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異世界の王様  作者: 池崎数也
第一章

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第三十六話:途切れた復讐心

 ハクロア国の使者が去ってから三日が経ち、義人はすでに気分を切り替えていた。

 痛み分けと正式に決めた以上、ハクロア国と関わることもない。そう判断し、思い出すだけでも怒りが沸きあがるってくるので、どうでも良いこととして頭の片隅へと仕舞いこんだ。

 たしかに今回の事件は大きな問題だったが、他にも片付けなくてはいけない重要な案件がたくさんある。しかも徹夜をしようとするとカグラやサクラの目が厳しいので、政務に携われる時間は今までよりも多少減ってしまった。

 自分はこんなに勤勉だったのかと義人は苦笑したが、他人の生活がかかっていては真剣に頑張らざるを得ないのである。

 それに、元の世界に戻るまでは出来る限り頑張ると決めた。そのため、義人は今日も様々な問題を片付けていく。

 町や村、国民からの嘆願書。

 臣下から提出される提案書や許可を求める書類。

 魔物退治のために遠征させる部隊を選び、それに伴う許可。

 国家予算の無駄をなくす方法など。

 多岐に渡って決めねばならず、義人の周りにはカグラや専門の文官武官が常にいる。そのため、様々な噂や情報が義人の下へと届く。

 そして最近、義人の耳にある噂が届くようになっていた。


「ミーファの様子がおかしい?」


 今日だけで三回告げられた言葉を義人は復唱する。

 主に武官や兵士からの報告だが、ここ最近ミーファの様子がおかしいらしい。

 どこか気の抜けたような顔をしており、訓練にも身が入っていない。このままでは怪我をするのではないか。何か重大な悩みを抱えているのではないか。

 そんな報告が数多く届いている。


「んー……変だった、かな?」


 義人は朝礼のときの様子を思い出そうとするが、よく覚えていなかった。

 臣下の顔はなるべく見るようにしているのだが、ハクロアの使者が来て以来、朝礼の際に挙げられる情報を整理推察することに集中していたためである。

 うーむ、と悩みつつ眉間を押さえる義人だが、いくら記憶を掘り返しても思い出すことができない。


「ヨシト様、お茶です」

「お、ありがと」


 そんな義人にサクラがお茶を差し出し、礼を一つ言ってから口をつける。

 熱すぎず、かといって温い(ぬるい)わけでもない、丁度良い温度のお茶で喉を潤しつつ義人は眉を寄せた。


「志信が何かやったか? いや、しかし……うーん」


 頭を働かせるが、理由が思い浮かばない。

 噂というか、その報告が出始めたのは三日ほど前からだ。丁度ハクロア国の使者が帰った辺りからミーファの様子がおかしくなっているらしい。


「……エンブズ、か」


 あの謁見以来ミーファが気を落としているのなら、それはエンブズのことだろうと義人は当たりをつける。

 父親の仇に逃げられ、自分の手で討つこともできずに死なれた。それで気を落としているのではないか。


「うん、そう考えるのが妥当かな」


 一つ頷き、執務用の机に積まれた書類を見る。

 以前より大分量が減ったとはいえ、まだその数は多い。しかし、ミーファは魔法剣士隊の隊長という重要な役職に就いており、そんな人物が気を落としていては全体の士気にも関わりかねない。

 義人はこれからのスケジュールを思い浮かべ、息を吐いてから立ち上がる。そして傍で政務を共にこなしていたカグラに目を向けた。


「カグラ、俺は休憩がてら訓練場に行ってミーファの様子を見てくる。三十分くらいで戻ると思うから」

「ミーファちゃんの様子、ですか……はい。お願いします、ヨシト様」


 カグラも気にしていたのか、すぐさま頷く。そしてサクラに向かって口を開いた。


「サクラ」

「はい、カグラ様。心得ています」


 短いやり取りをするなり、サクラも義人の傍へと歩み寄る。理由はもちろん護衛のためだ。

 暗殺未遂事件以来、移動する際には必ずカグラかサクラが追随するようになった。

 その二人がどうしても無理な場合は複数の兵がつき従い、義人にとっては窮屈なことこの上ない。しかし、安全のためだと言われれば義人にも頷くしかなかった。悪意ではなく、義人の身を案じてのことだったため、無碍にもできない。

 用心のために王剣ノーレも身につけ、義人は執務室を後にした。




 城の裏手にある訓練場では、今日も兵士達が訓練に励んでいる。城の警備や町村からの要請で魔物退治に出かけている部隊もいるため、その数は常に一定ではない。

 ミーファが率いる第一魔法剣士隊はどこにも派遣していないので、今日は訓練場で訓練に励んでいるはずである。

 サクラを連れた義人は裏門から訓練場へと足を踏み入れ、遠目に訓練の様子を窺う。

 基礎訓練は終了したのか、実戦形式として一対一で切り結んだり、魔法を使って訓練をしている。

 肝心のミーファを探してみれば、すぐに見つかった。

 トレードマークの赤い長髪を翻し……志信に弾き飛ばされている。


「おー、すげえ。人ってあんなに飛べるものなんだな」


 志信と試合をしていたらしいが、鎧に打突を喰らって数メートル後ろへと“飛んで”いた。 なんとか空中で身を捻り、足から着地するものの体にいつものキレがない。着地するなり駆け出そうとするが、間合いを詰めた志信に反応すらできていない状態だ。


「たしかに、調子が悪そうだな。あれなら俺でも勝てるかもしれん」


 もちろん冗談である。ミーファはおろか、その辺の一般兵にでも負けるだろう。


『戯けが……妾を使ってその辺りの雑魚に負けてみい……枕元に立つぞ?』

『ちょ、立たないで!? というか、無理だろ。俺素人もいいところなんだぞ?』

『その素人が、隣のメイドを真似た魔法人形を倒したんじゃぞ? まあ、阿呆な豚が条件を吹き込んだらしく、能力は低かったがな。そもそも、遠距離から魔法で攻撃すれば勝てるじゃろうが』


 どうやらノーレはプライドが高いらしい。しかも、いまだにエンブズを豚と呼称している辺り執念深いところがあるのかもしれない。

 自分を振るう者が負けるのは気に入らないようで、不機嫌そうな声が聞こえてくる。


『いや、でも相手は魔法剣士だぞ? そのくらい避けるだろ』


 間合いを詰められれば、義人のほうが不利になるだろう。何せまともな剣の振り方すら覚えていないのだから。


『ならば避けられないよう全体を薙ぎ払うが良い。そのくらいはできるじゃろ?』

『できないって!?』


 そもそも、そんなことをすれば相手が死にかねない。物騒なことを呟くノーレの意識を逸らすべく、義人は違う話を振ることにした。


『そういや魔法人形の条件がどうのこうのって言ってたけど、何のことだ?』

『それはじゃな、魔法人形に他人の姿を真似させた後、一体何をさせるか決める時の話じゃ。条件をつけられた魔法人形は、その条件を実行するために動く。大抵条件は一つしかつけないんじゃが、メイドの姿を真似させたときにおそらく二つの条件をつけたんじゃろうな。そのおかげで、メイドの本来の能力の半分も発揮しておらんかったわ』

『条件をたくさんつけるとマズイのか?』

『うむ。その分意識が割かれるからな。おそらく夜伽と暗殺両方を指示したのじゃろう。だから両方を実行しようとして能力が落ちる。もしも暗殺だけ条件にしておったら、今頃死んでおったかもしれん。あそこで戦っている仏頂面を真似た魔法人形が巫女とメイドを殺そうとしたと言っておったが、話を聞く限り殺すことだけを指示したのじゃろう。その分本物に近い能力を持っておったはずじゃ』


 仏頂面というのは志信のことだろう。巫女はカグラでメイドはサクラ。義人は仏頂面という言葉に内心だけで苦笑する。


『仏頂面って……あいつ、慣れれば表情豊かなんだぜ?』

『知らんわ戯けめ。ともかく、あの豚が阿呆なおかげで、そして妾のおかげで助かった。そう覚えておくが良い』

『はは、了解。ありがとうな、ノーレ』

『ふん、わかれば良いわ』


 ノーレとの会話を止め、義人はサクラへと目を向けた。


「サクラはどう見る? ミーファの調子が悪い理由はわかるか?」

「わ、わたしですか? そ、そうですね……」


 かけられた声に、サクラは僅かに動揺しながら考え込む。小柄なサクラが一生懸命考えている姿は非常に可愛らしいものがあったが、ノーレ曰くけっこう強いらしい。

 そのことに興味を惹かれた義人は、軽い気分で質問する。


「サクラって強いらしいけど、どのくらい強いんだ?」

「ふぇっ!? わ、わたしの強さですか!? それは、その……」


 再度の質問に、サクラは言いよどむ。

 自分の実力を把握していないのか、それともサクラ特有の謙虚さで自分の実力を告げることを躊躇しているのか。サクラの様子から後者だと判断した義人は、物は試しにと比較対象を挙げる。


「それじゃあ、その辺で訓練している普通の魔法剣士とサクラならどっちが強い?」

「それは、多分わたしです」

「へぇ……それじゃあ、ミーファとなら?」

「さすがにミーファ様に勝つのは難しいかと……」


 そう言って控えめに微笑むサクラ。そんなもんか、と義人は納得しかけるが、それを遮るように再びノーレが話しかけてくる。


『ヨシト、このメイドは嘘を言っておるぞ。あの赤い髪の小娘程度、倒すのはわけないはずじゃ』

『……いや、それはないっしょ。ミーファってけっこう強いんだぜ?』

『戯け。あの赤い髪の小娘が強いのではなく、周囲が弱いのじゃ。そもそも、この国全体兵の練度が低すぎるわ』

『最近は多少良くなってきたって志信が言ってたけど』

『それは、下の下以下の連中がようやく下の下まで這い上がってきただけじゃ。この国の中だけで言えば強くなってきたと言えるかもしれんが、他国と比べてみい。あの赤い髪の小娘とて、部隊の副隊長相手に防戦程度が関の山じゃ。隊長並の者と戦えば、数分も持たないじゃろうて』

『……ミーファって今すごい調子悪そうだけど、今の状態でってことだよな?』

『現実逃避をするでない。もちろん万全の状態での話じゃ。あの調子では、一般兵三人がかりでこられるだけで負けかねん』

『よし、可及的速やかにミーファの調子を向上させようじゃないか』


 ノーレの言葉に触発され、ミーファ達のほうへと歩み寄っていく。

 いくら今まで他国との戦争がなかったとはいえ、ハクロア国のような国もいる。それにもしまた敵が城に侵入してきても、兵士が足止めすらできないのでは安心して眠ることもできない。

 義人に気づいた兵士が慌てて膝をつこうとするが、義人は苦笑しながら手を振ってそれを遮った。


「いつも通り訓練をしていてくれ」


 一応そう言ってはみるが、国王がいてはやりにくいのか兵士達の動きが急にぎこちなくなる。義人は苦笑を深めながら、志信に打ち倒されて膝をついているミーファへと歩み寄った。


「調子が悪そうだな、ミーファ」

「……はっ、面目ありません」


 答えるミーファには、いつもの力強さがない。いや、なくなっている。心ここにあらずと言うべきか、どこか気の抜けた雰囲気だ。

 義人は志信に顔を向けると、一応確認を取る。


「ミーファの調子、志信はどう思う?」

「すこぶる悪いな。鍛錬に身が入っていない。それでは怪我をすると言っているのだが、本人の立場上休むわけにもいかないだろう。だが、このままでは他の兵に影響が出かねんな」


 ばっさりと切り捨てる志信に、ミーファは顔をうつむかせた。そんなミーファの様子に、どうしたものかと義人は考え込む。すると、傍に控えていたサクラがミーファへと話しかけた。


「その、ミーファ様は“体調”が悪いというわけではないのですか?」


 心配そうなサクラの声。ミーファはその声に込められた意味を理解し、ミーファは首を横に振る。


「いや、“それ”ではない」

「そうですか。でも、ミーファ様って無理をして訓練されることがありましたし……」

「ん? なんだ、もしかして風邪でもひいてたのか?」


 意味がわからなかった義人が尋ね、志信も首を捻った。すると、サクラは何故か顔を赤くする。


「よ、ヨシト様達は気にしなくて大丈夫です!」

「ええ!? 体調を気にしただけなのに!?」


 サクラに怒られ、義人は思わず身を引く。だが、サクラの非難するような視線に負けて義人は両手を上げて降参した。


「わかった。体調的なものじゃないんだな。うん、納得したからそんなゴミを見るような目で見ないでくださいサクラさん」

「な、なんで敬語なんですか!? そもそもそんな目はしていませんよ!?」


 もちろん冗談である。義人は慌てているサクラに少々癒されつつ、ミーファへと目を向けた。そして真剣な表情を作る。


「まあ、冗談はさて置き単刀直入にいこう。最近気落ちしてるのは、エンブズが死んだことが原因だな?」


 咎めるような声ではなく、ただ確認するだけだ。ミーファは一拍の間を置いてから頷く。


「はい」

「父親の仇が別の人間に殺され、目標を見失ったか?」

「……はい」


 先程よりも長く間を置いて頷くミーファ。

 本来口出しするようなことではないのだが、周囲に影響を及ぼしているのなら放っておくわけにもいかない。義人がどうやって立ち直らせるかと思案していると、それよりも先に志信が口を開いた。


「ミーファ。俺は、殺してまで復讐したい相手などいない。そんな俺が口を挟むのはお門違いだろう。しかし、敢えて言わせてもらう」


 志信はミーファを真正面から見据える。


「復讐に(とら)われるな。仮にエンブズを討ったのがお前だったとしても、今と同じような空虚な感情を持ったはずだ。仇を討って喜んだとしても、その先に残るものなどないだろ?」


 諭すような志信の言葉。ミーファは黙って聞いていたが、すぐに反発するように声を張り上げ、志信を睨みつける。


「それでもわたしはっ! 父上の仇をこの手で討ちたかった! そのために剣の腕を磨いて、魔法を使えるようになったのに!」


 ここ最近ずっと思っていたのだろう。放たれる言葉には、自らの手でエンブズを討つことができなかったことに対する怒りと悲しみが込められていた。そんなミーファを見た志信は、ミーファを冷めた目で見る。


「ならば剣を捨てろ。信念のない剣など、ただの暴力にすぎん。復讐の相手が死んだ以上は剣を振るう必要はないはずだ」


 冷たく言い放つ志信にさすがに義人が口を挟もうとするが、志信の真剣な表情を見て口を閉ざす。言葉にせずとも、ここは任せてほしいという気持ちが義人にも伝わってきた。


「そんなこと!」

「俺が決めるようなことではないな。たしかにこれはミーファ個人の問題で、俺や義人達にも口を挟める問題ではない。しかしそれで剣を振るえなくなるというのなら、今すぐにでも剣を捨てろ。周囲にも迷惑がかかるし、それがお前のためだ」


 志信が毅然と告げると、ミーファは歯を噛み締めながら視線を下へと向けた。そして義人のほうに一礼すると、何も言わずに駆け出す。


「おい、ミーファ!?」


 義人が慌てて追いかけようとするが、それを察した志信が肩をつかんで止める。


「追わないでくれ、義人。これはミーファ自身の問題だ。本来、俺も口を挟むようなことではなかった」


「じゃあなんで口を挟んだんだよ?」

「このままでは、遠からずミーファは駄目になっていただろう。そうなる前になんとかしたかった。それに、あのままでは義人が俺と同じ事を言っていただろう? 口下手な俺では説得もできないが、義人よりも俺のほうがミーファと近い。だから俺から言わせてもらった」


 近い、というのは立場のことだろう。義人の立場で志信と同じことを言えば、ミーファは本当に剣を捨てかねない。義人は眉を寄せ、唸るように呟く。


「他に手はないのかよ……」

「こればかりは、な。時間が解決するか、誰かが背中を押さなければ前へは進めまい。第一、復讐する相手を失った者の気持ちなど、推察はできてもわかることなど不可能だ。同じような境遇にならない限りはな」


 志信の言葉に、義人は渋々頷く。

 たしかに今は打てる手がないと自分に言い聞かせる。


「仕方ない、か。ミーファが抜けた穴はどうする?」

「戻るまで俺が引き受けよう」

「……ミーファは戻ってくるか?」

「戻るだろう、ミーファならば」


 ミーファが走り去った方向を見据え、志信は小さく呟いた。


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