第三十話:勧進帳
謁見の間に通された商人のベッソンは、義人が座る王座から少し離れた場所で膝をついて頭を下げる。
ゴルゾーと違い、無駄な贅肉が体のあちこちについていて外見は太めだ。
顔には商売用の愛想笑いが浮かび、目は欲でひどく濁っている。義人が初め抱いていた商人像にピッタリな男だった。
「お初にお目にかかります、ヨシト王。私商人のベッソンでございます。此の度は火急の召集ということで馳せ参じました」
「ああ、急に呼びつけてすまないな。顔を上げてくれ」
形式の挨拶に労いの言葉をかけ、顔を上げさせる。
「それで、私に何か聞きたいとのことでしたが?」
ベッソンは顔を上げるなり尋ねてくるが、義人はどう切り込んだものかと思案していく。喋れと言われて喋るのか、それとも口が堅いのか、何かしらの方法で口封じをされていないか。
いつもなら気軽な口調で話しかけるのだが、今回ばかりはそうもいかない。外見上はいつものように振舞うよう心がけているが、内心には深い怒りがある。
「実は俺な、昨晩暗殺されかけたんだ」
故に、直接切り込む。まずは牽制代わりの言葉を放つと、ベッソンは一拍置いて驚いたように声を上げた。
「あ、暗殺!? だ、誰が一体そんなことを!? お怪我は!?」
白々しい。
ベッソンの反応を見た義人は、内心で冷静に吐き捨てる。それでも頭を働かせ、考えを巡ら
せていく。
「いや、大丈夫だった」
「そうですか……いや、驚きましたぞ。まさか、王を暗殺しようなどと大それたことを考える者がいるなど……」
「ああ、食事に盛られた毒に気づくのがあと少し遅かったら死んでいただろうけどな」
「……は? 毒、ですか?」
「うむ、毒見役の者が気づいてくれて良かった」
真顔で頷く。控えている臣下のうち数人が顔を見合わせているが、それをベッソンに気づかれないよう目で制す。
そして再びベッソンに目を向けてみれば、虚を突かれて僅かに困惑したような表情を浮かべていた。
「どうしたベッソン、何か気になることでもあるのか?」
「い、いえ。そんなことはありません」
声をかけると、少し上ずった声が返ってくる。
それを見た義人は、商人は商人でもゴルゾーのほうが上手かと評価を下した。そして努めて冷静な表情を作ると、口元だけ僅かに笑みの形に変える。
「そういえば、お前のところでは色々な物を売っているらしいな。他の商人では手に入らない物も売ってくれるそうじゃないか」
「え、ええ。品揃えが自慢ですから」
僅かに、ベッソンの顔色が変わった。それを見た義人は、追撃とばかりに口を開く。
「この国でも一番手広く商品を扱っているのはゴルゾーだと思ったんだが、お前はそんなゴルゾーでも手に入らない物を売っていると聞いたよ。いや、すごいじゃないか」
賛辞の言葉に感情はこもっていない。無機質な声をかけられたベッソンは、先程よりもさらに顔色が悪くなっている。
「十年ぐらい前から大分商売の規模が大きくなったらしいな。いやいや、商売繁盛でなによりだ。十年前、何か特別なことでもあったのか? 俺も商売に興味があってな、何かコツがあるのなら是非とも教えてくれ」
わざととぼけるように言うが、その真意は伝わっているだろう。
現に、話を聞いていたミーファが刀の柄に手をかけ、射殺すような目でベッソンを睨みつけている。
「こ、コツなどありませんよ。じ、地道に商売をしていくことが肝心でして……」
突き刺さるような殺気を感じているのか、ベッソンは額に冷や汗を浮かべながら話す。
あと一息だな、と判断した義人は、どうしたものかと思案する。
そうして考えること数秒、先程懐に入れた紙の存在を思い出して取り出した。ゴルゾーが持ち込んだ『お姫様の殺人人形』を所持している商人が誰かについて書かれた紙だが、利用できるものは利用する。
「地道に商売ねぇ……どれどれ。おお、ベッソンのところでは色々と売ってるんだな」
紙を開いて目を落とし、一読してわざと驚く。取り出した紙と義人のリアクションを見たベッソンは、流れていた冷や汗をさらに増やしながら慌てて口を開いた。
「よ、ヨシト王? そ、それはまさか……」
「あ、これ? もちろん、ベッソンのところで取り扱っている商品の一覧だよ。ゴルゾーに頼んで調べてもらったんだ」
もちろん、嘘である。
紙面に書かれているのは商人に関する情報だけで、取り扱っている商品など書かれていない。
「ふむふむ、ゴルゾーのところで取り扱っている商品もあれば、見たことのない名前の商品もあるな。高価な商品もある……お、こっちは毒物か?」
それでも義人は紙を隅々まで眺め、己の推測とゴルゾーからの情報を元に堂々と嘘を吐く。
毒物という単語を聞いた瞬間、ミーファが目を見開き声を張り上げる。
「貴様かあああああああああ!」
それは、怒りのこもった咆哮だった。
ミーファのただならぬ様子に、脇にいたグエンや他の武官がすぐさま押さえこむ。
もし押さえるのが遅れていれば、刀を抜いてベッソンに飛び掛っていただろう。ミーファは押さえられながらも、全力でグエン達を振りほどこうとしている。
「どけぇ! 放せ!」
「ミーファ殿、落ち着かれよ!」
魔法で身体能力を強化しても、武官数人がかりで押さえ込まれては振りほどけない。ミーファは獣のような唸り声を上げながら、それならばとベッソンを火炎魔法で焼き殺そうと精神を集中させる。
「やめろ、ミーファ」
それを察したのか、ベッソンを庇うように志信が棍を構えた。『無効化』が付与されたその棍を見ると、ミーファは歯を噛み締める。
「どいてよシノブ!」
「駄目だ。まだこの男には吐いてもらうことがある。それに、本当に悪いのは商品を売ったこの男ではなく、毒殺を仕組んでそれをお前の父になすりつけた者だろう?」
「そう、だけど……でも!」
激昂するミーファをたしなめるように、義人が落ち着いた様子で話しかける。
「落ち着いてくれミーファ。お前の気持ちはわかるから、もう少しだけ待っててくれ」
「ヨシト王……」
かけられた声に、ミーファは奥歯が割れるほどに噛み締めて頷く。
それを確認した志信はいつもの立ち位置である壁際まで移動し、義人はミーファの殺気をぶつけられて腰を抜かしかけているベッソンに目を向けた。
「さて、話が途切れてしまったな」
そう前置きして、義人は酷薄な笑みを浮かべる。
「十年前、お前が前王の毒殺を企てた誰かに毒物を売ったんだろ? そしてその見返りに贔屓してもらい、お前は商人として成り上がった……違うか?」
「そ、それは……」
言いよどむベッソン。それを見た義人は片手で制す。
「さっき志信が言ったが、悪いのは商品を売ったお前ではなくその商品を使って前王を毒殺した者が悪い。毒だって、上手く使えば薬になるしな」
現代の薬とて、元は毒だったものの構造を少し変えたり、薄めて治療薬として使っているものが多々ある。
有名な毒物としてトリカブトなどがあるが、加熱等の処理をして得られたものは漢方薬の配合にも使える。
効能としては、鎮痛、強心、利尿、新陳代謝機能の衰弱の改善、体温・血圧低下の改善などで、毒が薬に成り得る一つの例だろう。
そのことを知っていた義人は、言いくるめるようにベッソンに語りかける。
「お前は医者が薬に使うための毒物を売ったのかもしれない。それなら俺はお前を罰することはできないし、それに前王が毒殺されたのは十年も前の話だ。悪政を敷いていたらしいし、正直俺にとってはどうでもいい。まあ、そのおかげで今苦労してるけどな?」
「そ、それでは……」
ベッソンの顔に希望の光が差す。血の気の引いた顔に僅かながらも赤みが戻り、そんなベッソンを見た義人は、遠慮なくもう一度地獄へと叩き落すことにする。
「だが、お前はさっき変なことを言っていたな」
表情を消し、声からも感情を消す。
「へ、変なこと、ですか?」
「ああ。俺が最初に『昨晩暗殺されかけた』と言ったとき、お前は何と言った? 何故、怪我がないかと聞いたんだ? 俺は“どんな方法で暗殺されそうになったか”は言ってなかったはずだが? 前王は毒殺されて俺もその可能性があったというのに、何故お前は怪我はないかと聞いたんだ?」
目を細めて尋ねる。するとベッソンの視線があちこちへと動き、震える口を開く。
「あ、暗殺と言われて気が動転しまして……何故そのようなことを言ったかは覚えておりません」
「へえ? 覚えてないと。それじゃあ、何で俺が毒殺されかけたと言った時は妙な顔をしていたんだ?」
「そ、それは、み、見間違いかと……」
苦しい言い訳だった。だが、証拠に成り得ないので義人は追求しない。
「そうか……あ、そういえばお前に注文したいものがあったんだった」
「ちゅ、注文でございますか?」
肥えた体に冷や汗を滲ませていたベッソンは、注文という言葉でなんとか気を取り直して余裕を取り戻す。
「ああ、『お姫様の殺人人形』を四体ほど欲しい」
だが、その余裕はすぐさま崩れ去った。義人の注文に、ベッソンは震えながら返答する。
「そ、その、『お姫様の殺人人形』は現在売り切れておりまして……」
「売り切れ? そうなのか? お前が周りの商人から買い集めてるって聞いたから、持ってると思ったんだが。いやー、残念だ」
さも残念と言わんばかりに義人は頭を掻き、本題を切り出す。
「じゃあ、“誰に”売ったんだ?」
努めて低い声で、怒りを込めて尋ねる。その言葉を聞いたベッソンは、何度か口を開閉すると頭を下げた。
「それは……言えません。商人として、お客を売ることはできません」
「言えない、か。言えば殺されるからか?」
問いに、ベッソンは答えずただ頭を下げる。
「殺されることのないよう保護するし、暗殺を企てた奴は一生牢獄にでも放り込む。 いや、前王を暗殺したのもそいつだろうから処刑かな。それでも言えないか?」
本当に処刑することはないのだが、それでもベッソンは黙して語らない。
言えばどうやっても殺されるからか、商人の意地か、それとも喋らなければ情報が欲しい義人では殺せないと判断したか。
思ったよりも手強いな。
小さく呟き、どうやって喋ってもらうか義人は思案する。
拷問などは駄目だ。それでは自身の倫理に反する。
考えていたのはほんの数秒。だが、何か良い考えが浮かぶよりも先に動く人物が一人。
―――それは、優希だった。