」


 近衛隊として選抜されたのは十二人。志信が目をつけた者を部隊に関係なく引き抜いたのだが、その内訳は魔法剣士が六人に魔法使いが三人。それと騎兵と歩兵と治癒魔法使いが一人ずつだ。

 近衛隊を創立して一週間以上経過しているが、毎日志信の手によって地獄の訓練を受けている。部隊としても一人の兵としてもまだまだ未熟だが、もっと時間をかければ確実に成長するだろう。


「城下町に? それでここに来たということは、護衛か?」

「そういうこと。志信とサクラはすぐ傍で護衛。残りの近衛隊は周囲に溶け込んでの護衛を頼もうかと思ってなー。でも、この調子じゃ志信以外は無理っぽいな」


 義人はもう一度倒れている近衛兵を見回すが、皆荒い息をつきながら倒れ伏している。そんな義人の視線を追った志信は、顎に手をやって口を開いた。


「成程、護衛の訓練になるな……よし、それでは五分休憩を取った後、王の護衛をする。普段着に着替え、隠し武器を携帯しろ。いいな?」

『……は、はっ!』


 なんとか返事をするが、その声は疲労で震えている。その様子を見た志信は、僅かに頬を緩ませた。


「護衛が終われば、明後日まで休暇とする。だから頑張ってくれ」

「集合場所はここな」

『はっ!』


 明後日まで休みという言葉を聞いてすぐに立ち上がる近衛兵達。そして義人に一礼するとものすごい速さで走り去っていく。


「……飴と鞭。いや、鞭が酷すぎる気がするな」


 義人はポツリと呟く。一体どれだけハードな訓練をしているのか気になったが、途中まで想像して止める。そして軽く目を閉じると、近衛隊の兵士の無事を少しだけ祈ることにした。

 志信自らによる訓練指導。そして、いつかは諜報活動などにも回ってもらうつもりだ。今はまだ人数も少ないが、今の近衛兵がある程度成長すれば新しく兵を組み入れるつもりである。

義人はそれが何ヶ月先になるのかと気長に考え、練習用の棍を片付けている志信へと顔を向けた。


「志信は準備するものはないか?」

「ああ。金も一応持っているし、暗器として使える武器もいくつかある。問題はないだろう」

「……いや、志信がそれで準備完了っていうのなら、俺は何も言わないけどさ」


 集合場所はここ、第一訓練場だ。

 志信の服装は学校の制服ではなく、動きやすさを重視したこちらの世界のものである。そのため、着替える必要もない。ややゆったりとした作りなのは、志信が言う暗器とやらを持っているからだろう。素人である義人の目から見れば、ただの服にしか見ない。


「暗器っていうけど、何を隠してるんだ?」

「寸鉄をいくつか」

「寸鉄?」


 義人が首を傾げると、志信は懐から細い鉄の棒を取り出す。

 長さは十五センチほどで、太さは二センチもない。棒の中心付近には指輪状のものがつけられ、棒の先は丸みを帯びている。


「この輪に指を通して用いる。先端が鋭いものもあるが、それでは容易く人を殺傷してしまうだろう。もっとも、本来の用途はそちらだがな」

「物騒だなぁ。てっきり、忍者が使うクナイとか手裏剣が出てくるのかと思ったんだけど」

「苦無はともかく、手裏剣のような投擲にしか使えない武器は苦手でな」

「使ったことあるのかよ!?」


 志信の口ぶりに、義人は突っ込みを入れる。志信は僅かに苦笑すると、遠い目をして空を見上げた。


「お爺様の知人の方に少しだけ教わったことがあるが……俺は素人に過ぎん」


 何やら呟く志信を前に、義人は突っ込みを入れるのを諦める。そして空を見上げ、ポツリと呟く。


「近衛隊の兵士ってさ、近衛兵じゃなくて忍者でいいんじゃないか?」


 王の警護をして、情報も集めなくてはならない。護衛はともかくとして、情報集めは忍者の得意とするところだ。


「…………」


 志信は、何も答えない。

 結局、城下町に行く人員が全て揃うまで二人は無言のままだった。


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