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異世界の王様  作者: 池崎数也
第二章
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第四十二話:カグラ先生による魔法レッスンその2&寝惚け優希さん

 義人が志信との手合わせに関する細かいことを聞きながら休憩していると、今度はカグラが歩み寄ってくる。そして、笑顔で口を開いた。


「では、今度はわたしの番ですね?」

「……えーっと、俺って岩よりも脆いんで、カグラさんのお相手をするのはできれば御免(ごめん)(こうむ)りたいんですけど」

「違います! 格闘じゃなくて魔法の練習ですよ!」


 少し引き気味に義人が言うと、カグラは顔を赤くして声を張り上げる。義人にはわからなかったが、岩を素手で砕けるのは女性としてのプライドが許さないらしい。


「何? カグラは素手で岩を砕けるのか?」


 それに反応したのは志信だった。声にはどこか感嘆したような響きが込められており、それを聞いたカグラはさらに顔を赤くする。


「ま、魔法を使うからです! 魔法を使わなかったらそんなことできません!」

「いやいや、魔法を使ったからって岩を砕くのはどうかと思うよ、うん」


 ヒートアップしているカグラをさらにからかう義人。カグラは何かを言おうとして、疲れたようにため息を吐く。


「もう、いいです……ヨシト様のばか」

「俺だけ!? 志信は!?」

「む? 俺はからかった覚えはないぞ?」

「さっきの反応は素かよ!?」


 落ち込んだカグラを前に、義人はあちこちへと視線を飛ばす。

 軽い冗談のつもりだったが、城中の人間が同じことを聞いてくるカグラにとっては割と辛い話題だったらしい。


「いや、すまん。まさかカグラがそこまで気にしているとは思わなかったんだ。許してくれ」


 そう言いつつ、義人は頭を下げる。その下げられた頭を見たカグラは、もう一度ため息を吐いて苦笑した。


「頭を上げてくださいヨシト様。国王に頭を下げられては、これ以上怒るわけにもいきません……まあ、さっきのは事実ですし」


 最後の一言は小さな声で呟く。どうやら、魔法さえ使えれば岩を砕くのは本当らしい。これからはあまりからかわないようにしようと内心で思いつつ、義人は頭を上げた。


「そうか……じゃあ、今の話題は忘れよう。といわけで、魔法を教えてくれ。志信も聞くよな?」

「ああ。使えないかもしれないが、知っておくに越したことはない。ご教授願おう」


 志信が姿勢を正し、義人もそれに倣う。それを見たカグラは小さく微笑むと、講義をする教師のように二人に向き直った。


「それでは僭越ながら、この“カグラ”が魔法をお教えいたします。あ、その前にシノブ様にはこれを」


 カグラはそう言うなり懐から黄色の石を取り出し、志信へと渡す。黄色の石を受け取りつつも、志信は首を傾げた。


「これは?」

「『魔計石』という魔力を計る魔法具です。今はわたしが触れたせいで透明から黄色に変わってますけどね。まあ、とりあえず握ってみてください」


 カグラの言葉に従い、志信は『魔計石』を握る。すると、黄色だった石が徐々に色を変え始めた。


「何やら色が変わったが、これでいいのか?」


 『魔計石』が青色に変色したのを見て、カグラへと指示を仰ぐ。志信が握る『魔計石』を見たカグラは、興味深そうに目を細めた。


「シノブ様の魔力量は四人分ですか」

「……どういうことだ?」


 意味がわからない。

 無表情ながらもそんな志信の内心を読み取った義人は、苦笑しながら説明する。


「その石は色によって魔力量を調べるアイテムでな。志信は一般の魔法使い四人分の魔力があるってことさ。あとは、魔力を操って体の外に出せるようになれば魔法使いってこと……だよな?」


 カグラからの聞きかじりの知識のため、義人の言葉には確信の響きがない。そのため、少しばかり不安そうにカグラに尋ねた。


「はい。ヨシト様の言う通りです。魔力がない、もしくは魔力を操作できなければ魔法使いとは言えません。その点、シノブ様は魔力を持っています。あとは魔力を操るだけですね」

「へぇー……しかし、向こうの世界から来た奴はみんな魔力を持つのかね? 俺と志信が持っていたってことは、優希も魔力を持っているのか?」

「それは測ってみないことにはわかりません。しかし、歴代の王も魔力を持っていたらしいですし、可能性としては高そうですね」

「そっか。まあいいや。今は魔法の練習をしよう」

「そうですね。では、まず魔力を操る練習から始めましょう。まずは気を楽にしてください」


 カグラがそう言うと、義人と志信は顔を見合わせる。そして、とりあえず指示通りに気を楽にした。


「はい、では次に目を瞑って深呼吸をしてください」


 二人して言われるがままに目を瞑り、深呼吸をする。深く息を吸い、ゆっくりと吐き出していく。


「それでは、体の中に魔力があるということを意識してください」

「え?」

「……む」


 意識しろと言われても、どう意識すれば良いのかわからない。義人は眉を寄せながらも深呼吸を繰り返し、自分の中にあるらしい魔力へと意識を向けた。

 その隣で、志信は少しばかり首を傾げている。それは義人とは違い、何かしらの感覚を掴んだためだ。

 武術において、精神修養は必要不可欠な要素である。座禅に似た心境で魔力とやらの感覚を掴もうとした志信は、意識して初めて“何か”の存在を察知した。


「魔力……これか?」


 ポツリと呟く。その一言に義人は目を見開いた。


「もうわかったのかよ!?」

「いや、確信はない。ただ、元の世界の時には感じなかった妙な感覚がある」


 しきりに首を傾げる志信に、カグラは感心したような目を向ける。


「なるほど……シノブ様は感覚が非常に優れているみたいですね。先程も、ヨシト様が使った魔法を感覚だけで察知していましたし」

「あれが魔力か? 俺は妙な感覚がするものを打ち消しただけなんだが」

「それが魔力です。それにしても……」


 そこで一度言葉を切り、カグラは困ったように頬に手を当てた。


「魔法を使ったことのあるヨシト様よりも先に、シノブ様のほうが感覚をつかむのが早いとは思いませんでした」

「ぐはっ!」


 告げられた言葉が胸に刺さり、義人が思わず膝を突く。そしてプルプルと震えると、ノーレを片手に立ち上がった。


「の、ノーレは俺の魔力を吸い出すだけだから、体の中にある魔力なんて俺はわからないって」

『戯け。その吸い出される感覚がわかるくせに、何故自分の魔力がわからんのじゃ。体の中にある魔力を妾が操って外に出しとるんじゃから、その感覚を覚えれば良いじゃろ』

「あの体の力が抜けるような感覚を? ノーレ、ちょっと魔力を吸い出してくれよ」

『自分で感覚をつかむほうのが良いのじゃが……まあ、良かろう』


 そう言うなり、ノーレが義人の体から魔力を吸い出していく。

 自分の中から“何か”が抜けていく感覚に、義人は納得の声を上げた。


「あー! これが魔力か! しかし、気持ち悪い感覚だな……何か、血を抜いてるみたいだぞ?」


 魔力が吸われていく感覚に、義人は顔をしかめる。ノーレを握る右手からどんどん血が抜けていくような感覚を覚え、気分が落ち着かない。


『……っと、妾が吸える魔力はこれで限界じゃな。感覚はつかめたかの?』

「ああ、うん。ばっちり。操るのはともかく、魔力がどんなものかはわかった」


 義人は首肯してノーレから手を離す。そして自分だけで魔力を感じようと集中するが、いまいち感覚をつかめない。


「んー……ノーレの補助がないとわからないなぁ」

「普通はそういうものですよ。むしろ、すぐにわかったシノブ様がすごいんです。本当だったら早くても三日はかかるのに、それを一度で覚えたんですから」


 苦笑混じりのカグラに、義人は肩を竦める。


「まあ、志信だしな」


 その一言で、義人は自分を納得させた。




 本日四回目の鐘が鳴り、午前八時を知らせる。その鐘の音を聞いた義人は、集中するのを止めて顔を上げた。


「うん、わかんね」


 一時間ほど感覚をつかもうとしていたのだが、一向につかめない。ノーレの補助があれば大丈夫だが、自分一人では魔力の欠片すら探知できなかった。


「それでは、ひとまずここまでにしておきましょう」


 あと一時間もすれば謁見の間で朝の報告会がある。そろそろ切り上げれば丁度良い時間だろう。


「ふむ、中々に興味深いな」


 志信も集中を解き、なにやら自分の体を見下ろす。今まで自覚していなかった魔力という存在に興味をもったらしい。


「後でシアラのところに行って教えてもらうとするか」


 小さく呟くが、義人はそれを聞き逃すことなく聞き取った。そして、楽しげな表情を浮かべる。


「シアラ? シアラって魔法隊の隊長だろ? 仲良いのか?」


 そう言いつつシアラの顔を思い出し、義人は一つ頷く。

直接話したことはあまりないが、ある意味志信とぴったりな少女だと思った。


「仲が良いというわけではないが、魔法のことは魔法使いに聞くべきだと思ってな。カグラは義人と共に政務をするだろう? だから、訓練の合間にでもシアラに教わるとしよう」


 もっとも、シアラ次第だが。

 そう付け足して、志信は傍に置いていた『無効化』の棍を拾い上げる。


「ふーん。へぇ……志信がねぇ。いやいや、良いことだ。まあ、ミーファにとっては良くないかもしれないけど」


 うんうん、と感心する義人。志信が元の世界では中々友人を作ろうとしなかったことを思い出し、一人感慨に(ふけ)ってみたりする。

 そんな義人を見たカグラは苦笑した。


「そうなると、ヨシト様はシノブ様に差をつけられてしまいますね?」

「うん? ああ、別に良いんじゃないか? 昼間は政務をしないといけないし、志信に差をつけられて困ることはないしな。むしろ嬉しいぐらいだ。それに……」


 傍に置いていたノーレを拾い、義人は快活に笑う。


「こっちには、優秀な教師が二人いるからな。政務が終わってからどっちかに教われば良いだろ? 志信だって一日中魔法の訓練をするわけでもないだろうし」


 優秀な教師とはもちろん、カグラとノーレのことだ。場合によってはサクラに教わるのもありだなと笑い、ふと思いついたことを口にする。


「なあカグラ、『魔計石』を貸してくれないか? あとで、優希にも魔力があるか計りたいしな。あいつも、魔力があったら魔法を覚えたいって言うだろうし」

「そうですね。ユキ様も計っておいたほうが良いとわたしも思います」


 義人の案に同意すると、カグラは『魔計石』を手渡す。

 それを落とさないように受け取った義人は、とりあえずこの場を解散させることにした。




「さーて、優希はどこかなっと」


 とりあえず寝室に戻ってみたが、優希はいなかった。守衛の兵士に話を聞いてみたが、優希は来ていないらしい。

 それを確認した義人は、とりあえず優希の部屋へと向かうことにした。


「もしかしたら寝坊してるかもなー。うん、優希ならありえるか」


 元の世界での生活を思い出し、義人は小さく笑う。

 伊達に長年幼馴染みをしているわけではない。登校時に迎えに行った際、優希がまだ寝ていたということも数多くある。そのため慌てて叩き起こし、優希の母親に楽しそうに笑われたのは懐かしい思い出の一つだ。

 こちらの世界に来てからはなるべく早く起きようとしているのだが、時折八時を過ぎても寝ていることがある。


「まあ、別に優希は寝てても良いんだけどな?」


 義人や志信と違い、優希は特段するべきことがない。もっとも、それを言えば志信も同じだが、志信が訓練に参加することはすでに当たり前になっている。

 優希がしていることをあえて言うならば、料理と洋服作りだろう。それと、政務をしている義人の周りで雑事をするぐらいだ。

 そんなことをのんびり考えつつ、優希用に用意された部屋へと足を運ぶ。国王の友人ということでそれなりに大きい部屋であり、扉の脇には守衛の兵士が立っている。


「おはよう、お勤めご苦労様。優希はまだ寝てるか?」


 ひとまず守衛の兵士に挨拶がてら声をかけると、兵士は驚いたように背筋を伸ばした。腰に日本刀を差しているところを見る限り、歩兵隊か魔法剣士隊の兵士だろう。


「おはようございます! ユキ様はまだお休みになられています!」

「そっか。やっぱり寝てるのか」


 うんうんと一人納得して、どうしたものかと軽く考え込む。すると、そんな義人を見ていた兵士が口を開いた。


「あの、俺達はここから離れたほうが良いでしょうか?」


 何故か、神妙な顔で聞いてくる若い守衛の兵士。


「いや、別にそんなことはないけど……なんで?」

「外に人がいては集中できないかと思いまして」


 どこかで見た顔だなと思いながらも、とりあえず義人は聞き返す。


「……何に集中するんだ?」

「え? 夜這いに来られたのではないのですか?」

「馬鹿野郎! 今は朝だから朝這いだろ!」


 心底不思議そうに答えた若い兵士に、もう片方の兵士が突っ込みを入れた。王を前にしてやたらと砕けた態度に、義人は苦笑する。


「お前ら、魔法剣士隊か?」


 よく顔を見てみれば、以前タルサ村へと魔物退治に行った時に義人と一緒に農作業をしていた兵士だった。あの時大分打ち解けたかなと義人は思っていたが、どうやら予想以上に打ち解けていたらしい。


「はっ! 第一魔法剣士隊の者です!」

「タルサ村で、俺と優希を見て冷やかしてくれたよな?」

「はっ! ……あ」


 兵士の額から、冷や汗が流れ落ちる。それを見た義人は笑顔を浮かべた。


「そ、それでは失礼します!」


 義人の笑顔を見た兵士がすぐさま逃げ出す。まさに脱兎の如くと言わんばかりの逃げ足に、義人は再度苦笑した。


「まったく。気軽な関係のほうが好きだけど、アレは少し気軽過ぎかな」

『そうじゃの。慕われるのと侮られるのはまったく違う。まあ、今の奴らは前者のようじゃがな。引き締めるところはきちんと引き締めるんじゃぞ?』


 苦笑混じりの呟きに、ノーレが返答する。その言葉を聞いた義人は、一つ頷いた。


「肝に銘じておくよ。ま、今はまだ王様業務が始まる前だし、良いよな?」

『戯け。お主は一日中王なのじゃぞ? そのことをきちんと自覚せんか。巫女に見られておれば、長い説教モノじゃ』

「それは勘弁してほしいなぁ……」


 ため息を一つ吐き、優希の部屋の扉をノックする。


「おーい、優希ー。朝だぞー?」


 そして声をかけてみるが、中からの返事はない。


「やっぱり寝てるか」


 そう口にして、ドアノブを捻って扉を開ける。義人はそのまま部屋の中へと足を踏み入れると、なんとなく部屋の中を見回した。

 元の世界の優希の部屋なら知っているが、こちらの世界で優希の部屋に来たことはあまりない。

 壁際に置かれたベッドや、その近くに置いてある机と椅子。反対の壁には箪笥(たんす)や書棚が設置されており、書棚には様々な本が並んでいる。さすがにヌイグルミの類は置いていない。


「おーい、優希? 寝てるのか?」


 ベッドに歩み寄りながら尋ねてみるが、返事はない。


『寝ておったら返事などできんじゃろうが』

「そりゃごもっともで……ん?」


 義人はベッドの傍で足を止め、机の上に置かれている物へと目を向ける。

 机の上には厚さ五センチほどの本が三冊置かれており、表紙に書かれたタイトルが義人の興味を惹いた。


「『カーリア国の料理辞典』、『魔物大全』、『コモナ語について』? へぇ、優希って相変わらず勤勉だなぁ」


 そう言いつつ、『コモナ語について』という本を手に取る。そして開いてみると、日本語と一緒にコモナ語が書かれていた。

 コモナ語はほとんどの国で通じる言語で、義人もいずれは覚えなくはいけない。ひとまず流し読みをして、次は『魔物大全』を書かれた本を手に取って中を開いた。

 そこには魔物のイラストが書かれており、名前や危険度、習性や特徴なども書かれている。これも同じように流し読みしてくと、途中に(しおり)が挟まっていたためその手を止めた。


「これは……龍か?」


 栞が挟まっていたページを見て、義人は思わず目を輝かせる。

 龍と言っても数種類存在し、そのほとんどが上級の魔物として知られる存在だ。火龍や翼竜、中には白龍という種族もいる。他の魔物と比べて情報が少ないのは、それだけ情報を揃えるのが難しいということだろう。

 習性や特徴などにも目を通し、義人は小さな唸り声を上げる。


「リアルで遭遇したら絶対逃げるぞ、こりゃ」


 ゲームなどでは格好良い生き物だと思っていたが、実際には羽の生えた巨大なトカゲのようなものだ。もっとも、風龍や白龍などは絵が載っていないためどんな姿形をしているかわからないが。

 遭遇することはないだろうと軽く現実から逃避しつつ、今度は『カーリア国の料理辞典』に手を伸ばす。そして開こうとしたが、優希の寝息が聞こえて義人は手を止めた。


「って、俺は何をしにきたんだか……」


 優希を起こしに来ておきながら、その横で本を読んでいては意味がない。今度見せてもらおうと思いつつ、義人は本を元の位置に戻した。


「さて、起こしますか」


 幸せそうに寝ている優希の横に立ち、義人は声をかける。


「おーい、優希。朝だぞ。朝飯食べるぞー」


 元の世界のパジャマに似た服を着た優希の肩を軽く揺さ振ってみるが、目を覚ますことはない。それどころか、義人の声を聞いてますます幸せそうに布団に丸まる。


「むむ、これは手強いぜ」


 義人は一気に布団を引き剥がしてやろうかと思案するが、もう少しだけ粘ってみようと優希を揺り動かす。


「優希、起きろってば」


 だが、起きない。

 義人は揺らすのを止めると、今度は人差し指で優希の頬をつつく。


「ほーら優希。起きろー」

「……ふにゅ……ふにゅ」


 つつく度に面白い声を漏らす優希。それを見た義人は少し楽しくなり、餅のような頬を更につつく。


「おー、こりゃ面白い。ってか柔らかいな」


 プニ、プニと何度もつつくが、優希は目を覚まそうとしない。それでも挫けず頬をつつく義人だったが、ここで優希の行動が変化した。


「……ふにゅ……ふにゅ……あむ」


 何を思ったか、優希はつついていた義人の人差し指へと噛み付いた。もちろん、本気で噛んでいるわけではなく甘噛みである。


「ちょ、優希?」


 まるで赤ん坊のように人差し指に吸い付く優希を前に、義人は困惑した声を漏らす。ちゅぱちゅぱとなにやら音が鳴り、どうしたものかと義人は思案した。少し、変な気分になりそうである。


『何をしとるんじゃ貴様は!?』


 思案する義人をノーレが怒鳴りつけた。


「俺のせい!? ほ、ほら優希! 起きてくれ! ものすごくくすぐったいんだ!」


 思念通話で怒鳴ってくるノーレの剣幕にビビりつつ、義人はさっきよりも強く優希を揺する。するとさすがに優希も目を開け、数回瞬きをした。


「ぅん……義人、ちゃん?」

「お、おお。義人だよ」


 どもりながらもそう答え、さりげなく噛まれていた指を体の後ろへと隠す。そんな義人の横で、優希はのんびりと体を伸ばした。


「ふぁ〜……今、何時?」

「朝の八時過ぎ。起きてこないから、まだ寝てるのかと思って起こしにきたんだ」

「そうなんだぁ……ありがと、義人ちゃん」


 そう言って、優希が嬉しそう笑う。その満面の笑みを前に、義人は心の中で首を傾げた。


『あれ? 俺って、優希を起こしに来ただけだっけ?』

『この戯けは……この娘の魔力を計るために、巫女から『魔計石』を借りたことまで忘れたか? 呆れた鳥頭じゃな』

『おお、そうだった!』


 ものの見事に忘れていた義人は、ポケットに入れていた『魔計石』を取り出す。義人が触れたせいで濃い緑色に変色している『魔計石』を見た優希は、物珍しそうに目を見開いた。


「うわぁ……義人ちゃん、それ何?」

「これは『魔計石』っていう魔力を計るアイテムだ。優希を起こすついでに計ってみようと思って、カグラから借りてきたんだよ。とりあえず握ってみてくれ」


 そう言いながら、義人は優希に『魔計石』を手渡す。優希は小さく首をかしげながら『魔計石』を受け取り、とりあえず両手で握り締めた。すると、色が徐々に変わっていく。


「どれどれ?」


 握られた『魔計石』を覗き込む義人。変色した『魔計石』の色を確認し、一度目を逸らしてもう一度見る。そして再び『魔計石』の色を確認すると、今度は目を擦りだした。だが、何度見ても『魔計石』の色は変わらない。


「……赤、か」


 搾り出すように呟く。

 優希が握った『魔計石』は、濃い緑色から赤色へと色を変えていた。


「義人ちゃん。赤くなったけど、これでいいの?」

「あ、ああ。協力に感謝するよ、うん。しかし、赤か」


 動揺が口調に現れる。義人はカグラが以前言っていた話を思い返し、ノーレへと思念通話を繋げた。


『ノーレ、ノーレ! 赤って六十四人分だったよな!?』

『そう……じゃのう。妾も驚いたぞ。しかし、これは……』


 義人の言葉に、しばし考え込むノーレ。その声に真剣なものを感じた義人は、眉を寄せた。


『なんだ? 何かあるのか?』

『……いや、何でもない。それより、このままでは朝食を食べる時間がなくなるのではないか?』


 ノーレから指摘されて、義人は今の時間を思い出す。


「って、やべ!? 早く朝飯食わないと間に合わないじゃねえか! 起こしといてなんだが、すまん優希! 俺は先に食堂に行くから!」

「あ、うん。それじゃあ、わたしも着替えてから行くね」

「ああ!」


 それだけを言い残し、慌しく走り出す義人。

 頬をつついて遊ぶんじゃなかったと若干後悔しつつ、優希の部屋を後にする。

 優希はそんな義人を見送り、小さく欠伸をした。そして目の端に浮かんだ涙を擦り、口を開く。


「ふぁ……とりあえず、着替えよ」


 義人に起こしてもらったことに頬を緩ませつつ、そう呟いた。


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