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異世界の王様  作者: 池崎数也
第二章
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第四十話:魔法隊隊長シアラ=テンシア

 エンブズの事件からある程度立ち直ったミーファは、毎日魔法剣士隊の訓練に精を出していた。しかし、ここ最近新たな問題が浮上しつつある。

 広い範囲で武術を学んでいる志信に時折訓練を見てもらうのだが……。


「あ、あの、シノブ様! もし良ければ、わたしに稽古をつけてもらえませんか?」

「ちょっと! 抜け駆けは駄目だってば!」

「あー! わたしもシノブ様に教えてもらいたい!」

「おいおい、俺達だってシノブさんに教えてもらいたいぞ?」

「シノブさん。一つ手合わせをお願いします!」


 何故か、隊長であるミーファよりも人気があった。


「俺なんかで良ければ構わないが……」


 しかも志信はそれらを律儀に全てこなすため、人気は増す一方である。

 教え方、武術の腕ともに志信のほうが上であることはミーファも承知している。そのおかげで部下の練度が上がっているのだから、感謝すべきだろう。志信自身も教えるのを楽しんでいるため、誰も損はしない。

 志信の周りに部下の兵士……男女比率が三対七で群がっている。しかも、女性兵士の中には明らかに熱いまなざしで志信を見ている者もいた。

 以前タルサ村での魔物退治の際、志信に危ないところを助けられたからなのだがミーファが知る由もない。


「くっ……この胸の感覚は何?」


 それを見ていると、奇妙な感覚が渦巻くのをミーファは感じた。胸の辺りが苛々(いらいら)するような、それでいて苦しいような感覚。

 右手に握っていた練習刀を力一杯握り締め、口を開く。


「そこ! シノブ殿に群がるな! 訓練をしないか!?」


 訓練の最中はさすがに呼び捨てにするわけにもいかず、殿付けだ。

 怒鳴られた兵士達は蜘蛛の子を散らしたように志信から離れ、訓練を再開する。それを見たミーファは、ため息を一つ吐いて志信の傍へと歩み寄った。


「ごめんねシノブ。わたしの部下がわがまま言って」

「いやなに、他人に教えることで学ぶことも多々ある。俺はまったく構わないぞ」


 ミーファの言葉に志信がそう答えると、それを聞いていたのか再び女性兵士が数人集まろうとする。だが、ミーファが刃物のような眼光を向けると慌てて訓練に戻った。


「まったく」


 鼻を鳴らすように息を吐くミーファに、志信は僅かに眉を寄せる。


「俺は訓練を見るために呼ばれたと思ったんだが?」


 それなのに兵士を近づけないのでは、まったく意味がない。


「え? あ、ごめん」


 志信の言葉にミーファは小さく頭を下げる。それを見た志信は、周りを見回して一つ頷いた。


「そうだな……俺がいては集中できないようだし、少し他の隊のところに行ってくる。基礎訓

練が終わった頃に戻ってくる」

「うん、わかった」


 ミーファが頷くのを確認してから、志信は歩き出す。

 騎馬隊にでも顔を出すのだろうと思ったミーファは、訓練に戻ろうとして首を捻った。


「あれ? あっちは魔法隊が訓練している方向じゃなかった?」


 志信が歩いていった方向を見て、訝しげに呟く。思わず一歩前に出ようとして、部下の兵士が声を上げた。


「ミーファ隊長! 次は何をすれば良いですか!?」

「あ、次は自分に『強化』をかけて素振りを千本! 気合を入れなさい!」

『はいっ!』


 気を削がれたミーファは、気にしないことにして訓練に戻ることにする。


「わたしも頑張らなきゃね」


 最後にもう一度志信が歩いていった方向に目を向けて、ミーファは練習刀を握り直した。




 第一魔法剣士隊が訓練している場所から少し歩き、志信は他の訓練場よりも広い場所へと出る。

 その足の向かう先には手に杖を持った者達が隊列を組み、魔法の訓練に精を出していた。ローブのようなものを着て杖を振るうその姿は、魔法使いと呼ぶに相応しい。

 カーリア国魔法隊。

 接近戦や中距離からの魔法攻撃に重視を置く魔法剣士隊とは違い、こちらは遠距離から強力な魔法を撃ち放つ部隊だ。

 もっとも、強力な魔法と言ってもそれは魔法剣士隊と比較してというだけで、部隊の魔法使いはほとんどが下級魔法使いでしかない。

 部隊構成は女性が多く、その割合は八対二。魔法剣士隊と比べても、女性兵士の比率が高い部隊だ。

 志信は少し離れたところで足を止め、飛び交う魔法を興味深げに眺める。


「やはり詠唱をする者はいない、か。もしそうならば喉を潰すだけで事足りるのだが……無力化させるにはやはり気絶させるのが一番か」


 さり気なく物騒なことを呟き、志信は右手に握った棍に目を向けた。


「ふむ……この『無効化』とやらがどこまで効力を持つのかも気になるな」


 一人頷くと、再び魔法隊へと向かって歩き出す。炎や氷の矢が飛び交っているが、自分へと飛んでくるわけでもないので志信は気にしない。

 仮に魔法が飛んできたとしても、ミーファが以前使った火炎魔法に比べれば直線的な軌道でしかないので避けることは容易いだろう。それに、今は『無効化』の棍がある。

 悠々と歩み寄る志信に一人の兵士が気づき、驚きの声を上げた。すると、隊長らしき小柄な女性が右手を上げる。


「……撃ち方、止め」

『はっ!』


 実に小さな声だったが、周りの兵士はすぐに魔法の発動を止めた。それに満足そうに頷くと、隊長らしい小柄な女性が志信へと歩み寄っていく。


「……今、訓練中。危ない、です」


 とってつけたような敬語だった。

 身長は小柄で、百五十センチにも満たないだろう。紺色のローブを着て、手には一メートルほどの杖を持ち、頭には服同様紺色の、つばが広い三角帽子が乗っている。

 歳はサクラと同じくらいに見えるが、志信には判断がつかない。

 カグラほど長くはないが、それでも背中まで届く長さの黒髪。そして、黒曜石のような色合いの無気力な瞳が印象的な女の子だった。


 ―――まるで日本人形のようだな……。


 目の前の少女を、志信は内心でそう評す。


「申し訳ない。この隊の隊長に話があってきたんだが、君が魔法隊の隊長か?」


 ひとまず頭を下げ、志信が尋ねる。すると、少女はすぐに頷いた。


「……わたしが魔法隊の隊長、シアラ=テンシア、です。貴方は?」


 シアラと名乗った少女に、志信はもう一度頭を下げる。


「名も名乗らず失礼した。俺は藤倉志信。義人……当代の王と共にこの世界に召喚された人間だ」


 志信がそう言うと、シアラはゆっくりとした動作で膝をつく。


「……王の友人なら、礼を尽くさなくては、です」


 膝をつき、ゆっくりと喋るシアラに志信は首を横に振った。


「いや、俺は立場のある人間ではない。故に、膝をつかれては困ってしまう。できれば立ってもらいたいのだが」

「……そう、ですか」


 志信の言葉に頷き、シアラが立ち上がる。そして志信のことを興味津々で見ている兵士達へと目を向けた。


「……貴方達は、瞑想。わたしは、シノブ様と話がある」


 そして、待機している兵士へと指示を出す。すると、兵士の女性からブーイングが上がった。


「えー! シアラ隊長、わたし達もシノブ様とお話したいですよー!」

「……却下。訓練、すること」

「ちぇっ。わかりましたー」


 シアラの言葉で渋々引き下がる女性兵士。そのやり取りを見ていた志信は、自分に対する敬称が気になって口を開く。


「義人ならともかく、俺には様などつけなくても良い。さん付けも不要だ。呼び捨てで構わない」

「……じゃあ、シノブって呼ぶ。良い? ……ですか?」

「無理矢理敬語にする必要もない。俺もシアラと呼ばせてもらう」

 シアラの言動が少しおかしくて、志信は小さく笑う。それは志信にしては珍しい、優しげな笑い方だった。





「一体何の話をしているのかしら?」


 そんな二人の様子を見ている人物が一人。訓練場の傍の雑木林で、隠れるように様子を窺いながら眉を寄せていた。


「つい気になってきちゃったけど、シノブってシアラ隊長と知り合いだったの?」


 コソコソと志信とシアラの様子を見ているのは、もちろんミーファである。

 結局志信の行き先が気になり、様子を見に来たのだ。


「でも、そんな話は聞いたことないし……」


 何やら話し合っている二人を見ながら、ミーファはどうしたものかと逡巡する。

 こんなところで必死に気配を消しながら志信の様子を窺う理由はない。だが、何故か志信の行動が気になる。

 そうして悩むこと数秒、ミーファが見ている先で志信が小さく笑った。


「っ!?」


 その笑みを見たミーファは、思わず体が硬直する。それは今まで見たことのない類の、どこか優しい笑みだった。

 しかしそうなると、シアラは志信がそういった笑みを向ける間柄なのではないか?

 そう考えたミーファは、胸の中が重くなるのを感じた。そして、思わず隠れていた木に生えていた枝を思いっきり握る。

 握られた枝は、悲鳴を上げるようにバキリと音を立てた。





「む?」

「……どう、したの?」

「いや、なにやら寒気が。殺気ではないのだが」


 それとなく周囲を窺うが、人影は見えない。そのまま数秒警戒していたが、何もないことを確認すると軽く気を抜く。そして、自身を見上げるように見てくるシアラへと視線を落とした。


「少し聞きたいことがあってきたのだが、良いか?」


 すでにシアラは話を聞く体勢に入っているが、志信は一応尋ねる。


「……わたしに、答えられることなら」

「そうか。では、これを見てほしい」


 頷いてくれたシアラに安堵の息を吐きつつ、志信は右手に持った『無効化』の棍を持ち上げた。そして棍先に施された幾何学的な文字、『魔法文字』の羅列を見せる。


「……『無効化』の術式。これが、なに?」

「いや、その『無効化』とやらはどこまで効力を発揮するのかと思ってな。魔法隊の隊長ならば、それがわかるかと思って聞きにきたんだ」


 志信の言葉に、シアラは棍先の『魔法文字』をゆっくりと眺めていく。そして、棍の全体も眺めて口を開く。


「……これで、何度か魔法を『無効化』した?」

「ああ。数度、戦闘で振るった。その際に『無効化』したらしい」


 らしい、というのは志信が魔法という存在に詳しくないからだ。一応話は聞いているが、義人に比べればその知識の量は劣る。


「……『魔法文字』で刻んだ魔法は、永続的な効果があるわけじゃない。刻まれた魔法を発動し続ければ、その効力も、いずれなくなる、です」

「そうか……どうすれば良い?」

「……また、『魔法文字』を刻んでもらえば良いの。この武器は、まだ二割くらいしか『魔法文字』が削れていないから、しばらくは大丈夫。でも、強力な魔法を『無効化』すれば、すぐに効力を失う、かも」

「強力な魔法とは、どのくらいの威力だ?」

「……この武器に刻まれた『無効化』の術式なら、中級魔法を『無効化』すれば術式が消える。この『魔法文字』を刻んだ人、下手くそ」


 サラリと毒を吐くシアラに、志信は苦笑した。


「その言い方だと、自分のほうが上手く『魔法文字』を刻めると聞こえるが?」


 挑発ではなく、ただの疑問として尋ねる。すると、シアラは無言で頷いた。


「……少なくとも、これよりは上手」

「そうか。では、いつか頼んでもいいか?」

「……いいけど、タダじゃない」

「む、案外しっかりしているな。では、何を望む?」


 姿勢を正して、志信はシアラへと向き直る。そんな志信に、シアラは小さな口を開いた。


「……動く的」

「ん? 動く的?」

「……魔法の訓練をするとき、動く的がほしい」

「それを俺にやれと?」


 やや戸惑いながら聞くと、シアラはしっかりと頷く。


「……『無効化』を施した武器を使って、的になる」


 提案された条件に、志信はしばし考え込む。そして先程の魔法隊の練度を思い出すと、納得

したように首肯した。


「ふむ、魔法隊の訓練にもなるし、俺も魔法使い相手にどう動けばいいかを学ぶことができるな。わかった、それで良い。義人にも一応聞いてみるが、義人なら二つ返事で了解してくれるだろう」

「……交渉成立」


 シアラは無機質な声で小さく呟くと、今度は視界をあちこちに向け出す。そして周囲を数回見回すと、話すべきことがまとまったらしく志信へと真っ直ぐな目を向けた。


「……なんで、カグラ様じゃなくて、わたしのところにきたの?」


 不思議そうに首を傾げるシアラ。そんなシアラに、志信は困ったように眉を寄せる。


「カグラは義人に付きっきりで忙しそうでな。それに、知り合いの縁は多いに越したことはない。現に、『魔法文字』を刻むときはシアラに頼めば良いとわかったしな」

「……そう」


 志信からの返答に対して、シアラは納得したのかわからない無表情で頷く。

 そんなシアラに、志信は苦笑染みた笑みを浮かべた。もし義人がこの場にいたならば、その表情を見て驚いたかもしれない。志信がシアラに向けた目は、まるで歳の離れた弟や妹に向けるようなものだった。

 元来、藤倉志信という人物は面倒見が良い。特に、年下に対しては大分優しくなる。ただ、持ち前の仏頂面がそれを目立たせないだけだ。


「さて、それでは魔法隊の訓練の様子も見てみたい。何なら、動く的を今からしても良いがどうする?」


 志信は自分がどんな表情をしているか自覚せずに尋ねる。すると、シアラは数秒志信の顔を凝視して目を逸らした。


「……今はまだ、いい、です。基礎訓練も、終わってないから」

「そうか。では、見学だけするとしよう」


 そう言うなり、志信は邪魔にならなさそうな場所へと歩いていく。その様子を見た魔法隊の女性兵士がなにやら囁き合っているが、志信は特に気にしない。

 シアラは志信が歩いていくのを無感情に見送り、ポツリと呟く。


「……変な人」


 とりあえず、それだけを口にした。





 シアラ=テンシアという少女は、弱冠十四歳にして魔法隊の隊長に就任した魔法使いである。現在は十五歳だが、これは十七歳で魔法剣士隊の隊長に就任したミーファよりも明らかに早く、歴代の隊長の中でも最も歳若い就任だと言える。

 彼女が生まれたテンシア家は、魔法技術が他国よりも発展していないカーリア国において、カグラと言う例外を除けば魔法に対する随一の才を秘めた家系だった。

 シアラもその才を受け継ぎ、わずか十四歳にして魔法隊の前隊長である自身の母からその立場を譲られた。

 もっとも、シアラの魔法使いとしての腕は中級魔法使い程度である。それでも魔法隊の隊長を務められるのは、『魔法文字』を多少扱うことができるのと、他の魔法使いのレベルが低いからだ。

 『風と知識の王剣』ノーレをもってして『下の下』と言わしめるこの国の兵士の実力評価は、もちろん魔法使いにも適用される。

 魔力量、魔力操作の技術、魔力回復量。そのどれを取っても三流以下だ。中にはカグラのような超がつく一流もいるが、これは例外中の例外である。

 サクラも実力的にはシアラより上だが、サクラが魔法を使えることを知っている者はあまり多くない。王の警護も兼ねてメイドをしているため、魔法を使えることが知られては不利になる。そのため、表立って行動することはあまりなかった。

 魔法隊の前隊長であるシアラの母は、年齢を重ねて衰え始めた自身の能力では娘のシアラに敵わない。

 そのため、例外を除いてカーリア国の中では最も魔法の腕が立つシアラが魔法隊の隊長を務めていた。

 どこかぼんやりとしており、何を考えているかわからないところもあったが、それでも前隊長の努力もあってシアラは魔法隊の隊長という役目を全うしている。

 無口だが小柄で可愛らしく、隊長というよりはマスコット的存在として部下に慕われているのは本人も知らないことではあったが。


 そんな魔法隊から少し離れた雑木林の中で、ミーファは(きびす)を返して歩き出す。

 『とぼとぼ歩く』。そう形容するのが相応しい足取りで、ゆっくりと魔法剣士隊が訓練している場所へと向かった。

 自身の感情を持て余したままで、ただゆっくりと。


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