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異世界の王様  作者: 池崎数也
第一章
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第三十四話:一日の時過ぎて

 そこは、深い闇の中だった。

 音もなく、一寸先すら見えない漆黒の闇。

 大地に立っているような気もするし、空を飛んでいるような気もする。もしかしたら水の中を掻き分けながら進んでいたのかもしれない。

 上に向かっているのか、それとも下へと向かっているのか。

 体はいうことを聞かず、ただ意識だけが浮遊する。時間の概念すら感じず、ただ闇の中で漂い続けた。


「…………ゃ……」


 そうしてどれだけ時間が経っただろう?

 何も見えず、何も聞こえない中で僅かな変化が生じた。どこか遠くから聞こえてくる、懐かしい声。


「……と……ゃん」


 意識が浮上する感覚。かけられた声に引っ張られるように、沈んでいた意識が覚醒へと進んでいく。

 嗚呼、これは夢だ。

 徐々に光が差す闇の中で、義人は一人呟く。

 夢と言うにはあまりにも殺風景だが、そんな夢があってもいいかと苦笑する。


「よ……と……ゃん!」


 かけられる声は、長年聞き慣れたもの。それを目覚ましに、義人の意識は覚醒する。


「義人ちゃん!」


 耳元で聞こえた声に、義人は目を開く。視界がぼやけるが、それでも間違えることなどあるわけがない。


「……おはよ、優希」


 ベッド横で呼びかける優希に、義人は小さく笑いながら挨拶をした。




 疲労と緊張の糸が途切れたことにより、気を失った義人が目を覚ましたのは一日経った後のことだった。

 丸一日死んだように眠り込んだものの、治癒魔法使いではなく本当の医者の診断によればただの睡眠不足だったらしい。そんな状態で実戦に巻き込まれ、疲労が限界を超えたとのことだった。

 そうして目覚めた義人は今、床の上で正座している。


「だからあれほどしっかり休んでくださいと言ったじゃないですか! もし命に関わるような事態になってたらどうされるおつもりだったんですか!?」


 そんな義人の前で仁王立ちする般若……もとい、怒りの形相を浮かべたカグラが、唾を飛ばす勢いで義人を叱り飛ばす。


「いや、でもな」

「なんですか!?」


 なんとか言い訳しようと義人が口を開くと、それを制するようにカグラが机を叩きながら威嚇する。

 その際硬い木で作られた机がミシミシと不穏な音を立てていた気がするが、精神衛生上義人は努めて無視した。


「義人ちゃん、本当に大丈夫? どこか痛くない?」


 優希はカグラの怒鳴り声をまったく気にせず、心配を表情に出しながら義人の体を労わる。 肩を揉もうとしたり、サクラと共にお茶を運んだりと部屋の中を行ったり来たりしていた。


「そもそも、いきなり魔法を使うなんて何を考えているんですか!? 何の訓練も積んでいないヨシト様が風の中位魔法なんて使ったら、体にどんな影響が出るかわからないんですよ!?」

「……すみません」


 顔を突き合わせるように怒鳴るカグラに義人はただ頭を下げるしかない。カグラは自分の身を案じて怒ってくれているのだ。そう思えば、抵抗できるはずもなかった。


『妾が制御したのだから、体に悪影響など出るはずがないに決まっておるわ』


 カグラの言葉にへそを曲げたのか、義人の足に柄が触れているノーレが不機嫌そうな声を届けてくる。


『なんだ? 魔法っていきなり使うと体に悪いのか? 俺と優希、治癒魔法をかけてもらったんだけど……というか、『強化』っぽいのもかかってるじゃん』


 少し心配になって尋ねると、ノーレは鼻を鳴らすように説明していく。


『魔法を“使われる”のは大丈夫じゃ。問題は、魔法を使って魔力を外に出すという行為が危険でな。魔力は生命力に近いものじゃから、それをいきなり放出するのは危険が伴う。もっともお主の場合は妾がそれを制御しておるし、目の前の巫女のように熟練した魔法使いなら魔力を放出することに慣れておる。だから仮に魔力が空になったとしても日常生活に支障は出まいて』

『ふーん、そうなん』

「ヨシト様! ちゃんと聞いていますか!?」

「はいぃっ! 聞いてます!」


 ノーレとの会話に気を向けていた義人は、突然カグラに肩をつかまれて全力で驚く。慌てて

カグラに目を向けてみれば、


「本当にっ、心配、したんですから……」


 カグラは、目に涙を溜めていた。僅かに肩を震わせ、涙を流すまいと歯を噛み締めている。


「ちょ、その、な、なんで泣いてるんだよ!?」


 怒られるのはまだいい。しかし、泣かれてしまっては義人に抗う(すべ)はない。女性の涙はある意味剣や魔法よりも強いのである。

 身振り手振りでなんとか泣き止んでもらおうとするが、カグラは何も答えずに目元を拭うだけだ。 


『ど、ど、どどどどうするよノーレ!?』


 小さな子供ならともかく、同年代の女の子を泣き止ませる方法がわからず義人は『風と知識の王剣』であるノーレへと助けを求めた。


『知らんわ、戯け』


 だが、返ってきたのは不機嫌そうな言葉のみ。


『お前『風と知識の王剣』だろ!? 何か良い知識があるだろ!?』

『男女関係の機微を剣に求めるほうがおかしいわ、戯けめ』


 正論である。

 義人はノーレに頼ることを諦めると、周りに目を向けた。

 サクラと目が合うが、『わたし怒ってます』という表情で目を逸らす。僅かに頬を膨らませているのは可愛らしいが、今の義人にとっては心臓が痛くなる。

 ならば優希にと助けを求めるが、いつも通りの笑顔を向けてくるだけだ。こちらは怒っていないように見えるが、少し眉が寄っている。

 オーケー、触らぬ優希に祟り(たたり)なし。

 すぐさまそう判断すると、義人はいまだに目元に手を当てているカグラに向き直った。


「も、もう無茶なことはしないから泣き止んでくれよ。頼む、カグラ」

「……本当に、もう無茶なことはしませんか?」

「ああ、もう無茶はしない」


 真剣な顔で頷く。

 無茶はしないが無理をする可能性はある。だが、それを口にするほど義人も馬鹿ではない。

 カグラと目を合わせること数秒。納得してくれたのか、カグラはもう一度目元をこすって頷く。


「わかりました。ずっとここでお説教をしているわけにもいきませんしね。食事を取られた

ら、謁見の間で今回の騒動に関する報告がありますし」


 涙を拭うと、そこにいたのはいつものカグラだった。毅然と背筋を伸ばし、義人を立ち上がらせる。

 義人が立ち上がったのを確認すると、今度はカグラが膝をついた。義人が怪訝な表情を浮かべるが、カグラはそれに構わず頭を下げる。


「此度の騒動、見通しが甘かったわたしの責任です。なんなりと罰を申しつけください。どんな罰でも喜んでお受けします」


 それは、『お(プリン)(セス)殺人(マーダー)人形(ドール)』に襲われた時と同じ台詞だった。カグラの言葉を聞いたサクラも、真剣な表情で膝をつく。

 そんなカグラ達に、義人は苦笑して首を横に振った。


「罰? ねえよ、そんなもん」

「しかし!」

「だって、エンブズは取り逃がしたしな」


 あの時義人は『カグラの罰は、犯人を捕まえてからだ』と言っている。

 故に、エンブズが捕まっていない以上カグラ達に対する罰はない。もし捕まえていたとした

ら、捕まえた功績で罰は無しにするつもりだった。


「そ、それでは他の者に示しがつきません!」

「示しがつかないって言われてもなぁ……志信の姿を真似た『お(プリン)(セス)殺人(マーダー)人形(ドール)』の相手をしてたのなら仕方ないし。罰するならあっさりとサクラの姿を真似た『お(プリン)(セス)殺人(マーダー)人形(ドール)』に気絶させられた守衛の兵士達だろ」


 寝室の扉の外から何やら悲鳴が聞こえた気がするが、義人は気にしない。本当に罰する気は

ないからだ。


「ですが!」

「王様命令」


 笑顔で命令する。毎回使いどころが間違っていると義人も思わないでもない。カグラは納得できずに何かを言おうとするが、それを悟った義人はわかったと言わんばかりに頷いた。


「ならこうしよう。カグラは今まで以上に俺を支えてくれること。サクラは今まで以上に美味しいお茶を淹れること。それが罰ってことで」


 言われずとも今まで以上に頑張ろうと思っていたカグラとサクラにとっては、罰にすらならない。しかし、義人が曲げるとも思えず二人はため息を吐いた。


「……わかりました」


 納得はできないが、しぶしぶ頷く。


「それじゃあ、まずは食事にしようか」


 義人は満足そうに笑うと、まずは着替えるために女性陣を部屋から追い出して優希が作ってくれた服に袖を通す。

 そして顔に浮かべていた笑みを消すと、小さく呟いた。


「罰なんて、与えられるわけないだろ……」


 見通しが甘かったのは自分だと、深いため息を吐く。ぐっすり眠って体の疲れは取れたが、精神的な疲労は中々抜けそうにない。

 もう一度ため息を吐くと、義人は寝室を後にする。

 扉の脇で何やらいじけている守衛の兵士に『さっきのは冗談だ』と励ましの言葉を一つかけ、義人は食堂へと向かった。




 一日ぶりの食事を取った義人は、その足で謁見の間へと向かう。赤い王のマントを身につけ、腰には王剣ノーレを差す。

 すれ違った兵士や臣下が心配そうな目で見てくるが、義人は笑って手を振ることで無事をアピールした。

 そうやって歩いていると、対面から志信が歩いてくる。志信は義人の姿を見ると、常の無表情の中に心配の色を覗かせた。


「義人……体はもう大丈夫なのか?」

「ああ。丸一日眠ってたらすっかり回復したよ。というか悪いな。俺が寝てる間に、エンブズの屋敷の中を調べる手伝いをしてくれてたんだって?」

「他にすることもなかったしな」


 義人の感謝の言葉に、志信は言葉少なく頷く。そこで義人は、志信の左腕に包帯が巻かれているのに気がついた。


「あれ、治してないのか? 治癒魔法使い呼んでこようか?」


 左腕の上腕部に巻かれた包帯だが、志信は義人の提案に首を横に振る。


「これは俺の未熟で負った傷だ。治癒魔法で完全に治されては困る」

「自分に対する戒めってやつか? いや、志信が良いのなら俺から言うことはないけどさ」


 義人としては志信が手傷を負わされたことのほうに驚きを覚えたが、それを感じたのか志信が苦笑する。


「俺などまだまだ未熟な身だ。義人が俺に向けてくれる期待は嬉しいのだが、それに応えられるほど俺は強くない」

「だけど、傷は負ったけど負けてないだろ?」


 志信のほうが劣勢ではあったが、あのまま負けていたとは義人は思っていない。その気持ちが嬉しかったのか、志信は小さく笑った。


「それはわからん。だが、次に戦うことがあったら勝てるよう修練を積んでおく」


 志信の言葉に義人も笑うと、謁見の間に行くべく再び歩き出す。

 謁見の間の扉までたどり着くと、脇に立っていた守衛の兵士が慌てて扉を開けた。義人はそれに礼を言うと、王座へと歩を進めていく。

 臣下はすでに全員揃っており、今までエンブズがいた場所だけぽっかりと空白が出来ていた。

 義人は王座までたどり着くと、ひとまず腰を落ち着ける。その傍にカグラが立ち、優希や志信は少し離れた場所に立つ。

 膝をつく臣下一同を見回した義人は、苦笑を浮かべた。


「いきなり倒れてすまなかった。みんなには迷惑をかけたな」


 本当は『すいませんでした』と言いたかったが、そんな口を臣下に利けば後でカグラに怒られる。


「迷惑など、とんでもありません!」

「ヨシト王、お体は大丈夫ですか?」


 義人の言葉に、臣下の数人が声を上げた。他の臣下も気持ちは同じようで、心配そうな表情を浮かべている。

 それをくすぐったく感じたが、嬉しくもあった。


「丸一日ぐっすりと寝たら疲れも吹き飛んだよ」


 冗談混じりに言ってみると、それで安心したのか何人かが頷いている。義人自身も苦笑を浮かべると、報告書らしきものを手に持ったアルフレッドに目を向けた。


「それじゃあ、俺が寝てる間の報告を頼む」


 義人の言葉に促され、アルフレッドは手元の紙に目を落とす。


「ヨシト王の指示通り、エンブズの私邸を隈なく探索しておいたんじゃがのう……色々と出てきて驚くばかりじゃった」

「何が出た?」

「横領したと思われる金が五千万ネカほどに、様々な魔法具や美術品などじゃな。本当はもっとあったようじゃが、事前にどこかへと持ち出したらしいわい」


 眉を寄せて唸るアルフレッド。義人は告げられた言葉に頷くと、アルフレッドと同じように眉を寄せた。


「ずいぶんと貯めていたみたいだな。全額取り戻せなかったのは悔しいが、多少でも戻ってきたと納得するか……それで、エンブズはハクロア国のどこに逃げたんだ?」


 義人の質問に、今度はカグラが口を開く。


「現在調査隊を向かわせていますが、他国の領土で調査するのは難しく、足取りはつかめていません。国として正式に抗議するという手もありますが、どうされますか?」

「んー……そうしたいけど、その抗議を受け入れてエンブズを差し出すような国なのか?」

「それは少し難しいです。ハクロア国はこの近辺では最も大きい国ですし、交流も少ないカーリア国からの抗議を聞き入れる可能性は低いかと」

「下手すりゃ戦争吹っかけてきそうな国だしな。今のところは様子を見るしかないか」


 声に悔しさが滲みそうになるのを堪える。そしてすぐさま気分を切り替えると、アルフレッドに他の報告を促した。


「それではエンブズがいなくなったことにより、財務大臣がいなくなってしまった件についてですが……」

「ああ、それならロッサがしてくれ」


 即断で財務官のロッサ=ハーネリアに一任する。それを聞いたロッサは、驚きのあまり口を数回開閉し、搾り出すような声を出した。


「わ、私……ですか?」

「うん。頑張ってくれ」

「しかし私は……」


 過去に税金横領をしたことがある、そう言いたかったのだろう。だが、義人は不思議そうに首を傾げた。


「なんだ、また“する”のか?」

「い、いえ! 滅相もありません!」

「だろ? ロッサなら“ちゃんと”財務大臣の仕事をしてくれそうだしな」


 褒めているようだが、実際には脅しである。

 残っている財務官の能力は皆似たり寄ったりであるし、それならば理由はどうであろうとも一生懸命仕事に励んでくれる者のほうが良い。

 もしまた問題を起こすようなら、今度は容赦するつもりはないが。


「扱う金額が大きいときは、俺かカグラにも報告すること。それを守りつつ頑張ってくれ」

「はっ!」


 義人の言葉にロッサが頷く。それを満足そうに見た義人は、アルフレッドに続きを促した。 そして様々な庶務の報告を聞き、他の臣下からの報告にも耳を傾ける。

 そうすることしばらく。報告することもなくなり、義人はそろそろ解散させようとしてミーファの様子に目を引かれた。

 意気消沈といった風情で顔を下げており、エンブズを逃がしたことに対する悔しさが滲んでいる。自分の父に前王毒殺の濡れ衣を着せて処刑させたのだから、エンブズに対する怒りは深い。

 義人はどうしたものかと思案し、口を開く。


「ミーファ」

「……はっ」


 声にも張りがない。きっと後ろではカグラが心配げな表情をしているだろうと義人は思い、真剣な表情を作った。


「今回の件でお前の父、ポドロ=カーネルが前王を毒殺したという嫌疑も晴れた。魔法剣士隊隊長に就任して以来、今までカーネルの姓を名乗っていたようだが正式にそれを許可する。そして、これから先ポドロの名を貶めるような発言は許さん」

『はっ!』


 最後の言葉は臣下全員に向けての言葉だ。

 毒殺はエンブズが仕組んだことだとすでにわかっているので、他の臣下もすぐに首肯して返事をする。

 今の自分にはこれくらいしかできず、そんな自分を義人は悔しく思う。ミーファは一度顔を上げると、表情に僅かな喜色を浮かべて頭を下げた。


「はっ! ありがとうございます!」

「よし、それでは解散とする!」


 義人の号令の下、臣下達は退出していく。それを見送りながら、義人は肩の力を抜いて大きく息を吐いた。


「お疲れ様です、ヨシト様」


 傍のカグラが労わるように声をかけてくる。それに苦笑で応えた義人は、王座から立ち上がった。

「さて、とりあえず一段落といったところか……残っている仕事を早く片付けないとな」


 エンブズに対する処理が一段落したとはいえ、税金を六割に下げるための仕事がまだ残っている。他にも、今回の事件で見直すべき点がいくつも出てきてしまった。


「まったく、まだまだ大変だよ」


 愚痴のように呟いて、謁見の間を後にする。

 臣下の問題はある程度片付いても、今度は国の中の問題を片付けなくてはならない。

 まだまだ問題は山積みで、片付ける懸案も多くある。

 その重圧が肩に重くのしかかってくるが、それでも義人は前を向いて歩き出した。

 立ち止まる暇なんて、今の自分にはないのだから。


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